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世界樹の妖精 -Brownie of Irminsul- 第5章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 アメリカに建造された四本の「世界樹」がネットワークインフラを支える世界。
 ロサンゼルスのハイスクールに上がったばかりの永瀬ながせ 匠音しおんは駆け出しのホワイトハッカーとして巨大仮想空間メタバースSNS「ニヴルング」で密かに活動していた。
 通学途中で聞いた都市伝説、義体の不具合時に現れるという小人妖精ブラウニーを目の当たりにしたり、ホワイトハッカーとして校内のトラブルを解決していた匠音はある日、幼馴染のメアリーの「ニヴルング」での買い物に付き合っていた際、怪しげな動きをするアバターを発見通報する。
 その際に起動された爆弾から彼を救い、叱咤する謎のハッカー。
 弟子入りしたいという匠音の要望を拒絶しつつもトレーニングアプリを送り付ける魔法使い。
 それを起動した匠音はランキング一位にかつてスポーツハッカーだった和美母親のスクリーンネームを見つけ、このランキングを塗り替えるとともに謎のハッカーと再会することを誓う。
 そんな折、メアリーが「キャメロット」の握手会に行くことになるがトラブルに巻き込まれてしまう。それを助けたもののハッキングが発覚して拘束された匠音。
 メアリーの機転で厳重注意のみで済むものの、和美にはハッキングを辞めるよう強く言われる。
 それでも諦められず、逆に力を付けたくて匠音は匠海のオーグギアに接続する。
 接続した瞬間、再生される匠海のビデオメッセージ。
 初めて聞く匠海父親の声と、託された固有ツールユニーク、「エクスカリバー」を手にし、匠音は和美を守ると誓う。
 手に入れた「エクスカリバー」の性能を知りたくて手近なサーバに侵入する匠音、しかし「エクスカリバー」を使いこなせず通報されかける。
 それを謎の魔法使いこと黒き魔女モルガンに再び助けられ、ログアウトした匠音は和美にハッキングのことを詰められる。
 ハッキングを禁止する理由も、匠海のこともはっきりと教えてくれない和美に反抗し、匠音は家を飛び出してしまう。

 

 家を飛び出した匠音はハッキングの腕を磨くために祖父白狼しろうのもとに身を寄せることを決意する。

 

 匠音が家を飛び出したことで和美は白狼に連絡を入れる。
 その際に、和美は匠音のハッキングはもう禁止できないのかと考え始める。

 

 白狼と合流した匠音はハッキングを教えてほしいと懇願する。
 その際に匠海が白狼にハッキングの教えを乞うていたことを聞かされる。

 

 白狼の家に到着した匠音は白狼に「エクスカリバー」のことを聞く。
 かつて白狼にも託された「エクスカリバー」だったが、彼はそれを受け継いでいなかった。

 

 
 

 

