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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第1章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 その昔、遊び場でもあったメタバースSNS「ニヴルング」で「俺」はハッキングの被害に遭った。
 それを助けてくれたのはメガサーバ世界樹「イルミンスール」のカウンターハッカー、「ルキウス」だった。
 「ルキウス」の活躍を見て、「俺」は正義の魔術師ホワイトハッカーになろうと誓った。

 

 永瀬ながせ 匠音しおんはスクールバスの中でホワイトハッカー「シルバークルツ」の噂を耳にする。
 「シルバークルツ」として活動する匠音は他にも義体の不具合時に現れるという小人の妖精ブラウニーの都市伝説も耳にする。

 

 登校した匠音と幼馴染のメアリー。
 しかし、廊下で泣いているメアリーの友人、ミカを見つけ、何やら不穏な空気を感じる。

 

 昼休み、匠音はメアリーからミカが教師によって性的被害に遭ったらしいと聞かされる。
 「トリスタン様がハッキングで助けてくれたらいいのに」と考えるメアリーに、匠音は「シルバークルツなら動くかもしれない」と提案する。

 

 帰宅した匠音。
 次に狙われるのはメアリーではないかと危惧した彼は教師のオーグギアへのハッキングを試みる。

 

 表層のセキュリティの隙をついて内部に侵入、ストレージのセキュリティに取り掛かる。
 ――ジョンソンのオーグギア、ガバいな。
 侵入を警戒している人間なら初期導入バンドルのセキュリティを信用せずに有料のセキュリティサービスを利用する。それでも優秀な魔術師はその穴を突いて侵入するし匠音もある程度のセキュリティは突破できるほどの腕は持っていたが楽ができるに越したことはない。もちろん、自分が認識していないセキュリティに遭遇する可能性もあるため、警戒は怠らない。
 ストレージの入り口、巨大な門を前にしても匠音は落ち着いていた。
 ウェポンパレットからデータの裏側への道を開き、侵入する穿孔潜行アプリピアッサーを呼び出し、展開する。
 匠音の目前に広がる巨大な門に極小の穴が穿たれ、次の瞬間空間が裏返るように展開する。
 目の前に広がる門の内部裏世界に踏み込み、匠音はもう一度ピアッサーを展開、門の向こう側――ストレージ内部に侵入した。
 ストレージの可視化のために経路探索アプリマッパーを展開、マップウィンドウに立体的、かつ複雑な形の網の目の形をした見取り図が形成されていく。
 ――よし、あとはデータを洗い出すだけだ。
 形成されたストレージの書架ライブラリを匠音が飛ばした探索用bot紙飛行機が駆け巡る。
 しかし、そこでオーグギアの演算速度が低下し、彼は慌てていくつかのbotを回収、リソースを確保する。
 本来、魔術師であるならばオーグギアの演算速度と処理能力向上のために外部デバイスブースターを使用すべきである。だが、母親からハッキングを禁じられている匠音がブースターを所持することは当然、禁じられており、彼はブースターなしでのハッキングを強いられていた。
 そこで発生するのが同時に大量のアプリケーションを走らせることができないという制約。
 今も、調子に乗って大量のbotを展開してしまったため、演算速度が低下してしまった。
 ――やっぱり、ゲームしたいって理由でブースター買った方がいいかな。
 いやだめだ、母さんはゲームを禁止こそしないものの今の成績でブースター買ったら絶対怒る、と首を振り、匠音は雑念を払ってbotから送られてくるフォルダのリストに目を通した。
 数分で「極秘コレクション」を命名されたフォルダを発見、中身を確認する。
 どうやら、更衣室の盗撮映像が収録されているらしいが、流石にこれは一度再生してみないと確信できない。
 ファイルのタイムスタンプからいくつかのデータをピックアップ、被害者の女子にはごめんと内心で謝りながら再生する。
 と、目の前に見慣れた女子の顔が飛び込んできた。
「め、メアリー?!」
 思わず声が漏れる。
 目の前には体育の準備でジャージに着替えている最中の、下着姿のメアリーの姿があった。
 ――やっぱり、ジョンソンは――。
 次はメアリーだったのか、と自分が感じた不安の的中に嫌悪感を抱きながらも匠音はファイルを削除しようとし――
 ――でもメアリーの下着姿……。
 ごくりとつばを飲み込み、ちゃっかり自分のストレージにコピーしていた。
 ――ごめんメアリー。
 メアリーの家の方向に向かって両手を合わせ、それから匠音は両手で頬を叩き気合を入れ直した。
 「極秘コレクション」の中身はとりあえずアメコミヒーローの違法アップロード動画に差し替えておこうかとも考えたが、証拠として重要なデータである。下手にいじることはできない。
 それでも下着姿のメアリーだけは誰にも見られたくなくて、匠音はこの動画だけこっそりと削除しておいた。
 改めて探索すると「お宝コレクション」というフォルダも見つかり、今度こそ実際に女子に手を出している動画、口止めの材料だろうと判断する。
 ――気は乗らないけど、確認しないと。
 思い切ってファイルの一つをタップ、再生を始める。
 が、再生して数秒、すぐに匠音は再生を停止して口元に手を当てた。
 胃のあたりから何かがこみ上げてくるような感触を覚える。
 クッキーなんか食べるんじゃなかった、と後悔しながらも吐き気を飲み込み、意を決してもう一度再生する。
「……えぐ……」
 匠音とて思春期の男子である。その手の映像を全く見たことがないかというとそうではない。ませた友人が親からちょろまかしたと自慢げに見せつけてきたこともある。
 だが、自分には刺激が強いと思ったその動画ですら生ぬるいと思えるほど、ジョンソンの行為は卑劣であった。
 確認のためにとはいえ、再生した自分を殴りたい、とさえ思えてくる。
 それでも、匠音は思い切って動画を一つ、自分のストレージにダウンロードした。
 他の動画は警察が調べた際の証拠となるよう、残しておく。
 これで必要な情報は揃った、と匠音はジョンソンのオーグギアから離脱した。
 離脱も痕跡を残さぬよう、細心の注意を払ってセキュリティを回避し、念のためにパスを切っておく。
 どうせ発覚すればジョンソンは失職必須、もう二度と連絡を取り合うこともない、とためらいなく接続を解除し、各種ハッキングツールも終了して隠しストレージに格納する。
「……さて、と」 
 目の前にある動画のアイコンを前に匠音が再び両手の指を鳴らす。
 動画をダウンロードしたのは、発覚の起爆剤として利用するためだった。
 もちろん、被害者の部分は完全に誰か特定できないように加工する。
 今の時代、その程度の動画編集機能はSNSに投稿する際のプライバシー保持を目的として、オーグギアに標準装備されている。
 該当部分の映像をジョンソンの顔だけがはっきりわかるようにして他を全てモザイク、音声も被害者の声だけ音声を加工し何を言っているかはある程度分かるが誰か分からないようにする。
 動画の加工を終え、匠音はふぅ、と息を吐いた。
 ――さて、どこに送り付けるか。
 匿名で送り付けるなら警察だろうが、それでもただ警察に送り付けただけでは捜査に時間がかかる。
 どの学校で行われているかをきちんと連絡しなければいけない。
 そう考えて、匠音は匿名ダミーのアカウントで通報することにした。
 この件、匠音が動いたと誰にも知られてはいけない。
 オーグギアは一台につき一アカウント紐づけられているが犯罪者をはじめとして魔術師も大抵はダミーのアカウントを複数所持している。
 中には複数のオーグギアも併用して身バレを防いでいる魔術師も存在するが匠音にはそんなものを用意する資金力など当然ないため、ダミーのアカウントだけ所持している。
 万一ダミーが追跡されそうになれば切り捨てればいいので、匠音は善は急げとばかりにアカウントを切り替え、警察の通報フォームを開いた。
 必要情報を入力、編集した証拠動画を添付、送信する。
 続いて、匠音は学校の、保護者や近隣住人が不審者情報等を提出するためのフォームにアクセスした。
 こちらも匿名で詳細を記入、同じ動画を添付しておく。
 こうしておけば警察か学校、どちらかは確実に動く。
 匠音が通っているハイスクールは教育の充実だけではなく生徒の安全も謳うPrep School私立高校である。こんなことが明るみに出れば確実に信用は失墜するため動かざるを得ない。
 よし、とアカウントを正規の物に切り替え、匠音はにやりと笑った。
 実際には警察と学校には全く同一の動画を送ったわけではない。
 学校に送り付けた動画だけ、最後に「シルバークルツが裁きを下す」とアイキャッチを入れている。
 これなら校内の噂でやがてメアリーに届く。
 教師内の噂は校内の情報通によってあっという間に拡散されるので動画の最後のアイキャッチも当然、噂になるだろうとの算段。
任務完了ミッションコンプリート
 そう、匠音は低く呟いてから時計を確認し、夕飯の時間が近づいていることに気が付いた。

