世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第5章
分冊版インデックス
5-1 5-2 5-3 5-4 5-5 5-6 5-7 5-8
アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの
通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという
その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった
そんな折、メアリーが「キャメロット」の握手会に行くことになるがトラブルに巻き込まれてしまう。それを助けたもののハッキングが発覚して拘束された匠音。
メアリーの機転で厳重注意のみで済むものの、和美にはハッキングを辞めるよう強く言われる。
それでも諦められず、逆に力を付けたくて匠音は匠海のオーグギアに接続する。
接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
初めて聞く
手に入れた「エクスカリバー」の性能を知りたくて手近なサーバに侵入する匠音、しかし「エクスカリバー」を使いこなせず通報されかける。
それを謎の魔法使いこと
ハッキングを禁止する理由も、匠海のこともはっきりと教えてくれない和美に反抗し、匠音は家を飛び出してしまう。
家を飛び出した匠音はハッキングの腕を磨くために祖父
匠音が家を飛び出したことで和美は白狼に連絡を入れる。
その際に、和美は匠音のハッキングはもう禁止できないのかと考え始める。
「よう、」と匠音に声をかけた白狼は片手を上げてニコニコ笑っている。
その今までと変わらない様子に少し不安を覚えていた匠音もほっとして彼に飛びついた。
「じいちゃん!」
「おう、匠音、元気そうだな」
匠音をハグで迎え、白狼が嬉しそうに笑う。
「家出したって? 最近の若い奴は勢いがあっていいな」
「そういうじいちゃんこそばあちゃんの一人に惚れ込んでアメリカ渡ったんだろ、俺よりスケールでけえよ」
白狼はかつて日本で生まれた日本人だった。
それが、日本で出会ったとあるアメリカ人女性に惚れこんでそのまま渡米、結婚して永住権を得てしまった。
匠音がアメリカ人であるのもそれが理由だったが彼からすれば白狼がやったことは壮大な家出である。
そのアメリカ人女性が匠音の曾祖母というわけではなく、彼女との死別後に結婚した別の女性が曾祖母にあたるわけだが彼女もすでに死別しており匠音は顔を合わせたことがない。
白狼は恋多き男性で未だに色んな女性に声をかける女好きを発揮しているが、それでもこの匠音の曾祖母に当たる女性が忘れられず現在は一人で暮らしている。
実年齢としては既に百歳は超えているだろうが、未だに元気で衰えというものを知らないのかと匠音も思うほどである。
元々は日本人だったという和美も同郷のよしみということか、よく白狼を頼っていた。
今回はその曾孫である匠音が白狼を頼った次第である。
「じいちゃん、急にごめんな」
「気にすんな、儂はいつでも大歓迎だ」
匠音の謝罪に白狼が彼の背中をポンポンと叩きながら安心させるように言う。
「とりあえず、うちに来るか」
「うん」
白狼の言葉に匠音が頷き、彼から離れる。
「じいちゃん、腹減った」
「おう、じゃあピザでもデリバリーするか」
どうせ和美さんなかなかデリバリー頼まんだろ? と白狼に言われて匠音は少しはにかみながら頷いた。
確かに普段は和美の手料理が大半で、彼女がよほど調子の悪い時でない限りデリバリーを頼むことはない。
デリバリーのピザは滅多に食べられない。白狼の申し出は非常にありがたかった。
一瞬、和美の鬼のような形相が脳裏をよぎるが今は家出中、何も考えずに白狼に甘えようと匠音は固く誓った。
白狼について歩きながら、匠音が口を開く。
「ねえじいちゃん」
「どうした?」
