Vanishing Point 第2章
分冊版インデックス
惑星「アカシア」桜花国
そこで暗殺者として裏社会で生きる「グリム・リーパー」の3人はとある依頼を受けるもののその情報はターゲットに抜けており、Rain(
その罠を辰弥と鏡介の機転で乗り切るものの、辰弥が倒れてしまう。
そんな依頼を達成した後日、辰弥は買い出しの帰りに行き倒れている一人の少女を発見する。
辰弥に抱き起された少女は彼を見て「パパ」と呼び、意識を失うのだった……
辰弥が拾った少女は衰弱していたため、闇医者である
その渚に対して命知らずの行動を取る
少女の診察を終えた
その後で
少女が辰弥と酷似した特徴を持っていることから彼との親子関係を疑う渚だったが、辰弥はそれを頑なに否定する。
「そっちの話は終わったのか?」
少女の様子を見ていたのだろう、鏡介が二人の姿を認めて確認する。
「終わった」
辰弥の返事にそうか、と鏡介はソファから離れ場所を譲る。
辰弥が少女の前に移動し、それからしゃがみこんでソファに座る少女と視線を合わせる。
「大丈夫?」
こくん、と小さく頷く少女。
「名前は、言えるかな?」
大丈夫というのなら質問してもいいかなと判断し、辰弥が質問を続ける。
だが、その質問に対しては少女は小さく首を振った。
「わかんない」
辰弥の背後で日翔と鏡介が顔を見合わせる。
辰弥は辰弥でむむぅ、と顎に手を置いた。
「おとうさんとおかあさんにはなんて呼ばれてたの?」
質問を変える。
だが、少女はそれにも首を振ることで答えとした。
「……名前、呼ばれてないのか……?」
辰弥の後ろで日翔が呟く。
少女が日翔に視線を投げる。
「んー……?」
首をかしげる少女。
何を言っているのか分からない、と言いたげなその様子に少女を除くその場の四人は少し硬直した。
「……お、おい辰弥……」
ヤバいぞこれ、と日翔が呟くが辰弥は敢えてそれをスルーする。
少し考え、辰弥は次の質問を口にした。
「おとうさんとおかあさんは?」
少女が少し首を傾げ、四人を見回し、それから改めて辰弥を見る。
一瞬、嫌な予感を覚える辰弥。
少女がするりとソファから降り、辰弥の前に立つ。
直後、少女は辰弥に抱き着いた。
「パパ……」
「ちょ、俺は……」
動揺を隠せず、辰弥が硬直したまま声を上げる。
「俺は、君のパパじゃ……」
「パパ、会いたかった」
辰弥の否定もむなしく、少女は「パパ」と繰り返す。
「辰弥、お前……」
日翔の声が掠れている。
違う、と辰弥が振り返り否定する。
「違う、俺に子供なんて、いない」
「じゃあどう説明するんだよ。この子は完全にお前のことを父親だと認識しているぞ」
頑なに否定する辰弥にそう言う日翔の言葉に少々非難が混じっているのは鏡介も渚も気づいていた。
ここまで言われて否定するのかと、日翔が辰弥に詰め寄る。
「……できるはずが、ない」
絞り出すように辰弥が呟く。
「なんでそこまで」
納得できないのだろう、日翔はさらに追求しようとする。
その肩を鏡介が掴んで制止する。
「やめろ。お前はいつも踏み込みすぎる」
そう言われ、日翔は鏡介を睨みつけた。
「だが」
「辰弥の記憶がはっきりしていないから記憶にない子供がいてもおかしくないだろうがそれ以上追及しても何も出てこない」
「なんで」
お前も辰弥の肩を持つのかと喰いつこうとした日翔に、鏡介が首を振る。
「中立な立場で言わせてもらうと、辰弥は嘘を吐いていない」
「「「な――」」」
少女を除く三人が言葉に詰まる。
「そ、その根拠は」
たじろぎながらも日翔が尋ねる。
鏡介が
「辰弥、すまない。
やっぱり、と辰弥が頷く。
「流石に思考トレースするには
「んなもん、職業柄誤魔化せるだろ」
どうしても信じられない日翔が反論する。
それに対して鏡介は、今回に限ってそれはあり得ないと断言する。
「じゃあ日翔、お前は抜き打ちで、しかも知らない間にポリグラフ検査されても嘘を吐きとおせると断言できるか?」
