世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第4章
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アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
そんな折、メアリーが「ユグドラシル」エリアでチーム「キャメロット」の握手会に行くことになるがメアリーがトラブルに巻き込まれ、それを助けるためにハッキングを行った匠音が拘束される。
メアリーの機転でトリスタンが現れ、厳重注意だけで済んだ匠音。
和美にハッキングを辞めるよう言われるものの辞められず、彼女のオーグギアからハッキングツールをくすねようとするがセキュリティが固くて断念、代わりに匠海のオーグギアに接続する。
接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
初めて聞く
朝、
しかし、和美は「今は話せない」と拒絶してしまう。
授業中、メアリーに「アーサー」のことを調べてほしいと頼んだ匠音は放課後にメアリーの家で匠海のスポーツハッカーとしてのプロフィールを見せてもらうことにする。
匠音の目の前に一人のスポーツハッカーのプロフィールが表示される。
そこに添付された写真を見て、匠音は言葉を飲み込んだ。
「っ――!」
匠音が食い入るようにプロフィールを見る。
メアリーが利用したデータベースはスポーツハッキング専門誌「スポーツハック・マニアクス」の歴代選手名鑑。
各選手の顔写真、アバター、よく使うツールなどが詳しく紹介されたそのページに匠音はここまで網羅されているのか、と驚いていた。
その名鑑の「アーサー」は数人登録されているが、メアリーは的確に匠音が探していた「アーサー」のページを探し当てていた。
そのページに表示されている写真は紛れもなくあのビデオメッセージで見た匠海のもの。活躍年代も事故のあった十五年前となっている。
「びっくりしたわよ。匠音のお父さんじゃないの?」
だって、そっくりだしと続けるメアリーの言葉が頭に入ってこない。
プロフィールには
メアリーほどの
あのトリスタンの本名ですら既に把握しているというメアリーならと思う。
「なあ、本名調べられるか?」
「そう言うと思って今調べてる。ただ、十五年前のデータだから残ってるかなあ……」
メアリーの言葉にさすが、と言いつつも匠音は匠海のプロフィールを凝視した。
使用ツールは知らないものも多かったがそのいくつかは昨日匠海のオーグギアからダウンロードしている。
そして、
「
「な、なあメアリー……」
匠音がかすれた声でメアリーに声をかける。
「ん?」
「この、エクスカリバーがどんなツールだったかも調べられるか?」
匠海はあのビデオメッセージでエクスカリバーがどんな性能を持っているかは言っていない。「自分で真価を見つけろ」と言っていた。
それに関しては実際に使って見ないと分からないだろうが、どんなものだったかを調べるくらいは別に怒られないだろう。
いいよ、とメアリーが頷き、それから匠音にもう一枚のウィンドウをスワイプして転送する。
「はい、見つけたわよ。タクミ・ナガセ、やっぱり匠音のお父さんじゃない?」
早いな、と匠音は新しく転送されてきたウィンドウに目を通した。
そのサイトは「スポーツハック・マニアクス」とはまた違う切り口で各選手のプロフィールを網羅しているようだった。
各試合での結果の詳細や使用ツールの傾向、果ては
「ここ、表のネットワークにはない情報なのよね。『
「へ、へぇ」
あのメアリーが「第二層」に踏み込んでいる時点で充分驚きだが、このサイトの詳細情報は思っていたよりかなり細かい。
選手の本名まで網羅しているとはいったいこのサイトの持ち主は一体何者だと思いつつも匠音は「アーサー」のプロフィールを眺める。
確かに、そこに記載されている本名は匠海のものだった。
使用ツールも「スポーツハック・マニアクス」の選手名鑑より細かく記載されており、ただただ感心する。
大会参加歴を見ると初めての大会参加が二一二〇年一月、同年九月の大会参加を最後に足取りが途絶えている。
「匠音、アーサーってすごいのよ。これ見てると一月のルーキー杯で優勝してから負けなし、最後に出た九月の大会は
一人でも足を引っ張れば絶対に勝てない大会なの、と続けながらメアリーは匠音に「見て」と備考欄を指さす。
「『同年九月二十一日に事故に遭い、その二日後に死亡報道』ってあるの。昨日……だよね……?」
匠音のお父さんの命日って、っとメアリーが言いづらそうに言い、匠音が小さく頷く。
「……『キャメロット』としては、とんでもない損失だったと思う。その後しばらく『キャメロット』はちょっと成績が振るわなかったのよね」
そして、今のところ「キャメロット」にアーサーは存在しないの、とメアリーは続けた。
「どういうこと、匠音のお父さん、スポーツハッカーだったのに匠音にはスポーツハッキング禁止って」
「……多分、父さんが事故に遭ったからだと思う」
昨日聞いたビデオメッセージを思い出し、匠音が呟く。
「母さん、当時何かのトラブルに巻き込まれてたっぽいんだ。父さんはそれに気づいて、よく分からないけど事故に遭ったらしい」
そんなことを言いながら、匠音は匠海のプロフィールの
そこに記されているのはやはりエクスカリバー。
その性能は――
「……『不明』……?」
どういうこと、と匠音は声を上げた。
メアリーも匠音の疑問にそうなの、と答える。
「ここ、分からないことはないってレベルで詳しく書いてるのに『不明』は珍しいのよ。今ちょっと過去のインタビューとか見てるけどほんと全然。ただ、ツールのジャンルとしては『破壊型』ってのは言われてる」
