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光舞う地の聖夜に駆けて 第5章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 匠海、ピーター、タイロンの3人はそれぞれきっかけは別だったものの同じテロ阻止のため、手を組むことにする。
 匠海とピーターのタッグでテロの首謀者、イーライを特定した3人は弾道ミサイル発射の現場に向かって移動を開始する。
 その途中で電波のローカルネットワーク構築による無人運転のトラックの群れに襲われたもののタイロンがそれを撃退。
 弾道ミサイルの発射現場に到着した3人はテロリストを無力化、イーライが連邦フィディラーツィアから供与を受けていた生産型の大型ニェジットに苦戦したもののこれを撃破、イーライも無力化する。
 しかし、弾道ミサイルはイーライによって発射シークエンスを終了され、カウントダウンが始まってしまう。
 それをハッキングで止めるべく動いた匠海とピーターだったが、目の前に巨大な防壁を築かれ、行く手を阻まれる。

 

 botが匠海に向かって押し寄せる。
 匠海がエクスカリバーを振るい、botを斬り捨てる。
 しかし、何度倒してもbotは別の場所に身体を再構築し、匠海に向かってくる。
 当然、匠海はコード改変を行いながらbotを斬り捨てている。
 斬り捨てられたbotは無害な、意味のないデータ片として霧散している。
 だが、チェルノボグはその断片データですら新たなbotの素材として再利用している。
 まるでエクスカリバーの性能を知り尽くしているようなチェルノボグの独自ツールの機能に、匠海は舌を巻いた。
 ――このままでは、押し切られる。
 botをデータ片すら残さず消滅させることができれば数を減らすことはできるだろう。
 しかし、匠海のエクスカリバーは破壊・改変型である消去型ではない
 破壊型は文字通りデータを破壊、無意味なデータ片に砕くものである。対して消去型はデータそのものを消滅させ、なかったことにする。
 そしてチェルノボグの独自ツールは周りのデータを素材としてbotを生産する創造型といったところか。
 創造型のデメリットは素材となるデータがなければ生み出せないところにあるが、その素材は一体どこに。
 あの壁か、と匠海は城塞を見た。
 あれほどの規模の城塞を素材にすれば無数のbotを生み出すことは簡単だろう。
 だが、匠海の視界にはピーターと自分を阻む城壁がまだ残っていた。
 あれを残して、これだけのbotを展開? と匠海は自分の目を疑った。
 流石の匠海でもあの城壁と無数のbotを同時展開できるほどのデータ素材をオーグギアに入れていない。ブースターのサブストレージに格納していたとしても、限度がある。
 何かからくりがあるはず、それを特定すればもしかすると対処できるかもしれない、と考えるも、全く予想がつかない。
 それとも――。
 ――まさか、チェルノボグも魔法使いウィザード
 オーグギア、ブースターだけでなく旧世代PCも使用し、大量のデータを確保しているのか。
 そう考えている間にもbotはどんどん増殖し、匠海を包囲する壁を厚くしていく。
《アーサー、こいつらヤバい! どんどん増えてる!》
 突然、ピーターから通信が入る。
《こっちは片っ端から凍らせてるが砕いたらそれを使って再構築しやがる!》
「チェルノボグがそっちにいるのか?!」
 目の前のbotを斬り捨てながら匠海が怒鳴る。
 それに対しては、「いいや」とピーターから返事が返ってくる。
《姿は見えねえ! だが、わけわからんbotだけはどんどん湧いてくる!》
 マズいな、と匠海は呟いた。
 展開されたbotが自分に対してだけならまだなんとかなったかもしれない。
 だがピーターの側にも展開されていることを考えると二人が完全に押し切られるのは時間の問題かもしれない。
 それほどの規模のデータを、チェルノボグは遠慮なくこの戦場に投入してきている。
 早急に何かしらの手を打たないと、アバターがbotに押しつぶされる。
 しかし、妖精に調査を頼もうにもブースターなしというハンデ故にリソースが割けない。
 それでも、匠海はリソースの消耗を顧みず周囲にPINGを飛ばした。
 妖精のリソース消費に比べてはるかにマシではあるが、それでもアバターの一部処理に制限がかかる。
 アーサーのアバターから特に処理の複雑なマントが消失する。
 周囲の状況が返ってくる。
 ――これは……?
 PINGの反応に違和感を覚え、匠海が首をかしげる。
 このエリアに、チェルノボグとピーター以外に反応がある。それも複数。
