光舞う地の聖夜に駆けて 第3章
分冊版インデックス
クリスマス休暇を利用しフェアバンクスにある兄夫婦の家に遊びに来ていたピーターは土産話のネタを探すためにアラスカの
そこでテロがアメリカ本土にある四本の「世界樹」を弾道ミサイルで攻撃するものであると知り、それを阻止するためにトラックの妨害を始めたところ同じくトラックを妨害しようとしていた匠海と遭遇、交戦することになる。
匠海のリソース不足で辛勝したものの、トラックを見失った二人はリアルで合流、情報交換を行い、次の行動のためにテロリストの決起集会会場へ向かうことにする。
決起集会会場はもぬけの殻だったものの匠海が残されたデータを復元、しかし謎の男の襲撃に交戦を余儀なくされる。
一時は男の銃を撃ち落としたものの、相手は四丁拳銃の使い手で匠海とピーターは窮地に陥ってしまう。
しかし、男はテロリストではなく、一人の逃亡犯を追うバウンティハンターだった。
テロリストは
テロリストに吐かせた決起集会の場所に赴くタイロン。そこでタイロンは二人組の怪しげな男を発見、交戦する。
テロリストだと思った二人組はハッカーで、テロリストではなかった。
「まさかとは思うが、イーライ・ティンバーレイクがテロを企んでるのか?」
銃をホルスターに収め、二人を助け起こしながらタイロンが尋ねる。
ああ、と匠海が漸くまともに動くようになった腕を回しながら頷いた。
「ひでえよ、なんで最初から言ってくれなかったんだよ」
ピーターも文句を垂れながら床に胡坐をかく。
「こちとらフェアバンクスに来るなり襲われてんだよ、しかもおたくさん犯罪がどうのとか言ってるからてっきり犯罪者かと。それがGLFNの人間だもんなあ……」
中折れ帽を被り直し、タイロンがぼやく。
「おたくさんら、何者?」
タイロンがそう尋ねると、先にピーターが口を開く。
「オレはピーター。イルミンスールでカウンターハッカーやってる。で、こっちのおっさんがタクミ。ユグドラシルのカウンターハッカーやってる」
「おっ……」
「おっさん」と言われ、匠海が言葉に詰まる。
おい待て確かに俺は三十代だがおっさんと言われる筋合いはないぞ、と恨めしそうにピーターを睨み、それから溜息を吐く。
「カウンターハッカー……」
タイロンが唸る。
聞いたことがある。重要なデータを扱う企業は悪しきハッカーの手から情報を守るために
この二人が、それもGLFNが抱えるネットワークインフラの要、世界樹のカウンターハッカーだというのか。
それなら「初めての犯罪」にも納得がいく。
カウンターハッカーは正規の雇用方法で入社する一般枠とハッキング犯罪の腕を買われて採用される犯罪者枠がある。
先ほどの会話から考えて、ピーターが一般枠、匠海が犯罪者枠か、と納得するタイロン。犯罪者枠ならそれなりに修羅場も経験しているだろう、と考える。
それにしてもイルミンスールとユグドラシル、別々の職場のカウンターハッカーが行動を共にするとは珍しい。
GLFN四社は主に取り扱っているものが競合しないためそこまで激しい覇権争いを行っているわけではないが、手を取り合うほど慣れ合っているとも思えないためだ。
ピーターがタイロンを見る。
「で、おっさんはなんでこんなところに。さっき言ってたイーライって奴を探してんのか?」
タイロンに対しても「おっさん」発言をするピーター。
おいおい、とタイロンが口を開く。
「坊主、俺はまだ三十二だ。おっさんと呼ばれるにはまだ早い」
「さっ……」
タイロンの年齢を聞いた匠海が声を上げる。
「どうした? ええと……タクミだったか」
大方、こいつも俺が老けてると言いたいんだろう、と思いながらもとりあえず尋ねる。
「あ、いや、ええと……まさか俺と同い年とは思わねえよ」
「……は?」
火を点けようとしていた煙草がタイロンの口からポロリと落ちる。
「おたくさん、同い年?」
「……ああ」
匠海が頷く。
もっと若いと思ってたわーと思いつつタイロンは床に落ちた煙草を拾い上げた。
軽く払って咥え直し、ポケットからライターを取り出す。
「それにしても、凄いな。お前のその銃、スマートガンじゃないだろ。あんな早撃ち、初めて見た」
そんなタイロンを見ながら、匠海がぽろりとこぼす。
匠海の称賛に「それはどうも」と答え、タイロンは改めて煙草に火を点けた。
