Vanishing Point Re: Birth 第10章
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そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいたが、そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。
帰宅後、鏡介と情報共有を行う辰弥。
現在の日翔の容態や辰弥の不調の原因などを話し合った二人は、
・「サイバボーン・テクノロジー」が治療薬の専売権を得たことで日翔は治験を受けられる
・晃は失踪しているが、辰弥もフリーになった今、見つけられれば治療が可能である
という点に気付き、「カタストロフ」よりも前に晃を確保することを決意する。
晃の隠れ家を見つけた辰弥たちだったが、仲間を引き連れた昴とも鉢合わせ、交戦する。
しかし昴が「プレアデス」と呼ぶ何かの攻撃を受け、辰弥が重傷を負ってしまう。
それでもチャンスを見つけて昴を攻撃した辰弥だったが、千歳が昴を庇って刺され、命を落としてしまう。
自分の手で千歳を殺してしまったという事実が受け入れられず、戦闘の最中であるにもかかわらず茫然自失する辰弥。
鏡介の必死の呼びかけで我に返った辰弥は鏡介に「カタストロフ」へHASHを送り込むよう指示を出す。
「カタストロフ」を一掃した辰弥たち、しかし千歳の遺体はすでに回収されており、辰弥はその場で嗚咽を漏らす。
落ち着くまでは独りにした方がいいと判断した鏡介は先に外へ出るが、どうしても最悪の事態が脳裏をよぎってしまう。
現場に一人取り残された辰弥は一度は自分の命を絶つことを考えるも、日翔をまだ助けられていないことを思い出し、思い直す。
日翔を助けることだけが現在の辰弥の生きる足掛かりとなっている。
そんなタイミングで、「サイバボーン・テクノロジー」から治験の手続きについての連絡が入る。
「サイバボーン・テクノロジー」の事務所に赴いた辰弥たちはそこで真奈美と再会する。
鏡介が真奈美の息子だと知っている辰弥は真奈美の胸で泣く鏡介を見てそれを打ち明けようとするが、打ち明けられなかった。
フライト自体はそこまで長時間だったわけではない。
リムジンティルトジェット機は「生命遺伝子研究所」の発着場に到着し、辰弥たちを下ろし、駐機する。
真奈美に案内され、辰弥と鏡介は「生命遺伝子研究所」の応接室に通された。
暫く待つと、一人の恰幅のいい男が白衣を着た研究員を伴って入ってくる。
「君たちが『サイバボーン・テクノロジー』が言っていた治験希望者か」
慇懃な様子で二人を見た男が二人の向かいのソファに腰を下ろす。
「どうやって『サイバボーン・テクノロジー』を取り込んだかは分からないが、とりあえず治験者として登録を――」
男がそこまで言ったところで、研究員が男に何かを耳打ちする。
「ああ、希望の枠は一つでよかったか。で、どちらが?」
「あ、いや、ここには連れてきていないメンバーがいて……」
鏡介が説明すると、男と研究員は少し怪訝そうな顔をした。
「そうか、まぁ色々とあるだろうからな……」
そう言いながら、男が研究員に合図を送ると、研究員が二人の前にホログラムスクリーンを展開して説明を始める。
「今回のALS治療薬については運動ニューロンの障害の原因が特定できたため、その原因を取り除き、阻害された信号伝達を回復させるというものになります。薬の効果が出れば、リハビリの必要はありますが以前と同じように動くことが可能になると思われます」
表示された薬の模式図や運動ニューロンの構造などは説明を受けてもよく分からない。それでもこの薬は日翔を快復させることができる、と二人は感じた。
しかし、ちくりと胸を刺す不安は何だろう。
説明を聞けば聞くほど、本当に日翔に効くのか、という疑問が浮かんでくる。
研究員の説明は、どちらかと言うとALSの初期症状に対してのアプローチが多く、中期、ましてや終末期の患者に対してどうアプローチするかの説明がない。
それとも、初期症状で説明する方が分かりやすいからそれで説明しているのだろうか。
「――以上が、治療薬についての説明となります。続いて、治験の日程を――」
「……あの、」
話が切り替わるタイミングで、辰弥が口を挟んだ。
「どうしました?」
研究員が辰弥を見る。
鏡介も辰弥を見るが、辰弥と同じ考えだったのか、すぐに納得して小さく頷く。
「……治療薬は、本当に効果があるんですか」
治験をすると言うのだからシミュレーションや動物実験では効果があったのだろう、とは思う。
だが、どうしてもその不安は拭えなかった。
流石に自然治癒の見込みがない病気だから偽薬によるプラシボ効果群は用意しないだろうが、それでも薬が確実に効かなければ日翔は助からない。
膝の上で、辰弥が拳を固く握りしめる。
「大丈夫ですよ」という太鼓判が欲しい。日翔は必ず助かるというお墨付きが欲しい。
その言葉が聞きたくて、辰弥はそう質問していた。
研究員が一瞬、はっとしたような顔をしてソファに座る男を見る。
男が小さく頷き、研究員は大きく頷いた。
「人間に最も近い種と言われるチンパンジーでの実験結果は十分なものでした。ALSの初期症状、診断直後の状態なら確実に根治させることが可能です」
「え――」
辰弥の言葉が詰まる。
今、研究員は何と言った?
