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三人の魔女 第5章

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
 困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
 エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
 しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
 そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。  しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
 メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
 逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
 逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
 そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
 そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
 そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。  その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
 魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
 プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。

 全く見通せない暗闇の中。三人の女性がそこにいた。
「ど、どうするの、アリス? このままじゃまずいわよ」
「わ、分かってるけど、流石にこれは想定外だわ……」
 二人は見えないがそこにいると分かってる方を見る。そこには壁に囲われた何かがあった。
「ちょっと、ジャンヌ。いい加減に出て来なさい。この壁、天井突き破ってるでしょ、エレナを危険に晒すつもり? しかも、この壁の内側、光ってたじゃない!! 外から見たら明らかに異常よ!」
 アリスが壁をどんどん叩いて抗議をするが、その壁からは何も聞こえない。
「エレナ、本気でこの子をこのまま連れて行くつもり? エレナの決定に背きたくはないけど、これじゃ完全に足手まといよ!」
 うんともすんとも言わない壁に文句を言うのを諦めて、アリスの矛先はエレナに向く。
「だからって見捨てていい理由にはならないわ。彼女はただ怯えているだけだもの。まぁ、ここまで暗闇に怯えるとは思わなかったけど……」
 エレナはそういいながら、頰を掻く。
 三人はいま、貨物列車のコンテナの中にいる。そうして貨物列車に紛れて一気に遠くまで逃走する予定だったのだ。うまくすれば、そのまま船に乗って海外まで逃走出来る。反撃に移るまでの時間を稼げるはずだった。しかし、想定外の出来事が起きた。コンテナに入り、コンテナを閉じた瞬間、ジャンヌが光が全くないその暗闇に怯え、壁に閉じこもってしまったのだ。しかも、壁が盛り上がって行く様子を見た感じでは、壁の内側は光っているらしい。壁は、天井を超えてもさらにニョキニョキと伸びていた。外から見ると明らかに異常な光景として見えるはずで、アリスが焦るのは当然と言えた。
「ま、まぁ、大丈夫と信じるしかないわ。笑って、怒りは忘れましょう? 笑顔になることは、誰にでも使える幸せの魔法だわ」
「……エレナが、そう言うなら」
 アリスはエレナの言い分に頷いて渋々座る。
