縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第10

分冊版インデックス

10-1 10-2 10-3 10-4 10-5 10-6 10-7

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいたが、そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行するが、その後のノイン捕獲作戦を実行した結果、ノインに晃が拉致されてしまう。
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。
帰宅後、鏡介と情報共有を行う辰弥。
現在の日翔の容態や辰弥の不調の原因などを話し合った二人は、
・「サイバボーン・テクノロジー」が治療薬の専売権を得たことで日翔は治験を受けられる
・晃は失踪しているが、辰弥もフリーになった今、見つけられれば治療が可能である
という点に気付き、「カタストロフ」よりも前に晃を確保することを決意する。
晃の隠れ家を見つけた辰弥たちだったが、仲間を引き連れた昴とも鉢合わせ、交戦する。
しかし昴が「プレアデス」と呼ぶ何かの攻撃を受け、辰弥が重傷を負ってしまう。
それでもチャンスを見つけて昴を攻撃した辰弥だったが、千歳が昴を庇って刺され、命を落としてしまう。

 

自分の手で千歳を殺してしまったという事実が受け入れられず、戦闘の最中であるにもかかわらず茫然自失する辰弥。
鏡介の必死の呼びかけで我に返った辰弥は鏡介に「カタストロフ」へHASHを送り込むよう指示を出す。

 

「カタストロフ」を一掃した辰弥たち、しかし千歳の遺体はすでに回収されており、辰弥はその場で嗚咽を漏らす。
落ち着くまでは独りにした方がいいと判断した鏡介は先に外へ出るが、どうしても最悪の事態が脳裏をよぎってしまう。

 

現場に一人取り残された辰弥は一度は自分の命を絶つことを考えるも、日翔をまだ助けられていないことを思い出し、思い直す。

 

日翔を助けることだけが現在の辰弥の生きる足掛かりとなっている。
そんなタイミングで、「サイバボーン・テクノロジー」から治験の手続きについての連絡が入る。

 

 
 

 