「ねえ、じいちゃん」
 届いたピザを二人で食べ、コーラも飲み干した匠音が改まったように白狼を見る。
 時間は夜もそろそろ更けようかという頃、普段ならもう寝ろと言われる時間ではあるが今日は土曜日、多少は夜更かししてもいいだろう。
 急に改まった匠音を、白狼が見る。
「どうした? ハッキングの特訓なら明日からでもいいだろ」
「いや、そうじゃなくて……ちょっと訊きたいことがあるんだ」
 匠音の言葉に白狼がほほう、と彼を見る。
「どうして母さんは俺がハッキングするの嫌がるんだろう」
 匠音の中でずっと残り続けている疑問。
 その理由に匠海の影がちらついていることは薄々分かっていたが、それでも納得するには程遠い。
 それに和美がスポーツハッカーを辞めたのも気になる。
 なんだ、そんなことか、と白狼は呟いた。
「んなもん、危険だからに決まっとるだろうが」
「だったらちゃんと教えてくれれば自分で回避くらいするって」
 危険だから、で禁止されればそれこそ昼間のように無謀なことをして捕まりかねない。
 匠音がそう言うと、白狼は「そういうところだぞ」と窘めてきた。
「普通、危険だと言われたら手を引くもんだ。まぁ……和美さんは匠海が事故に遭ったのは自分のせいだと思っているからな。お前に同じ道を歩いてもらいたくないんだろう」
「でも、母さんはランキング一位、父さんも二位だったんだろ? 事故だって別にたまたまだったんじゃ……」
 匠音は事故の真相を知らない。
 だからどうしても意図的に起こされたものという認識を持つことはできなかった。
 だが、白狼は首を横に振ってそれを否定する。
「あの事故は意図的に起こされたものだよ」
「え、」
「和美さんが言っていないようだからこの際言うが、あの事故は偶然なんかじゃない。和美さんにハッキングされた企業が、和美さんに報復するために起こしたものだ」
 はっきりと、白狼が匠音に説明する。
「つまり、現実で攻撃リアルアタックされたわけだ。和美さんほどの魔術師でも、下手をすれば報復されるんだよ」
「……そん、な……」
 匠音にとってリアルアタックはそう簡単に起こるものではないという認識だった。
 しかし、実際は母親が経験し、その末に父親を喪ったという事実が彼にのしかかる。
 ランキング一位になるほどの腕を持つ和美がこれなら、自分はどうなる、と匠音は身震いした。
 和美が「ハッキングを辞めろ」という理由が身に染みて理解できる。
 確かに、自分程度の腕では。
 いや、いくら企業がリアルアタックをしたと言ってもそんなすぐにわかる方法ではないだろう。
 それこそ腕のいい――スポーツハッキング界には存在しないような凄腕の魔術師が雇われていたとすれば。
 そこで匠音はふと「モルガン」の言葉を思い出した。
 ――「黒騎士ブラックナイト」を追ってみなさい――。
「ねえじいちゃん」
 匠音が食い入るように白狼を見て尋ねる。
「『黒騎士』って知ってる?」
「なっ――」
 匠音の言葉に、白狼が硬直する。
 やっぱり知ってるんだ、と匠音はさらに質問した。
「母さんを攻撃――いや、父さんを殺したのが『黒騎士』なの?」
 白狼から聞かされた事故の真実から導いた匠音の答え。
 あの事故を起こしたのが「黒騎士」で、「モルガン」もまた彼を追っているのではないのか、と。
 だが。
「違う」
 匠音の質問を、白狼が否定する。
「『黒騎士』は犯人じゃない。そもそも、あの事故を起こした犯人は既に儂と和美さんで特定して逮捕してもらっている」
「えっ」
 想定していなかった回答に、匠音がたじたじとする。
「じゃあ、どうして『黒騎士』を追えって……」
「匠音、その名前をどこで聞いた」
 匠音を見据え、白狼が尋ねる。
「どこって、あの、『第二層』の掲示板で……」
 「『モルガン』から聞いた」とは言えず、匠音が咄嗟に嘘をつく。
「そうか……」
 匠音の嘘に気づいたかどうかは分からない。
 だが、白狼は小さくため息をつき、そして口を開いた。
「匠音、匠海のスクリーンネームは知ってるよな」
「え、父さんのスクリーンネームって『アーサー』だよね」
 匠音の答えに白狼がああ、と頷く。
「じゃあ、裏の名前は」
「裏の名前?」
 どういうことだ、と匠音は首を傾げた。
 魔術師であるならスクリーンネームがあるのは当たり前だが、サブアカウントでも持っていたということだろうか。
 そうか、と白狼が呟く。
「落ち着いて聞け。『黒騎士』は、匠海の裏の名前だ」
「え――」
 全く想定外の白狼の言葉に、匠音が言葉に詰まる。
 ――父さんが、「黒騎士」――?
「匠海も和美さんと同じく正義の魔術師ホワイトハッカーだった。と言っても実力はあった、という程度の駆け出しだったがな」
 だからあの事故もギリギリで察知することができて和美さんを庇えた、と白狼が続ける。
「ホワイトハッカーというものは幻想なんだよ、匠音。匠海も、和美さんもホワイトハッカーとしてこの社会の闇を打ち払う希望だった。だが、それももういない」
 黒騎士を喪ったことでモルガン和美さんもホワイトハッカーを辞めた、と白狼は言った。
 実際のところ、和美は完全にホワイトハッカーを辞めたわけではない。
 「第二層」での噂は時折耳にする。
 しかし、それでも企業に戦争を仕掛けることもなく、ただ細々とネットワーク上のトラブルを解決していくだけ。
 それほど、黒騎士匠海の死が呼び水となり大きな損失となっていた。
 和美はそれを危惧しているのだ。
 匠音もホワイトハッカーになることで無駄に企業に戦争を仕掛け、報復されるのを。
 まだ競技魔術師スポーツマンになるだけなら許容はできたかもしれない。
 しかし、匠音の性格上必ず裏の世界に足を踏み込む。
 実際、彼は駆け出しのホワイトハッカーとして裏の世界に足を踏み込もうとしている。
 その、和美の危惧を理解しているから白狼も大手を振って「ハッキングの世界ようこそ」とは言えなかった。
