縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point 第2章

分冊版インデックス

2-1 2-2 2-3 2-4 2-5

 


 

前ページまでのあらすじ(クリックタップで展開)

 惑星「アカシア」桜花国上町府うえまちふのとある街。
 そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の3人はとある依頼を受けるもののその情報はターゲットに抜けており、Rain(水城みずき 鏡介きょうすけ)の後方サポートで目的地に侵入したリーダーのBloody Blue(鎖神さがみ 辰弥たつや)と仲間のGene(天辻あまつじ 日翔あきと)が罠にかけられてしまう。
 その罠を辰弥と鏡介の機転で乗り切るものの、辰弥が倒れてしまう。
 そんな依頼を達成した後日、辰弥は買い出しの帰りに行き倒れている一人の少女を発見する。
 辰弥に抱き起された少女は彼を見て「パパ」と呼び、意識を失うのだった……

 

 辰弥が拾った少女は衰弱していたため、闇医者であるなぎさが呼ばれる。
 その渚に対して命知らずの行動を取る辰弥たつや日翔あきとが注意するが辰弥はそんなことはどうでもいいとばかりに拒絶する。

 

 
 

 

 とりあえず、と渚が口を開く。
「わたしにできることは全部やったわ。と言っても単純に空腹と脱水で行き倒れただけみたいだし外傷もなかったからかるーく末梢静脈栄養 PPT やってる程度だけどね。起きたらご飯食べさせてあげて」
 今は落ち着いて寝てるわ、と続けてから、渚は少し顔を曇らせた。
「……ただ、五歳にしては成長遅い気がするし痩せてるけどちょっと触った感じ体幹の深層筋インナーマッスルの付きは結構すごいわね。バレエとかやってたのかしら……まぁ、そんな心配することはないと思う、けど入院してるっぽいしそうなると精密検査でもして確認したいところだけど……」
「『そこまでする義理はない』、か?」
 日翔が口を閉ざした渚の言葉を代弁する。
 ええ、と渚は頷いた。
「それに、少なくともうちの設備じゃ無理よ? どこかの病院から抜け出してきたとは思うけどその辺、水城くんなら調べられるでしょ」
「入院患者のデータベースか? できるが、病院はあまりハックしたくないんだよな」
 渋る鏡介。
 まぁ、やるがと鏡介が応える。
 重要施設のサーバを攻めるような悪意のあるハッカークラッカーではあったが、病院やライフラインを左右する施設にはハッキングしたくない、というのが鏡介のポリシーである。自分のハッキングが辰弥や日翔をサポートするということは分かっているし、それによって自分が間接的に人を殺しているということも理解している。だが、それと病院やライフライン施設を攻撃するのは別だ。
 今回はただデータベースを漁るだけでいいが、電源設備や中央管理施設を攻撃しろと言われたらいくらそれが仕事であっても断るだろう。
 直接的に、不特定多数を殺したくない。
 それこそがRainとしての矜持だった。
 だから思わず渋ってしまったが、今回は施設を攻撃するわけではなく、情報を集めるだけ。
 それなら仕方ないと同意した鏡介は渚を見る。
「病院だけでは弱いな。警察も調べた方がいいか?」
「そうね、お願いできる?」
 あとは親が警察などに言えなくてSNSで情報提供を呼び掛けているパターンもあるからそこも当たった方がいいわねと続け、渚はソファの上の少女を見た。
「一応、目を覚ますまではわたしもいるわ。だから……鎖神くん?」
「ん」
 渚に呼ばれ、少女を見ていた辰弥が視線を上げる。
「ちょっと二人で話がしたいんだけど」
 その言葉に、ああ、と辰弥が頷く。
「んー?」
 二人の様子に日翔が首をかしげるがすぐに納得したように手を打つ。
「ああ、そういうことか。ごゆっくり」
「「何か勘違いしてない?」」
 辰弥と渚の言葉がかぶる。
 え? と日翔が再び首をかしげる。
「そりゃー男と女が二人っきりで話をしたいっていうことはつまり、アレだろ?」
「日翔!」
 ごん、と鏡介が日翔の後頭部に拳を落とす。
「そういうことは口に出さない!」
「いやだから違う! そうじゃない!」
 辰弥が思わず否定するが口ぶりはどう聞いても肯定のそれである。
 実際には本当に何もなく、渚は純粋に話がしたかっただけであるが辰弥がこのような口ぶりで否定したことにより日翔と鏡介に余計に誤解を招いてしまったのでは、と彼女は、
 ――いや、完全に、誤解されている。
