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光舞う地の聖夜に駆けて 第4章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

 逃亡犯イーライを追っていたタイロンはフェアバンクスでイーライの配下らしき男たちに襲撃され、撃退したもののさらに現れた連邦フィディラーツィアの生体兵器、ニェジットに襲われたことで彼と連邦フィディラーツィアのつながりを確信していた。
 情報収集のため、とある廃墟に訪れたタイロン。そこで怪しげな二人組と遭遇、交戦状態となる。
 二人を無力化し、話を聞いたところ二人はテロを察知し、それを阻止するために動いているという。
 そして、タイロンは自身が追っていたイーライこそがそのテロの首謀者であるということを知る。
 より脅威度が高そうだった男――匠海の要望により、テロの阻止に手を貸すことにしたタイロン。
 匠海とピーターは協力してオーグギアのキャリブレーションデータを保管しているサーバに侵入、イーライと、その所在地を突き止める。

 

 再び超高速で放たれる銃弾。
 銃弾はヤドを貫き、ハッチがロックされているがゆえに外に出られない榴弾型のニェジットもまとめて貫通し――
 ヤドカリが大爆発を起こした。
 爆風が、匠海たちに向かっていた、あるいは包囲していたニェジットの一部を吹き飛ばす。
 爆風によりニェジットの包囲が途切れ、匠海は咄嗟にピーターの腕を掴んだ。
「ルキウス、走れ!」
 そう叫びながら息も絶え絶えなピーターを引きずり、包囲を抜け、タイロンの許に走る。
「はぁ……っ、あ、アーサー……お前、なんで、そんなに、体力あんだよ……」
 タイロンの隣に到着したピーターが座り込み、ゼイゼイと荒い息を吐く。
「お前、カウンターハッカーならもう少し鍛えておけ。魔術師ハッカーだからと言って体力が要らないわけじゃない」
 むしろ体力が資本だ、と匠海が答える。
「……ここまで、体力使うこと、普通は、ねーよ……」
「タクミ、おたくさん案外体力あるねえ」
 銃をガンパウダーモードに戻し、さらにホルスターに戻していた銃も抜いてタイロンが呟く。
 そう呟きながらも銃口は先ほど匠海たちを包囲し、爆風にも巻き込まれなかったニェジットを捉えるように向けている。
「一応、鍛えているからな」
 座り込んだピーターを庇うように前に立ち、匠海もスマートガンを構える……が。
「すまんタイロン、打ち止めだ」
 視界に映る【empty】の文字に、匠海が溜息を吐いた。
 マガジンももう残っていない。
 逆に考えるとよくここまでもったな、と思い匠海も後をタイロンに託す。
「任せとけ、おたくさんらはしばらく休んでな」
 タイロンが二人の前に立ち、両手の銃を構えた。
 数はまだ多いが二人を庇った状態のタイロンでも充分対応できるレベル。
「いくぞ!」
 自分に気合いを入れるように声を上げ、タイロンは引鉄を引いた。

 