 指定された時間に、辰弥と鏡介は指定された事務所に向かった。
 そこは「サイバボーン・テクノロジー」の子会社が所持するオフィスビルの中だった。
 受付でアポイントメントの確認を行い、応接室に通される。
 暫く待つとドアが開き、一人の女性が応接室に入ってくる。
「久しぶり、水城君、鎖神君」
「う……」
 入ってきた女性を見た瞬間、鏡介が思わず声を漏らす。
真奈美まなみさん、久しぶり」
 鏡介よりも先に、辰弥が女性――真奈美に会釈した。
「貴方たち、本当に頑張ったわね」
 CEO付き秘書の私が派遣されるとか結構すごいことよ、と言いつつも真奈美は鏡介を見る。
「水城君は元気にしてた?」
「あ、あぁ……」
 真奈美に声を掛けられ、鏡介が煮え切らない返事をする。
 正直なところ、真奈美がここに来るとは思っていなかった。
 一体どういう意図があって、と鏡介が身構えるが、真奈美は相変わらず妖艶な笑みを浮かべて鏡介を見る。
「まぁ、実際のところは私が行ってもいい? とお伺いを立てたらあっさりと許可された、というところだけど。ああ、時間がなかったわね、早速移動するわよ」
 付いてきて、と真奈美が手招きする。
 辰弥と鏡介も相手が真奈美であるなら警戒する理由もなく、素直に従う。
 リムジンティルトジェット機に乗り込み、パイロットに行き先を『生命遺伝子研究所』へと指定すると、リムジンティルトジェット機は緩やかに飛び上がった。
「思ったんだけど、貴方たちかなり無茶したんじゃない? あのジェームスが『話を預かる』と言ったんだもの、かなりの無理難題吹っ掛けられたんじゃなくて?」
 リムジンティルトジェット機が飛び始めてすぐに、真奈美がそう問いかける。
「貴方たちにも事情があるのは分かるわ。だけど、二人の命を削って一人を救おうとするのは流石に無茶としか……」
「いや、実際にはもう一人いた」
 鏡介が答える。その声に辰弥がえっと声を上げる。
「日翔の治験のために、新しく入ったもう一人の仲間も奔走してくれた。だが……」
「鏡介、」
 辰弥が困惑した顔で鏡介の名を呼ぶ。
 今更、千歳を仲間と呼ぶのか。鏡介が千歳のことを女狐と呼ばなければこんなことにはならなかったかもしれないのに。
「水城君……」
「俺の判断ミスだ。俺が無意味に疑ったばかりに全員を危険に晒した。その結果、俺も辰弥も一度は殺し合ったし一人は死んだ。だが、それでも……俺は、後悔していない」
 そう、膝の上で拳を握り締める鏡介に、真奈美が身を乗り出し、その手に自分の手を重ねた。
「っ」
 鏡介が身体を強張らせる。
 真奈美が、鏡介の両手を優しく握る。
「そんなに自分を責めないで。水城君、一人で抱え込みすぎよ」
 優しい声で真奈美が言う。
「『後悔してない』って強がってるけど、水城君、後悔だらけじゃない。一人で背負って、いや、他の人の分まで背負い込んで、悪いのは俺一人だって表情かおをして、『恨むなら俺を恨め』って態度を取って、どうしてそこまで自分を追い詰めるの」
「俺、は……」
 鏡介の顔がくしゃりと歪む。
 今にも泣きだしそうなその顔に、真奈美は優しく微笑んでみせた。
「そんなに自分を責めなくていいの。水城君はすべきことをした、それだけよ」
「だが、そのせいで、俺は……」
 鏡介の声が震える。
 「グリム・リーパー」を支える人間として、自分は非情になれなかった。
 自分の感情を優先して、辰弥を危険にも晒したし千歳を死なせてしまった。
 確かに千歳は「カタストロフ」のスパイだったという意識はまだある。それでも、千歳の、辰弥に対する感情は本物であったと信じたかった。
 だからこそ、辰弥が千歳を殺したという事実は鏡介に償いきれない罪の意識を植え付けることになった。
 あの時、感情的になって千歳を女狐と言わなければ。いや、疑いつつも辰弥と千歳を「カタストロフ」に行かないよう監視できていれば。
 悔やんでも仕方のないことだとは思いつつも、自分が感情的になってしまったことが今でも許せない。
 日翔は助けられるかもしれないが、それでも辰弥は救われないのだ、と。
 真奈美の手が鏡介の手から離れ、上に上がる。
 そっと鏡介を抱き寄せ、真奈美はその背をポンポンと叩いた。
「いいのよ、水城君。人は誰だって間違う。でも、そんなに自分を責めないで」
「真奈美、さ――」
 鏡介が真奈美の服を掴む。
 「母さん」とは呼べなかった。
 辰弥の目があったからではない。真奈美の息子でいるには、鏡介はあまりにも罪を犯しすぎた。
 「母さん」と呼べればどれだけ楽になっただろう。だが、自分は楽にはなってはいけない、茨の道であっても自分で選んだ道は自分で歩かなければいけない、という思いが鏡介にはあった。
 それでも、真奈美の胸に顔を埋め、鏡介が肩を震わせる。
 今だけ、今この瞬間だけ甘えさせてくれ、と鏡介は声にならない声を上げる。
 それを、辰弥は何も言わずに眺めていた。
 「鏡介はあんたが探していた正義まさあきだよ」と言えば全てが解決することは分かっている。
 しかし、鏡介がそれを望んでいないのであれば勝手に伝えることはできない。
 いや、鏡介も本当は伝えたいのだろう、とは思う。それでも、「母さん」と呼ばずに「真奈美さん」と呼んだことで鏡介が自分が息子であることは伝えないつもりだ、ということを感じ取っていた。
 それに、辰弥としても鏡介と離れるのは嫌だった。日翔が快復した際、そこに鏡介がいないのも嫌だった。
 だから、言えない。
 依存だとは分かっているが、鏡介を手放したくない。
 本人が口では言っていなくても、ここで鏡介の背を押すべきだと思ったなら押すのが真の友人だろう。
 それでも、辰弥には鏡介の背を押すことはできなかった。
「――っ……」
 鏡介が嗚咽を漏らす。
 今までずっと我慢して、抱え込んできたものが堰を切って溢れ、感情を抑えることができない。
 それを、真奈美は黙って受け止めた。
 何度も背中をさすり、気が済むまでと受け入れる。
「……鎖神君、」
 鏡介の背を撫でながら、真奈美が辰弥に声を駆ける。
「鎖神君も来ていいのよ?」
「いや――俺には、そんな権利はないから」
 ほんの少し苦笑し、辰弥が断る。
 もし、母親がいて慰めてくれるなら、今鏡介がされているような感じになるのだろうか、と思いつつも一歩引いた目で見ていた。
 存在しない両親を求めたところで手に入るはずがない。それに、愛情は千歳からたっぷり受け取った。
 もう、千歳に愛してもらうことはできないけれど、それでも一生分の愛を受け取った、と辰弥は思っていた。たとえそれが演技であったとしても構わない。「愛される」ということがどういうものかを知れただけで十分だ。
 千歳との思い出を胸に、元気になった日翔と、鏡介と残り僅かな時間を過ごす、それが辰弥の願いだった。
 それでも、もし望めるのであれば――。
 ふと、日翔の顔が脳裏を過ぎる。
 あの、日翔が自殺未遂をした日に交わした言葉。
 「『父さん』って呼んでくれよ」と言った日翔の言葉を思い出す。
 行くあてもなく、行き倒れていた自分を拾ってくれた日翔。自分に辰弥という名前をくれた日翔。
 自称「保護者」で、事あるたびに子供扱いしてきた日翔は、辰弥にとってある意味父親とも言える存在だった。
(『父さん』、か……)
 心の中で、日翔の顔を思い浮かべながら呼んでみる。
 少しこそばゆいような、誇らしいような感情に胸が締め付けられる。
 「父さん」と呼べたらどれほどいいだろう。
 日翔が父親ならどれほど心強いだろう。
 それでも、日翔を父親として認めるわけにはいかなかった。
 日翔に、自分の呪いを背負わせたくなかった。
 もう、残り時間もないのに「父さん」と呼ぶのは祓えない呪いを植え付けるようなものだ。
 オカルトなんて存在しないと言われるこの世界だが、呪いは一つの感情として残っている。
 それは後悔。自分の無力さを明確なものにする、消えない傷。
 そう、千歳が辰弥の心に深く刻み込んだような。
 死ぬ間際に「父さん」なんて呼んでしまえば日翔が後悔するに決まっている。
 だから、呼べない。
 だから、今更両親なんて望むことはできない。
 そう考えると、鏡介も近しいことを考えているのか、と思う。
 真奈美を母と呼ぶことで、呪いを植え付けるのではないかという。
「……自分の息子を、こうやって愛してあげたかった」
 ぽつり、と真奈美が呟く。
「ごめんなさいね、私は、水城君に息子を投影しすぎている。だけど――水城君は、どうしても放っておけないの」
「それは――」
 それはそうだ。真奈美が今抱きしめている鏡介こそ本当の息子なのだから。
 優しい人だ、と辰弥は思う。
 こんな裏社会に生きて手を血で汚している自分たちに優しい声をかけてくれる。
 こんな自分たちに関われば、不幸になるかもしれないのに、と思いつつも、辰弥は鏡介から目を逸らし、窓の外に視線を投げた。

 

10章-6へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する