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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第3章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは人間の脳内データではないかという疑惑が浮上する。

 

入手したデータが人間の脳内データらしいということで、SERPENTは健に新たな仕事を依頼する。

 

 
 

 

「はい、ただいまー」
 誰もいないハイドアウトのコンテナハウスに戻り、健がデータをアンソニーとSERPENTに送信する。
「今回の件、俺的にはクロだと思うが、お前はどう思う?」
 データを受け取ったアンソニーに健がそう問いかけると、アンソニーも「そうだな」とデータに目を通し、見解をまとめる。
 今回の任務で健はタイロンを連れて、前の依頼で入手したデータの身内に接触した。
 「EDEN」の規約で、「EDEN」内部に関することを第三者に漏洩することは固く禁じられている。「身内を『EDEN』に入れた」程度ならある種のプロモーションとして許されているが、「EDEN」内部についての詳細は運営の発表を参照しろ、というものだ。
 それを違反した場合は罰金やアカウントの削除といった措置が取られるらしいが、現時点で違反者はいない、と言われている。
 だから、タイロンも身内に「EDEN」に関する情報を直接尋ねることはできなかった。データがこちらにある以上、当該人物は「EDEN」の保管期限が過ぎて、表向き削除されたことになっているだろうが「EDEN」の事情を話したということで迷惑を掛けたくない。
 それに、本当にこの身内が「EDEN」の利用者であるとも確定していない。下手に「EDEN」の話題を振って怪しまれるわけにもいかない。
 そのため、健がタイロンの事情聴取をダミーとして相手のオーグギアに侵入、情報を集めることとなったが、その中でいくらか興味深いデータを見つけた、という次第だ。
《はぁ、たまたま近所で強盗事件があって助かったよ。そいつを話題に時間は稼げたからな》
《その強盗も実はSERPENTが手下をけしかけて起こしたダミーじゃないのか?》
 同じく別のハイドアウトに戻ったタイロンと、普段はまた別のハイドアウトを拠点としているアンソニーが口々にぼやく。
 今開いている回線はSERPENTがアメリカ中に敷設した量子独立ネットワークイントラネットを介しているため、盗聴されることがあるとすればSERPENTか同じく「Team SERPENT」の一員に、だろう。
《とにかく、タケシの収集データが意外とまとまってるから整理しやすい、これならすぐに解析できるよ》
 そう言うアンソニーに、健はむぅ、と頬を膨らませた。
「意外とは何だ意外とは」
《だってタケシ、ハッキングに関しては基本的にバーサーカーだから》
「なにをう!」
 おいこら表に出ろSPAM送るぞと、言っていることがヤンキーのそれにアンソニーが嫌だ、と即答する。
《おいお前ら真面目に仕事しろ》
 通話で騒ぎ出した健とアンソニーをタイロンが止めた。
《健、お前は大人げなさすぎる。アンソニーもこんなガキみたいな大人の煽りに応じるな》
「誰がガキだよ!」
《確かに、俺も大人げなかった》
 真逆の返答をする健とアンソニー。
 おいおい、アンソニーの方が大人じゃねえかと思いつつも、タイロンはアンソニーに作業の続きを促す。
《健、お前はもう少し落ち着け。少なくともお前が今回的確に情報収集をしてくれたからアンソニーの作業が楽だという話だろう》
「むぅ」
 タイロンにそう言われると怒っていた自分がバカらしくなってくる。
 不貞腐れながらも健はベッドに寝転がり、アンソニーの解析結果を待つことにした。
 しばらくの沈黙。
 健も転送したデータを自分でも眺めながらぼんやりと待つ。
 詳しく検証したわけではないが、健の中では今回の調査対象はクロだった。
 「EDEN」と関わりがある、そんな気がする。
 それはハッカーとしての勘がそう囁いているだけだったが、きっとこの家族は「EDEN」に関わった、「EDEN」の中を知っている、そう確信する。
《解析完了。タケシ、起きてるか?》
 アンソニーの言葉に健が飛び起きる。
 アンソニーはタイロンや他のメンバーも呼び出したようだった。
 SERPENTもその姿を現し、アンソニーの解析結果を待つ。
《まず、結論から言うと――ウィリアム・アンダーソンは『EDEN』の住人だった》
 その一言に、ざわり、と通話に参加していたメンバーがざわめく。
《タケシ――ガウェインが集めたデータを見る限り、彼の家族は二年前、彼の死を間近に『EDEN』と契約をしている。データの保管期限は、二年》
 二年、といえばファイル名に設定された日付を見る限りちょうど保管期限が切れてある程度の期間が経過したというところ。Lemon社がデータ削除を偽装して子会社に転送していても何ら違和感はない。
 やはり、と健はSERPENTを見た。
《データを見る限り、家族の面会頻度は時間を追うごとに低下、満期を迎えてセレモニーを行い、ウィリアムのデータを目の前で削除した、ということになってるな》
