縦書き
行開け

光舞う地の聖夜に駆けて 第4章

分冊版インデックス

4-1 4-2 4-3 4-4 4-5 4-6 4-7 4-8

 


 

前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 逃亡犯イーライを追っていたタイロンはフェアバンクスでイーライの配下らしき男たちに襲撃され、撃退したもののさらに現れた連邦フィディラーツィアの生体兵器、ニェジットに襲われたことで彼と連邦フィディラーツィアのつながりを確信していた。
 情報収集のため、とある廃墟に訪れたタイロン。そこで怪しげな二人組と遭遇、交戦状態となる。
 二人を無力化し、話を聞いたところ二人はテロを察知し、それを阻止するために動いているという。
 そして、タイロンは自身が追っていたイーライこそがそのテロの首謀者であるということを知る。
 より脅威度が高そうだった男――匠海の要望により、テロの阻止に手を貸すことにしたタイロン。
 匠海とピーターは協力してオーグギアのキャリブレーションデータを保管しているサーバに侵入、イーライと、その所在地を突き止める。

 

 重傷は負っていないが、ボロボロの状態で、それでも背中合わせに銃を迫りくるニェジットに向け続けている。
「……さすがに、きついな」
 肩で息をしながらピーターが呟く。
 匠海も、ピーターほどではなかったが息を切らしながら頷いた。
「あのヤドカリが生み出してるならあいつを止めるしかないが……」
 今、タイロンはイーライと対峙している。
 イーライは弾道ミサイル発射用の制御端末の前に立っており、タイロンが銃を向けていることで漸く発射操作を妨害できている状態。
 匠海はタイロンの銃の腕は信じていたが、どうやらイーライはそれすら躱せる動体視力の持ち主らしい。イーライがタイロンを注視している限り、射撃で無力化することはできない。
 そのため、あのヤドカリを無力化するには人手が足りない。
 第一、仮に匠海かピーターのどちらかが手すきでも止めることはできないだろう。
 ヒト型ニェジットの頭を吹き飛ばせるほどの威力を持つスマートガンではあるが、流石にあの甲殻を撃ち抜くことはできない。
 万事休すか、と匠海が呟く。
 タイロンがヤドカリの排除に当たればその隙にイーライは弾道ミサイルを発射する。
 しかし、ヤドカリを排除しなければ匠海とピーターはニェジットの餌食になる。
 イーライさえ無力化できれば集中してヤドカリを排除できるのに、とタイロンが歯ぎしりする。
 それには二人の力が必要だが、二人の力を借りることができない。
「おっさん、まだか!」
 このままでは耐えられない、とピーターが叫ぶ。
「オレもアーサーももう限界だ!」
 アーサーも何か言えよ、とピーターが匠海に声をかける。
 声をかけられた匠海はというと、群がりくるニェジットたちを撃ちつつも、何か考えている――いや、左手を動かしていた。
「アーサー?」
 ピーターが怪訝な顔をする。
 ――まさか、ハッキングしている? イーライに?
 そうか、とピーターが察する。
 配置としては背中合わせの匠海とピーター、どちらかというと匠海の方がタイロンとイーライの様子を見ることができる位置にいた。
 それで、気付いたのだろう。
 イーライがタイロンの銃弾を避けることができることに。
 それなら、魔術師ハッカーができることは一つ。
 ――イーライを止める。
 匠海は諦めていなかった。
 いや、一度は諦めかけた。
 無数のニェジットに囲まれ、頼みのタイロンもイーライの発射操作を牽制するだけで手一杯、こんな状況で生き残れるわけがないと。
 正直なところ、匠海は「それでもいい」と思いかけていた。
 和美の分も生きる、和美が見ることができなかったものを見る、そう自分に言い聞かせ続けていたがそれでも死ねば彼女の許へ逝けるのだからいつ死んでも構わない、と。
 ピーターには申し訳なかったが、匠海はここが自分の死に場所になるのだ、と覚悟を決めようとしていた。
 だが、それでも。
『タクミ、諦めないで』
 スマートガンの射撃システムのサポートを行っていた妖精が匠海に声をかけたことで彼は踏みとどまった。
 妖精がそう言うのなら、もう少しだけ。
 そう思い直したことで、周囲の状況がはっきりと見えた。
 イーライを一瞬でも足止めできれば、タイロンは彼を無力化できる。
 それが分かった匠海の行動は早かった。
 右手で銃を構えたまま左手でスクリーンを展開、ハッキングを開始する。
 元々イーライの居場所を知るためにアクセスポイントまで突き止めている。あとはオーグギア内部に侵入するだけ、時間はさほどかからない。
 だが、敵もその動きを予測出来ないほど愚かではなかったらしい。黒いボロボロのローブを被ったアバターが、アクセスポイントとオーグギアの間を飛び抜けようとした匠海アーサーの前に立ち塞がり、黒い防壁を展開する。
 ――即席の防壁か。即席でこの強度、かなり腕の立つ魔術師だな。だが……。
 どれだけの強度を誇ろうと、それが単なる防壁であれば、エクスカリバーの敵ではない。
 アーサーは止まることなく、走り続け、防壁にエクスカリバーを振るい、防壁を改変、アーサーの侵入権限を許可させて、防壁をすり抜ける。
 コンソールに表示された防壁のソースコードが目に入る。それはキリル文字のコードだった。