 せめて、もっと基本的な知識を身につけてから。
 いや、そもそもハッキングの世界に踏み込むべきではない。
 これだけの事実を知って、匠音はどうするつもりなのか。
「どうする、それでもハッキングを続けるというのか?」
 畳み掛けるような白狼の言葉。
 ハッキングを続けるべきか、辞めるべきか。
 ほんの一瞬、匠音は迷った。
 自分の身に何か起こることで和美を苦しめたくない。それは確かだ。
 しかし、それでも。
「……じいちゃん、」
 おずおずと、匠音が口を開く。
 白狼が匠音を見る。
「じいちゃん、俺にハッキングを教えて……ください。俺、母さんを守るって決めた。母さんがもう狙われてるとは思わないけど、俺も、自分の身を守れるくらいには強くなりたい」
「簡単な話じゃないぞ? それに、並の魔術師で済むと思うなよ。儂が教えるのはそのさらに上だ」
 白狼の言葉に、匠音が真剣な面持ちで頷く。
「まあ、儂のレクチャーを理解すれば『エクスカリバー』くらい使えるようになるさ。あれを使いこなせればその辺の魔術師には負けないだろう」
「うん」
「分かったならとっとと寝ろ。明日からみっちりやるからな」
 そもそもあのSPAMまともに喰らっといてまだ今日も練習するとか無駄だ無駄、やめとけ、と白狼が続ける。
「とりあえず儂はここで寝るからお前は儂のベッド使え。安心しろ、シーツは換えてある」
「いや、いいよじいちゃん。俺ソファでいいから」
 慌てた匠音が両手を振り、ソファに寝転がる。
「じいちゃんは自分の部屋で寝ろよ。俺のことは気にしなくていいからさ」
 匠音の言葉に白狼がそうか、と小さく頷く。
「じゃあ、儂は部屋に戻る。何かあったらすぐ呼べよ」
 うん、と匠音が頷き、ソファに置いてあったブランケットを体にかける。
「じゃあおやすみ。いい夢を」
「おやすみ、じいちゃん」
 そう言った瞬間、どっと疲れが出たのか匠音を睡魔が包み込む。
 そのままずるずると眠りに落ちる匠音。
 それを見守った白狼がアシスタントAIに指示を出して部屋の照明を落とす。
 自室に戻り、彼は回線を開いた。
 数度のコール音の後、和美が応答する。
《おじいちゃん、匠音は?》
「ああ、寝たよ」
 声をひそめ、白狼が答える。
「和美さん、匠海のこと何も教えてなかったのか?」
 真っ先に出た話題はそれだった。
 和美が躊躇いがちにええ、と頷く。
《興味ないことを無理に教えても分かってもらえないからと思って……でも、せっかく興味持ってくれたのに、わたしは、何も言えなかった》
 それどころじゃなくて、と和美が呟くように言う。
「……あのことか?」
 今、和美が抱えている問題は分かっている。
 白狼も協力を求められているし和美の父親、日和ひよりも動員されているらしい。
 ええ、と和美が頷く。
《ごめんね、おじいちゃんに色々押し付けちゃって》
「気にしなさんな。和美さんにも言いづらいことはあるだろう」
 特に事故関連は和美が原因である。彼女の口から言うには荷が重すぎるだろう。
「まあ、匠音には事故のことと『黒騎士』の話はした。その上でハッキングを続けるかと訊いたがあいつは曲げなかったからな。相当なものだよ」
 普通、あんな話を聞かされたら諦めるぞと言いつつも白狼はどこか嬉しそうである。
《でも、わたしは軽蔑されるでしょうね。匠海を見殺しにしたんだから》
「それは違うだろ、和美さん」
 和美の言葉を白狼が即座に否定する。
「匠海が和美さんを庇ったのはあいつの意思だ。匠音を守りたいという、な。それに匠音はまだ和美さんを守りたいって言ってたぞ」
《え……》
 信じられない、と和美が呟く。
 和美は匠音が時々母子家庭のことでいじられているのは知っていた。
 本人は口にしなかったが父親がいなくて寂しい思いをしていることは気づいている。
 「知らない人」ではあったが、それでも本当はいてほしかった、それくらいは分かる。
 そうなったきっかけが和美のハッキングで、リアルアタックされて、それを庇ったから、である。
 「母さんのせいで」と言われてもおかしくない。
 しかし、それを知ってなお匠音は「母さんを守りたい」と言った。
 数少ない身内だからという理由もあるだろう。
 だが、それだけで言えるような決意でもない。
 相当な覚悟だぞ、と白狼は続けた。
「匠音のその覚悟を無駄にするな。今回は和美さんの言う通りにオールドハックしか教えないが、戻ってきたらせめて匠海と同じNileチャンピオンズトーナメントに出られるくらいにはスポーツハッキングで腕を磨けというくらいにしたほうがいい」
 素質はあると思ったんだろう? だったらいい加減認めてやれ、と白狼は説得するように和美に言う。
《そうね……わたしも意固地になりすぎたのかもしれない。怖かったのよ、匠音まで喪うのが》
 白狼にそうこぼし、和美は頷いた。
《おじいちゃん次第ね。おじいちゃんの特訓で見込みがあるなら解禁するわ》
「了解。和美さんもびっくりするほどの魔法使いウィザードに仕上げておく」
 そう言って、白狼はニヤリと笑った。
《その笑いするおじいちゃん、大抵悪いこと考えてるんだけど》
「なにをう。儂はいたって真面目だぞ」
 とにかく、ゆっくり休め、と白狼が続ける。
《ええ、分かったわ。おじいちゃんも、匠音をよろしく》
 和美の言葉に、おう、とだけ応えて白狼は通話を切る。
「……おやすみ、和美さん」
 いい夢を、と白狼が低く呟く。
「……さあて。儂はもうちょっと頑張りますかね」
 和美の不安を取り除くために。
 失ったものを取り戻すために。
 PCを操作し、白狼はターミナルを起動した。
「……待ってろ、匠海……」
 そう呟き、白狼は「第二層」に侵入ダイブした。

 

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