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光舞う地の聖夜に駆けて 第4章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 逃亡犯イーライを追っていたタイロンはフェアバンクスでイーライの配下らしき男たちに襲撃され、撃退したもののさらに現れた連邦フィディラーツィアの生体兵器、ニェジットに襲われたことで彼と連邦フィディラーツィアのつながりを確信していた。
 情報収集のため、とある廃墟に訪れたタイロン。そこで怪しげな二人組と遭遇、交戦状態となる。
 二人を無力化し、話を聞いたところ二人はテロを察知し、それを阻止するために動いているという。
 そして、タイロンは自身が追っていたイーライこそがそのテロの首謀者であるということを知る。
 より脅威度が高そうだった男――匠海の要望により、テロの阻止に手を貸すことにしたタイロン。
 匠海とピーターは協力してオーグギアのキャリブレーションデータを保管しているサーバに侵入、イーライと、その所在地を突き止める。

 

 トラック爆破炎上の現場を後にして約一時間。
 三人は匠海とピーターで突き止めたイーライが控える現場から〇.六マイル(約一キロメートル)離れた場所に到着していた。
「ここからは歩きだ。おたくさんら、大丈夫か?」
 それなりにボロボロになった車から降り、タイロンが自分の装備を確認する。
 周囲には何もないツンドラ地帯、しかももうすぐ正午で辺りは明るく、これ以上車で近づくのは危険すぎる。
「だが、歩きだと逆に的にならねーか?」
 歩くと言われたピーターが不安そうにタイロンに尋ねる。
 確かに車よりは的が小さくなるが、その反面移動速度は格段に落ちる。
 遠くから発見された場合、狙撃の格好の的になるだろう。
 しかもここは極寒のツンドラ地帯、今は夜間に比べて気温も上がり始めているがそれでも温度計を見ればマイナス二十度、体感温度に至ってはマイナス二十七度という表示が出ている。
 幸い、というか不運にも天気は良好で吹雪による遭難はなさそうだが発見される可能性は高い。
 それでも、タイロン一人だったらまだある程度切り抜けることはできたかもしれない。だが、今ここには危険な局面に慣れていない人間もやしが二人もいる。
 やはり、車で突撃した方が確実か? と考えたタイロンが匠海を見る。
 その匠海はというと空中に指を走らせており、オーグギアで何かを調べているようだ。
「タクミ、何をやってる?」
「ああ、ちょっと索敵を。今お前らのレーダーに映す」
 匠海がすっ、と空中をスワイプ、するとピーターとタイロンの視界に簡略化された見取り図マップと現場をうろつくメンバー、そしてその向きが表示される。
「アーサー、この短時間で?」
「ああ、軍事衛星の写真からマップを作って、あとはオーグギアの短波通信から位置を割り出した。もう少し時間とリソースがあればアクセスポイントから割り出した緯度経度位置情報を表示できたが、悪いな」
 いやそれでも充分すごいんですけど、とピーターがぼやく。
「ルキウス、このマップ処理の権限をお前に渡していいか?」
 結局ブースターを買う時間がなかったからこの処理続けてるとリソースが心配で、と匠海が打診する。
「いいぜ、いざという時はお前が頼りだしな」
 ピーターが快く応じ、匠海からツールと各種権限を受け取る。
「だが、相手の状況が分かったとはいえどうやって移動するんだ? そこは解決してないだろ?」
「大丈夫だ、問題ない」
 ピーターの疑問に即答した匠海だったが、答えた直後に何かに気づいて小さく舌打ちをする。
「すまん、言い直す。それは対処済みだ」
「どうして言い直した」
 タイロンが不思議そうに首を傾げる。
 ピーターも首を傾げたが、すぐに「お前ー!」と声を上げる。
「フラグ建てんじゃねえ!」
 旧時代も旧時代、超古典的ゲームの、しかも負けイベント直前の台詞だと思い出したのだ。
「お、ルキウスお前もあのゲーム知ってるのか」
「根強く残ってるネットミームだろ。元ネタは、一応調べた」
 まぁそれはいいんだが、とピーターが続ける。
「で、どうやって対処したんだ」
「短波通信で連中の視界にフィルタリングをかけた。リソースが不安で、こっちから常にハッキングしなくてもいいように即席でウィルスを作って送り込んだからもう作用しているはずだ。流石に現地では役に立たないがある程度の距離までは見つからずに接近できると思う」
「俺には訳の分からねえ芸当だなあおい」
 ピーターと匠海の会話についていけないタイロンが頭を掻きながらぼやく。
「で、それは信用していいんだな?」
 ああ、と匠海が頷く。
 この短時間でここまでやるのかよ、と思ったピーターがふと思った疑問を口にする。
「なあアーサー……お前ってもしかして、開発者マギウスだったりするのか?」
「仕事にはしてないから厳密には違うだろ。まぁ、それに近いものかもしれんが」
 それだけでもピーターにとっては驚きである。昨今のハッキングツールは既存のハッキングツールを組み合わせたものが主流、既存のものがベースということは攻略方法もある程度開示されているようなものなのでいかにその攻略方法を他のツールでカバーするか、が課題となる。
 それに対し、開発者が作り出すツールは魔術師にとっては初見未知との遭遇となるため、攻略方法を見つけ出すところから始めなければならない。
 もっとも、攻略方法が見つけ出されれば既存ツールとして流通していくことになるのだが。
 そう考えると、匠海が即席でウィルスを作ったのなら相手が凄腕の魔術師であったとしても解析、解除に時間がかかるはず。三人が現地に到着するまで三十分を見積もってもまだお釣りがくるだろう。
 それなら大丈夫か、とピーターが軽く体を伸ばす。
「それじゃ、行きますか」
「ああ」
 ピーターの言葉に匠海も頷き、三人は歩き出した。

