世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第8章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは保管期限が切れて削除されたはずの「EDEN」ユーザーのデータ。
そこから匠海と和美のことが気になった健は独断で「EDEN」への侵入を果たす。
「EDEN」に侵入した健だが、直後、魔術師仲間内で「黒き狼」と呼ばれる魔術師に襲われる。
辛うじて逃げ出した健であったが、「Team SERPENT」を危機に晒しかねない行為を行ったということで謹慎を命じられる。
謹慎中、トレーニングをしているところで健は「Team SERPENT」に
「ヴァイサー・イェーガーはチームへの所属を希望しなかった」という事実に不信感を持つ健だったが、そんな折、Lemon社が新型AI「ADAM」と「EVE」を発表する。
この二つのAIは匠海と和美だ、と主張する健。
二人は大丈夫なのか、と心配になった健はもう一度「EDEN」に侵入することを決意する。
止めようとするアンソニーだったが、そこにピーターとタイロンも到着し、健と共に「EDEN」をダイレクトアタックすると宣言する。
ToKのサーバルームに侵入し、ダイレクトアタックを敢行する健たち。
「EDEN」に侵入し、匠海と会話をはじめた直後、予想通り黒き狼に襲われる健だったが、自分のアバターに一つのアプリケーションが添付されていることに気付く。
「
オールドハックを駆使し、黒き狼を撃退に成功するが、健たちの侵入もToKに知られており、健たちはToKから離脱する。
黒き狼は
だとすれば匠海と和美を守りたい一心で「Project REGION」に参画しているはずだ、という健にまずはその事実の確定をしなければいけないとタイロンが指摘する。
しかし、健が匠海の祖父の名が「白狼」であることを告げた瞬間、タイロンとピーターは「確定だ」と判断する。
それならDeityを抑え、黒き狼を説得すれば助けてもらえるかもしれない。
そう判断した三人はタイロンのハイドアウトからまたもToKをハッキング、Deityと黒き狼の捕獲に向かう。
タイロンの家に到着した健とピーターは準備を整え、ToKに侵入する。
SERPENTが遺した「綻び」を利用し、「EDEN」に侵入する二人。すぐに黒き狼が現れるが、それを先回りして仕掛けていったトラップで捕獲するものの、その拘束を解除されてしまう。
殴り合いになる健と黒き狼。匠海の爺さんだろ、協力してくれと頼む健に、黒き狼はそれを拒み続ける。
「儂は『Project REGION』を止めさせることはできん!」
黒き狼が健の手からガラティーンを弾き飛ばす。
「っそ!」
咄嗟に健がガラティーンの格納処理を行う。
その、がら空きになった腕に黒き狼が噛み付こうとする。
「そうは問屋が卸さねえ!」
ガウェインが黒き狼の両顎を掴む。
噛み付かせるものか、と口を開かせようとするガウェインと、絶対に噛み砕くと言わんばかりの黒き狼。
「正直、俺は『Project REGION』の阻止なんておまけだと思ってる! 本命は匠海と和美の解放だ!」
「――ッ」
健の叫びに、黒き狼が一瞬怯む。
健は個人的な理由もあって匠海と和美を助けたいと思っているのかもしれないが、それでもこの事実は白狼の心を揺るがした。
――もしかすると、本当にDeityを――。
「ガウェイン、取り付いた! 『EDEN』の監視を停止させる!」
直後、
「……
目の前の白いアバターを見る。
狼の頭をした、白い狩人装束のアバター。
「爺さん……」
初めて見るヴァイサー・イェーガーに、健は思わず呟いた。
一度は相まみえたかった
「爺さん、力を貸してくれ」
動きを止めた白狼に、健が懇願する。
「分かってる、爺さんの実力は俺やルキウスよりはずっと上だ。ルキウスなら少しくらいDeityを止められるだろうが、それでもそれが精いっぱいだ。もし爺さんが手を貸してくれるなら、たぶん『Project REGION』は止められる。それどころか、匠海と和美も解放できる」
「解放……」
健の口から出た言葉を、白狼が繰り返す。
今、健は二人のデータを「守る」ではなく「解放できる」と言った。
二人のデータは「EDEN」に格納されているからこそ電子空間の中でだが触れ合い、言葉を交わすことができる。しかし、二人のデータが「EDEN」に、ToKにある限りLemon社の手の内で、「Project REGION」の脅威に怯えなければいけない。それを解放するなど――。
「無理だ、あの二人は『EDEN』でしか生きられない。それとも、お前はあの二人を――真に死なせる気か」
死者は死者として諦めるべきなのか、と白狼は問うた。
分かっている。あの事故で命を落としたときにすでに諦めるべきだった、ということを。
しかし、日和の研究があり、二人をデータの存在であったとしても生かす方法があるとすれば、それを試したいと願うのは親として抗いがたい誘惑だった。
だからこそ日和に二人の脳内データの抽出を頼んだ。その後、Lemon社から「EDEN」構想を提示され、脳内データをAIに加工すればもう一度言葉を交わせると言われたから応じてしまった。
「EDEN」構想を提示された時点で、白狼と日和は「Project REGION」の話も聞かされていた。そこで言われたのだ。「『Project REGION』に協力するなら二人を無期限で『EDEN』に受け入れよう」と。
その悪魔の囁きに、白狼も日和も抗うことはできなかった。離反すれば二人のデータが消されると分かっても協力せざるを得なかった。
