縦書き
行開け

世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第4章

分冊版インデックス

4-1 4-2 4-3 4-4 4-5 4-6 4-7 4-8

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという小人妖精ブラウニーを目の当たりにしたり、ホワイトハッカーとして校内のトラブルを解決していた匠音はある日、幼馴染のメアリーの「ニヴルング」での買い物に付き合っていた際、怪しげな動きをするアバターを発見通報する。
 その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
 弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
 それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった和美母親のスクリーンネームを見つけ、このランキングを塗り替えるとともに謎のハッカーと再会することを誓う。
 そんな折、メアリーが「ユグドラシル」エリアでチーム「キャメロット」の握手会に行くことになるがメアリーがトラブルに巻き込まれ、それを助けるためにハッキングを行った匠音が拘束される。
 メアリーの機転でトリスタンが現れ、厳重注意だけで済んだ匠音。
 和美にハッキングを辞めるよう言われるものの辞められず、彼女のオーグギアからハッキングツールをくすねようとするがセキュリティが固くて断念、代わりに匠海のオーグギアに接続する。
 接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
 初めて聞く匠海父親の声と、託された固有ツールユニーク、「エクスカリバー」を手にし、匠音は和美を守ると誓う。

 

 朝、和美かずみに父親のオーグギアを触ったことを聞かれた匠音しおんはこの機会に匠海たくみのことを聞こうとする。
 しかし、和美は「今は話せない」と拒絶してしまう。

 

 授業中、メアリーに「アーサー」のことを調べてほしいと頼んだ匠音は放課後にメアリーの家で匠海のスポーツハッカーとしてのプロフィールを見せてもらうことにする。

 

 メアリーに「アーサー」のプロフィールを見せてもらった匠音はその固有ツールユニークの性能が不明であることに驚く。
 同時に「マーリン」のプロフィールも調べ、その実力に驚愕する。

 

 自室に戻った匠音は匠海から受け取った「エクスカリバー」の性能を知るために「第二層」の掲示板に訪れる。
 とある企業のサーバに目を付け、侵入した匠音はライブラリに向けて「エクスカリバー」を振り下ろす。

 

 「エクスカリバー」を使用したものの使用方法が分からず、トラップに引っかかる匠音。
 それを助けたのは以前匠音をアバターのロストから救った謎の魔法使いだった。

 