 

 匠海の言葉通り、現地に到着するまで三人は発見されることもなく堂々と移動することができた。
 現地に到着し、いくつか設置されているテントの一つの影に身を潜める。
 ピーターが匠海から移譲されたマップシステムは正常に動作しており、何人かが移動するのが視界とマップ両方にリンクして見える。
「……やっぱり思ってたより人いるな」
 地図の光点で分かっていたこととはいえ、周囲をうろつく人間がそれなりにいる。
 どうする、とピーターが匠海を見ると、匠海は既にウィンドウを展開して何かを準備しているようだった。
「時間があまりない、短期決戦で行く」
 発射時刻まで残り四時間、ピーターが記憶のページをめくり、かつてハイスクールの歴史の授業で聞き、興味を持って調べた弾道ミサイルのスペックを思い出す。
 あくまでも授業で聞いた弾道ミサイルの詳細を調べただけであって、最新のものがどんなものか、そもそも現在も製造されているものかは分かっていないが、それでも参考にはなるだろう。
 ――確か、固形燃料を使っているから発射の準備には三十分もあればよかったはず。
 液体燃料を使う弾道ミサイルも聞いたことがあるが保管や管理、発射前の燃料充填の手間を考えると固形燃料が主流となっていたはず。
 見たところ輸送車兼用起立式レーダー装備発射機TELARは既に起立状態に入っており、発射シークエンスの一部は完了しているとみられる。
 目標も決まっているので恐らくは各種諸元も入力されているだろう。
 もしかすると、自分たちの侵入が察知されれば時間を繰り上げて発射するんじゃないか、とピーターは考えた。
《アーサー、おっさん、連中、かなり準備を進めてる感じがする。下手に見つかったら時間になるまでに発射するかもしれないぞ》
 グループチャットを開き、ピーターが文字を送る。
《……だろうな。仕様は分からないが雰囲気でそんな気はする》
 匠海もチャットで返し、タイロンを見る。
《タイロン、俺とルキウスで連中にSPAMを送り込む。それでニェジット以外は無力化できるはずだ》
《俺はどうすればいい?》
 そうだな、と匠海が少し考え、
《ニェジットだけはタイロンに頼むしかない。だが、テロリストが無力化できていないうちに動くと見つかるしな……》
 流石の匠海もニェジット戦闘兵器との戦闘経験はない。
 リアルでの戦闘はタイロンに任せるしかないだろう。
《アーサー、俺たちだって殺傷エリミネイトにすればニェジットくらい》
 ピーターがさらりととんでもないことを言う。
 そんなピーターに、匠海は「こいつ、肝が据わってきたな」とふと思った。
 確かに、エリミネイトモードなら確実に頭を吹き飛ばせるだろう。
 しかし。
《すまんルキウス、俺は犯罪者枠ということでエリミネイトがロックされている》
《マジかよ》
 元犯罪者が罪を重ねないようにという配慮なのか罪を犯さないという信用がないからかは分からない。匠海のスマートガンは通常操作でエリミネイトモードが起動できないようにセッティングされている。
 どうする、と匠海は考えた。
 スマートガンのシステムをハッキングしてエリミネイトモードを解除することは簡単にできる。
 ただ、それをしてしまうと匠海のNile社本社からの信用は地に墜ちる。
 いくら非常事態とはいえ、それをしてしまっていいのかどうか。
 そう、考えたがすぐに匠海は首を振った。
 自分の立場を気にして作戦が失敗しては元も子もない。
 分かった、三分待ってくれ、と匠海は二人に告げ、視界にスマートガンのシステムコンソールを呼び出した。
 いともたやすくシステムを掌握、エリミネイトモードのロックを解除する。
《待たせた。ロックは解除した》
《マジかよ》
 二回目のピーターの「マジかよ」は一回目の「これだから犯罪者は……」という響きではなく「こいつ本当にやりやがった」という呆れが含まれている。
《これで、俺たちも一応は戦える。どちらかというと先手必勝しかできないが》
《通常の奴なら気付かれる前に頭を撃てばなんとかなるだろうが、無茶するなおたくさんら》
 タイロンがフェアバンクスで戦ったというニェジットは装甲型だったらしいが、そんな重装備の奴が何体も配置されていると思いたくない。
 連中が配置しているニェジットの種類が分かれば、と匠海がオーグギアを操作し、音波探知動体探知を行う。
 三人のマップに足音の推移による大まかな位置情報が表示される。

 

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