 ――魔術師も連邦フィディラーツィアからの支援か! ついでだ、このままこいつも……。
 エクスカリバーを構え直し、そのまま黒いボロボロのローブを被ったアバターに向けて突進する。
 だが相手の魔術師の判断は早かった。防壁の解除の素早さから、敵わないと判断したのだろう、即座に回線を切断したようで、アバターがかき消える。
 テロのリーダーを見捨てるのか? 所詮金で雇われた魔術師ということか? などと考えながら、イーライのオーグギアのコアに侵入、そこで匠海は叫んだ。
「タイロン、撃て!」
 同時にSPAMを転送。
 電子の導管を駆け抜け、イーライのオーグギアにSPAMが送り込まれる。
 タイロンも、匠海の言葉を受けると同時に引鉄を引いていた。
 即席のパーティーでありながらの完璧なコンビネーション。
「が――っ!」
 オーグギアに送り込まれたSPAMが起爆し、イーライの視覚と聴覚に一時的な混乱を生じさせる。
 それと同時に放たれたレーザーがイーライに届き、
「く、そ、チェルノボグの奴、しくじった、か……!」
 タイロンが撃った電撃は導電性レーザー誘起プラズマチャンネルLIPCを駆け抜け、彼に手を伸ばしたイーライに突き刺さった。
 その場に倒れ伏したイーライに駆け寄り、タイロンが両手両足に手錠を掛け動きを封じる。
「タクミ、ピーター、待たせた!」
 火薬実弾モードに切り替え、タイロンがニェジットの群れに数発発砲し、頭を吹き飛ばす。
「おっさん、遅ぇよ!」
 ほっとしたようにピーターが怒鳴る。
「すまんな、今援護する」
「いや、タイロンはあのクソでかいヤドカリをなんとかしてくれ。あいつを倒さない限り戦力は圧倒的に向こうが上だ」
 それまではなんとか耐える、とピーターを見ながら匠海が指示し、タイロンが頷く。
「それなら、いっちょやらせていただくか……」
 二人から離れ、タイロンがヤドカリに対峙する。
 目の前に立ったタイロンを認識し、ヤドカリが威嚇するように両手のハサミを振り上げる。
 それが振り下ろされ、
「うわっ!?」
 咄嗟にタイロンは横に跳んだ。
 直後、タイロンがいた場所を高圧水流が通り過ぎ、その後ろにあったテントに直撃した。
 水圧に耐え切れず、破裂するテント。
「やべぇな……」
 ただニェジットを生産するだけでなく、自身も攻撃能力を持っているとは。
 あのハサミは高圧水流を放出するだけでなく、近づけば挟んで拘束することもできるだろう。
 そう考えると、できることは限られている。
「モードチェンジ。電磁実弾レールガンモードスタンバイ」
 左手の銃をホルスターに収め、右手の銃のレールガンモードを開放する。
 四丁ある銃のうち、この銃だけレールガンモードを搭載した特別製。
 色々な経緯があり、現在はタイロンの相棒となっているこの銃で何度窮地を乗り切ってきたか。
 キャパシタにチャージ、狙いをヤドカリの口元に定める。
 電流によって発生した磁場が超高速の弾丸を射出する。
 射出された弾丸は狙い違わずヤドカリの口に着弾、勢いをほとんど殺すことなく胴体を突き抜ける。
 しかし、昼にトラックを吹き飛ばしたほどの威力を持った必殺の一撃もヤドカリには決定打とならなかった。
 汚水のような体液をまき散らしながら、ヤドカリが怒ったかのようにハサミを振り回す。
「効かねえのかよ!」
 そう、悪態をつきながらタイロンは再びチャージを行おうとする。
 だが、視界に映り込む警告ウィンドウに舌打ちをした。
 連続発射ができない。
 レールガンモード使用直前のガンパウダーモードでの発砲やスタンモードの連続使用で銃身に負荷がかかりすぎている。
 この過熱状態でさらに発砲すれば暴発しかねない。
 冷却完了まで六分。
 ヤドカリが再びハサミを振り上げ、下ろすと同時に高圧水流を放ってくる。
「っそ!」
 早くヤドカリこいつを止めなければ、匠海とピーターがもたない。
 だが、レールガンを連射できない以上どうすることもできない。
「マズいぞアーサー、おっさんのレールガン虎の子、連射できないぞ」
 応戦しつつもタイロンの様子を窺っていたピーターが匠海に報告する。
 こちらの弾丸も残り少ない。このままでは押し切られてしまう。
 何か、打開策が欲しい。
 何か、手がかりになるようなものがあれば。
「妖精」
 不意に、匠海が妖精に呼びかけた。
『どうしたの?』
 匠海がロックオン対象に迷わないように、と脅威度の高さを判定、優先的にロックオンさせていた妖精が彼を見る。
「サポートはもういい、お前はあのヤドカリを調べてくれ。俺のオーグギアの各種センサー使用権限を与える」
『タクミ……了解!』
 匠海の指示に一瞬迷ったものの、妖精はすぐに頷いてロックオン制御をスマートガンに戻し、彼から離れる。
「……ルキウス、いけるか?」
「いけるもいけないも、耐えるしかないだろ! 妖精に任せた!」
 歯を食いしばり、ピーターがさらに発砲。
「こうなったら行けるところまで行ってやるよ! 地獄まで道案内しやがれってんだ!」
 そう、ピーターが吼え、匠海も指輪のチェーンがある胸元で一度左の拳を握り、頷いた。

 

4-7へ

Topへ戻る

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る