『だが、そのデータは削除されていなかった、ということか』
 SERPENTが呟く。
『いや――「EDEN」からは削除されているな。こちらも協力者から多少の情報をリークしてもらっているが、人間の脳内データはコピーできないようになっているらしい』
「どういうことだよ」
 SERPENTの言葉に、健が質問した。
『私も詳しくはまだ把握していない。しかし、報告書によると「脳内データは複製ができず、マスタデータの移動しかできないように設定されている」らしい』
 つまり、健が入手し、今こちら側のサーバに格納されているウィリアムの脳内データはマスタデータということになる。
「ってことは、俺たちがこのデータを入手したことで『Project REGION』は阻止とまではいかなくとも足止めすることはできた、のか?」
 脳内データがなければ「Project REGION」を進めることはできない、そう思った健がSERPENTに尋ねる。
『さぁ、どうだろうな。保管期限が切れたユーザーなど他にもいるだろうし大きな影響は出ないかもしれない。我々が削除したはずのデータを持っていると家族が知れば社会的な問題になるかもしれないが、あいにくと我々も存在を知られるわけにはいかないのでね』
「別に知られてもよくね? むしろ有名になった方が資金稼ぎもやりやすいだろ」
 SERPENTの目的が「Project REGION」の阻止であるならこの情報の暴露はプロジェクトの阻止への強力な一手となるはず。
 そう思い、健は提案したがSERPENTはそれを首を振って否定する。
『駄目だ。今の我々の力ではLemon社に揉み消されるのがオチだ。それにデータを違法に入手したことで我々が罪に問われ、壊滅する』
「ぐ……」
『今は待て。確実に傷を負わせる一手でなければ意味はない』
 SERPENTの言い分は正しい。今の健たちには何の力もない。
 悔しかったが、SERPENTの言う通り、今は待つしかなかった。
「……わーったよ」
 不貞腐れて、健はベッドに寝転がった。
 今回の調査結果をどう動かすかは他の担当に任せればいい。
 健はあくまでも現地でデータを収集するための工作員でしか過ぎない。
 分かったならいい、とSERPENTが姿を消す。
《タケシ、あんたがなんで焦るのかは俺には分からないけどさ――今はSERPENTの言う通りだと思う、時期を待つしかない》
「……ああ」
 アンソニーに諭され、健は心ここにあらずといった様子で頷いた。
《とにかく、俺はこの後授業あるから抜けるけど無茶すんなよ》
 そう言い残し、アンソニーが退室、タイロンや他のメンバーも退室していく。
 通話ルームが自分以外誰もいなくなったところで健も退室し、はぁ、とため息を吐いた。
 ベッドの上で、ふと思う。
 前回の任務で入手した死者の脳内データらしきもの。
 解析の結果、仕込まれたプログラムファイルはAIとしてのコアファイルで間違いないだろう、という結論が出ている。
 つまり、このパッケージそのものがコンピュータ上で一つの人格を持ったAIということ。
「魂のデジタルコピー、か……」
 コンテナハウスの天井を見上げ、健が呟く。
 「EDEN」にはこのようなパッケージングされたAIが幾つも存在する、ということか。
 恐らくは七年前に死んだ匠海アーサー和美マーリンも。
 そこまで考えて、健は「いや待てよ」と考え直した。
 「EDEN」のプロモーション、いや、公表された料金プランを思い出す。
 死者と過ごせる巨大仮想空間メタバースと謳われているが、データの保管期限は金さえ詰めば無限、というわけではない。
 料金プランに応じてその保管期限が定められている。
 その理由が、「EDEN」は「遺族が死者と向き合い、心の整理を行うための場所」として用意した物だとLemon社が公表しているからである。
 死者を永遠に「EDEN」に保管してその意志を後世に伝えるべきではない、という主張に多少の反発はあるもののそれが正論であるとは多くの人間が納得していた。
 デジタルデータとなった魂はサーバが物理的に破損したりデータを削除しない限り永久に残り続ける。「EDEN」は死者の親族しか入ることができないメタバースである。死者のデータを永久に保管し続ければその子孫が依存し、思考が停止する。
 いつまでも先人の言葉に縋っていてはいけないのだ、とLemon社はデータの保管期限を定め、「遺族が心の整理を付けて笑顔で送り出す」ための場所としての「EDEN」を提供した。
 それだけ聞けば立派な取り組みだと思うかもしれない。
 しかし、そこに大きな落とし穴がある。
 保管期限の切れた、または遺族が早期に心の整理を付けて送り出す決断を行ったデータはどうなるのか。
 Lemon社は遺族の前でセレモニーを行い、データを削除すると公表している。
 それが本当に行われているのか。
 「EDEN」サービス開始から四年、保管期限切れで削除されたデータは他にもあるはずだ。
 だが、もしそのデータが「削除した」風を装って残されていたら?
 今回、ウィリアムのデータが実は削除されていなかった、ということでその疑問は確信に変わった。

 

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