ALSの初期症状? それは初期症状にしか効かないということなのか?
そう思ってから考える。
日翔はどう考えても初期症状どころか終末期である。運動ニューロンももう完全に機能していないし酸素マスクの補助なしでは呼吸もままならない。
「初期症状なら根治できる」、と「初期症状」を強調したということは。
「……薬は、初期症状にしか、効かない……?」
掠れた声で辰弥が呟く。
研究員が「そうですね」と少し考えるように答える。
「チンパンジーでの実験でも、初期であればあるほど効果が高いという実験結果が出ています。しかし……。今ここに来られなかった、という治験希望者は、もしかして」
辰弥が唇を噛み締める。錆びた鉄の味が口の中に広がる。
「……日翔は……。俺たちが治験を受けてもらいたいと思っている人は……。終末期なんです」
やっとのことで辰弥が言葉を絞り出す。
初期症状にしか効かない。つまり、日翔に治療薬を使っても効果は望めない。
もしかすると、長期的に使用すれば効いてくるのかもしれないが、その効果を実感できるまで日翔が生きられるという保証はどこにもない。
研究員と男が顔を見合わせる。
「……治療薬は運動ニューロンの機能を阻害する原因を取り去ると同時にその障害を少しずつ回復させるものです。当然、その障害が少なければ少ないほど、治療薬は早く、確実に効果を発揮します。終末期となると……効果は殆ど望めないかと」
「……っ……」
死刑宣告にも似た研究員の言葉。
日翔を助けられない、という現実を突き付けられると同時に、今までの自分たちの戦いは何だったのか、と思い知らされる。
何度も危険な目に遭い、千歳を喪い、辰弥自身もトランスの多用で残された時間は僅かとなった。
それでも日翔が助かれば収支はプラスだと思っていたのに、ここにきて、日翔は助けることができないのだという事実が突き付けられる。
同時に思う。
「御神楽財閥」が生命遺伝子研究所の研究員を買収したという話。
それはきっと、「御神楽財閥」も治療薬が初期症状にしか効かないと知り、それなら病状がより進行した患者でも効果が出る物を自社で開発しようと買収に踏み切ったのだ。
「世界平和」を謳い、「人類全ての幸福」を祈る「御神楽財閥」の社是を理解していれば推測できたはずだ。それなのに、辰弥たちは日翔に治験を受けさせることばかり考えていた。
いや、治療薬が初期症状にしか効かないともっと前に分かったとしても、そのタイミングは辰弥が「カタストロフ」に入ってからのこと。むしろそのタイミングで知らされていればもっと最悪な展開になっていたかもしれない。
「……治験は、どうすれば……」
それでもまだ諦めきれずに辰弥が呟く。
「終末期の患者に投与することでどれだけの効果が期待できるかというデータは取れますね。ただ、根治には至らないと思われますし、効き始めたところで力尽きる可能性も――」
どうしてもというのであれば治験を行いますが、という研究員の言葉に、辰弥は答えが出せなかった。
治験を開始すれば、当然、治験を行う施設に収容されることになるだろうし、産業スパイによる処方箋等の流出リスクを考えれば面会も期待できない。そうなると、日翔を見送ることも適わなくなる可能性があった。
どうする、と辰弥が隣に座る鏡介を見る。
「辰弥は、どうしたい」
鏡介が辰弥にそう尋ねる。
鏡介も同じ気持ちだった。このまま治験を受けさせれば、確実に見送ることができない、と。
日翔にそんな寂しい最期を迎えさせていいのか、という思いと薬が奇跡的に効くことを祈りつつ現時点で受けさせることのできる最高の治療を受けさせるかという思いがせめぎ合う。
「俺は……」
俺にその決断をさせるの? と、辰弥が呟く。
日翔を治験に参加させればデータとなり、今後のより高性能な治療薬の開発に役立てられるだろう。
だが、辰弥にそれを期待するほどの義理はどこにもなかった。
「……治験は……」
「そういうことなら日翔の治験は諦める」
躊躇いがちに口を開いた辰弥の代わりに、鏡介がきっぱりと宣言する。
「鏡介……」
「それとも、お前は治験を受けさせたい方だったか?」
鏡介が辰弥の目を見据えて言う。
全ての責任は俺がとる、と言わんばかりの鏡介の声に、辰弥が首を横に振る。
「日翔を一人ぼっちで逝かせたくない。きっと日翔も、俺たちに見送られることを望むと思う」
「……だな」
鏡介が頷き、「そういうことだから」と話を締める。
「手間をかけた。日翔の分は他の初期症状の患者に譲ってくれ」
「分かりました」
研究員が頷き、二人の目の前のホログラムスクリーンを閉じる。
「この程度の情報では治療薬の詳細が漏れるとは思えませんが、くれぐれもご内密に」
研究員の言葉に鏡介が「ああ、分かっている」と頷き、立ち上がる。
「辰弥、帰るぞ」
「うん」
辰弥も立ち上がり、その後ろで控えていた真奈美に連れられて外に出る。
終始無言でリムジンティルトジェット機に戻り、帰りのフライトの途中で鏡介がようやく口を開いた。
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