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Vanishing Point Re: Birth 第9章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

筋萎縮性側索硬化症ALSが進行してしまった日翔。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
そんな折、ALS治療薬開発成功のニュースが飛び込み、治験が開始されるという話に日翔を潜り込ませたく、辰弥と鏡介は奔走する。
その結果、どこかの巨大複合企業メガコープに治療薬の独占販売権を入手させ、その見返りで治験の席を得ることが最短だと判断する。
どのメガコープに取り入るかを考え、以前仕事をした実績もある「サイバボーン・テクノロジー」を選択する辰弥と鏡介。いくつかの依頼を受け、苦戦するものの辰弥のLEBとしての能力で切り抜ける四人。
不調の兆しを見せ、さらに千歳に「人間ではない」と知られてしまう辰弥。
それでも千歳はそんな辰弥を受け入れ、「カタストロフ」ならより詳しく検査できるかもしれないと誘う。
同時期、ALSが進行した日翔も限界を迎え、これ以上戦わせるわけにはいかないとインナースケルトンの出力を強制的に落とす。
そんなある日、辰弥の前に死んだと思われていたもう一体のLEB、「ノイン」が姿を現す。
「エルステが食べられてくれるなら主任に話してあきとを助けてもらえるかもしれない」と取引を持ち掛けるノインに、辰弥は答えを出すことができないでいた。
そんな邂逅から暫く、「グリム・リーパー」の拠点が何者かに襲撃される。
撃退するものの、報復の危険性を鑑み、千歳に泊まっていけと指示した鏡介だが、辰弥が買い出しに行っている間に襲撃者を調査していると「エルステ観察レポート」なるものを発見。こんなものを書けるのは千歳しかいないと彼女を詰める。
帰宅し、二人の口論を目撃し狼狽える辰弥に、鏡介は辰弥の逆鱗に触れる言葉を吐いてしまい、辰弥は千歳を連れて家を飛び出してしまう。
行く当てもない辰弥に、千歳は「カタストロフに行こう」と誘い、辰弥はそれに応じる。
「カタストロフ」に加入し、検査を受ける辰弥。
その結果、テロメアが異常消耗していることが判明、寿命の限界に来ていると言われる。
自分に残された時間は僅か、せめて日翔が快復した姿は見たいと辰弥は願う。
そのタイミングで、「カタストロフ」は第二世代LEBを開発した永江ながえ あきらの拉致を計画、辰弥がそれを実行するが、その後のノイン捕獲作戦を実行した結果、ノインに晃が拉致されてしまう。
失意の中、「カタストロフ」は「榎田製薬」の防衛任務を受ける。
「サイバボーン・テクノロジー」の攻撃から守るため現地に赴く辰弥だったが、そこで「サイバボーン・テクノロジー」から依頼を受けた鏡介と遭遇する。
鏡介とぶつかり合う辰弥。だが、互いに互いを殺せなかった二人はそれぞれの思いをぶつけ、最終的に和解する。
「グリム・リーパー」に戻る辰弥、しかし千歳はそこについてこなかった。

 

本来の自宅に戻った辰弥は鏡介と互いの情報を共有する。

 

情報共有の結果、鏡介は辰弥の不調の原因がトランスであることを知り、それでもなおトランスした辰弥を叱責する。

 

辰弥を延命することはできないのか、と思う鏡介だが、永江 晃が現在失踪していることを知り、チャンスはまだあると考える。

 

鏡介のハッキングで晃の位置を特定、確保に向かうが、そこに昴も姿を現す。

 

千歳を使い、辰弥を再び「カタストロフ」に引き込もうとする昴。
だが、辰弥は千歳が昴に洗脳されていると思い、彼女を昏倒させる。

 

昴を追い詰める辰弥。
だが、昴が「プレアデス」と呼んだ瞬間、辰弥は何者かに脚を切断されてしまう。

 

ノインの乱入により、「プレアデス」はノインに攻撃を集中させる。
その隙を突き、脚を再生して昴に突撃する辰弥。
だがそのナイフは昴ではなく、千歳に突き刺さる。

 

 
 

 

