世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第3章
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アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
怪しげなアバターは通報したものの彼が起動させた破壊プログラムは起爆、アバターを
謎のハッカーに厳しく叱咤されたものの弟子入りしたいと懇願した匠音。
それを拒絶した謎のハッカーだったが、姿を消す際に匠音に古いスポーツハッキングのトレーニングアプリを送り付ける。
トレーニングアプリを起動した匠音は、そこに残されていたランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
墓前に供えるからと唐揚げを揚げていた
授業中、匠音を放課後開催される「ユグドラシル」でのイベントの護衛に誘うメアリー。
放課後、メアリーと「ニヴルング」内の「ユグドラシル」エリアに赴いた匠音はかつてとあるテロを阻止したルキウスに思いを馳せる。
イベントの時間が迫っていたため「ユグドラシル」を走る匠音とメアリー。
そこでメアリーがデジタルカツアゲに巻き込まれ、それを阻止した匠音だったがハッキングが察知され「ニヴルング」運営に拘束されてしまう。
拘束された匠音は事情聴取のために「ニヴルング」の係員と対面、先に手を出したのは相手だと主張する。
そのタイミングでメアリーから事情を聞いた「キャメロット」の「トリスタン」が現れ、真の加害者を暴き出す。
匠音が未成年だったため和美が呼び出され、「トリスタン」とも対面する。
トリスタンは和美が反対する匠音のハッキングを応援する、と声をかける。
「だから匠音、ハッキングはしないでと何度も」
夕食時、和美が匠音にそう声をかける。
「……どうして
「だから言ったろ、俺はルキウスみたいになりたいんだって」
食事が目の前に並んでいるのに全く手を付けず、二人は口論する。
「じゃあ、どうしてルキウスみたいになりたいと思ったの」
「それは――」
――あの時、ルキウスに助けられたから。
あの時のルキウスを見て、あのようになりたいと思ったから。
しかし、それを伝えても和美に伝わるという自信がない。
あの時、相手の魔術師に先に手を出したのは匠音だった。
そんなことが和美に知られれば「だから危ないことはしちゃダメって言ったでしょ!」と怒られるに違いない。
「……別に、なんだっていいだろ」
「……」
匠音が本音を口にしなかったことに気づいた和美はほんの少し、寂しそうな顔をした。
そして、ごめんなさい、と呟く。
「匠音がハッキングをしたいというのは分かる。だけど、ダメなの」
「どうして」
何度も繰り返された口論。
匠音が何度理由を聞いても和美はそれを口にしない。
それは匠音が理由をはっきり言えないことにも近く、和美もまた言いたいことを口にできないのだと匠音は薄々感づいていた。
母さんも俺には本音をぶつけられないのか、と。
普段はとても仲がいい、親子関係良好に見える匠音と和美。
しかし、ハッキングというただ一点だけが二人の間に亀裂を作っている。
本当のことを言いたい、しかしそれを否定されたくない。
思っていることは同じだったが互いにそれを認めることができない。
言えない、と和美は思った。
言えない、と匠音も思った。
ハッキングを禁じる本当の理由も、ハッキングをしたいという本当の理由も。
お互い、本音をぶつけることができずにただ互いの主張を否定し続けている。
本当は分かっているのだ。互いに、言うべきなのだと。
それでも、理由を口にすることでこれ以上親子の関係に溝を作りたくないとどこかで思っていた。
それが余計に溝を深くしているとも気付かずに。
ごちそうさま、と匠音がフォークを置く。
「残ってるけど?」
普段は食欲旺盛の匠音が、しかもメインが唐揚げという夕食を残したことで和美が心配そうに声をかける。
「……いや、食欲ないし。残った分は明日の朝食べる」
そう言って席を立ち、匠音は何も言わずに自室に戻っていく。
それを見送り、和美もフォークを置いて席を立った。
残りは明日食べよう、とキッチンからラップフィルムを持ち出して皿にかける。
皿を冷蔵庫に入れてリビングに移動し、和美は写真を置いた棚の前に立った。
匠海の写真を手に取り、じっと見つめる。
