世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第4章
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アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
そんな折、メアリーが「ユグドラシル」エリアでチーム「キャメロット」の握手会に行くことになるがメアリーがトラブルに巻き込まれ、それを助けるためにハッキングを行った匠音が拘束される。
メアリーの機転でトリスタンが現れ、厳重注意だけで済んだ匠音。
和美にハッキングを辞めるよう言われるものの辞められず、彼女のオーグギアからハッキングツールをくすねようとするがセキュリティが固くて断念、代わりに匠海のオーグギアに接続する。
接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
初めて聞く
朝、
しかし、和美は「今は話せない」と拒絶してしまう。
授業中、メアリーに「アーサー」のことを調べてほしいと頼んだ匠音は放課後にメアリーの家で匠海のスポーツハッカーとしてのプロフィールを見せてもらうことにする。
メアリーに「アーサー」のプロフィールを見せてもらった匠音はその
同時に「マーリン」のプロフィールも調べ、その実力に驚愕する。
隠しストレージから「第二層」へ侵入するためのツールを展開し、匠音が指を鳴らす。
「さぁて、やりますかね匠音さん」
ハッキングのことを知らない人間はほぼ踏み込むことすら叶わず、ハッキング初心者だと深層に踏み込むことが難しい、そんな危険な場所に侵入するのはスポーツハッキングでも中級の域を抜けないとはいえそれなりに場数をこなしている匠音には慣れたことだった。
検索さえ困難な「
また、ルートさえ確立してしまえばハッキングを知らない人間でも特定のページには踏み込めるのでメアリーのようなハッキングに縁のなさそうな人間でも「このページは知っている」といったこともある。
しかし、今から匠音が踏み込もうとしている領域はそんな素人には踏み込むことのできない領域。対策せずに踏み込もうものならトラップやウィルスに感染してオーグギアに致命的なエラーが発生することもある危険な場所。
匠音は一流魔術師からすればまだまだ
「シルバークルツ」のアバターを身にまとい「第二層」に侵入、まずは通常のネットニュースでは報道されない様々な事件の情報を探る。
魔術師にとって情報はとても大切なもの、一般的な報道は客観的な報道のようでチャンネルによっては偏った思想が見え隠れするので同じ事件でもなるべく多角的に俯瞰する能力が求められる。
政治関係は特にそうで、ニュース報道だけを鵜呑みにして「悪」と思ったものを攻撃すればその実態は逆だった、ということもよくある。
それによって制裁を受けるのは自分なので、多角的な情報収集はとても重要だった。
しばらく気になった事件のニュースを巡回、それから匠音は思い切って表層に浮かび上がった。
「掲示板」サイトを前に、身震いする。
この「掲示板」サイトはもう誰がサーバを立てたかすら分からない歴史あるものだった。
助けを求める人間がこのサイトにたどり着き、そこにSOSを書き込めば、名も無き亡霊が必ず助けてくれる、そんなオーグギアユーザーの都市伝説のようなサイト。
その実態は有志の
匠音はこの活動に憧れていた。
今は駆け出しのホワイトハッカーとして「ニヴルング」のトラブル解決に奔走しているが実際はこの「掲示板」に助けを求める人間を人知れず助けるような腕利きのスイーパーになりたいと思っていた。
今の匠音の実力では解決できる厄介ごとなど限られているだろう。
しかし、匠海から「
――父さんのあのツールがあれば。
「エクスカリバー」の試し斬りもしてみたいところ、簡単そうなSOSなら自分にも解決できるのではないか、と匠音は「掲示板」を前にして考えた。
自分にはまだ荷が重いのではないか、そう期待と不安を胸に「掲示板」サイトに踏み込む。
そこに並ぶいくつかのSOS。
ネットストーカーに付きまとわれて困る、といったものや社内の不祥事を被せられて辛い、といったもの、様々なSOSに匠音は小さく深呼吸をする。
この中でどれが俺に解決できる、とぐるりと周りを見回す。
そんな匠音の視界に、一枚の投稿が目に入った。
『会社が自分の著作物を勝手に会社のものとして利用しています。会社が使えないようにサーバからデータを消してほしいです』
なるほど、と匠音が呟く。
もしかしたら、これならできるんじゃないかという思いが彼の胸をよぎる。
オッケー、と匠音はこの掲示板の内容を記憶した。
魔術師側が書き込みに反応してはいけない。
それは魔術師の特定にもつながってしまうということを匠音は理解していた。
そのうえで、投稿主の身元の特定を行う。
投稿自体には記されていないがIPアドレスはしっかり記録されている。