 

「匠音、学校はどう?」
 夕食時、テーブルを挟んで向かい合わせに座った母親――和美が匠音にそう訊ねる。
「え、まぁうまくやってるよ」
 夕飯のマカロニチーズを頬張りながら、多分次の中間試験も大丈夫だと思う、と匠音が伝えると和美は「そう、」と頷いた。
「仕事、忙しいの?」
 ふと、興味を持って聞いてみる。仕事が忙しくて疲れているような気がしたのだが、食欲はあるようでマカロニチーズの皿は既に空になっている。
 そうね、とフォークを置き、和美は頷いた。
「大丈夫よ、ちょっと打ち合わせが長引いただけ。ごめんね、暫くはあまり構ってあげられないかも」
「大丈夫だよ、俺だってもうそんな子供ガキじゃないし」
 そう言って、匠音は残りのマカロニチーズを口に運び、それから立ち上がった。
 皿をシンクに置いてから改めて和美を見る。
「母さん、忙しくても疲れてるならさっさと休めよ。ガキじゃないって言っても、母さんが倒れたら、俺……じいちゃんしか残ってないからさ」
 匠音がそう言うと、和美も「そうね」と小さく頷く。
「分かった、わたしももう休むわ。匠音もほどほどに寝るのよ」
「分かってる、じゃあ、いい夢を」
 そう言い残し、匠音が自室に消える。
「……『いい夢を』、か……」
 匠音の部屋の扉を暫く見てから和美はそう呟き、それから立ち上がった。
 棚の前に移動し、匠海亡き夫の写真を見る。
「匠海、匠音はたくましく育ってるわよ。貴方を思い出すわ」
 そう、呟いてから彼女も自分の部屋に戻っていった。

 

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