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光舞う地の聖夜に駆けて 第4章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 逃亡犯イーライを追っていたタイロンはフェアバンクスでイーライの配下らしき男たちに襲撃され、撃退したもののさらに現れた連邦フィディラーツィアの生体兵器、ニェジットに襲われたことで彼と連邦フィディラーツィアのつながりを確信していた。
 情報収集のため、とある廃墟に訪れたタイロン。そこで怪しげな二人組と遭遇、交戦状態となる。
 二人を無力化し、話を聞いたところ二人はテロを察知し、それを阻止するために動いているという。
 そして、タイロンは自身が追っていたイーライこそがそのテロの首謀者であるということを知る。
 より脅威度が高そうだった男――匠海の要望により、テロの阻止に手を貸すことにしたタイロン。
 匠海とピーターは協力してオーグギアのキャリブレーションデータを保管しているサーバに侵入、イーライと、その所在地を突き止める。

 

 タイロンの車に乗り込む。
 運転席には当然だがタイロンが座り、助手席に匠海が収まる。
 後部座席にピーターが座ったが、すぐに前部座席の隙間に首を突っ込んで会話に加わる。
「おっさん、イーライを追いかけてたって言うがまさかカナダ通過してきたのか?」
 どうやらピーターはレンタカーではなく自家用車ということに気づいたらしい。
 ああ、とハンドルを握りながらタイロンが頷いた。
「二週間前に依頼を受けてから奴の足取りを追いながら来たからな。気づけばこんなところにまで」
「マジかよ……」
 そんな会話が展開され、車が走り出す。
「ところで、お前たちに作戦考えるのを頼んでたがどうなった?」
 移動中は暇になるだろうと思ったのか、匠海が尋ねる。
「ああ、それな」
「おっさんがイーライを伸してる間に俺とアーサーで発射設備をハッキング、強制的に発射停止に持ち込む」
「……おい」
 それ、作戦でもなんでもないじゃないか! と匠海が抗議する。
 ついでに言うと向こうがメンバーを集めていたのだから相手はイーライ一人ではないはず。タイロンがイーライを相手にしている間に他のメンバーに攻撃されれば自分達はひとたまりもない。
「一応、聞くがルキウス、お前SPAMスパムは?」
「一応、持ってるぜ」
 あんまり使いたくないけど、と続けつつ、ピーター。
「綺麗事は言っていられないからな、いざという時は使う覚悟をしておけ」
 Synapse PAin MomentSPAMは相手を電子的ではなく物理的に戦闘不能にさせるツール。相手に大量の無意味なサブリミナル映像とフラッシュ点滅、そして大音量ノイズを送りこむSPAMは酷くても光過敏性発作や一時的な難聴を起こすだけで致死性のものではない。だが、スポーツハッカー出身のハッカーの中には魔術師マジシャンが戦うというのは基本的にハッキングでのぶつかり合いで、リアルでダメージを与えるのはあまり好ましくない、という認識の人間も多い。
 当然、使用には相手のオーグギアに侵入する必要があるので、相手がセキュリティに十分に気を遣っていたり、早朝のピーターのように相手のハッカーが迎撃に出てきたりすれば、簡単には仕掛けることが出来ない。逆に言うと、ハッカー同士の対決になるスポーツハッキングではSPAMをはじめとするオーグギアへの干渉を防げるかどうかも、ハッカーの腕前の一つだと考えられるので、匠海や匠海の所属していたキャメロットのようにスポーツハッカーであっても特にSPAMに抵抗のないハッカーもいる。オーグギア破壊を好むガウェインなどが代表例だろう。もちろん、だからと言ってスポーツ以外でそのツールを使うことに抵抗がないかと言えば、そういうわけではないはずだが。
 ピーターの発言を考えると、彼は匠海と違いSPAM使用には否定的な考えの持ち主のようだ。
「SPAM? 缶詰がどうした?」
 腹減ったのか? 非常食で積んでるぞ、とタイロンが的外れなことを言う。
「違ぇよ。SPAMってのは魔術師御用達のハッキングツールの一つだ。もやしganglyがリアルで殴りたい時に使うんだ」
 アーサーがおっさんに使おうとしてたけど、とピーターが付け足すと、タイロンがちら、と匠海を睨む。
「おたくさん、容赦ないねえ」
「俺が使う前に止められて正解だったな。発動していたらお前、今頃気絶してたかも」
 もし、匠海の方が早ければこのようなことになっていなかったわけで、匠海もタイロンも発動する前でよかった、と本気で思っていた。
 そんな会話をするうちに、車はフェアバンクス市街地を抜け、凍結したタナナ川を渡り、ツンドラ地帯に出る。
