縦書き
行開け
マーカー

世界樹の妖精-Serpent of ToK- 第3章

 

分冊版インデックス

3-1 3-2 3-3 3-4 3-5 3-6

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 場所はアメリカのフィラデルフィア。
 とある施設に、仲間の助けを借りて侵入した二人の男がいた。
 ハッキングに長けたガウェインと肉弾戦に長けたタイロンの二人は警備をものともせずサーバルームに侵入、データを盗み出すことに成功する。
 ハイドアウトに帰還した二人は、侵入の手引きをしてくれたもう一人のハッカー、ルキウスとサポートガジェットを作ってくれたアンソニーと量子イントラネットを通じて会話する。
 そこに現れた1匹の蛇。
 その蛇こそが「SERPENT」と呼ばれる謎の存在で、ガウェインたちはLemon社が展開しているという「Project REGION」を阻止すべくSERPENTに呼ばれた人間であった。
 SERPENTの指示を受けてLemon社の関連企業に侵入するたけし(ガウェイン)とタイロン。
 「EDEN」にいるという匠海たくみ和美かずみが気がかりで気もそぞろになる健だったが、無事データを回収する。
 解析の結果、そのデータは人間の脳内データではないかという疑惑が浮上する。

 

入手したデータが人間の脳内データらしいということで、SERPENTは健に新たな仕事を依頼する。

 

調査の結果、入手したデータは表向き削除されていたものだと判明する。

 

データが削除されていないことから「Project REGION」に匠海と和美のデータも使われるのではと思った健は居てもたっても居られず周りが止めるのを聞かずに「EDEN」に侵入する。

 

 
 

 

