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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第4章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという小人妖精ブラウニーを目の当たりにしたり、ホワイトハッカーとして校内のトラブルを解決していた匠音はある日、幼馴染のメアリーの「ニヴルング」での買い物に付き合っていた際、怪しげな動きをするアバターを発見通報する。
 その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
 弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
 それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった和美母親のスクリーンネームを見つけ、このランキングを塗り替えるとともに謎のハッカーと再会することを誓う。
 そんな折、メアリーが「ユグドラシル」エリアでチーム「キャメロット」の握手会に行くことになるがメアリーがトラブルに巻き込まれ、それを助けるためにハッキングを行った匠音が拘束される。
 メアリーの機転でトリスタンが現れ、厳重注意だけで済んだ匠音。
 和美にハッキングを辞めるよう言われるものの辞められず、彼女のオーグギアからハッキングツールをくすねようとするがセキュリティが固くて断念、代わりに匠海のオーグギアに接続する。
 接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
 初めて聞く匠海父親の声と、託された固有ツールユニーク、「エクスカリバー」を手にし、匠音は和美を守ると誓う。

 

 朝、和美かずみに父親のオーグギアを触ったことを聞かれた匠音しおんはこの機会に匠海たくみのことを聞こうとする。
 しかし、和美は「今は話せない」と拒絶してしまう。

 

 
 

 

 授業を聞きながら、匠音がこっそりチャットウィンドウを開く。
 チャットの相手はメアリー。
《匠音、どうしたの?》
 普段なら授業中に匠音からチャットを開くことはない。
 一応は「真面目な生徒」で通っている匠音が自分からチャットを開いてきたため、メアリーは不思議そうな顔をして隣の席の匠音を見た。
『メアリー、スポーツハッキングの色々に詳しいからさ、ちょっと聞いておきたくて』
《どうしたの、やっとお母さん説得できたの?》
 スポーツハッキングするの? おすすめのトレーニングアプリ教えようか? と聞いてくるメアリーに、匠音は「違う」と返答した。
『母さんは多分折れないだろうな。じゃなくて、調べて欲しい選手がいるんだ』
《へえ、ルキウス以外に気になる選手……もしかしてトリスタン様? いいよ、トリスタン様のことなら調べるまでもないわ、なんでも聞いて!》
 ――やっぱりそっちに食いついた。
 違ぇよ、と返答し、匠音は一つの名前を送信した。
『調べて欲しいのはアーサー。昔の選手だと思うけどメアリーなら分かるかなって』
《アーサー? 『キャメロット』の?》
 やはりメアリーは知っていたか。
 うん、その人と返事をしつつ匠音は文面を入力する。
『ちょっと聞いたことがあって、どんな人だったかなって。あと固有ツールユニークも分かると助かる』
 送信し、ちら、とメアリーを見ると彼女は面白そうなものを見つけたかのようにニヤニヤしている。
《オッケー、でも現役の人じゃないからあたしもそこまで詳しくないし少し時間ちょうだい。でもデータベースDBには記録あるだろうし、見てみるね》
『ありがとう、恩に着る』
 思いの外あっさりと快諾してくれたメアリーに感謝しながら匠音はさらに続ける。
『今度リトルパフェの限定パフェをリアルで食べに行こう。母さんから許可もらった』
 先日メアリーと試食したリトルパフェの限定パフェはとにかく美味しかった。
 基本的にジャンキーなものを好む匠音からすれば珍しいことで、和美も「メアリーちゃんと一緒なら」と快諾してくれている。
 そんなリトルパフェの限定パフェを食べに行こうと誘われて断るメアリーではなかった。
《あの限定パフェ?!?! オッケー、頑張って調べるから!》
『頼んだ』
 そのやり取りでチャットを終了し、匠音はもう一度メアリーを見た。
 限定パフェに釣られたメアリーが匠音にウィンクしてみせる。
 自分だけに向けられたそのウィンクにどきりとしつつも、匠音は慌てて首を振って授業に集中し始めた。

 