 一瞬、何が起こったのか誰も理解できなかった。
「な――」
 そう、声を上げたのは、鏡介。
 嘘だろう、という響きを孕んだその声が耳に届き、続いて辰弥も目の前の光景に言葉を失う。
「あ――」
 辰弥の手がナイフから離れる。
 その手をべったりと汚す人工循環液ホワイトブラッドに呆然とする。
 目の前の千歳が膝を折り、その場に頽れる。
 慌ててそれを抱き留め、辰弥は嘘だ、と同じ言葉を繰り返した。
「嘘だろ……千歳……」
 胸の傷から溢れる白い血はとどまることなく溢れている。早く止血をしなければ、と辰弥が腰のポーチから応急キットを取り出そうとする。
 その辰弥の手を、千歳の手が止めた。
「千歳……」
 駄目だ、早く止血しないと、と辰弥が言うが、千歳は弱々しく首を振って拒絶する。
「……分かりますよ、致命傷って……こと、くらい」
 弱々しく呟き、それからかはっと気道に溢れたホワイトブラッドを吐き出す。
「大丈夫、ナイフはまだ抜いてないから、まだ間に合う!」
 応急キットからガーゼを取り出すも、その程度のガーゼで対処できる程度の傷ではない。
 ガーゼが一瞬でホワイトブラッドで染まり、役に立たなくなる。
「嫌だ……嫌だよ、そんな……」
 止まらない血に、辰弥が何度も嫌だと呟く。
「宇都宮も手伝ってよ! 部下なんだろ!」
 思わず、辰弥は昴に向かって懇願していた。
 だが、昴はそんな辰弥を見下ろして薄い笑みを浮かべる。
「まさか私を庇うとはね――使えないなりにも役立つことはあったのか」
「宇都宮!」
 もう一度、辰弥が昴を呼ぶ。
「千歳を助けてよ!」
「それはできない相談だ。彼女が君を釘付けにしてくれるというなら、ね」
 冷たく、昴が突き放す。
 そのタイミングで、昴が呼び寄せていたのか、「カタストロフ」の増援が部屋になだれ込んでくる。
「BB!」
 鏡介が床を蹴り、辰弥の前に立ってホログラフィックバリアを展開する。
「BB、諦めろ、秋葉原は助からない!」
「嫌だ! そうだ、救急ビークル呼んでよ! バイタルはこっちで確認するから!」
「こんな戦場に呼べるか!」
 辰弥が千歳のGNSにアクセス、救急用のバイタルモニタを呼び出し、視界に投影する。
「千歳、しっかりして!」
 嫌だ、死なないで、と辰弥が千歳の手を握る。
 その視界に映るバイタルモニタの数値は目に見えて低下していた。
「千歳!」
 もう一度、辰弥が千歳の名を呼ぶ。
 一度は目を閉じていた千歳がゆっくりと目を開け、辰弥を見る。
「……なんて顔……してるんですか……」
 笑ってくださいよ、と千歳が弱々しく言う。
 そして、震える手で辰弥の頬に手を添え、引き寄せた。
 千歳の血まみれの唇と、辰弥の唇が触れる。
 ホワイトブラッド特有の、間違って経口摂取しないように付けられた苦みが口内に広がる。
「っ……」
 その味に、辰弥の思考が現実に戻った。
「……君、は……」
 ホワイトブラッドの味に、辰弥の心臓がきゅう、と痛む。
 千歳の血は飲めない、その事実に声が出ない。
 第一世代のLEBで、第一号エルステにのみ奇跡的に身に付いたコピー能力は「血液を経口摂取することで対象の特性をコピーする」というもの。ある意味、死に瀕した生物を自分のものとして取り込み、自分が死ぬまで共に過ごせるというもの。
 だが、流石のLEBもホワイトブラッドは飲めない。飲めないということは、千歳の身体に刻み込まれた記憶を受け継ぐことができない。
 ここで俺を拒絶するの、と辰弥は千歳を見た。
 ――それとも、君は初めから俺を拒絶していたの――?
 出血と共に流れていく体温に、もう一度嫌だ、と呟く。
 ごく普通の人間に比べてやや低めの体温の辰弥だったが、千歳の身体はもうその辰弥の体温を下回っている。
「……辰弥、さん……」
 千歳が辰弥を呼ぶ。
「BB! もう無理だ!」
 鏡介がそう叫ぶが、辰弥はかぶりを振って千歳を抱きしめる。
「千歳……ごめん……」
 辰弥にももう分かっていた。千歳を助ける術はないのだと。
 バイタルモニタの表示が、一部【計測不能】のアラートを表示している。
 そのバイタルモニタも徐々にノイズが混ざり、GNSの通信自体が不安定になってきていた。
「たつ、や、さん……」
 千歳が再び辰弥を呼ぶ。
「ずっと……好き、でしたよ……」
 その声と同時に、千歳の手から力が抜けた。
 するり、と千歳の手が辰弥の手から滑り落ちる。
 同時に、バイタルモニタも【No Signal】の表示に切り替わった。
「千歳……?」
 かすれた声で、辰弥が千歳の名を呼ぶ。
 嫌だ、という声が言葉にならない。