「それは……」
無理だ、と日翔が答える。
その通りだ、と鏡介は頷いた。
「仮に常日頃意識してポリグラフ検査に引っかからないようにしていたとしてもだ。今の辰弥は明らかに動揺している。そんな状態で
「……じゃあ、この子は本当に、」
再び鏡介が頷く。
「現時点で辰弥の子供だともそうでないとも断言することはできない」
少なくとも辰弥の記憶がはっきりするまでは判断できることではない、と鏡介は言い切った。
辰弥の深層意識が少女について何かしらの記憶があったとしても今ポリグラフ検査に引っかからないことを考えればその深層意識ですら認識できないほど彼の記憶は破綻しているともいえるだろう。
だから彼が全てを思い出すまでにこの少女の親だ違うという議論は不毛すぎる。
「流石ね」
鏡介の判断に渚が感心したように声を上げる。
「でも、どうするのよ。この子は完全に鎖神くんをパパだと認識してるしこの調子じゃどこから来たかなんて」
「いや一応聞くけど」
辰弥がそう反応し、少女の肩を掴んで一度身体を放す。
少女の目を見て、彼は意を決して最後の質問を投げかけた。
「どこから来たか、言える?」
その質問に、少女は少しだけ考えて、
「……遠いところ」
たった一言、そう言った。
「遠いところ、かあ……」
漠然としすぎていて分からねえ、と日翔が呟く。
「どうすんだよ。多分訳ありだから警察にも保護してもらえねえぞ」
日翔の言葉に、一同が沈黙する。
「……流石にアライアンスに託児所なんてないわよ」
アライアンスは裏社会の何でも屋ではあるが流石に迷子をある程度の期間保護するような事態は想定していない。
もちろん、訳あり迷子の親探しの実績がないわけではないがそのようなケースは大抵依頼を受諾したフリーランスメンバーが責任をもって預かっている。
そう考えるとこの少女も全てがはっきりするまでは「グリム・リーパー」の三人で面倒を見る、ということが当然の流れだろう、しかしその日数は数日とかそういうレベルのものではないだろう、と日翔も鏡介もそう思っていた。
「面倒なことになったな」
「だよな」
日翔の言葉に一言そう言ってから、鏡介は言い忘れていたがと言葉を続けた。
「辰弥と『イヴ』が話をしている間にざっくりと確認したが少なくとも市内の病院には患者の脱走の話も捜索願が届けられたという話も上がっていない」
「てことは、市外から?」
渚が鏡介を見て確認する。
確定情報ではないが、と前置きして鏡介は自分の見解を告げる。
「五歳くらいの子供が市外からここまで歩いてくるのも考えにくいが可能性はゼロだとは言えない。むしろ親が捜索願を出してないとかそもそも入院すらしていない、親が病院経営者という線も出てくるから今の時点ではこうじゃないかという結論は出せない」
「結局、『何も分からない』ってことか」
手詰まりだな、と日翔が呟く。
それから、辰弥に抱き着こうとしてもぞもぞしている少女を見た。
「ま、慣例上「
「不本意だがそうするしかないな」
日翔と鏡介が少々覚悟を決めたように呟く。
その言葉に「なんてことしてくれたんだ」という響きが混ざっているのを辰弥は感じ取っていた。
「……ごめん」
それは分かっていたはずなんだけど、と辰弥が呟く。
この少女を保護すれば確実に面倒な事態になる、と辰弥も理解していた。
だがそれでも嫌な予感が離れず、つい保護してしまった。
その結果が、予想通りの面倒な事態である。それも、少女が自分を「パパ」と呼ぶオプション付きで。
日翔と鏡介が「面倒を見る」と言ったことで辰弥も漸く腹をくくることにした。
本当の親が見つかるまで、または入院先が見つかるまでは面倒を見よう、そう思ってから「パパと呼ぶなら親子ごっこも悪くないかもしれない」とふと思う。
「分かった、色々はっきりするまで俺たちで面倒を見よう」
「決まりだな」
パン、と手を叩いて日翔は少女を見た。
そういえば、結局この子の名前は分からないままだよな、とふと思う。