その写真にぽとり、と水滴が落ちる。
「匠海……」
和美が低く呟く。
「どこに行ったの……」
やっぱり、わたしは貴方がいないと何もできない、と和美は続けた。
「……逢いたい……」
今日は命日だから特にそう思ってしまうのか。
あの日、突然自分の前から姿を消して、今どこにいるのか、何をしているのか。
ただ、逢いたい、と和美は願った。
どこを探しても、何をしても見つけられない。
約束したじゃない、と声にならない声で和美が呟く。
匠音に会わせると。
――だから、戻ってきて。
肩を震わせ、和美は写真を手にその場に立ち尽くしていた。
ベッドに転がり、匠音が天井を見上げる。
天井に貼ったアメコミヒーローのポスターを見上げ、ため息を吐く。
「……なんで、ダメなんだろう」
そう呟いてオーグギアを操作し、スポーツハッキングのトレーニングアプリを起動する。
そのランキングのトップに輝く「
――母さんはトップランカーだった。でもスポーツハッキングを辞めた。
スコアが登録されたのは十五年前の夏。
和美がスポーツハッキング界から引退したのは十五年前の秋だと聞いている。
十五年前の秋といえばちょうど
父さんが死んだ事故がきっかけで母さんはスポーツハッキングを辞めたのか? と匠音は推測した。
それなら何故、匠海の死が和美を引退に追いやったのか。
匠海が死んだことでショックを受けた和美がスポーツハッキングなんてやっていられない、と考えたのか。
それでも理由としては弱いんじゃないか、と匠音は考えた。
――それとも、父さんも。
匠海もスポーツハッカーだったのか。二人はスポーツハッキングでもパートナーとして組んでいたのかと考えてみる。
それならある程度説明はつく。
パートナーが死んだから続けられないと引退したのだと。
そこまで考えて、匠音はまさか、と呟いた。
トリスタンとの会話。
和美は「アーサー」をスポーツハッキング界に引き込んだと言われていた。
さらに、彼は匠音の名前を聞いたとき「『アーサー』の?」と呟いた。
――まさか。
まさか、そんなことがあるはずがない。
匠海こそが「アーサー」だと考えたくない。
確かに、匠海が「アーサー」であれば辻褄が合う。
つまり、
そして、十五年前の今日、アーサーが死んだことでマーリンはスポーツハッキングを辞めたのだ、と。
匠音はもう一度ランキングを見た。
マーリンの名の次に表示された
「……父さんも、ランカーだったの……?」
推測が正しいかどうかは分からない。
和美は匠海のことに関しては何も語らない。
彼がスポーツハッカーでアーサーだったという証明は匠音にはできない。
しかし、仮に匠海がアーサーであったとしても匠音がハッキングをしてはいけない理由にはつながらない。
普通、こんな時は「父親の遺志を継いで」とかでスポーツハッキングをさせてくるものじゃないのか、と匠音は考えた。
それなのに和美は頑なにハッキングを禁じてくる。スポーツハッキングも含めて全て。
理由は他にあるのか、と考えるも全く心当たりがない。
理由を知りたい、そう思うが和美は話してくれないのだろう。
そこまで考えてからそれなら、と匠音は心に決めた。
――一人前のハッカーになって、母さんに認めてもらう。
隠れての練習になるが、今回のようなことが起こっても誰にも知られず全てを終わらせられるほどの実力を身につければ和美も認めざるを得ない、匠音はそう思った。
それに、ルキウスに近づくにはあの謎の魔法使いも認めるほどの技量は必要。
あの魔法使いに再び会うためにも、匠音は力が欲しかった。
今手元にあるだけのハッキングツールだけでは心許ない。
もっと、様々な可能性に対応できるハッキングツールが欲しい。
やるか、と匠音は呟いた。
身近なところにハッキングツールを色々と取り揃えている人間がいる。
その人物のオーグギアをハッキングしてツールをちょろまかそう、と匠音は思い立った。
その人物とは、
元ランカーである。現在も匠音に対するお仕置きに
オーグギアをハッキングし、ハッキングツールをコピーしてしまえば流石の和美も認めてくれるのではないだろうか、と考え、匠音は開いていたトレーニングアプリを終了させた。
代わりに隠しストレージからハッキングツールを取り出す。
よし、いっちょやりますか、と匠音は和美のオーグギアに接続した。
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