そんな提案から何年も、二人はLemon社に従うことを強いられた。それは匠海と和美を消したくなかったからだ。それを分かっていて、健は二人を削除しろと言うのか。
「違ぇよ」
白狼の不安を、健は一言で否定した。
「匠海と和美は『EDEN』で生きてんだろ? それを殺すような真似は俺もしねえよ」
「だが、二人を『EDEN』から出すことはできない」
分かり切ったことを、と白狼が首を振る。
だが、健はそれも「違う」と否定した。
「できるぞ、爺さん」
自信に満ちた健の声に、白狼はバカな、と声を上げた。
「EDEN」があるからこそ、二人は生きることができる。逆に言えば「EDEN」以外で生きることなど――。
そこまで考えて、白狼はまさか、と呟いた。
可能性は一つある。しかし、それは本当に可能なのか。
白狼が困惑の目で健を見ると、健はたぶん、と前置きしつつも自分の考えを口にした。
「『ニヴルング』があるだろうが」
そのニヴルングに、二人のデータを送り込むというのか。
無理だ、と言おうとして、白狼はその自分の考えを否定する。
不可能ではない。ニヴルングは白狼もアカウントを持っているが、その基本構造は「EDEN」に酷似している。遺族が「EDEN」に踏み込むには
元々、ニヴルング内にはAI制御のNPCも多数存在する。AI制御のNPCと、「EDEN」の住人に違いがあるとすればそのデータ密度くらいだ。「EDEN」の住人も脳内データを学習モデルとしたAIなのでデータをイルミンスールに送り込めばニヴルングで生き続けることも可能。
盲点だった。身近なところに酷似した環境があるのに、白狼はその可能性を全く考慮していなかった。二人は「EDEN」でしか生きられないという固定観念が二人を解放から遠ざけていた。
「……Deityを抑えている間に、二人のデータをイルミンスールへ転送する……」
「ああ、そうすればLemon社も手出しできないはずだ」
アメリカにそれぞれの世界樹を有する
だが、本当にそれが可能なのか。二人をニヴルングに転送することは理論上は可能である。それでも、大容量のデータを世界樹から世界樹へと移動させることに不安はある。いや、転送自体は大丈夫だろう。それをいくらDeiryを抑えたとしても可能なのか、と白狼は健を見た。
「……確実にできるという保証は」
「あんたが手伝ってくれれば、ほぼ確実に」
健にはある程度のビジョンが見えていた。自分のハッキングスキルだけでなく、ピーターや白狼のスキルも考えればよほどのイレギュラーが発生しない限り確実に成功させられる自信がある。
白狼が不測の事態を考慮する気持ちも分かる。失敗すれば二人のデータは永遠に失われる。それが嫌でLemon社に与した白狼がはいそうですかと協力してくれるはずがない。
そこはもう信じてもらうしかなかった。必ず転送を成功させて、「Project REGION」を阻止すると。
「本当に、Deityを止めたのか?」
アバターに憑りついた
ああ、と健は頷いた。
「ルキウスを信じてくれ。下手すりゃあいつは俺より上だ」
「……しかし、今ここでDeityを止めてどうする」
白狼としては半信半疑なのだろう。Deityの監視を止めたとしてもそれはすぐにToKのカウンターハッカーが察知することになるはずだ。「Team SERPENT」がすべきことを全て終わらせるにはあまりにも時間が足りない。それに、「Project REGION」のデータを引き抜けた場合、機能を回復させたDeityが黙っていないだろう。少なくとも健たちを止められなかったことを理由に二人のデータを削除することは考えられる。
「爺さん次第だよ。俺たちはDeityの監視を止めた。ルキウスがデータの抜き取りはやってくれるだろうから俺は匠海と和美のデータを解放する」
「――ッ」
健に言われ、白狼が喉を鳴らす。
それは、可能であるなら実行したいと思っていたこと。しかし、白狼は「『EDEN』以外に行き場はない」と諦めてしまったこと。
だが、健は「それは可能」だと言った。ニヴルングが新たな受け皿になると教えてくれた。
それなら――それなら。
「ガウェイン、」
白狼が健を呼ぶ。
「なんだ、爺さん」
「儂に、やらせてくれ」
な、と健が声を上げる。
白狼がそう言うことは想定できたはずだ。それなのに、失念していた。
確かに白狼にはそれができるスキルがあるし、今この瞬間、Deityの呪縛がない状態ならそれを実行することができる。
健に「親愛なる友人を助けたい」という気持ちがあるように、白狼が「家族を助けたい」という気持ちを抱くことは当然なのだ。
「爺さん……」
健が呟く。
白狼に二人を解放させることに異論はない。だが、それはあくまでも健個人の感情であって、ピーターや他のメンバー、そしてSERPENTはどう答えるだろうか。
Deityに監視されていたとはいえ、白狼は敵である。敵に、大切な二人のデータを解放させていいのだろうか。Deityの監視がなくても白狼が「Project REGION」に賛同している可能性も――。
そこまで考え、健はぶんぶんと首を振った。
「あぁ考えるのめんどくせー! やっぱ俺は頭脳労働無理だわー」
「アホか、お前は
思わず白狼がツッコミを入れる。なんでぇ、と健が頬を膨らませる。
「ハッキングなんて直感でやりゃーいいんだよ! 直感と気合さえあれば何とでもなる!」
『お前、本気でそれ言ってる?』
VRビューでの白狼の言葉と、リアルでのピーターの言葉が重なる。
「え、そうだろ? 特にARハックなんて――」
「……え、儂こんなバーサーカーに負けたんか……?」
信じられん、と嘆いた白狼だったが、すぐに今はそんな場合ではない、と健を見る。
To Be Continued…
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