「……なんて?」
 魔女が訊き返す。
 もう一度、匠音は、今度ははっきりと、
「嫌だ。俺は、善意の魔術師ホワイトハッカーになる」
 ――ルキウスやあんたみたいに、強くてまっすぐな、ホワイトハッカーに。
 誰が、何と言おうとも、これだけは譲れない。
 今は魔導士が何かは分からずとも、匠海が遺したエクスカリバーを使いこなして、世界の闇を、ネットワークの世界から晴らしたい。
 だから、和美にもこの魔女にも「ハッキングを辞めろ」と言われても受け入れられない。
 技術が足りないなら身に着けるだけ。少なくとも、この魔女のハッキングとアドバイスで多少の知識は身についた。それを実践し、もっと磨くことで。
 匠音の言葉に、魔女は一瞬だけ怯んだようだった。
 どうして、と呟こうとして飲み込んだのが伺える。
 ――どうして、貴方は、「アーサー」を。
 何故か、そんな言葉が聞こえた気がする。
「……あんたは、と……『アーサー』を、知ってるの……?」
 思わず、匠音はそう問いかけた。
 一瞬、魔女が怯んだようなそぶりを見せ、一歩後ずさる。
「『アーサー』は……彼、は、わたしの……」
 そう言う魔女の声が震えている。
 一瞬、匠音の胸に「まさか」という思いが過る。
 いや、そんなはずがあるわけがない。
 目の前の魔女が、和美母さんであるはずがない。
 確かに和美は「マーリン」としてスポーツハッキング界のランカーではあった。
 だが、スポーツハッキングからは引退しているしいくら正義のためとはいえ違法にハッキングする人間とは思えない。
 それなのに、どうしてこんなに辛そうに言うのだろうか。
 それとも、一方的に匠海に想いを寄せていた人物だったのだろうか。
 もし、知っているのなら聞いてみたい。
 匠海アーサーがどんな人物だったのかを。
「教えてくれ、『アーサー』ってどんな人だったんだ? あんたは、知ってるのか?」
「……」
 匠音の言葉に、魔女は答えない。
 沈黙が、二人の間を流れる。
「……十五年も前に死んだ人のことを知って、どうするの」
 魔女が絞り出した言葉はこれだった。
 匠音はそれに怯まず答えを投げる。
「俺は、知りたいんだ。『アーサー』がどうして死んだのか、どうしてみんな俺のハッキングを反対するのかを」
「……知らない方が身のためよ。貴方が思ってるほど、ホワイトハッカーの世界は生ぬるいものじゃない」
 ハッキングだからドジを踏めば逮捕されて終わりだと思ってるの? 現実で攻撃リアルアタックされることもあるのよ、と魔女は続けた。
「貴方の腕じゃ、確実にリアルアタックされる。悪いことは言わない、その程度の腕ならハッキングは辞めなさい」
「嫌だ。理由も何も言われず辞めろと言われてはいそうですかなんて言えないし」
 匠音は食い下がった。
 どうして、誰も、何も、教えてくれない。
 匠海のことも、その事故の原因も、和美がスポーツハッキングを辞めた理由も。
 和美が頑なに自分のハッキングを禁止する理由が匠海に、アーサーにあるのではないかと匠音は薄々勘づいていた。
 匠海のあの言葉、「狙われているのは和美」そして「俺は殺されるかもしれない」、そこにハッキングの世界の闇があることは分かる。
 それでも、それを「子供だから」「危険だから」という理由で止められたくなかった。
 もっとはっきりと、「○○だから」と止められたかった。
 子供だから、ではなく、もっとはっきりとした、納得のできる理由が欲しい。
「あんたも俺を子供扱いするのかよ。なんでみんな、俺を見てくれない」
 子供としてではなく、一人の人間として。
 大人として扱えとは言えない。自分が幼いということは分かっている。
 それでも、一人の人間として扱ってもらいたかった。
 いつまでも庇護される存在ではないと、認めてもらいたかった。
「確かに俺はまだ子供かもしれないけど、子供である前に一人の人間なんだ。『子供だから』で除け者にはされたくない」
「……言うわね」
 はぁ、と魔女がため息を吐く。
「……真実というものはね、教えられて理解できるものじゃない。どうしても、理由を知りたいのなら……『黒騎士ブラックナイト』を追ってみなさい。でも、それを知ったならハッキングから手を引きなさい」
「……『黒騎士ブラックナイト』……?」
 唐突に出てきた名前に匠音が首をかしげる。
 黒騎士が、匠海と関係あるというのか。
 それとも、黒騎士こそが匠海を事故に見せかけて殺した犯人だというのか。
「ちょっと待てよ、まさかその黒騎士って奴がアーサーを……?」
 少しだけ考えた匠音が魔女にそう問いかけようとする。
 だが、匠音がそう問いかけた時既に魔女の姿はその場から消え失せていた。
 周りを見ると、全ての書架ライブラリのデータが書き換えられている。
 書架の一つに手を触れると、ぼんやりと一つの紋章が浮かび上がる。
 それは初めて魔女に会った時、彼女が匠音にトレーニングアプリを残した時に記されていた紋章と同じものだった。
 どうやら、この紋章は魔女が現れた時に残すしるしなのだろう、と匠音は考えた。
 噂で耳にしたことがある。
 存在すら怪しいが標だけを残すとんでもない魔術師がネットワークには存在するという。
 ネットワークのおりとも亡霊とも呼ばれる、標だけで存在が示された謎の魔術師「モルガン」。
 噂では「黒き魔女」とも呼ばれていたモルガン、思い返してみれば噂で見かけた紋章は確かに魔女が残した紋章と一致している気がする。
 アーサー王伝説で、マーリンによって魔力を磨かれ、そしてアーサーを嫌悪し敵対した魔女モルガンがこのネットワークで善意の魔術師ホワイトハッカーとして存在しているのはいささか不釣り合いなものを感じるが、それでも被害を受ける側からすればモルガンは「悪」という認識なのだろう。
 実在したのか、と匠音は呟いた。
 何故か身近な存在の感じがする魔女。
 弟子入りしたい、と匠音は本気で思った。
 この魔女モルガンの元でなら、きっと理想の善意の魔術師ホワイトハッカーになれる。
 彼女ならきっとエクスカリバーの使い方を教えてくれる。
 だから、と、匠音は拳を握り締める。
「……諦めないから、俺。辞めろって言われても辞めるもんか」
 エクスカリバーのことも、「アーサー」のことも、「黒騎士」のことも全て知って、それからあんたに認められる魔術師になるから、と呟き、匠音は踵を返した。
 ご丁寧にもモルガンは匠音が痕跡なく離脱できるようにファイアウォールまで欺瞞してくれていた。
 それを通り抜け、匠音は現実世界へとログアウトした。

 

4-7へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る