 スポーツハッキングチームに所属していたころに比べれば健のハッキングの腕は格段に向上している。
 それに、旧世代PCハッキングオールドハックの腕を磨くために世界を回るうちにARハックの技術も自然と向上した。
 それを考えると、いくら最高峰のセキュリティを誇る世界樹メガサーバであったとしても侵入できない場所ではない。
 ToKの表層に取り付き、侵入する。
 一見、完璧なセキュリティに見えるToKであったとしてもそのセキュリティを作ったのが人間である限り、必ず綻びは存在する。
 いや、AIがプログラムしたセキュリティであっても綻びはある。
 そのはるか源流に人の手が加わっているのであれば、それは人が作ったものだ。
 セキュリティに取り付き、制作者の意図を探る。
 どのような意図でこのセキュリティは作られたのか、その意図から想定される綻びはどれだ、と慎重に探りを入れていく。
 ――見つけた!
 小指の爪の先が僅かに引っかかる程度の綻び。
 ほんのわずかにでも綻びが見えたのなら、それはもう出入口以外の何物でもない。
 ツールを展開、綻びからToK内部へと侵入する。
 今後に備え、バックドアを仕掛け、奥へと進む。
 ToK内部のデータに興味はない。目的はただ一つ、「EDEN」そのもの。
 奥へ進みながら、健は先程入手していたウィリアムの家族のログイン認証データからパターンを洗い出し、認証データを偽造する。
「……」
 誰の身内としてログインするかを設定しようとして、健はほんの一瞬迷った後、匠海の名前を入力する。
 どうせ健が知っている「EDEN」の住人は匠海と和美の二人だけだ、考えるまでもない。
 ダミーの認証データを作成し、健は「EDEN」に取り付いた。
 認証システムを確認。
「うん、これなら手持ちの組み合わせで行けるな……」
 コンソールウェポンパレットからツールを二つ選定、ウィンドウからスワイプしてその二つを結合させる。
 最近のログイン認証には様々な手法がとられている。しかし「EDEN」のそれは最高峰のセキュリティを誇るものだったが一部の魔術師の中では既に回避方法が確立されているものだった。
 そもそもアカウントの作成が普通にオンラインで行えるものではない。だからbotによる不正アカウント取得及びログインはあり得ない、が「EDEN」としての見解だった。
 だが、実際はアカウントさえ作ってしまえばそのアカウントを装ったbotのログインは可能。ロボット認証は一応あるもののそれは健が自分で操作して回避、ダミーのアカウントで「EDEN」内にログインする。
 ログインしたら即座にVRビューに変更、巨大仮想空間メタバース内に降り立つ。
「これが……『EDEN』……」
 見た目はごく普通の街並み、住人やその遺族が不便なく歩き回れるように、という配慮だろうか。
 街の中でちらほら見かける複数の人影アバター巨大仮想空間メタバース自体は世界樹メガサーバ「イルミンスール」有するSNS「ニヴルング」があるからそのノウハウが流用されているのだろう。実際、ハッキングのVRビューもそのノウハウが流用されていると言われており、感覚投影型フルダイブVRは一般的に普及しきっているとも言える。
 匠海の姿を求めて健が街を歩く。
 ダミーのアカウントを使用している以上、いつ巡回のセキュリティシステム、もしくはカウンターハッカーに捕捉されるか分からない。
 こういうものはログインした時点で対象に通知が行ったりするもんじゃないのかね、と思いつつ健が歩いていると、少し先の通路を歩く二人の男女が見えた。
「あ――」
 声がかすれる。
 その姿は、十年前に死んだ匠海と和美のものだった。
 流石に仮想空間上では十年の時間再現はできないのだろう、見覚えのある服装の二人の後ろ姿に、健が一歩踏み出す。
「アー……」
 アーサー、と呼ぼうとして声が止まる。
 今更どう声を掛ければいい。
 まさか忘れ去られた、ということはないだろうが、それでも今声をかけて、話をして、本当に二人のためになるというか。
 いや、二人がここにいるというだけで安心した。二人は「Project REGION」の被検体にはされていない。
 とはいえ「EDEN」サービス開始から既に四年、いつ削除されてもおかしくない。
 それならせめて削除される前に、声をかけてみたい。
 意を決し、健はもう一歩足を踏み出した。
 「アーサー、」と声を絞り出す。
 目の前を歩く男女のうち、男の方が健の声に反応して振り返る。
「ガウェ――」
 男が健の姿を認め、思わず彼のスクリーンネームを口にしかける。
「どうしたの、匠海」
 女も振り返り、健を見る。
「あら、ガウェインじゃない」
「マーリン……」
 女の声に、健が彼女のスクリーンネームを口にする。
「本当に、お前らなのか……?」
「ああ、久しぶりだな、ガウェイン」
 男が、今度ははっきりと健のスクリーンネームを口にした。
「お前ら、本当に『EDEN』に……」
 言いたいことはたくさんあるはずなのに言葉にならない。
 ほんの少し、それどころか名前を呼び合っただけだが、何となく確信できる。
 これはプリセットされたコミュニケーションAIにただ人格データを乗せただけではない、本当に脳内データをAIとして加工されたものである、と。
 そうでなければこのような反応をするものか。もっとスマートに、最初の段階で「ガウェイン、久しぶり」とでも言うだろう。それに汎用的な返答の仕方ではない、明らかに意思を持った返答。
 そして同時に思ったのが「二人が無事でよかった」というもの。
 「Project REGION」がもし「EDEN」の住人のうち、保管期限が切れた脳内データを転用しているものであれば匠海と和美もその被害に遭っていた可能性があった。
 だが、ここにいるということはまだそうなっていない、ということ。
 SERPENTの言葉が正しければ「脳内データをコピーすることはできない」、その言葉が正しいならここにいる二人のデータはマスタデータ。
 よかった、と内心、胸をなでおろす。
「なあ、アーサー……お前……」
 ずっとここにいたのか、と健が言おうとしたその時、ざわり、と空間が揺らいだ。
 健の視界が塗り替えられる。
 ごく普通の街並みから、闇の中を蒼白い光のラインが走りデータ片が舞い散る空間に。
 足元の地面の感覚もなくなり、浮遊感が健を包む。
 ――侵入がバレた!?!?
 それにしても見つかるのが早すぎる。
 今いるこの空間は恐らくは「EDEN」を担当するカウンターハッカーが侵入者を捕獲するために展開した隔離空間だろう。
 隔離空間に放り込まれるのは魔術師マジシャン戦でよくあることだし隔離されたからといって脱出できないわけではない。落ち着いて対処すれば脱出できる。
 それよりも、「EDEN」担当のカウンターハッカーの腕の良さに舌打ちする。健が「EDEN」内に侵入してわずか数分である。よほど精度の高い検知ツールでも使っているのか、と考える。
 ウィリアムの家族が持つ認証情報を元に作り出した偽造の認証情報は完璧だったはずだ。
 「万物灼き尽くす太陽の牙ガラティーン」を抜く。
 どこにいる、と周囲に警戒を払う。
 PINGを使うか? いや、相手も自分を隔離したばかりで正確な位置は特定できていないはず、と健が考える。
 対魔術師戦のハッキングはいかに相手に悟られず先手を取るかにかかっている。
 いかに暗殺ステルスアタックするか、そのための索敵能力はそのまま勝敗につながるとも言われている。
 PINGは索敵に使うとしては優秀なツールだ。だが、大きなデメリットとして「相手に所在地を知られる可能性がある」というところがある。
 PINGは潜水艦で言うところのアクティブソナー、自分から探査電波を飛ばすことでその反響から敵の位置を探り、特定する。つまり、自分が飛ばした探査電波に相手が気付けばそこから逆探知して居場所を知られてしまう。
 それをうまく使いこなしていたのが匠海アーサーだった。
 PINGを飛ばされたと気付いても、その発生源を特定する前に大抵は沈められてしまう。
 その手際の鮮やかさに、スポーツハッキング界は大いに沸いたものだ。
 あそこまでPINGを使いこなせるのはアーサーくらいのものだ、とも言われ、健もPINGを使うようになったがアーサーほどではない。
 だから今ここでPINGを使うべきかの判断は健にはできなかった。
 アーサーならどうする、あいつならきっとPINGを撃って、それからどうする、と自問する。
 自分はアーサーではない、だからアーサーと同じ戦法は使えない。それなら自分らしい戦い方をするべきではあるが、今のこの状況で「自分らしい」戦い方とは一体何なんだ。
 敵がいれば戦うだけだが、その敵の姿が見つからない。
 闇の中で、ガラティーンを構えた健がぐるりと回りを見る。
 アバターを切り替えている暇はない。そんなことをしていたら、恐らく喰われる。
 空間フィールドとしてはテクスチャがバグった森、と言ったところか。
 周囲には木のようなオブジェが乱立しており、身を隠すには都合がいい。
 素早く手近なオブジェの影に身を潜め、健はさらに周りの様子を窺った。
 と、ぞわり、と全身が総毛立つような悪寒を覚える。
 咄嗟に、健はオブジェから離れた。

 

第3章-5へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する