 嘘だ、と言いたくても声にならない。
「あ――」
 辛うじて喉から出た声がそれだけで、他の言葉が出てこない。
「BB!」
 早くそこから離れろ、という鏡介の声が遠くに聞こえる。
 その警告ですらどうでもよくて、ただ、目の前の現実が受け入れられずに冷たい千歳の身体をもう一度抱きしめる。
「嫌だ……」
 絞り出すように、辰弥が呟く。
「嘘だ……嘘だよね……? 千歳……」
 もう一度バイタルモニタを呼び出そうとするが、【対象が見つかりません】という表示が出るのみ。
 そんなはずはない、だって、千歳はここにいる、と現実から逃れたくて辰弥が何度も千歳のGNSにアクセスを試みる。
「嫌だよ、嘘だと言ってよ、ねえ、千歳、目を開けてよ!」
 ――無駄だよ。
 そんな声が聞こえた気がする。
「無駄じゃない! 千歳、千歳ってば!」
 思わず千歳の身体を揺さぶる。
 重傷を負った人間を揺さぶってはいけないという応急手当の基本は、もう辰弥の意識の中にはなかった。
 何度も揺さぶり、千歳の意識を引き戻そうとする。
「千歳、起きて! 倒れてる場合じゃないんだ!」
 ――そんなことをしても無駄だ。何故なら――。
 聞こえてくる声、現実を告げる声は無視して何度も千歳に呼びかける。
 だが、現実の声は無慈悲だった。
 ――千歳は、お前が殺した。
「あ……ぁ……」
 幻聴だとは分かっている。だが、その幻聴はあまりにも的確で、残酷なものだった。
 千歳の胸に刺さったままのナイフを見る。
 そうだ、このナイフは自分が生成したものだ。他の誰にも奪われていない。
「俺が……千歳を……」
 俺が殺した、違うこれは嘘だ、俺が千歳を刺した、違うこれは宇都宮が見せた幻覚だ、千歳は死んでなんかいない、これは千歳に似た誰かだ、千歳が死ぬはずがない、だってずっと一緒にいると言ってくれた、だから――。
 ――現実を、受け入れろ。
 幻聴が、現実逃避を始めた辰弥の思考を現実に引き戻す。
「うわあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
 それに耐えられず、辰弥が絶叫した。
 それを、昴は薄ら笑いを浮かべて見下ろしていた。
「BB!」
 しびれを切らした鏡介が攻撃の合間を縫い、辰弥を強引に引きずり、比較的安全そうな物陰に連れ込む。
「千歳も!」
「BB、しっかりしろ! このままでは、俺たちもやられる!」
 物陰から千歳に向かって手を伸ばそうとする辰弥を鏡介が叱咤する。
「現実を見ろ! 秋葉原は死んだ! もう何をやっても無駄だ!」
「無駄じゃない! まだ、間に合う!」
 それでもなお手を伸ばそうとする辰弥、鏡介が素早くホログラフィックバリアのエネルギーカートリッジを交換し、バリアを展開する。
「千歳!」
 ともすれば千歳のもとに駆け寄ろうとする辰弥を制止しながら、鏡介が「カタストロフ」に応戦する。
「ふん、エルステも所詮はただのガキということか。今ならエルステは捕獲できる、私はプレアデスと共にノインを追跡しますから、後は君たちに任せましたよ」
 物陰の向こうから、昴の声が聞こえる。
 言われてみると、ノインと主任と猪がいない。ノインが連れ出したのだろう。
「ああ、あと一応は秋葉原の回収も。死体であったとしても使い道はあるでしょうからね」
「――!」
 昴の言葉に、辰弥がそうはさせまいと物陰から飛び出そうとする。
 それを、ホログラフィックバリアの展開を一度停止した右腕で掴んで引きずり戻し、鏡介が辰弥を叱咤する。
「今出たところで蜂の巣だ! 落ち着け!」
「でも、千歳が――」
 どうして止めるの、と辰弥が鏡介を睨みつける。
「お前は『カタストロフ』に戻りたいのか!」
 鏡介にそう言われ、辰弥がはっとして動きを止める。
 それは嫌だ。だが、「カタストロフ」に千歳を渡したくない。
 二つの思考が辰弥の中で衝突コンフリクトを起こし、思考停止状態になる。
 それによって動きを止めた辰弥に「とりあえずはこれでいい」と判断した鏡介が手を放し、再度応戦を始める。
「この際、水城は殺してもいい。確実に、エルステを捕獲しろ」
 昴の冷たい声が、その場に響き渡った。

 

to be continued……

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おまけ
ばにしんぐ☆ぽいんと り:ばーす 第9章
「はぴえん☆り:ばーす」

 


 

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