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世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第3章

 

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは人間の脳内データではないかという疑惑が浮上する。

 

入手したデータが人間の脳内データらしいということで、SERPENTは健に新たな仕事を依頼する。

 

調査の結果、入手したデータは表向き削除されていたものだと判明する。

 

 
 

 

 SERPENTはLemon社が「Project REGION」を密かに遂行していることを察知し、それを良しとせず「Team SERPENT」を結成した。
 SERPENTに「EDEN」住人のモデルケースが匠海と和美だと聞かされ、そして「Project REGION」がデジタルコピーされた魂の兵器転用と聞かされ、参加を決めた。
 「Project REGION」の話を聞いて、「EDEN」にいる、二人の友人のデータが、もしかすると兵器転用されるかもしれないと考えたからだ。
 「Project REGION」が実際に人間の脳内データを、魂をデジタルコピーして兵器を制御するためのAIにするものだとしたら、それこそ「EDEN」の住人は格好の研究素材だろう。
 もちろん、「EDEN」のユーザー登録にはかなりの年会費が必要となり、身内を住人にすることができるのはそれなりの富裕層に限られる。相手が富裕層だけにそのデータを兵器転用します、などということになれば訴訟待ったなしではある。そう考えると貧困層の人間のデータを幾許かの報酬と引き換えに抽出し、AIのためのデータにする方がトラブルは少ないかもしれない。
 しかし、健にはLemon社がそれを行っていないという確信があった。
 貧困層は貧困層なりのネットワークがある。「死に瀕した身内の脳内データを提供すれば口止め料がもらえる」という情報はあっという間に貧困層の間に広まるだろう。いくら口止め料を積んだとしても情報はすぐ洩れるし、口止め料が高ければ高いほどそれを受け取った遺族は豪遊し、怪しまれる。
 いくら「生命保険が下りた」と誤魔化したところで、貧困層が豪遊できるほどの保険金を受け取れるほどの掛け金を捻出することは難しいのだ。
 それを考えると、Lemon社は貧困層を使った実験を行っていない。「脳内データを抽出して研究に使う」という噂が全く流れていないからだ。
 「脳内データの抽出」という話は「EDEN」のプロモーションでしか広まっていない。そこに、真実の抜け道がある。
 がばり、と健が身体を起こす。
 SERPENTは回線を閉じたのか、ハイドアウト内にはいなかった。
 それなら都合がいい、とストレージを開き、コンソールウェポンパレットを開く。
 と、そのタイミングで通信が入ってきた。
「なんだよ」
 ぶつくさ言いながら発信者を見ると、ロサンゼルスにいるルキウスピーター
 流石にピーターからの通信を無視するわけにはいかず、健は回線を開いた。
《ああ出た出た、タケシ、突っ走ってないだろうな?》
 開口一番、ピーターは健の思惑などお見通しだと言わんばかりの発言をぶつけてきた。
「なんなんだよ、お前今仕事中だろ」
《時差舐めんな、こっちは出勤前だっつの》
 ピーターに言われて時計を確認する。
 現在十一時を過ぎたところ。ロサンゼルスとは三時間差なので向こうは八時過ぎと言ったところか。
 あれ、そうなるともしかして起き抜け? などと思いつつも健は用件はなんだ、と尋ねた。
《SERPENTから、お前が暴走しそうだから止めろと言われたんだよ。おかげでこっちは朝のコーヒー飲みっぱぐれたっつの》
 あ、これピーターかなり怒ってるやつ、と健は悟る。
 コーヒーの飲みっぱぐれは恐らくSERPENTに俺が暴走しそうだと言われて吹き出したんだろうな、と妙に冷えた頭で考え、健は知らんがな、と返した。
《で、どうなんだ、『EDEN』にハッキングしようとか考えてないだろうな》
「うっ」
 ズバリ、ドンピシャのことを言われ、健が思わず呻く。
 そうだ、健は「EDEN」にハッキングしようとしていた。
 しばらく前にSERPENTに「やめておけ」とは言われたが、それでも「EDEN」にいるらしい匠海と和美のことを考えたら居ても立っても居られなくなった。
