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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第4章

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  第4章 「『黒き魔女モルガン』握りし精霊の剣」

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという小人妖精ブラウニーを目の当たりにしたり、ホワイトハッカーとして校内のトラブルを解決していた匠音はある日、幼馴染のメアリーの「ニヴルング」での買い物に付き合っていた際、怪しげな動きをするアバターを発見通報する。
 その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
 弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
 それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった和美母親のスクリーンネームを見つけ、このランキングを塗り替えるとともに謎のハッカーと再会することを誓う。
 そんな折、メアリーが「ユグドラシル」エリアでチーム「キャメロット」の握手会に行くことになるがメアリーがトラブルに巻き込まれ、それを助けるためにハッキングを行った匠音が拘束される。
 メアリーの機転でトリスタンが現れ、厳重注意だけで済んだ匠音。
 和美にハッキングを辞めるよう言われるものの辞められず、彼女のオーグギアからハッキングツールをくすねようとするがセキュリティが固くて断念、代わりに匠海のオーグギアに接続する。
 接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
 初めて聞く匠海父親の声と、託された固有ツールユニーク、「エクスカリバー」を手にし、匠音は和美を守ると誓う。

 

匠音しおん、昨日お父さんのオーグギア触った?」
 朝起きて、匠音が昨日の夕飯の残りを冷蔵庫から取り出していると突然和美かずみにそう問いかけられた。
「え? あ、ああ、まぁ……」
 歯切れ悪く匠音が頷き、唐揚げの入った皿を温める。
 これは勝手に接続したのバレたか、怒られるかなと少々びくつきながらも匠音は電子レンジの中で温められる唐揚げを眺める。
 ところが、和美は、
「……そう」
 そう反応しただけで、その言葉に特に怒りの感情も含まれていなかった。
 それに一瞬呆気にとられるものの、それでも怒られなかったならまあいいかと匠音は一度電子レンジから離れてカトラリーを取りに行く。
「お父さんに何か言われたの?」
 匠音の背中に唐突に投げられるその質問。
 えっと匠音が振り返るが、和美は本当に怒っていない。
「……うん。『母さんをよろしく』って」
「……そっか……」
 匠音の返答に、和美はほんの一瞬、笑みを浮かべたようだった。
「匠音も匠海お父さんのメッセージ受け取ったのね」
「……怒らないの?」
 恐る恐る、匠音が訊ねる。
 どうして? と和美が首を傾げた。
「匠音がお父さんのことに興味持ってくれたならそれだけで嬉しいの。別にどうしてとか何を言われたとか聞かないわよ」
 和美としては匠音が匠海たくみのことに興味を持ったのが純粋に嬉しかった。
 そもそも匠海は匠音が生まれる前に死んでいる、匠音からすればいくら血がつながっていても知らない人という位置づけである。
 だからここ墓参りにはほぼ行っていないしどんな人物だったか訊かれることもなかった。
 和美からも匠海のことを語ることはほとんどなく、それが余計に匠海と匠音に距離を作ってしまっていたが。
 どのような理由があったとしても、匠音は匠海に興味を持った。
 もしかしたら良からぬ理由はあったかもしれないが匠音は匠海のオーグギアに接続し、ビデオメッセージを受け取った。
 だから、次の匠音の言葉を待っていたのかもしれない。
「……父さんって、どんな人だったの」
 和美からすれば待ち望んでいた匠音の言葉。
 自分から押し付けるのではなく、匠音が望んで初めて語ることができると思った匠海の話。
 そうね、と和美は呟いた。
 しかし。
「……でもごめん、今、お父さんのこと話す気分じゃないの」
「えっ」
 思いもよらなかった和美の言葉。
 普段の彼女なら、押し付けはしまいと思いつつも何かしら語ろうとしてすぐに黙っていたのである。匠音が聞けば喜んで語ってくれると思ったのだが。
 疑問に思いながらも匠音が和美を見ると、彼女はあまり眠れていなかったのか少々辛そうな雰囲気があった。目の下にうっすらとくまが浮いているようにも見える。
「ごめんね匠音。今は、ちょっと話せない」
「……そっか」
 深く追求することなく、匠音は引き下がった。
 今日は土曜日、授業も午前中だけあったがそれをサボってでも聞きたい話ではあった。
 しかし、和美が「話せない」と言うなら無理に聞くわけにもいかない。
 眠れないほど仕事で大きなミスをしたのか、と思っていると。
 そのタイミングで電子レンジがアラームを鳴らす。
 中から皿を取り出し、匠音がテーブルに着いた。
 その時点で空腹も最高点に達していたため、昨日の夜食べ損ねた唐揚げをむさぼる。
「やっぱ母さんのから揚げおいしい」
「そう、よかった」
 ほんの少しだけ、和美がホッとしたような顔をする。
 もぐもぐと唐揚げを頬張る匠音を眺めながら、和美も手早く朝食を済ませる。
「授業、ちゃんと受けるのよ」
「うん」
 和美の言葉に匠音も頷く。
 残りのから揚げを口に運び、匠音は皿をもって立ち上がった。
「……あ、母さん。これだけは聞いてもいい?」
 シンクに皿を運びながら匠音が和美に尋ねる。
「何?」
「母さんって、若い頃、結構ヤンチャした?」
「う……」
 痛い所を突かれたのか、和美が言葉に詰まる。
「ま、まぁそれは、色々と……」
 和美の言いにくそうなその言葉に、匠音はなるほどと納得する。
 どうやら自分の母親は自分が思っていたほど真面目な人間ではなかったらしい。
 昨夜聞いたビデオメッセージの「狙われているのは和美だ」という言葉に妙に納得してしまい、匠音は「それで父さん死なせてたら自分を責めるくらいするよな」と内心呟いた。
 和美は未だに匠海の死を悔やんでいるところがある。
 思っていた以上に根は深そうだと思ったが、匠音はそれ以上の追求はしないことにした。
「うん、それだけ聞ければいいよ。じゃあ、お昼ご飯楽しみにしてるから」
 そう言って匠音はテーブルに移動、机の上にあったドミンゴのチョコレートを一掴み手に取る。
「あ! だからそれわたしの!」
「授業のおやつにいただきー!」
 和美からチョコレートをせしめた匠音が意気揚々と部屋に戻――
 れた。
「……え?」
 いつもなら、匠音が和美の食べ物を強奪すればお仕置きとしてSPAMスパムが飛んでくる。
 それを分かっていても食欲には抗えず毎度SPAMを喰らっていたが、和美がそうしてこないところを見ると余程の事態なのか。
 部屋の椅子に座って、いつまで待っても、SPAMが飛んでくることはなかった。
「……母さん?」
 思わず椅子から立ち上がり、部屋のドアを開けてダイニングにいる和美を見る。
 ぼんやりとした様子の和美に、「これはやばい」と判断する。
 しかし、匠音には和美の身に今起きている事態を知る方法はなく、そして解決する方法もない。
 そっとドアを閉じ、匠音は小さくため息を吐いた。

 

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