光舞う地の聖夜に駆けて 第5章
分冊版インデックス
匠海、ピーター、タイロンの三人はそれぞれきっかけは別だったものの同じテロ阻止のため、手を組むことにする。
匠海とピーターのタッグでテロの首謀者、イーライを特定した三人は弾道ミサイル発射の現場に向かって移動を開始する。
その途中で電波のローカルネットワーク構築による無人運転のトラックの群れに襲われたもののタイロンがそれを撃退。
弾道ミサイルの発射現場に到着した三人はテロリストを無力化、イーライが
しかし、弾道ミサイルはイーライによって発射シークエンスを終了され、カウントダウンが始まってしまう。
それをハッキングで止めるべく動いた匠海とピーターだったが、目の前に巨大な防壁を築かれ、行く手を阻まれる。
匠海とピーターが目の前の
城壁はあまりにも巨大で、向こう側を見ることができない。
表面を蠢く「何か」も繊毛のような触手を伸ばし、近づくものがあれば捕らえて侵食しようと身構えている。
「ははっ、チェルノボグ、よくやった!」
匠海とピーターが動けないことでイーライも見えないながらに察したのだろう、勝ち誇ったように嗤う。
「今すぐカウントダウンを止めろ!」
銃口をイーライの頭に向け、タイロンが怒鳴る。
「撃てるものなら撃てよ! 撃ったところでカウントダウンは止まらないし君が犯罪者になるだけだ!」
どうせもう保釈どころか娑婆に出ることすら叶わない、それなら今死んでも同じだ、とイーライが続ける。
ただ逃亡しただけならそのうち出られる懲役刑だけで済んだだろう。だが、ここまで話を大きくしてしまったのであれば終身刑、あるいは寿命を大幅に超えた刑期になるだけ。
もう失うものは何もない、とイーライは己の運命を受け入れていた。
命以外に失うものはないから、その命と引き換えに弾道ミサイルを発射するのだと。
くそ、とタイロンが歯噛みする。
自分にはもう何もできない、そう痛感する。
イーライが止めないのであれば、カウントダウンを止められるのは
だがその二人もどうやら途轍もない難関に行き当たっているらしい。
カウントダウンだけが刻一刻と時を刻んでいく。
残り時間は二十分を切ったところ、元々のタイマーは三十分だった、というところか。
頼む、とタイロンは呟いた。
本来なら自分の目的は果たされた。弾道ミサイルが発射されようがされまいが関係ない。
それでも。
二人が世界樹を、世界を守るというのならその手助けをしたい。
いざという時はレールガンでTELARを撃ち抜く覚悟も決め、タイロンは二人の成功を祈った。
「どうする、アーサー」
城壁を前に、ピーターが尋ねる。
そう言いながらもピーターはフロレントを抜き、城壁に叩き込む。
斬撃波が城壁に叩き込まれ、その一部を凍結させる――が、凍結していない部分が即座に侵食し、凍結部分を消し去ってしまう。
「こっちの侵食を上回る侵食力かよ……」
そうだな、と匠海が呟き、データを収集するだけの機能を持ったbotを展開、城壁に飛ばす。
botが城壁に取り付く……と、表面で蠢く「何か」が即座にbotを絡めとり、城壁内に引きずり込む。
「……ふむ」
botが引きずり込まれる様子を眺めていた匠海が小さく唸る。
「……大体分かった」
「解析できたのか?」
あれ一つで? と尋ねるピーターに、匠海がああ、と頷く。
「思ってた通り、侵食・吸収型だ。奪取機能はない」
「つまり、こっちにデメリットはないと?」
まぁ、概ねそうだなと頷き、匠海はさらに考えるそぶりを見せる。
飛ばしたbotから送られてきたデータはほとんどない。送り切る前にbotごと侵食されている。
だが、「データがほとんど送られない」ということが匠海にとって有用な情報となった。
例えば「ほとんど」送られてこなかったことを考慮すると大体の侵食能力が推測できる。
「ほとんど」送られてこなかっただけで、一部のデータは受信完了しており、匠海はそこからエクスカリバーでの改変内容を頭の中で構築した。
攻略は可能なはず。
目を閉じ、何度も頭の中でコードをシミュレートする。
相手の侵食能力は把握した。構築パターンも頭に入っている。
