世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第3章
分冊版インデックス
場所はアメリカのフィラデルフィア。
とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
そこに現れた1匹の蛇。
その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入する
「EDEN」にいるという
解析の結果、そのデータは人間の脳内データではないかという疑惑が浮上する。
入手したデータが人間の脳内データらしいということで、SERPENTは健に新たな仕事を依頼する。
調査の結果、入手したデータは表向き削除されていたものだと判明する。
データが削除されていないことから「Project REGION」に匠海と和美のデータも使われるのではと思った健は居てもたっても居られず周りが止めるのを聞かずに「EDEN」に侵入する。
「EDEN」で匠海と和美に会う健。だが、言葉を交わす前に隔離空間へと転送される。
次の瞬間、オブジェが砕け散る。
「っぶね……!」
ガラティーンを構えて、健が砕けたオブジェを見る。
――どこからだ?
今、どこから攻撃が飛んできたかは特定できなかった。大抵の攻撃は飛んできた方向くらいはすぐに特定できるのに、だ。
ざわり、とフィールドの空気が揺れる。ぞっとするほどの殺気が辺りを支配する。
「そこか!」
健がガラティーンを振る。ガラティーンに何かがぶつかり、パーティクルを散らせる。
「く――!」
――重い!
受けただけで分かる。この攻撃はとんでもない情報密度で構築されたものだ。
何かが一度健から離れ、ゆらりと身構える。
「……大抵の奴はこの一撃で致命傷だがな」
ボイスチェンジャーで変声したような枯れた声があたりに響く。
「儂の一撃を凌ぐとは、対した奴だ」
「お前――『黒き狼』か!?!?」
噂に聞く「黒き狼」。
あくまでも通称で、本来のスクリーンネームは不明の
SERPENTに、「Deityの手下だ」という事前情報は貰っていたが、健の侵入を早々と察知して攻撃してくる手際の良さには舌を巻かざるを得ない。
勝てない、と健の本能が叫ぶ。
逃げろ、逃げなければ喰われる。
だが、どこに逃げればいいのだ。
隔離空間を破れば離脱することはできるが一瞬でできるような生ぬるいものではない。抜け出そうと隙を見せれば、その間に喰われる。
戦うしかない、と健はガラティーンを握り直した。
VRビューで、生身ではないはずなのに冷や汗が背を伝うような感覚を覚える。
「ほう――儂を前にして、逃げぬというか」
「どうせ逃げようとしたら後ろから殺るだろ! だったら逃げるチャンスを作るまでだ!」
そうか、と姿を見せないまま黒き狼が動く。
健の周りを回るように動く黒き狼に、「確かに『黒き狼』という名前は伊達じゃない」と思う。
「っ!」
殺気を感じ、ガラティーンを振るう。
ガラティーンが健に向けられて飛ばされた攻撃を受け、それを弾き返す。
――くっそ、SPAMだけじゃなくてAHOも混ぜてんのか!?!?
オーグギアを
確かに、黒き狼に遭遇した
俺もそうなるのか、いや、そうなってたまるものか、と健が飛んでくる攻撃を撃ち落とす。
黒き狼の攻撃は基本的には飛び道具、だがそれではワンパターンになると判断したか時々近接攻撃を仕掛けてくる、というところまでは判別できた。
名前の通り漆黒の狼のように健の周りを駆ける不定の黒き狼の攻撃を健が巧みな剣捌きでいなしていく。
しかし凌げるのも時間の問題、いずれは健の
「あの二人に触らせはせん」
攻撃の合間に、黒き狼がそう宣言する。
その言葉に一瞬、違和感を覚えるものの直後に繰り出された噛みつきのような攻撃をガラティーンで受け止め、健は呻いた。
――まずい、押し切られる――!
ガラティーンに噛みついた牙がそれをへし折らんとばかりに力を込める。
それを全力で振り払い、健は後ろに跳んだ。
――こいつ、ガラティーンが効かない――?