白狼が匠音を見る。
それに一瞬怯んでしまう匠音。
ハッキングしたいから教えてくれと頼んでいいものなのか。
和美のことだから以前から白狼にも「匠音にハッキングを教えるな」とは伝えているだろう。
それを白狼が律儀に守るかどうかは分からなかったが、それでも訊いていいものかどうか悩んでしまう。
が、匠音は思い切って口を開いた。
「じいちゃんも魔術師なんだろ? ハッキング教えてくれよ」
「ん?」
白狼が一瞬聞き返すようにそう声をあげ、それからニヤリと笑う。
「匠音?」
えっ、と匠音が一瞬身をすくめる。
やはり、ダメなのかと覚悟すると。
「人に物を頼む時は言い方があるだろうが」
「え、そこ?」
「そう、そこ」
ドヤァ、と白狼がドヤ顔をする。
えぇー……と匠音が声を漏らした。
「……うぅ……じいちゃん、ハッキング、教えてください」
背に腹は変えられない、と思ったのか匠音は素直に頼み込んだ。
おう、と白狼が頷く。
「じゃあ、報酬の話をしようか」
「金取るのかよ!」
思わず匠音が抗議する。
当たり前だろうが、と白狼は相変わらずのドヤ顔で言う。
「何かを得るなら何かを失う、それは当たり前のことだろうが」
「えぇ~……」
俺、そんなに金持ってないし……と呟く匠音に、白狼はワハハと豪快に笑った。
「金じゃねえよ。ほら、あれだ、匠音のクラスメイトの女の子をちょっと紹介してくれれば」
「はぁ!?!?」
思わず匠音が声を荒らげる。
「じいちゃん、自分何言ってるか分かってる? 俺のクラスメイト何歳だと思ってんだよ!」
「十四歳のピチピチギャル」
「じいちゃん!!!!」
流石にその条件は飲めない、と匠音は突っぱねた。
一瞬、何故かメアリーの顔が浮かぶが彼女をこのエロジジイに差しだすわけにはいかない。差し出してしまえば何が起こるか分からない。
なにはともあれ、何としてもそれだけは阻止しなければいけない。
それでもハッキングのレクチャーは受けたいもので、さてどうしたものやらと匠音が悩み始めると。
白狼がポン、と匠音の背中を叩いた。
「冗談だ。だが、儂のレクチャーはぬるくないぞ?」
「え、いいの!?!?」
思わず食い気味に匠音がそう確認する。
勿論、と白狼は豪快に笑う。
「匠海にハッキングを教えてくれと言われた時も同じことを言った気がするわ」
思い出すなあ、と感慨にふける白狼。
それとは逆に、匠音はドキリとして白狼を見上げた。
「……父さんが?」
匠海にハッキングのイロハを教えたのは白狼だったのか。
何故か、ここで父親とのつながりを感じてしまいほんの少しだけ嬉しくなる。
今、自分は父親が歩いた道を歩こうとしているのだと。
ああ、と白狼が頷く。
「匠海がハッキングの世界に踏み込んだのは事故の前の年だったがな……あいつは筋が良かったんだ、その子供のお前もいい線行けるんじゃないか?」
そういえば匠海がルーキー杯で優勝したのは事故のあった年の一月だったことを思い出し、匠音はそんな短期間で、と考えた。
「実際儂に教えを乞うてきたのは事故のあった年のはじめ……ルーキー杯の直後だったか? 実際には他に師匠がいたらしいから儂が教えたのはより実戦的な応用編を少しだったがな」
なるほど、と頷きながら匠音は改めて父親の魔術師としての素質を考える。
一年にも満たない期間でスポーツハッキングの大会でもかなり上位に位置する「
いい師匠に恵まれたからかもしれないがそれでも匠音は「父さんに追いつけるのだろうか」とふと思った。
実際のところ、独学とはいえ「ニヴルング」を悪用するハッカーの一部を通報できるほどの腕は匠音にはある。
あの「
それなら、もしかして、と匠音はほんの少しだけ期待した。
――父さんに、追い付けるかもしれない。
いつか追いついて、追い越して。
「じいちゃん、俺、強くなれると思う?」
白狼について歩きながら匠音は思わずそう尋ねていた。
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。