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三人の魔女 第1章「始まりの魔法」

 
 

「はぁ……はぁ……」
 真っ暗な深夜、ビルとビルの間の小さな路地を走る一人の長い後ろ髪を二本の三つ編みにまとめた少女。三つ編みが走ることによって絶え間なく揺れている。何かに追われているのか、時折、後ろを振り返りながら。
「いたぞ!」
 ビルの角から現れたフードの男が少女を指差し叫ぶ。少女は息を整えるために停止していたが、慌てて走りを再開する。ビルとビルの隙間で、ひそかに追走劇が繰り広げられていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ふぅ、いいお湯だった」
 長い金の髪を持つ少女が、バスタオル一枚を体に巻いただけの状態でぼーっと、安楽イスでくつろいでいた。
「ん? 電話?」
 壁に添え付けられた固定電話が無粋な呼び出し音を鳴らす。少女はため息をつきながら、受話器を手に取り、耳に当てる。
「……そう、分かった。ありがとう、お父様」
 やや過保護な父親からの心配の電話だったらしいその電話を受けて、のんびりした気分が崩れてしまった少女は、就寝の準備を始める。
「と、その前に」
 少女はスマートフォンを手に取って、大切な親友の一人にメールを送る。
「まぁ、念のため、ね」
 青いキャミソールを着て、布団にばたりと倒れこむ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ふふふ、今日は土星の近日点の日。早速天体観測と行きますかー」
 とあるアパートのベランダにて。ボブカットの黒い髪を風になびかせながら天体望遠鏡を展開する少女が一人。
「明るい土星だとどんなエネルギーになるのかしら、面白い現象でも起こせないかなぁ」
 空っぽのカメラのフィルムケースを取り出して、わくわくした顔で呟く少女。
「ん? アリスからメール? 無視無視。メールの返事はいつでもできるけど、星は夜しか、そしてあの近日点の土星は今しか見えないんだから」
 震えるスマホをスルーして、少女はファインダーを覗き込む。
「お、見えた見えた」
 ファインダー越しに土星を捕捉。接眼レンズを覗き込み、ピントを合わせて、とうとう土星がその視界に現れる……直前、聞こえてきた奇妙な音によって、少女の思考は中断される。それは本当に奇妙な音だった。それなりに重く硬い金属が、鉄筋コンクリートにあたって跳ね返るような、しかも一度や二度ではなく、連続して。例えるなら複数の人間が連続で金属の武器を投げて、それが壁に当たった、みたいな。
「いやいや、そんなまさか」
 少女はその妄想を否定し、今度こそ、と接眼レンズを覗き込もうとしたとき、確かに少女は、小さな悲鳴を聞いた。
「……困ってる人の気配。……じゃあ、行くしかないよね」
 少女は即座にベランダから部屋に戻り、いろんなものが散乱した部屋から、適当に何か中身の入ったフィルムケースを手に取ってポケットにしまい、外に飛び出る。
「確か、こっちの方向だった」
 聞こえてきた悲鳴の方へ走る。
「いた、大丈夫?」
 そこに座り込んでいたのはやや茶色っぽい髪に、長い後ろ髪を二本の三つ編みにまとめた少女だった。
「あ……。逃げて、私に近づいたら……」
「何言ってるの、脇腹切れてるし! 待って、今……」
 黒髪の少女が茶髪の少女に駆け寄る。とそこへ。
「見つけたぞ!」
 ビルの角からフードの男が現れる。その手には明らかな凶器である二股の槍が握られていた。その槍はおおよそ実用に使うには不便な装飾が施されている。槍の先端はむしろメイスのようにゴツゴツしており、おおよそ突くのに向いてなさそうに見える。黒髪の少女には何らかの儀式の道具のように写った。
 また、フードにも何やら記号が描かれている。閉じた瞳のような意匠。黒髪の少女にはこれも儀式のための何かに見えた。
(とするなら、彼女はあの集団の儀式のための生贄か、あるいは集団にとって良くない存在で、排斥されようとしているのか)
 と、黒髪の少女は考えを深める。いやいや、何馬鹿なことを、と自分の考えを否定する。ここは法治国家で、近代を象徴するコンクリートの構造物の立ち並ぶそのど真ん中だ。そのような迷信によって私刑がなされるような時代ではない。
 その、はず、は、次の瞬間おこった出来事によって否定される。
「魔女め!」
 ガシャンと槍を地面に突き立てて音を立てる。あとから現れた何人かのフードの男達もそれに続き、ガシャンガシャン、ガシャンガシャンと音を立てる。
「魔女め、仲間がいたのか。ならば共に、浄化されるがいい」
 そして、フードの男達は一斉に槍を放った。
(うそ、こんなところで終わってしまうの?)
 黒髪の少女は問う。まだ真理にちっとも辿り着いていない。まだまだこの世界には未知がいっぱいある。だというのに、それを成し遂げる前に終わってしまうというのか、と。悔しくて、手に取ったフィルムケースを強く握りしめる。
「いやっ!」
 しかし、そうはならなかった。茶髪の少女の悲鳴に呼応するように、槍と少女二人の間に、突如、コンクリートの壁が出現し、すべての槍をはじき返した。
「魔法……。いや、それより……こっちへ!」
 それを見てすぐに、黒髪の少女は動いた。まだ座り込んでいる茶髪の少女の手を取って、走った。
 そして、黒髪の少女は一人思っていた。そうか、魔女、そういうことか。親友の忠告を思い出し、一人状況を理解する。それに呼応して、もう片方の手で強くフィルムケースを握る。