 と、額に手を当てた。
「……なんで……」
「なんだよ違うのかよ。てっきり二人はそういう仲かと」
 日翔の不服そうな言葉に、渚は辰弥を見た。
 辰弥はというと自分の発言が余計に誤解を招いたことを認識したのだろう、握りしめた拳がわなわなと震えている。
「ねえ、鎖神くん? 落ち着いて?」
「流石にその発言は、ちょっと……」
 そう言った辰弥のこめかみが若干ひくついているように見えたのは気のせいだろうか。
 日翔は本能的に「あ、これヤバいやつだ」と認識した。
 このような状況は前にも経験がある。
 ここは先手を打って、と日翔は両手を挙げた。
「ちょ、た、タンマ! 落ち着け、落ち着いて話し合おう!」
「ふざけんな俺は熟女趣味じゃない!」
 その瞬間、その場の空気が凍った。
 ――え、そっち?
 フリーズした思考の中で日翔は辛うじてそれだけ考える。
 鏡介も同じく「怒るところそこ?」と言わんばかりの顔をしているし渚に至っては一瞬「わたしを年増扱いするの?」と言いたそうな顔をしたもののすぐに考え直したかのように辰弥に悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。
 辰弥だけ、今にもピアノ線を飛ばしかねない雰囲気を漂わせている。
 彼としては「渚と関係を持っていた」と誤解されたことより「年上趣味だと思われた」ことが耐えがたいものだったらしい。
 彼の発言から推測したことではあったが、どうして年上は嫌なんだよ年上は年上でオトナの魅力あるんじゃねーのか、などと思う日翔であった。
 いや、今はそれを考えている場合ではない。このままでは鮮血の幻影ブラッディ・ミラージュが飛んでくるかもしれない、そうなればこの場の全員挽肉だ、なんとしてもそれは阻止しないとと日翔は考え直す。
 さっきの「いのちだいじに」案件はそこまで怒りを見せなかったのにどうして「年上趣味」にだけこんなに怒るんだよ普通逆だろと思いつつも必死に辰弥を止める算段を考える。
 そんな日翔を尻目に、渚がしなを作り辰弥に身を寄せる。
 人差し指で彼の胸に触れ、すっ、と指を滑らせる。
「あらー、年上は趣味じゃない? オトナのイイコト教えてあげても、い・い・の・よ?」
「ぎゃー! 煽んな!!!!
 日翔が絶叫する。
 確実に死んだ、全滅した、アライアンスありがとうでもせめて死ぬ前に辰弥の手料理腹一杯食いたかったですあいつ食事の量少な目だから物足りなくて、などという走馬燈なるものがあればこのように回るのかといった思考が覚悟を決めて目を閉じた日翔の脳裏をぐるぐる回る。
 だが、いつまで経っても何も起こらない。
 恐る恐る目を開けると同じく覚悟を決めていたらしい鏡介と目が合う。
 目を合わせてから、二人は恐る恐る辰弥を見た。
「……興味ない」
 ボソッと、辰弥が渚の言葉を一蹴した。
「「「……」」」
 日翔、鏡介、渚の三人が沈黙する。
「た、た、辰弥流石にそれは」
 渚はオンナを武器に振りかざす人物である。それが一蹴されるなど、あってはならないことである。
 それを辰弥はやってのけてしまった。
 南無、と鏡介が手を合わせる。
 「だからさっきいのちだいじにって言ったのに」と日翔が憐みの目で辰弥を見る。
 これは絶対渚がキレる。辰弥に比べて彼女と付き合いの長い日翔と鏡介はそう確信した。
 そう、確信したのだが、
「あら~、おねえさんに興味ない? ざんねーん」
 二人の予想に反し、渚は心底つまらなさそうにそう言った。
「それじゃ仕方ないわね、でも気になったらいつでもカモンよー」
 辰弥から離れ、渚は真顔に戻る。
 辰弥はというと渚のアプローチに毒気を抜かれたのか先ほどの殺気が消え失せている。
 これはこれで助かったかもしれない、とほっとする日翔の視線の先で辰弥は、
「……もういいから、八谷、行こう」
 と、渚を呼び踵を返した。
 渚もちら、と日翔を一瞥してから辰弥に続く。
 その瞬間、彼女が自分に向けてウィンクしたのを日翔は見逃さなかった。
 一歩間違えれば最悪の事態になりかねない動きだったが、あれはあれで彼女なりに考えた結果だったのだろう。
 二人の姿が辰弥の部屋のドアの向こうに消える。
 ふぅ、と日翔が息を吐いた。
「死ぬかと思った」
「余計なこと言うからだ、日翔」
 鏡介の言葉に、「お前だって同じこと考えてたじゃんかー」と釈然としない日翔であった。

 

第2章-3へ

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する