あとは相手が侵食しきる前にコード改変できれば。
しかし。
――間に合わない。
城壁に展開される「何か」の侵食能力は即座ではないもののかなり早い。
対して、あらかじめ作成したプリセットをエクスカリバーで送り込んでの改変にかかる時間は推定で一秒。
切り込んだ瞬間にコードを打ち込むのは、いくら匠海の
そのため、プリセットを作成し、エクスカリバーで送り込む方法を考えたがコードが侵食して相手の侵食能力を無効化するにはまだ時間が足りない。
実際にはコードの書き換えと侵食が互いを相殺するはずだが、それでも侵食スピードが速すぎる。
せめて、時間を稼ぐ方法があれば。
――いや、待てよ。
今この場で使えるツールに一つだけ、時間を稼げるものがある。
相手のツールを瞬時に凍結させ、不活性化させるツール。
「ルキウス」
匠海がピーターに声をかける。
「どうした?」
ピーターも匠海が何か思いついたことに気が付いたが、それが何かは分からない。
だが、自分に声をかけるということは何か手伝ってほしいことがあるに違いない、と確信する。
「どうせ何か思いついたんだろ? 聞かせろよ」
ピーターの言葉に匠海がああ、と頷く。
「お前の
「……はぁ?」
思わず声を上げたピーターだったが、すぐに気づく。
――なるほど、凍結させて何か小細工する気か。
「すまん、俺の
「あれ、フロレントっていうのか」
ピーターの独自ツールの名前を初めて聞き、匠海がなるほど、と頷く。
「ルキウスにフロレントか……確かに、合っているな」
「そういうお前はどうなんだ。まさかエクスカリバーか?」
アーサーと言えばエクスカリバーだもんなあ、とピーターが呟くと、匠海がああ、と頷いた。
「しかし、エクスカリバーの能力何なんだよ。フロレントのコード凍結で凍ったアバターを斬っておいて、自壊しないとかどういう仕組みなんだ」
「言ってもお前には分からないと思うが……まぁ斬ったものを改変する能力だ」
「ナニソレ」
そもそもピーターは匠海が
旧世代コンピュータを扱ってハッキングを行う魔法使いはオーグギアを使ってハッキングする魔術師の上位に位置すると言われている。
既存のツールを合成してのハッキングに対し、ツールそのものを自在に操るが故の魔法使いの優位性、というものである。
そして匠海はオーグギア上で旧世代コンピュータをエミュレートし、一見魔術師としてハッキングを行っているようで
とはいえ、魔術師は魔法使いの技術を異端としてみなしているため匠海がそのことを自分から開示することはない。
そのため、「ユグドラシル最強の魔術師」とは呼ばれていてもその強さの秘密を知っている人間は、ほぼいない。
そんなこともあり、匠海は出会ってまだ一日も経っていないピーターに魔法使い技能のことを開示することはできなかった。
それもあり、ピーターはエクスカリバーの改変能力についてはあまり理解できていなかった。
それでも、どうやらエクスカリバーの能力の発動には時間が必要で、その時間稼ぎのためにフロレントの凍結能力が必要なのだ、と理解する。
「オーケー、オレがあの壁にフロレントの斬撃波を当てて凍結、その間にエクスカリバーであの厄介な奴を改変……無力化できるってことか?」
ああ、と匠海が頷く。
「だが、ただ闇雲に撃ってなんとかなる感じじゃない。あの城壁の侵食スピードが早すぎる」
確かに、とピーターが頷く。
「それでも、フロレントの凍結でエクスカリバーが改変する時間は稼げる」
「……つまり、」
「同時にフロレントとエクスカリバーを起動する。あの壁がフロレントの斬撃波を侵食する前にエクスカリバーで改変、穴を開ける」
ちなみに、フロレントで凍結させた部分の侵食が終わるのに一秒、その間に、凍結部分をエクスカリバーでぶち抜く、と続け、匠海は「いけるか?」とピーターに確認した。
「分かった。それでいこう」
ピーターが頷き、フロレントを構え直す。
それを見て、匠海がふと、何かを考える。
ふむ、と、一人で何か納得し、ピーターを見る。
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