 ここからは道なき道を移動するため自動運転からマニュアル運転に切り替える。
 永久凍土ゆえに木もほぼない雪原を、雪を巻き上げ突き進んでいくと。
 不意に、車に何かが当たる音がした。
 それも一つや二つではない。
「伏せろ!」
 ハンドルを切りながら、タイロンが叫ぶ。
 車は大きく蛇行しながら、中の乗員を激しく揺さぶる。
「なんなんだよ!」
 頭を抱えてうずくまるように座りながらピーターが叫ぶ。
 直後、リアウィンドウが砕け、破片がピーターに降り注ぐ。
やっこさん、追いかけてきやがった!」
 バックミラーを見ながらタイロンが声を上げる。
 匠海も後ろを見ると、後方から数台の車が雪煙を上げながら迫ってくるのが見えた。
銃砲が取り付けられたピックアップトラックテクニカルか」
 タイロンの言葉通り、追ってくる車はいずれもオフロード仕様の民生用ピックアップトラックにマシンガンを取り付けたタイプの車両のようだ。
「どうするんだ、タイロン!」
「どうするもこうするも、このままじゃ全滅だ! 応戦しろ!」
 どこで気づかれた、と言いつつタイロンが銃を抜く。
 窓から身を乗り出し、数発。
 ピーターもスマートガンを抜き、割れたリアウインドウから発砲しようとするが頭を出した直後に悲鳴を上げながらシートに蹲る。
「無理無理無理無理! 命がいくつあっても足りねえ!」
 匠海もシートベルトを外し、スマートガンを抜くが追手の弾幕が激しく身を乗り出すことができない。
 咄嗟にハッキングツールを展開、車をハッキングしようとするが相手は自動運転どころかネットワーク接続まで切断しているため侵入できない。いや、それどころかポートが存在しない。恐らく車両に据え付けられている量子通信機が丸ごと取り外されているようだ。
「くそ、対策してやがる!」
 そういえば相手にも凄腕の魔術師がいたな、と思い出しそいつの仕業か、と考える。
 二人がこのような状況に慣れておらず、手が出せないと判断したのか。
 タイロンが助手席の匠海を見た。
「タクミ、運転任せた!」
「は?!」
 タイロンの言葉に匠海が声を上げる。
 その間にもタイロンは無理やり匠海と座席を代わろうとしている。
 その勢いに押されて、匠海も思わず運転席に収まる。
「いやちょっと待て俺十年近く運転してないぞ!」
 和美の事故あの時以来、匠海が運転席に座ることはなかった。
 そもそも基本的には自動運転での移動だったためハンドルを握ること自体ほとんどない。
 大丈夫だ、とタイロンがリロードしながら匠海を励ます。
「んなもん、ハンドル握ってアクセル踏めばなんとかなる」
「無理だ! 俺に運転の責任押し付けるな!」
 そんなことを言っている場合ではない、とは匠海も分かっている。
 だが、あの時のトラウマが蘇りハンドルが握れない。
 ここでもし運転を誤れば。
 あの時のように誰かが命を失う事故が起きてしまうことが、純粋に怖い。
「アーサー、お前しかいねーんだよ!」
 なんとか応戦しようとするピーターが叫ぶ。
 そうだ、自分しかいない、と匠海が自分に言い聞かせる。
 思わず、匠海は胸元にぶら下がる指輪を握りしめた。
 目を閉じ、深く息を吐く。
 ――和美、力を貸してくれ。
『もう、仕方ないなー』
 不意に、妖精の言葉が匠海の耳に届く。
『使えるものならなんでも使いなさいよー、わたしがいるでしょ』
「妖精……」
 匠海が目を開けた、その先で妖精がハンドルに取り付いている。
 自分の声が和美妖精に届いたのか、と思うが今はそんなことはどうでもいい。
 一瞬躊躇し、それから匠海は、
「頼む、連中の攻撃を回避しながら指定ポイントまで運転してくれ」
『はいなー!』
 妖精がくるり、と一回転、F1ドライバーのようなレーシングスーツに衣装替えフォームチェンジする。
「そこで無駄にリソース使うな!」
「え、サポートAIに運転させんの?!?! この状況で?!?!
 匠海と妖精のやりとりを眺めていたピーターが声を上げる。
 確かにピーターもサポートAIミシェルに自動運転の制御部分に干渉した運転を任せたことはある。だがサポートAIの運転はあくまでも自動運転の延長線で、多少の状況変更に応じたコース変更は行うがこのような状況カーチェイスで適切な運転ができるとは思えない。
 大丈夫だ、と匠海がピーターを見て言う。
「少なくとも俺の運転よりは信用できる」
「おたくさんより? AIごときがそんな精密運転できるかよ」
「できる」
 不信感丸出しのタイロンに、匠海が断言する。
 そんな二人のやり取りを気にすることなく妖精が自動運転の基幹システムに侵入、車の制御を掌握する。

 

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