 時間にして十分も掛からなかっただろう。
 最後のニェジットが頭を撃ち抜かれ、消滅する。
「ふう……」
 やっと終わった、とタイロンが銃を下ろす。
「……すげえな、おっさん」
 漸く呼吸が落ち着いたのだろう、ピーターが呟く。
 同じカウンターハッカーである匠海の体力にも驚いたが、タイロンのそれは匠海の比ではない。
 このメンバーでオレが一番ガリヒョロganglyなのか、やっぱり鍛えた方がいいのかな、などと思いつつピーターはタイロンを見上げた。
 そのタイロンはというと息を上げることもなく慣れた様子で銃をリロード、チラ、と地面に転がるイーライを見る。
「ふっ……ふふふ……」
 イーライは嗤っていた。
「何がおかしい」
 スタンモードに切り替えた銃をイーライに向け、タイロンが尋ねる。
 匠海とピーターもイーライに視線を投げる。
「まだだ……まだ終わってない!」
「イーライ!」
 イーライの言葉に、タイロンが思わず声を上げる。
 ――こいつは、一体何を言っている?
 タイロンが問い詰めようとしたその時、
「まずいぞ、カウントダウンが始まってる!」
 匠海が叫んだ。
 ピーターも慌てて、制御端末に視線を投げる。
 そこには、発射カウントダウンのウィンドウが浮かび上がっていた。
「やはり、発射準備自体は完了していたか」
 匠海が制御端末に駆け寄り、カウントダウンを停止させようとウィンドウを展開する。
 ピーターもそれに追従し、匠海のサポートを始める。
「惜しかったなあ、タイロン! 歪んだこの世界はリセットされるべきなんだよ!」
「イーライ!」
 お前にはカウントダウン開始ができなかったはずだ、とタイロンが問い詰める。
「手足を封じてしまえばできないと? そんなわけあるか、チェルノボグに最終コンソールはオーグギアでも操作できるようにハッキングしてもらっている」
 押せるんだよ、とイーライが高らかに宣言する。
「俺は! 今ここに! 新たな時代の幕開けを宣言する!」
 そこの二人に止められるものか、とイーライは勝ち誇ったようにそう言った。
「俺たちなめんな! この程度のハッキング……っ?!?!
 カウントダウンを止めようとコンソールウェポンパレットを開き、匠海アーサーピータールキウスが管制システムに侵入しようとする。
 その二人の前に、突然、巨大な壁が出現した。
 壁というより城壁、破城槌を使っても破壊できそうにないほどの強度を持ったそれに二人の動きが止まる。
「な――」
 ピーターが息を呑む。
 こんな防壁、イルミンスールでも見たことがない。
 それは匠海も同じで、先ほどイーライを特定するために侵入したキャリブレーションデータのサーバの防壁を思い出す。
 あれは正面突破しなかったもののまだ扉があった。だが、この城壁にはそれがない。
 また、城壁の表面は禍々しく蠢いており、触れたものに何かしようと待ち構えている。
「マズいぞ……」
 匠海が呟く。
 そしてエクスカリバーを抜き、城壁に斬りつける。
 エクスカリバーが城壁に触れた瞬間、表面で蠢いていた「何か」がエクスカリバーに絡みつく。
「っ!」
 咄嗟に、匠海はエクスカリバーの改変ではなく破壊機能で「何か」を吹き飛ばし、後ろに跳んだ。
 改変しようにも侵食が早く、解析もコード入力も間に合わない。
 可逆的破壊のため、「何か」が即座に再生しながら元の配置に戻る。
「なんだ、今の……」
 ピーターが掠れた声で呟く。
「……多分、吸収型だ。触れた対象の機能を吸収して、自分のデータの素材にしている」
 匠海のエクスカリバーは可逆的破壊とコード入力による改変機能を持っている。破壊は文字通りデータを意味のないものに砕くが、後者はコード入力、あるいはプリセット入力で相手のコードを自分に有利なように書き換える。
 だが、その改変スピードを、城壁の侵食は上回っていた。
「……まさかあいつ……」
 匠海が呟く。
「イーライのオーグギアに侵入するときに一度妨害してきて、その後何もしてこないと思ったらこれを用意していたのか……?」
 イーライを見限ったのかと思っていたが、こんなものを準備するために息を潜めていたのか、と歯軋りする。
「アーサー……」
 ――こんな防壁、突破できるわけがない。
 エクスカリバーですら対応しきれない防壁にピーターが絶望したように呟く。
 その城壁の上に、ボロボロのローブを纏った黒い死神魔術師がゆらりと姿を現した。
「漸く相見えたな世界樹のカウンターハッカー。この防壁、私の最高傑作、赤の城塞クレムリンを攻略してみろ」
 死神の声が聞こえる。
「お前が……」
 死神を見上げ、匠海が呟く。
 だが、その言葉と視線に弱さも、絶望の色さえもない。
 あの、喉笛に噛み付かんとする眼にピーターは「この状況でなお諦めないのか?」と驚いた。
 ニェジットに囲まれた時だけは一度諦めかけた匠海だったが、その時と状況が違うのか、と彼を見て思う。
 それはピーターが匠海の事情を知らないが故の思考だった。それでも、匠海が今この瞬間はこれまで見せたことのない闘争心でここに立っていることを理解する。
 そんな匠海の絶対に諦めない、必ず突破するという意志にピーターも両手で自分の頬を叩く。
「……やってやろうじゃねーか」
 ――ここでオレが勝手に折れるわけにはいかない。
 ピーターが両手を組んで指を鳴らす。
 そして匠海と同じように死神を見上げる。
「アーサー、あんな奴ボコボコにしてやろうぜ」
「ああ、ルキウス」
 死神を見上げたまま二人は互いを激励する。
 自分たちなら負けない、必ず突破してカウントダウンを止める、そう二人は自分に言い聞かせる。
「ふん、無駄だと思うがな。だが、そうだな……せめて貴様らが目の前にしている敵の名前くらいは教えてやる。私の名はチェルノボグ……連邦フィディラーツィア最高位の魔術師フォークスニク
 死神――チェルノボグが名乗り、「私の最高傑作クレムリンに攻略の余地があるものか」と自信に満ちた宣言を行う。
「せいぜい足掻くことだな。GLFNの狗め」
 そう言い残し、城壁の上の死神はその姿をふっ、と掻き消した。

 

to be continued……

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