 午前中の授業が終わり、匠音は同じく午前中の仕事を終わらせた和美と向かい合って昼食を摂っていた。
 普段とあまり変わらないサンドイッチとトマトやブルーベリーといったシンプルな昼食ランチ
 サンドイッチを食べながら、匠音はもう一度匠海のことを聞いてみようかと考えた。
 しかし、和美は朝と変わらずやや焦燥したような面持ちでブルーベリーを摘んでは口に運んでいる。
「何かあったの?」
 思わず、匠音がそう問いかける。
 声をかけられるとは思っていなかったのか、和美が一瞬びくりとして、それから「そうね」と小さく頷く。
「ちょっと知り合いが大変なことになってるらしくって。わたしも力を貸したいんだけど、どこから力を貸せばいいか、どうすればいいか全然分からなくて」
 そっか、と匠音は呟いてサンドイッチを牛乳で流し込む。
「無理するなよ」
 和美が何やら大変なことは分かった。仕事の知り合いがドジでも踏んだのだろうか、リカバリーも大変って聞くしなとのんきに思いつつ匠音はブルーベリーを数粒口に放り込み、それから席を立った。
「母さん、俺、メアリーの家に行くから」
 本当は匠海のことをじっくりと聞きたかった。
 しかし、朝の和美の様子を考えると恐らく今も話す気力はないだろう。
 父さんのことを聞くのはお預けか、と思いつつも匠海=アーサーということは分かっている。メアリーがある程度調べてくれるだろう。
 そう思いながら、匠音は和美が食欲なさそうな様子を見せていることを確認し、さらに残っているサンドイッチを強奪した。
「あ!」
「隙あり!」
 サンドイッチにかじりつき、匠音は自分の部屋に足を向ける。
 しかし、覚悟していた和美からのSPAMはやはり飛んでこなかった。
「……母さん……?」
 二度に渡って、SPAMが飛んでこない。やはり余程の事態なのか。
「……大丈夫?」
 サンドイッチを食べる手は止めず、匠音が和美に声をかける。
「……え? ええ、大丈夫」
 もう、いつまでもつまみ食いしないでよと続けながら和美は匠音を見た。
「メアリーちゃんのところに行くの? 今日はリトルパフェに行かないんだ」
「今日誘ったばかりだからさ、予定が合えば行くかも」
 そう、と和美が小さく頷いた。
 それから小さく指を振り、視界に映り込んだウィンドウを操作する。
 すっ、と和美が匠音に向けて指をスワイプすると、彼のウォレットアプリが開き、いくらかの入金が行われる。
「メアリーちゃんに奢ってあげなさい。それくらいは出してあげる」
「あ、ありがとう」
 そう言って、匠音は一度自室に戻り上着を手にする。
 それからバスルームに移動し、鏡の中の自分を見る。
 ――よし。
 何が「よし」なのかは分からないが、それでも顔は汚れていない、髪型も乱れていない、と確認してほっとした匠音は玄関に向かった。
「じゃ、行ってくる」
 出かけるといってもメアリーの家は隣である。
 もし、リトルパフェに行くとなれば少し歩くことにはなるがそれでも日本人街リトル・トーキョーは行き慣れた場所だしそこまで治安の悪い場所でもない。
 アパートメントの廊下に出て隣の扉の前に立ち、匠音はインターホンを鳴らした。
 ほんの少しの沈黙の後、メアリーの母親が出迎えてくれる。
 軽く挨拶すると、彼女は快く匠音をメアリーの部屋に案内した。
「あ、匠音いらっしゃい!」
 ベッドの上であぐらをかいてオーグギアを操作していたメアリーが匠音の姿を認めて嬉しそうに声を上げる。
「ちょうどよかった! 今DB調べてたとこ」
 ぴょん、とベッドから降り、メアリーが匠音の手を掴んで部屋に招き入れる。
 座って、と自分のデスクの椅子を指さし、彼女は再びベッドに座った。
「……で、何か分かったのか?」
 メアリーに掴まれた手を思わずさすりながら匠音がやや上ずった声で尋ねる。
 他の女子には特に何の感情も湧かないが、メアリーを前にした時だけはどうしてもドキリとしてしまう。
 妙に意識してしまっている、という意識はあったがそれは一体なぜなのか。
 一瞬、「まさか」という思いが胸をよぎるが匠音は心の中で全力で首を振った。
 ――いやいやいやいや俺がメアリーになんてそんなことあるわけないし!
 第一メアリーはトリスタンガチ恋勢である。そんなメアリーになど無駄の極みでしかない。
 匠音がそんなことを考えているともつゆ知らず、メアリーはウィンドウを開いて匠音に共有した。

 

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