「おっさん、今時電子じゃない煙草かよ」
ピーターがそう言うが気にするタイロンではない。
「……で、イーライがテロを企んでいるからそれを阻止する、と」
大体分かった。この二人は何らかの手段でイーライのテロ計画を入手し、通報することなく自分たちで阻止しようとしている。
「普通なら通報するだろうに……とは思ったが、おたくさんらハッカーだったな。ハッキングして知ったから通報できないってとこか」
「まぁ、厳密に言うと違うが大体そんな感じだ」
匠海が頷き、それから少し考える。
タイロンはイーライを追っている。そして、そのイーライはリストの一番上に名前が書かれていたことを考えると、恐らくはテロの首謀者。
狙いは違えど、最終的な目標は同じではないだろうか。
「……なぁ、タイロン」
匠海が口を開く。
「なんだ?」
「手を組まないか?」
匠海の発言に、ピーターが思わず彼を見る。
「アーサー? どういうことだよ!」
それはタイロンも同じだった。
手を組むメリットがどこにあるのか、と、考え、
「なるほど、おたくさんはイーライの情報を教えるから俺にテロの阻止を手伝ってほしい、と」
ああ、と匠海が頷く。
「弾頭輸送の段階で止められていたらよかったんだが。それができなかった今、テロの阻止にはどうしても戦力が必要となる。お前のその早撃ちと判断、無視するには惜しすぎる」
「なるほど……確かに俺はイーライの足取りを今見失っている状態だ。手を組まなければ奴を取り逃がすしテロも起こる、ということか……」
そうなると、答えは一つしかない。
だが、ここでこの二人を信用していいかどうか気になるところでもある。
一人は一般枠でももう一人は
ふう、と一つ息を吐きタイロンは匠海に質問を投げた。
「おたくさん、何を考えている? おたくさんに余程のメリットがなければこんな話を持ち掛けないはずだ」
「単にテロを阻止したいだけじゃ足りないのかよ」
そうだ、とタイロンが頷く。
テロが起きたところで
被害を受けるのは大抵何の力もない一般市民で、そんな下々の人間など関係ない、と思っていたが。それとも、本当にメガコープが大ダメージを受けるほどの計画をイーライは持っていると言うのか。
それを告げると、匠海とピーターは顔を見合わせた。
「GLFNで働いてるっても、割と底辺だぞ? 特に俺は元犯罪者だから違う部署の奴らからは結構見下されている」
「いや、それ、アーサーが日系人だから」
ピーターが横槍を刺すが、二人の発言にタイロンは納得する。
この時代でも白人が他の人種を差別する、といった状態は根強く残っている。
元犯罪者で日系人の匠海がGLFNのエリート層から疎まれるのは当然の結果、だろう。
だが、それが理由とは思えない。
もう少し、決め手になる情報が欲しい。
暫く、沈黙がその場を満たす。
匠海が一つ溜息を吐いた。
「……手を組んでくれると言われたら開示するつもりだったが、今回のテロの
そう言ってから、匠海は自分の手を見て、ぽつりとこぼす。
「あと、個人的な感情だが、世界樹、特にユグドラシルのクラウドサービスにとても重要なデータを保管している。それだけは、消したくない」
「何だよそのデータって」
初めて聞いたぞそんなこと、とピーターが尋ねる。
だが、匠海は首を振って回答を拒否する。
「……今は、言えない」
開示できるのはここまでだ、と匠海は呟いた。
ここまできて秘密はないだろう、と思ったピーターとタイロンであったが、匠海の苦しそうな、まるで涙をこらえているかのような面持ちに口を閉ざす。
余程、失いたくないデータらしいと思いつつ、ピーターが「オレは」と口を開く。
「オレは単純に職場が無くなるのが嫌なだけだ。そりゃネットワークインフラの喪失は痛いが大事な収入源が絶たれるのはちょっとな」
そうか、とタイロンは呟いた。
二人の考えは分かった。匠海の発言が少々気になるがピーターは他意がなさそうに見える。
分かった、とタイロンは頷いた。
「分かった、手を貸そう。で、おたくさんらイーライの居場所は分かってんのか」
「それは今から探す」
匠海の言葉に、ピーターとタイロンが顔を見合わせた。
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