縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第9章

分冊版インデックス

9-1 9-2 9-3 9-4 9-5 9-6 9-7 9-8

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行するが、その後のノイン捕獲作戦を実行した結果、ノインに晃が拉致されてしまう。
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。

 

 
 

 

  第9章 「Re: Gret -後悔-」

 

「お前がいなかった間の、互いの情報をまとめよう」
 鏡介の言葉に、辰弥がうんと頷く。
「まず、俺から状況を説明する。日翔の容体は――見ての通りだ。『イヴ』の見立てでは気管切開していくらか延命できる程度、治験に関しては一刻の猶予もない。治験の日程に関しては来環一巡スタート、『サイバボーン・テクノロジー』が現在手続きを進めてくれている」
「……よかった」
 辰弥がほっとしたように呟く。
 いくら巨大複合企業メガコープとはいえ、裏社会の人間だからといって約束を反故にすることはないだろうとは思っていたが、こうやって進捗を聞かされると安心する。
「辰弥が『榎田製薬』の本社を倒壊させたことで『サイバボーン・テクノロジー』もひどく喜んでな。『うちの所有軍の工作員にならないか』というスカウトも来た。流石に俺はどこかの組織に所属する気はないから断ったが、お前が少しでも安定した収入を得たいというのなら止めはしない」
「いや、俺もサイバボーンには行く気ないよ。組織に所属するなんてもうこりごりだし、それに――」
 言葉を濁す辰弥。
 「組織に所属したくない」は本音だった。「カタストロフ」の、自由の利かない扱いを受けて、組織に所属することの実態を思い知った。
 それに、自分のことを考えると組織への所属は望ましくない。
「サイバボーンが義体やパワードスケルトンをメインに開発していることを考えると、生物兵器には明るくないだろうし、『カタストロフ』みたいにLEBの量産を、ということは計画しないと思う。だけど俺の能力は喉から手が出るほど欲しいだろうし、手に入れればいいように利用されるのは目に見えている」
「……お前、少し自意識過剰になったな」
 秋葉原の影響か、と呟きつつ鏡介が小さくため息を吐く。
 以前の辰弥なら自分を過小評価することはあれ過大評価することはなかった。
 辰弥の言う通り、「サイバボーン・テクノロジー」は辰弥の能力を知ればより効率的に利用したいと考えるだろう。それがたとえ辰弥を使い潰すことになったとしても、この世界では命なんてものは何よりも安い。辰弥の能力が希少なものであったとしても利用するだけ利用したいと思うのは当然だ。
 それを、辰弥も自分で評価できるようになっただけだ。
 その点では自分の生まれをポジティブに考えることができるようになったのは喜ばしいことかもしれない。自分の能力を受け入れ、必要に応じて使って、最大限生存できるようにしている。
 しかし、それでも鏡介の胸を過る不安は何なのだろうか。
 うっすらと、鏡介は感じ取っていた。
 辰弥のこの能力は本当にデメリットがないものなのか、と。
 ノインとの戦い前まで、つまりノインのトランス能力をコピーする前は辰弥の不調は専ら貧血によるものだった。
 実際のところ、「イヴ」こと渚は辰弥に言われたかそれを伏せていたため、鏡介はずっと過労だと思うようにしていたが、あの頃の辰弥の不調と今の不調は同じものではない。
 トランスを多用するようになったからか貧血の頻度は大幅に下がった。しかし、その代わりのように謎の不調が顕在化している。
 渚はそれに対しては「守秘義務がある」と何も教えてくれなかったが、医療に疎い鏡介でも気付いていた。
 辰弥のトランスには、何かしらのデメリットが存在するということに。
 ただ、それが何か分からなかったし、トランスが原因とも確信するものはなかったから黙っていただけだ。素人が適当に話して当たるようなものではない。
 それに関しても辰弥に問いただしておきたかったが、今はまだ情報共有がある。
 辰弥が自分のことを肯定的に見られるようになったならいいじゃないか、と思いつつ、鏡介は話を続けた。
「まぁ、サイバボーン側も俺たちのスカウトはダメ元だったようだからな。断っても食い下がらなかった。そして、日翔の治験の手続きを進めてくれたことで分かるだろうが――今回の専売権は『サイバボーン・テクノロジー』が獲得した」
「だろうね」
 辰弥も頷く。
 そもそも「サイバボーン・テクノロジー」と「榎田製薬」の一騎打ちとなり、その決着をつけるべく「サイバボーン・テクノロジー」は「榎田製薬」の本社を攻めた。辰弥が「榎田製薬」と契約している「カタストロフ」を裏切らなければALS治療薬の専売権を得たのは「榎田製薬」だった可能性すらある。
 辰弥か鏡介、どちらが死んでもおかしくない状況ではあったが、辰弥が「カタストロフ」を裏切ったことで、治療薬争奪戦は少なくとも「グリム・リーパー」にはほぼ最善の形で結末を迎えたとも言えよう。
 ただ一つ、
「千歳……」
 千歳の件を除いて。
 辰弥が千歳の名を呟いたことに気付いた鏡介がわずかに眉を寄せる。
 結局、千歳の目的は何だったのか。
 「カタストロフ」を除籍されたが、戻りたくて辰弥を利用したのか、とも初めは思っていたが、今では違う確信が鏡介の中にはあった。
「辰弥、」
 鏡介が辰弥に声をかける。