 もしかしたら、もう兵器転用されているのかという不安。いや、まだ「EDEN」にいるかもしれないという希望。それを確かめるためにも、そして本当に「EDEN」に二人がいるのであれば、問いただしたい、と。
 「お前たちは本当にAIとして蘇ったのか」と。
 そもそも、「EDEN」の規約上脳内データを使ったAIを永久保存をすることはあり得ない。
 しかし、二人が「EDEN」の住人モデルケースであるというのならその限りではない、とも考えられる。技術最高責任者の佐倉 日和が運営元であるLemon社と何らかの交渉を行って削除を免れている可能性もある。
 それも含めて、健は知りたいと思った。
 それをSERPENTも察知したのだろう、だが健に直接言っても従わないと判断し、ピーターをけしかけたといったところか。
 実際のところ、健はピーターに頭が上がらない部分がある。
 それは二人がスポーツハッカーだったころ、とある大会の決勝戦で対戦したことにある。
 当時最強の独自ツールユニークの使い手と言われていた健を、ピーターは初見で打ち破った。
 攻撃した電子機器にウィルスを送り込み、高負荷をかける、果てはバッテリーに急激な高負荷をかけて爆破するという健の「万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーン」に、ピーターはあらゆるデータを凍結させる斬撃波を放つ「凍てつく皇帝の剣フロレント」で真正面からぶつかり、そして勝利をもぎ取った。
 「ルキウスの凍てつきは太陽すら蝕む」とネットニュースにもなったほどで、健はピーターに完膚なきまでに叩きのめされた。
 だからこそ健はピーターに頭が上がらなかった。
 今でこそ対等の立場で「Team SERPENT」に所属しているが、それでも健が何かしようとしたときの首輪役としてピーターは動員される。
 健とてピーターに負けてばかりではない。魔術師マジシャンの上位ハッカーとして噂される魔法使いウィザードの技能を持っている健は今でならハッキングでピーターを上回ることができる。それはピーターも理解している事ではあったが、それでも健を止めるならピーター、というのは「Team SERPENT」の共通認識である。
 通話の向こうでピーターがため息を吐いたのが聞こえる。
《SERPENTにやめろと言われているんだろ、やめとけやめとけ》
「なんでだよ! 『黒き狼』がなんだ、やってやるよ!」
 健の剣幕に、ピーターは「これはまずい」と判断する。
 健は「EDEN」に侵入する気だ。
 何としても止めなければ、健が喰われる。
 「EDEN」を守護する凄腕の魔術師、黒き狼の存在はピーターも知っていた。
 「黒き狼」は魔術師としての通り名ではない。噂で、狼のように襲い掛かり侵入者を喰らいつくすという動きに「黒き狼」と呼ばれているだけだ。
 一部では亡霊ゴースト級の魔術師ではないかともまことしやかに囁かれている。亡霊級と呼ばれるほどの腕の魔術師を相手にすればそれはすぐ通報クラスのダメージを受けるだろう。
 やめろ、とピーターがもう一度言う。
 今、健が捕まるようなことになれば「Team SERPENT」も危険にさらされる。
 仲間に迷惑をかけるかもしれないということを、健は理解しているのか。
《おい、やめろ! 周りの迷惑を考えろ!》
 ピーターの声に、健が反発する。
「誰にも迷惑かけねえよ! お前にサポートしろとも言ってないし、俺の勝手だろ!」
《お前がきっかけで『Team SERPENT』が知られたらどうするんだ!》
 ピーターが必死に説得するが、健はそれを全く聞き入れようとしない。
「うっせーな、こっちは親友のデータが悪用されるかもしれないって状況なんだぞ!」
 いや、もうされてるかもしれない、だから確認する、と一歩も引かない健。
 健の口から「親友」という言葉が出た瞬間、ピーターは思わず怯んだ。
《お前……》
 匠海と和美が健にとっての親友だというのは分からない話ではない。
 だが、もう死んだ人間に対して、まだそこまで執着できるのか、とピーターが唸る。
「とにかく、誰にも迷惑はかけねえよ!」
 それでもやめろ、と言うピーターの言葉を無視し、健が回線を閉じる。
 恐らくはピーターからSERPENTに連絡が行くだろうが、それを待ちたくない。
 ハッキングツールを取り出し、健は「EDEN」へ、「EDEN」有するToKへの侵入を開始した。

 

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