ガラティーンは「斬った対象が関わる電子機器に過負荷を与える」
黒き狼自体が超高密度のデータの集まりであるがゆえに影響を与えるほどのダメージを与えられていないのか、と思いつつ健は舌打ちをした。
勝てない。
力の差は歴然である。圧倒的な攻撃力、素早さ、何もかもがチートではないかと思えるほどである。
いや、実際チートだろう。魔術師とはそういうものだ。
考えうるチートを使いこなし、黒き狼は健に牙を剥いている。
「儂の攻撃をここまで凌ぐとは、大した奴だな」
健の前で足を止めた黒き狼が低く唸る。
「だが、あの二人に手を出すというのなら、生かしてはおかん!」
その瞬間、黒き狼の全身から漆黒の棘上の触手が解き放たれた。
それは地を這うように健に襲い掛かり、全方向から健を捕らえようと展開される。
「く――!」
ガラティーンを振るって触手を切断しようとする。
触手を切断さえすればそこからガラティーンの機能で相手のオーグギアを攻撃できるはず。
だが、数本の触手を切断することに成功したものの、無数に襲い掛かってきた触手に、健の手からガラティーンが弾き飛ばされた。
「くそっ!」
ガラティーンが手から離れた瞬間、咄嗟にガラティーンの格納操作を行う。
健の手から完全に離れる直前、ガラティーンが光の粒子となって消失する。
手から離れてしまえばそれは一つのオブジェクトだ。下手をすれば黒き狼に拾われて解析されるか、ガラティーンでこちらが殺られる。
いや、それだけで済めばいい方だ。解析されれば最悪の場合、健の身元がバレてしまい、そのまま「Team SERPENT」の発覚にまでつながるかもしれない。
そうなる前に格納処理を行えた時点で、健の判断力は恐るべきものだった。
ほう、と黒き狼が感心したような声を上げる。
「流石に
ゆらり、と影が揺らめく。
健はというと、ガラティーンを格納すると同時に僅かに開いていた上へと跳んで触手を回避、後方に下がっていた。
本来の生身では決してできない跳躍だが、VRビューかつ筋力増加のチートを使えば造作もない。
どうする、と健が自問する。
ガラティーンは効かない。いや、他の攻撃ツールであっても黒き狼には傷一つ付けることは叶わないだろう。
そうなると、何とかしてこの隔離空間から抜け出して回線を切断すること。
隔離空間を抜け出し、他のエリアへ跳べば、恐らくは安全にログアウトできる。
しかし、問題は「どうやって隔離空間を抜けるための隙を作る」か、である。
黒き狼の攻撃は絶え間ない。今は様子を見ているようだが、健が隔離空間を抜けようとした瞬間に攻撃してくるだろう。
どうする、と考え、健は
「まだやる気か!」
案の定、黒き狼が地を蹴って攻撃を仕掛けてくる。
――かかった!
黒き狼が遠隔攻撃を行うか近接攻撃を仕掛けてくるかは賭けだった。
だが、遠隔攻撃はコストや制限が多いというデメリットがある。勿論、チートでそれを無効化することができるがそこにリソースと時間を割くくらいなら近接攻撃を仕掛けた方が確実性は高い。
それが健の狙い目だった。
黒き狼の目の前で何かが炸裂し、辺り一面をパーティクルが煌めく
「な――」
黒き狼の動きが一瞬止まる。
健に対して完全に隙を見せる形となったが、黒き狼には勝算があった。
侵入者の手持ちではまともなダメージを自分に与えることはできない、という。
何度か受け流して把握している。相手の
だが、その破壊機能がまともに自分のアバターを傷つけることができないことを黒き狼は把握していた。それほどの
流石に「
それなら勝ちだ、と黒き狼は腕を健がいた方向に振り下ろした。
アバターの腕が、その先に展開された鋭い爪が、そのまま破壊ツールの破壊機能を発動し、健に叩き込まれる――。
はずだった。
「!?!?」
咄嗟に黒き狼が後ろに跳ぶ。
視界を奪うフォグが効果時間の終了とともに晴れていく。
「――っ」
そこに、誰もいなかった。
まるでテレポーテーションしたかのように、侵入者の姿は影も形もなくなっていた。
「……逃げたか」
黒き狼が低く呟く。
「……まぁ、儂はお前さんを潰したくはなかったからな」
逃げたのなら深追いするまでもない。
ゆらり、と揺らめき、黒き狼の姿が掻き消える。
同時に、不要となった隔離空間にひびが入り、パーティクルと共に消えていく。
隔離空間はデジタル世界においてはどこにでも存在し、どこにも存在しない空間。
「EDEN」で展開したとしても、その空間は全く別の場所にある。
だから、匠海も和美も健の姿が消えたことでログアウトしたか隔離されたという認識はできたがそれ以上深追いすることもできなかった。
ただ、何事もなかったかのようにデジタル空間はそこに存在し、データ片が世界を構築していた。
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