メアリーの言葉に「破壊型?」と繰り返す匠音。
「『破壊型』って言うのはそのツールにどんな効果があるかっていうジャンル分けの一つなんだけど破壊系は文字通りデータを破壊するタイプのものなの。例えば、セキュリティbotが目の前に現れた時その動きとめるのが『拘束型』、ターゲットを誤認させるのが『欺瞞型』って言う感じ。『破壊型』はそうね……文字通りそのbotを破壊して動作不能にするものと思っていいと思う」
いやそれは分かってる、そういうことを聞きたかったんじゃないとぼやく匠音。
とはいえ、確かにエクスカリバーは剣の形状をしたツール、破壊型と言われても納得できる。
しかし、メアリーは怪訝そうな声で続ける。
「でも、破壊型って言われてるんだけどよく分からないのよね。対戦相手によっては『飛ばしたbotが斬られたと思ったらこっちを攻撃してきた』とか『壁が出てきて攻撃を阻まれた』とか言ってることがバラバラなの。普通、ツールに複数の、何のつながりもない機能が実装されてると思えないしアーサーって同じ形状でいくつもツール作ってたのかな」
「どうだろ。そんな、
匠音は
しかし、匠音にとっては「自分専用のツールを作る」ということがそもそも想像すらできない内容である。
魔術師が無数にあるツールを組み合わせてハッキングを行うということは分かっている。ただ、そのツールの組み合わせも一時的なもので「ツールを合成して新たなツールを生み出す」ということ自体が全くイメージのできない行為であった。
「分からない。基本的に
実際はどうなのかは分からない。しかし、これであのエクスカリバーの性能が少しは理解できるかと考えていただけに匠音は沈黙せざるを得なかった。
「どうしたの?」
黙りこくった匠音に、メアリーが不思議そうに声をかける。
「……その父さんですらランキング二位なんだよな……」
「え?」
匠音の言葉に、メアリーが驚きを隠せずに声を上げる。
「悪い、もう一人調べてほしい。『マーリン』、多分同じ『キャメロット』にいたと思う」
思わず、匠音はメアリーにそう頼んでいた。
メアリーが一瞬、呆気にとられるもののすぐににやりと笑って頷く。
「任せて! まるっと調べてあげるわよ!」
そう言い、メアリーは視界のスクリーンに指を走らせた。
「……」
「……」
沈黙が、室内を満たしている。
「……ヤバいわね」
ぽつり、とメアリーが呟く。
うん、と匠音も小さく頷いた。
あの後、メアリーはマーリンのプロフィールを洗い出し、マーリンが和美であることに驚きの声を上げていた。
匠音としてはマーリン=和美は既に知っていたのでそこまで驚くことではなかったが、それでも彼女の実力が思っていた以上に高かったことにショックを受けている。
念のため、と古いアーカイブでマーリンが出場した試合も閲覧したが、あまりの実力に「そりゃハッキングできないよ」と納得する。
『アーサー王伝説』であのアーサーを導いたとされる魔術師マーリン。
その物語に違わず
恐らくはあの事故が原因での和美の引退、それでもここまでの実力者があっさりと引退してしまったという事実にショックは隠せない。
本当に、どうして、と考えてしまう。
目の前のマーリンのプロフィールに、匠音は「どうして」と呟いた。
「匠音のお母さんもプロプレイヤーだったなんて。でもどうして引退しちゃったんだろ」
メアリーも不思議そうに呟く。
「……父さんの事故が原因だとは思う。だけど俺がハッキングするのまで禁止するって分からない」
匠音の言葉に、メアリーも「そうよね」と頷く。
「でも、逆に考えるとハッキングで何かあったから匠音のハッキングを禁止してるってのもあるんじゃない?」
なるほど、と匠音が頷く。
確かに、ハッキングで何かしらのトラブルがあったから、それが原因で匠海が事故に遭ったと和美が認識しているのなら。匠音がトラブルに巻き込まれないようにハッキングを禁じたというのもない話ではない。
匠海の事故がどのようなものだったかは分からない。
今朝、聞いてみようと思ったが和美は「話せる気分じゃない」と拒絶した。
せっかく匠海に近づけるチャンスだと思ったのに、それが伸びてしまったようで。
いつか、聞くことができるのだろうかと思いながら匠音はウィンドウを閉じた。
「ありがとうメアリー、色々分かった」
そう言って、匠音は立ち上がった。
「どうする? 時間あるならリトルパフェ行く?」
まだ夕方になるほどの時間ではない。ここから
だが、メアリーは首を横に振った。
「リトルパフェの限定パフェはあっという間に売り切れるから、今から行っても食べられないわよ。それよりもあたしはもうちょっとこの二人調べたい」
「えっ」
メアリーがトリスタン以外に興味を持つとは珍しい。それもすでに引退した二人である、調べたところで何かの役に立つとも思えないが。
「だってトリスタン様の元チームメイトよ? マーリンはもしかしたらトリスタン様を導いたかもしれないじゃない、これは調べないと!」
あ、もしよかったら匠音のお母さんにサイン頼めない? などと冗談めかして言うメアリーに「言うだけ言っとく」と答え、匠音は分かった、とメアリーを見た。
「じゃあ、俺も自分で色々調べるか……」
「匠音も何か当てがあるの? もし何か分かったらあたしにも教えてよ」
りょーかい、と匠音が頷いた。
「じゃあ、メアリーも何か分かったら教えてくれ」
「りょーかい」
その返事に、匠音は「じゃあ帰る」とメアリーに手を振った。
「うん、また後で、かな?」
何かあったら連絡するから、と言い、メアリーは匠音を見送った。
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