「さ、もう夜遅いわ、貨物列車が向こうに着くまではまだ結構時間があるんでしょう? 一眠りしましょう」
 エレナがニコニコと笑う。
「そうね」
 アリスがカバンからヘッドホンを取り出して装着し、近くの壁――ジャンヌの作り出した壁ではなく、コンテナの壁だ――に凭れて目を閉じる。
「ジャンヌ、あなたも寝なさいよ」
 と言って、エレナも適当な場所に寝転ぶ。
 しばらくすると、ジャンヌも壁に身を委ねて眠りに入り、壁が消滅する。これはエレナの狙い通りのことであった。ジャンヌの壁は天井を破っていたため、天井から夜の寒い風が流れ込んで来て、三人は寒さにうなされながら、一晩を過ごす。
「うぅ、寒い。本当、勘弁してほしいわ。エレナが風邪を引いたらどうするのよ」
「うぅ……ごめんなさい」
「まぁまぁ。天井の穴のおかげで明かりも差し込んで、ジャンヌも怯えなくなったんだから」
 アリスが恨みがましくジャンヌを睨むが、エレナが庇う。アリスは食い下がろうとするが、突如急制動がかかったことで、アリスがバランスを崩す。
「大丈夫?」
 エレナが腕を掴んでアリスを支える。
「もう……ついたんでしょうか?」
「いえ、早すぎるわ。何より、普通、こんな急には止まらないわよ」
 ジャンヌの仮説にアリスが首を横に振る。
「じゃあ、飛び出しとかかしら」
 エレナもジャンヌの仮説に続く。最近の列車の安全停止システムは優秀で、人身事故はほぼ0となっている。オーグギア装着者が飛び出そうものなら、オーグギアから警告が飛び、自動で停止処理が行われるほどだ。列車が急停止したとなると、安全停止システムが起動したのだろう、と言う考察は自然なものと言えた。もっとも……。
「エレナ、気分を紛らわせる必要はないわ。ジャンヌが本気にしそうよ。これは……」
「分かってる。魔女狩りね」
「そんな」
「そんな、じゃないわよ、あんたのせいよ!」
「はいはい、原因究明は逃げ延びた後」
 アリスが再びジャンヌに噛み付こうとするのを、エレナが止める。
「まずは、せっかくジャンヌが作ってくれた穴を利用しましょうか。vidu見ろ malamiko敵を
 フィルムケースを開け、天井の穴から外に向かって放り投げる。そして、落ちて来たフィルムケースを覗き込む。
「魔女狩りね。壁じゃない方の扉からこっちに向かってるみたい」
「じゃ、私たちは」
「えぇ、こっちから逃げるわよ」
 現在彼女達がいるコンテナには側面両側に扉が付いている。魔女狩りはそのうち片方から迫っているようなので、もう片方の扉を開ける。
 そして、その目の前に広がるのは、魔女狩りが片方からしか現れなかった理由。すなわち、壁である。
Who’ll dig his grave?誰がお墓を掘る? I, said the Owl,私が、とフクロウが言う with my pick and shovel,小さなシャベルで I’ll dig his grave.お墓の穴を、私が掘ろう
 アリスがその壁に手をつき、歌う。腕の先からフクロウがドリルのように回転しながら飛び出し、大きな穴を開ける。
「行きましょう」
 アリスがジャンヌとエレナに呼びかけ、二人が続く。
「早く閉じて」
 そして三人で協力し、コンテナの扉を閉じる。
 間一髪、そのほぼ直後に魔女狩り達が反対側の扉からコンテナに侵入する。
「どこか物陰に潜んだか? 探せ」
 魔女狩りの声が聞こえる。
「この扉を開けられる前に、行きましょう」
 そのまま、さらに掘りすすめるフクロウに従い、アリスが奥に進む。
「ジャンヌ、この穴、周囲の壁と同じ材質で塞げない?」
「やってみます」
「大丈夫よ、落ち着いて。まずは、周囲の壁の感覚を感じて、それをそのままここに出すのよ」
 エレナがジャンヌに優しく諭し、力の使い方を教える。
 果たして、壁は出現し、外から見ると、そこはそれまで通りの壁に戻った。
「やった!」
 ジャンヌが一瞬笑顔を見せる。既に移動を始めようとしていたエレナはそれを見逃してしまったが、彼女のそれは、彼女が初めて得た成功体験の証であった。