そうなると便宜上何かしらの名前を付けて呼ぶべきだとは思ったが何故か自分や鏡介が勝手に名付けるのもよくないよな、などと考えてしまう。
そう思って鏡介を見ると、彼も同じことを思ったのか日翔に向かって小さく頷き、それから辰弥に声をかけた。
「おい辰弥」
「何、」
声をかけられた辰弥が鏡介を見る。
「お前がその子の名付け親になれ」
「……は?」
なんで、と言わんばかりの顔をする辰弥に鏡介が肩をすくめて見せる。
「その子の名前が分からないんじゃ呼びようがない。見た目五歳児に『おい』とか『お前』とか呼ぶ気か」
「でもなんで俺が」
そんなの別に誰でもいいんじゃ、と辰弥が反論するがそれに対しては渚が横槍を入れる。
「その子、
「だから俺は父親じゃないと」
どうしても自分は父親ではないと主張する辰弥。
それに対しては「んなモン関係ねえ」と日翔が一喝した。
「その子だって不安なんだよ。たとえお前が本当の父親じゃなかったとしてもパパだと思って安心できる人間から何かしら名前を呼ばれたら安心するだろそれくらい考えろバーカ」
「煽るな」
ポコン、と日翔の頭を鏡介がはたく。
「いいこと言ってんのに台無しにするな」
鏡介にはたかれて「えー」などと文句たらたらな日翔であったが、それでも彼の言葉は辰弥にとっては納得とある種の覚悟を決めさせるのに十分だったらしい。
「……分かった」
一言だけそう言い、辰弥は少女の顔を見た。
透けるような純白の髪、自分と同じ血のような深紅の瞳。
そうだ、この子の名前は――
「……パパ?」
少女が不安げに声を上げる。
「
辰弥がそう言い、少女の頭を撫でた。
「……君の名前は、雪啼、だ」
「……せつ……な?」
雪啼、と呼ばれた少女が首をかしげ、それから満面の笑みをその顔に浮かべた。
「パパ! せつなは、せつなでいいの?」
そう言って少女は再び辰弥に抱き着いた。
今度はその身体を抱きしめ、辰弥が頷く。
「……ああ、本当の家族が見つかるまでは、俺が、パパだ」
そう応える辰弥の声が少々震えていたことに日翔も鏡介も気づいていたが敢えて何も言わず二人は渚を見る。
「あらー、それは茜ちゃんの仕事じゃない?」
「何も言ってないだろ」
「あらそう? 『今後のために身分証明書作ってくれないか』って言いたそうだけどー?」
渚の言う通り、二人は彼女に「雪啼の身分証どうする?」と相談するつもりだった。
だがそれを彼女に先回りされた形となりそれはそうだな、『イヴ』に頼りすぎた、と反省する。
「分かった、姉崎にはこっちから手配してもらう」
「そうしてくれると助かるわー」
それじゃ、用も済んだと思うしわたしは帰るわー、と渚は手を振った。
「ああ、助かった」
鏡介が「玄関まで送る」と踵を返した渚に追従する。
玄関で、渚はちらり、と鏡介を見た。
「水城くん?」
囁くように、渚が鏡介に声をかける。
「なんだ?」
同じように声を潜めて鏡介が聞き返す。
「鎖神くんを守ってあげて」
「……は?」
渚の言葉の意図が読めず鏡介が怪訝そうな顔をする。
「自分の記憶も定かじゃない人がいきなりパパと呼ばれて不安がないと思う? 日翔くんはちょっと無神経に突っ走っちゃうから、あなたにストッパーとして機能してもらいたいの」
今まで何の不安も見せていなかった辰弥だったが、だからといって不安がないとは確かに言えない。その内に想像もつかないほどの不安を抱えていて、その状態で雪啼の保護を決意したのだと考えればいつまでも強がってはいられないだろう。
実際、雪啼に対して「俺がパパだ」と宣言した辰弥の声は震えていた。
そう考えると彼も限界なのではないか、とさえ思える。
渚にそう言われて鏡介も納得したように頷いた。
「それなら俺が適任だな。分かった、気を付けておく」
ありがと、と片目を瞑り、渚は玄関を出た。
◆◇◆ ◆◇◆
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。