「秋葉原は本当にお前のことが好きだったと断言できるか?」
「それは――」
 勿論、と言おうとした辰弥が言葉に詰まる。
 本当に、千歳は俺のことが好きだったのか、という疑念が胸を過り、言葉を続けられない。
 あの時、鏡介は言っていた。「『カタストロフ』はLEBの量産をするつもりだ」と。
 鏡介の言葉だけで、裏取りは何もしていない。
 それでも、辰弥には確信できるものがあった。
 「カタストロフ」の上町支部に到着したその日に見かけた所沢 清史郎らしき姿。その後「御神楽財閥」から拉致した永江 晃の二人。
 この二人はLEB研究の最先端にいる。研究自体は潰されたとしても研究資料が断片にでも残っていればそこから復元することも可能だろう。
 そこへもっての辰弥の「カタストロフ」入り、血液検査にも遺伝子検査にも、あらゆる検査に応じた辰弥の各種情報があればLEBの量産は確実視できる。
 千歳は辰弥の不調を見て「カタストロフ」に来るよう誘った。
 それが、辰弥の不調を取り除くためではなく、LEBのゲノム情報を入手するためだったと考えれば全てがつながる。
 千歳は自分を利用していたかもしれない、その考えが辰弥の胸を締め付ける。
 「カタストロフ」へ戻るために辰弥に近づいたのか、それとも「カタストロフ」が辰弥を釣るために千歳を敢えて除籍したのか。
 そんなことはどうでもいい。いずれにせよ、辰弥は「カタストロフ」の思惑通りに自分のゲノム情報を提供してしまった。
 もしかすると、今後新たなLEBが敵として現れるかもしれない、そう思いつつも辰弥はごめん、と鏡介に謝罪した。
「やっぱり、俺はまだ千歳を信じたい。千歳が『カタストロフ』のLEB量産計画に関わっていたとは、思いたくない」
 その言葉に、再びため息を吐く鏡介。
 辰弥としては初恋だったんだろうな、などと考えながら紡ぎ出すべき言葉を考える。
「……済んだことは仕方がない。LEBの量産に関してはそのうち『カグラ・コントラクター』……いや、特殊第四部隊トクヨンが動くだろう。お前がいた研究所とノインがいた研究所を潰したトクヨンなら何とかしてくれる、と今は信じるしかない」
「そうだね」
 LEBの量産については「グリム・リーパー」が関与する必要はない。自分たちに牙を剥くなら立ち向かうしかないが、そうでないなら触らぬ神に何とやら、である。
「秋葉原が本当にお前を想っていたなら付いてきたと思うがな……」
 あの時、辰弥に付いてこなかった時点で千歳の気持ちははっきりした、と鏡介は思っていた。
 千歳は辰弥をただ利用しただけに過ぎない、と。
 それでも辰弥はまだ千歳のことを信じたい、と言う。
 ――ったく、余計なことをしてくれる。
 心の中で毒づき、鏡介は苦笑した。
「どうしてあの時俺を殺さなかった。俺を殺していれば今ごろ悩まずに済んだだろうに」
「それはできないよ。俺の居場所は『グリム・リーパー』なんだ。俺が『カタストロフ』に行ったのも、確かに鏡介と喧嘩したってのもあるけど『カタストロフ』も日翔を助ける手伝いをしてくれるって言ったからだ。日翔のためなら、俺は邪神にだって魂を売るよ」
 その結果、あれだけ好きだった千歳を捨てているのだから世話がない。
 結局、恋よりも友情を取ったのか、と思いつつも辰弥らしいな、と鏡介が再び苦笑する。
「とにかく、お前が戻ってくれて俺は助かった。あとは――そうだな、お前は今回の治療薬争奪戦で御神楽が降りたのは知っているか?」
 鏡介が「榎田製薬」本社攻撃の依頼の際に「サイバボーン・テクノロジー」のジェームズから聞かされた話を振ってみる。
 辰弥もあの戦いが「榎田製薬」と「サイバボーン・テクノロジー」の最終戦になることは承知していたはずだから恐らくは知っていた情報だろうが、情報の共有として確認しておく。
「それは宇都宮から聞いた」
「は!?!?
 思わず鏡介が声を上げる。
「ちょっと待て、宇都宮生きてたのか!?!?
「うん」
 え、知らなかったの? と辰弥が意外そうな顔をする。
「『カタストロフ』にいた。どうも上町支部のリーダーらしい」
「マジか」
 まさか、こんなところで昴の生存を知るとは鏡介は思ってもいなかった。
 だが、それで薄っすらと確信する。
 昴は辰弥が人間ではないことを、LEBという生物兵器であることを知っていた。知っていたうえで 「カタストロフ」入りし、LEBの量産を計画したのだろう。
 それで、辰弥のゲノム情報を入手するために千歳を餌としたのだ、と。
 それに辰弥はまんまと引っかかった。
 女に慣れていない男というものはそういうものだ、少し優しくされればすぐに落ちる。
 辰弥もその例に漏れず釣られてしまったのだろう。
「……お前は怒るかもしれないが今ので確信したな。秋葉原は宇都宮の差し金だろう。お前を『カタストロフ』に引き込むためのな」
「……」
 辰弥が沈黙する。
 千歳が付いてこなかったという事実が、鏡介の言葉の正しさを物語っている。
 鏡介は、言葉選びこそ悪かったものの間違ったことは何一つ言っていなかった。
 それなのに、千歳が正しいと思い込んで家を飛び出して、カタストロフに自分のゲノム情報を手渡してしまった。
 なんてことをしてしまったのだ、といういう気持ちと、それでも千歳を信じたい、という気持ちがせめぎ合う。
「……君が正しかった、というのは分かってる。だけど、千歳が、宇都宮の差し金って……」
 信じたくない、と呟く辰弥に鏡介も一度口を閉じる。

 

第9章-2へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する