そこから投稿主を特定、「ニヴルング」のプロフィールから勤務先を割り出す。
「……一応、ここの会社の噂も調べとこ」
投稿主が一方的に会社を恨んでいる場合もある。
その可能性も考慮し、匠音は一度「掲示板」サイトから離脱し、様々な情報が渦巻く「第二層」の噂を探して回る。
そこかしこで見かける投稿主の企業の黒い噂。
依頼したクリエイターの報酬を値切る、場合によっては未払いもあり得るという噂が数多くみられ、そして訴えももみ消されているらしいという記述も見かけ、匠音は完全に黒だと判断する。
よし、この企業のサーバを潰す、と匠音は決めた。
そうと決まれば話は早い。
まずはこの企業のサーバの所在地を特定、調べたところ大手の企業ではないため
中小企業ならそれなりのサーバを用意して使い潰しのシステム管理者辺りを用意すれば安上がりで済む、という話を以前「第二層」で見かけている。
もちろん、NWSも安いプランなら一般人でも借りることのできるクラウドサービスではあるが法人プランはそこまで安くない。それをおして借りるくらいの資金力があるならクリエイターをないがしろにするはずがない。
匠音の予想通り、その企業は自社サーバをオフィスに構築していた。
しかも普通に
そこまで突き止めて、匠音はほっと息を吐いた。
もしNWSの法人プランを契約していたなら侵入は諦めざるを得なかった。
NWSのメインストレージはアメリカに四本ある世界樹の一本、しかも「原初」の世界樹、ユグドラシルである。そのセキュリティは世界最高峰で匠音のようなトレーニングアプリの中級レベル程度の腕では到底歯が立つものではない。
だからといって自社サーバのセキュリティがそこまでザルであるわけでもないが、カウンターハッカーを雇っているとも思えず、難易度は格段に下がる。
ポキポキと指を鳴らし、匠音は自分に喝を入れる。
企業のサーバに侵入するのは初めてのこと、しかし
初仕事だ、と匠音はサーバに取りついた。
セキュリティが万全のサーバのファイアウォールは本当に壁のように展開されて情報糸状虫を通す隙間を探すところから始める必要がある。
しかし、このサーバはファイアウォールも安物を使っているのかいたずらでハッキングしようとしている人間を阻む程度の防壁しか展開されていない。
セキュリティに厳しい会社で、やむを得ずグローバルネットワークに接続しなければいけないような場合はファイアウォールを上回る防壁、
それでも突破されるのがセキュリティというもので、そうなると人対人の戦いになるということでカウンターハッカーが雇用される。
カウンターハッカーは魔術師の中でも特にハッキング能力に秀でたハッカー、ハッキングで得た知識と勘を元に電子機器では察知できないような違和感や揺らぎを察知し、パターンの存在しない対抗方法で侵入者を撃退する。
元から「勘はいい」と言われていた匠音は侵入させた情報糸状虫から送られてくる経路情報に素早くどのルートを通るかの選択を行い、ファイアウォールの突破を試みた。
匠音の視界に情報糸状虫の探査機能が構築したファイアウォールの
複雑に絡み合い、時にはトラップすら用意されている通路を情報糸状虫が匠音の指示を受け駆け抜けていく。
――左は行き止まり、右はトラップ、でも回避できる。
トラップにもさまざまな種類があるが、これもやはり安物なのか
匠海のオーグギアからコピーしたツールを使い、匠音は迷路を抜け、サーバ内部に侵入した。
情報糸状虫からのデータ転送でアバターを
様々なデータが格納されたライブラリ。このどこかにあの投稿主のデータが収納されている。
しかし、それだけでいいのだろうか。
他にも被害に遭っている人間は大勢いる。少しでもデータを残していればそのデータを使ってさらに搾取するのではないか、と匠音はふと思った。
――父さんなら、こういう時どうしたんだろう。
匠海がスポーツハッキング以外にハッキングを行っていたかどうかは知らない。
だが、あのビデオメッセージで受けた印象から、このような悪意ある企業に対しては怒りを覚えたのではないか、とふと思う。
匠音の指が
彼の手に一振りの剣が現れる。
それを握り締め、匠音は軽く素振りした。
ただのデータなのに、ずしりとした重みを感じる。
片手で振り回すには重すぎて、匠音はエクスカリバーを両手で握りしめた。
匠音の視界に新たなウィンドウが一つ展開される。
テキストウィンドウのようだが、カーソルが一つ点滅しているだけで他に何のUIもないシンプルなもの。
バグか、と思いつつも匠音はウィンドウを意に介せずライブラリの一つに歩み寄った。
――ここにあるデータを、全部消す。
エクスカリバーを振りかぶり、ライブラリに向けて振り下ろす。
エクスカリバーが
その瞬間、全ての視界が硬直する。
「え?」
まるで時が止まったかのような停止に匠音が声を上げる。
その目の前で、たった一つ、何のUIもないテキストウィンドウに文字が浮かび上がった。
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