 どういうことだ、と匠海は考えた。
 その間もbotは匠海に押し寄せてきている。
 考えている暇はない。
 咄嗟に、匠海は視界に映る反応を現実のマップにリンクさせた。
 ほとんど、勘による操作。
 まさか、あり得ないと思いつつも行った操作だったが。
 ――嘘だろ?!
 光点が、現実のマップと一致した。
 全ての光点オーグギアが、この発射現場に集約している。
 見えた、と匠海は呟いた。
 チェルノボグは、この膨大なボットネット構築のためのデータをここにいるテロリストのオーグギアに格納されているもので賄っている。
 と、いうことは――。
「ルキウス! さっきのSPAMスパムの枝は残してるか?!」
 城壁の向こうのピーターに向かい、匠海は叫んだ。
《は? 一応、残してるが?!》
 切羽詰まったピーターの声が匠海に届く。
「チェルノボグはここにいるテロリストのオーグギアを使ってこいつらを生産している! オーグギアを過負荷オーバーロード状態にさせれば少なくともこれ以上は増やせないはずだ!」
《でも、どうやって!》
 匠海が「枝は残しているか」と聞いた時点で再ハッキングすることは容易に想像がついた。
 しかし、オーバーロードさせるとなるとSPAMでは不可能である。
 別のツール、と考え、ピーターはまさか、と声を上げた。
AHOアホ使うのか?! 流石に持ってねーぞ!》
 そもそもSPAMだって極力使いたくないんだ、Auggear Heat OverloadAHOまで用意するかよ、とピーターが叫ぶ。
 AHOは文字通りオーグギアに過負荷を与えるツール。SPAMが視覚、聴覚に干渉するものに対してこれはオーグギア自体に干渉する。
 これを極限まで強化し、バッテリーを爆破するまでに至ったものがガウェインの万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーンである。
 SPAMより強力な妨害ツールであるので、SPAMの使用でさえ渋っていたピーターが所持していないのも当然のことだろう。
 やはり、と思いつつも匠海はストレージを開き、ピーターにデータを転送する。
《マジで送ってきやがった!》
「四の五の言わずに使え! いつまでもスポーツハッカーいい子ちゃんの矜持を持ち続けるな!」
 命のやり取りがないスポーツハッキングでなら通用する矜持を、一歩間違えれば命を落としかねない実戦リアルハックで持ち続けるな、と。
 スポーツハッキングの常識が通用する世界ではない。
 かつて、ユグドラシルでとうふが負傷した時のことを匠海は思い出した。
 基本的に命を落とすことがないと言われていたハッキングで、とうふは生死の境をさまようことになった。
 それを目の当たりにした経験があるから、匠海はハッキングだからと言って油断することができなかった。
 今回は、押し切られれば一時的にアバターを失うだけではある。
 だが、再度この場に戻り、チェルノボグを倒さないカウントダウン止めない限り核弾道ミサイルは発射される。そして、この場に戻るための時間は、ほとんどない。
 綺麗事でどうこうできる状態ではないのである。
 勝つためには、手段を選ばない。
 匠海に叱咤され、ピーターはほんの少し、葛藤した。
 自分はイルミンスールを守るカウンターハッカーである。それも、イルミンスールを攻める犯罪を犯すことなく正規の手段で入社した。
 ピーターとしては認められていないハッキングを行うのは全て犯罪だという認識がある。
 それがたとえ苦しんでいる人間を助けるためのハッキングであったとしても、認められない。
 それゆえ、ピーターはホワイトハッカーであったとしても犯罪を犯す軽蔑の対象として見ていた。
 それなのに、今日一日でどれだけの「罪」を犯したか。
 そう考えてから、ピーターは首を振る。
 違う。「罪」には違いないかもしれないが、世界樹を「救おう」としている。
 罪であったとしても、自分一人が被ることで多くの人間を救うことができるのであれば。
 パン、とピーターが両手で頬を叩く。
 AHOを展開することで周囲のテロリストのオーグギアをオーバーロードさせ、それによって打開策が見えるのであれば。
 フロレントを一振り、周囲に凍結したbotの壁を作り出し、ピーターが叫ぶ。
「アーサー! タイミングは?」
 他のbotが壁を砕く前に、と枝を付けたオーグギアに再ハッキングを行いながら、確認する。
《合わせる必要はない! とにかく全員オーバーロードさせろ!》
 匠海の返答に、ピーターは「了解!」と叫んだ。

 

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