「やはり、扉の向こうは壁で、逃げた様子はありません」
 少ししてから、扉を開けた魔女狩りの一人がその壁を確認し、報告する。こうして、三人の魔女は無事、魔女狩りから逃れることに成功した。
「で、これからどうする?」
 不機嫌そうなアリスが、行き着いた河川敷で、二人を見据える。
「そうね……」
「どうしましょう……」
「どうしましょう、ってあんたね、あんたさえいなければ今頃」
「はいはい、今はもしもの話はやめましょう。とりあえず、なんとかして日本を一度出たいわね。それは間違いないわ」
 また、ジャンヌと諍いを起こしそうになるアリスを止める。
「けど、公共交通機関はどんどん使えなくなる。密入国の唯一の手段だった、うちの輸送船も使えなくなった。どうするの?」
「そこなのよね……。あ、海王星の……」
「言っておくけど、魔法を使って海を渡るのはダメよ。どんな手段を使うにせよ、絶対にオーグギア所有者の視界に入ってしまうわ」
「えぇ、もちろんそうよね」
 いいこと閃いた! と明るい表情だったエレナがアリスの指摘にしゅんとする。しかし、笑顔は崩さず、もちろんわかってた、という姿勢を維持する。
「本当かしら……」
「とりあえず、港に行かない? ずっとここに居ても、オーグギアの監視が強くなるだけでしょう?」
「ダメよ。いきあたりばったりでは、すぐに行き詰まる」
「でも、ここでずっと居ても、監視が強くなる一方じゃない」
「それはそうだけど、迂闊に動いてエレナが捕まる未来は避けないとならないわ」
 とりあえず移動したいエレナと目的もなく動くのは避けたいアリスの主張が対立する。
「あ、あの。も、もしかしたら、ですけど、頼れる人がいるかも……」
 そして、その二人の対立を見て、勇気を出してジャンヌが声をかける。
「頼れる人?」
「はい。近所のお兄ちゃんだったんですけど。警察官なんです。もしかしたら、何か力になってくれるかも」
「何を言ってるの。警察官なんて政府側の人間よ、そんなの信用できるわけ……」
「いえ、警察だから魔女と魔女狩りのことを知ってるわけじゃない。なぜなら、彼等は秘密の集団だから、違う?」
「そ、それは確かにそうだけど」
「どうせ、他に頼れる当てなんてないんだから、試して見る価値はあるわ。それとも、アリスは他に何か名案が浮かんだ?」
「その聞き方はずるいわ。何も提案できない以上、従うしかないじゃない」
「ごめんね、アリス。行きましょう、ジャンヌ。で、どうするの?」
「連絡を取ります。携帯電話を貸してください」
「えぇ、どうぞ」
 エレナから電話を受け取り、ジャンヌが電話をする。その様子をアリスは不安そうに見つめていた。
「やった。協力してくれるって」
 電話を終え、ジャンヌが笑顔で二人に報告する。
「やっと、あなたの笑顔を見られたわね。その顔を忘れないでね。それが幸せの魔法だから」
「え、あ、はい……」
 しかし、直後のエレナの言葉に、ジャンヌは首を傾げ、その笑顔は消えた。
「あんまり気にしすぎちゃダメよ。笑顔が一番、ってそれだけのことよ」
 アリスがフォローする。
「それで、どうするの?」
「はい。船を手配してくれるって。この場所だそうです」
「と、遠いわね……」
「っていうか、ここ、コンテナ埠頭じゃない? アリスの会社が使ってる拠点とは違うみたいだけど」
「ちょうどいい輸送船を見つけてくれたのかもしれないわね。頼れそうじゃない」
「そうね。なら、早速向かいましょう。今はまだこの辺は監視範囲じゃないはずだわ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ふぅ。優姫ゆうき、無事にたどり着けるといいけど」
 男が、携帯電話を机の上に置く。
「鈴木君、全く、驚きましたよ。まさかあの後、普通に出勤してくるとは……」
 そこに、一人の男が近づいてくる。
「ピエール異端審問官、どうしました?」
「おやおや、トボけるつもりですか? あなたには複数の罪がある。それら全てがあなたのものかは分かりませんが、少なくとも、そう、対霊害兵装管理局に未届けの武器、ですとか」
 その言葉を聞き、男はとっさに、腰に視線をやる。
「どうやら、間違い無いようですね。あなたを国家反逆罪で逮捕します」
 五人の魔女狩りの徒がピエールの後ろから現れが二股の槍を構える。
「ちっ、仕方ないか」
 男が腰に下げていた短刀を抜く。それは今はもういない彼のかつての上司から託された大事なものであった。彼自身も、まさかこれを抜く時が来るとは思ってもいなかったが。
「魔女に与するものめ!」
「困ったな、そっちは否定できないや」
 五人が槍を振るう。男、鈴木光輝はそれを綺麗に受け止め、そうしてもう片手で取り出した拳銃を発砲する。その音を聞いてさらに魔女狩りが集まって来る。
「だったら、こうか」
 魔女狩りのいるのとは反対方向に一気に駆け出し、窓を割って外に飛び出す。
「バカな、ここは10階だぞ!」
「追いますか?」
「いえ、構いません。それより、オーグギアの他に携帯電話も持っていたとは興味深い。せっかく机の上に置いてくれたのです。分析してみましょう。何か面白い情報が入っているかもしれません」

「なんでバレたんだ……」
 なんらかの方法で十階から飛び降りて平気だったらしい光輝は自分の隠し事がバレた理由に首を傾げる。まさか、自分の姿を借りた魔女がその武器を使って大暴れしたとは想像もつかない。
「携帯のデータを見られるな。優姫たちが心配だ。埠頭に急ごう」

 

 To be continued…

 

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