「なんで……わざわざ……」
 限界も限界、息も絶え絶えという様子で、茶髪の少女が問う。
「口を開かないで、それだけ走れる距離が減る!」
 黒髪の少女はそれに相手にせず、ただ走る。
「もう無理です! こんなに頑張って何になるんですか! 私たち、二人とも殺されるだけです!」
「私は死なないし、あなたを殺させはしない」
 茶髪の少女はそれ以上何も言えなかった。振り返った黒髪の少女の瞳は真剣で、まっすぐだったから。
「いたぞ!」
「こっち!」
 フードの男達に見つかる度、視線を切るように、まがって逃げる。フードの男たちは集団で足並みをそろえて歩いてくる。正直スピードは大したことがない。そして、ここは黒髪の少女にとって歩きなれた場所。しかし……。
「うそっ!?」
 茶髪の少女が絶望的な声を上げる。逃げた先に見えたのはコンクリートの壁。左右も窓のあるビルの壁。そこはまごうことなき袋小路であった。
 フードの男達はそこに追いついてくる。
「魔女め! 魔女め!」
 皆が一斉に槍を地面に突き立て音を立てる。ガシャンガシャン、ガシャンガシャンガシャンガシャン。
「静粛に」
 そして男達の後ろからそんな厳かな声が響いて、男達は動きを止め、そして道を開ける。
「ようやく追い詰めたぞ、魔女」
 そこに現れたのは、厳かな司祭の服を着た初老の男だった。
「そちらのお嬢さん、私は異端審問官、ピエール・コーション。おそらくそちらの魔女を暴漢の被害者か何かと思われて助けたのではないかと思いますが、我々はこれでも国の命令で動いています。彼女は魔女です。魔女とは私たちのような一般の人間にはない、不思議な力を使える。それは他の人を苦しめます。だから私たちが裁かなければならないのです」
「それでは、この方は一体何をしたというのですか?」
 黒髪の少女は毅然と、ピエールを名乗る男に問いかける。
「あなたも見たのではないですか? 突如、壁が現れるのを。あれは突然の奇跡でも、何かのラッキーでもない、その魔女の忌まわしい魔法なのです」
 なるほど、と黒髪の少女は思った。そして、理解した。大切な親友が言っていたことの意味を。かつて聞いた「魔女狩り」の噂、それが事実だったと言うことを。
「壁を作り出すだけの力がなぜ危険なんですか? 別に誰かに危害を加えたわけでもないのに」
「人と違う強力な力を持つ者の存在は、力を持たない者たちを不安にさせます。事実、彼女はこれまで幾度も突然壁を出現させ人々を……」
「いや、もういいです、分かりました」
 ピエールの言葉を遮る。
「分かっていただけましたか。では、その魔女を……」
「属性は『壁』といったところかな。単純明快な属性ほど、応用が効かない分、発動条件は簡単で、効果は強くなる。壁というイメージは分かりやすすぎた。まして彼女は、やや気弱だ。だから、彼女はほんのちょっとしたことでつい壁を作り出してしまう。それで、あなた達に目をつけられたってわけね」
 またしてもピエールの言葉を遮って、黒髪の少女は言葉を紡ぐ。
(馬鹿みたいな話じゃないか。もしこの世界に、彼女に正しい力の使い方を教える者がいたら、感情の制御法を教える者がいたら、それだけで、彼女は普通の人間と変わらず暮らせたかもしれないのに)
「え……?」
「なんですって……」
 茶髪の少女とピエールはそれぞれ黒髪の少女の発言に驚く。それは、一般人の口から出るはずのない言葉。
「あなた、私に遅れずついてきてね」
 黒髪の少女が、フィルムケースの一つを取り出しながら、茶髪の少女に言う。そして、フィルムケースの蓋を親指で弾いて開ける。
「まさか、貴方も魔女!」
 蓋の開いたフィルムケースをピエールの足元めがけて投げつけた。
rabiu奪え vidkapablo 視界を
 その言葉と同時、フィルムケースから溢れんばかりの煙が吹き出し、ピエールとフードの男達の視界を完全に奪った。
「何っ!? 全員、私を囲って、周囲を警戒しなさい」
 ピエールが慌てて指揮を飛ばす。魔女達が指揮官である自分を叩いて一発逆転を狙う可能性を警戒したのだ。
 煙が晴れたとき、ピエールの目の前には、先ほどと変わらないコンクリートの壁が残るのみであった。左右の窓が割れた形跡はなく、そちらに逃げたというわけではないらしい。
「逃げることを選びましたか。……無駄なことを。探しましょう。散ってください」
 ピエールの号令に従って、フードの男達が散っていく。

 

 それから少しして。
「大丈夫、さ、これに触れて。そうそう、それで、すーっとリラックスして、もうこれはいらないって、心の中で唱えるの。もちろん、心の底からそう思えればベストね。大丈夫、もう奴らはいないわ」
 コンクリートの壁が消え、二人の少女が現れる。視界を奪っている間に二人はコンクリートの壁にくっつき、二つ目のコンクリートの壁を作り出して、いなくなったように見せかけたのだった。
「あなたも……魔女……だったんですね」
「そう、私はエレナ。あなたの名前は? あ、魔女としての名前よ?」
 黒髪の少女、エレナはにっこりと笑って、手を差し出す。
「ジャンヌ。私は、ジャンヌです」
 茶髪の少女、ジャンヌは緊張しながら握手に応じた。
「よろしく、ジャンヌ」
 エレナはさらににっこりと笑った。

 

 To be continued…

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