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三人の魔女 第8章

「ここは…………海岸?」
 エレナが目を覚ますと、そこは海岸、波打ち際であった。
「そうだ。貨物船が襲撃を受けて、大変な目にあったんだった……」
 体を起こす。
 ――自分のいる場所が分からないのは困ったわね。これからどこに向かえばいいかすら分からないし、けどこれはもう直ぐ日が暮れるし、なんとでもなるわ。
 そして、もう一つ困った事がある。それは、エレナの前に立ちふさがる黒い球体のことだ。紫色の線で瞳と思われるものが描かれている。これは、なんだろう。
 じっと見つめていると、瞳の前に魔法陣が出現する。
「!」
 なぜかと言うと直感としか言いようがない。とっさに左に飛ぶ。直後、魔法陣の先からビームのような光が放たれる。エレナの真右を通り過ぎていく。振り返ると、砂浜が黒く焦げて一部はガラスになっていた。
「ゆ、友好的な相手ではなさそうね……」
 エレナの顔が引きつる。敵である可能性は考えていたが、しかし、砂をガラスに変えるほどの高火力な攻撃を放つとは流石に想定を超えている。というより、対人間に放って良い攻撃では決してない。この威力であれば、人間など一瞬で気化してしまうだろう。
「相手の動きをよく見て、走って逃げるしかないわね」
 見れば、動きは単純だ。方向転換してこちらに軸を合わせ、そして魔法陣を出現させ放つ。ならば避けることは可能。
 ――ビームはどういう仕組みかしら、仕組み次第で魔法でなんとかできないかしら
 例えばビームを水で拡散させるとか、粉塵で減衰させるとか。エレナの魔法は攻撃に向かないため、とにかく何らかの方法で防御するしかない。
 ――あるいは、あの浮遊している理論ね。飛べなく出来ればこちらの勝ちのはず
 しかし、そのここで戦闘するという方向性は間違いだったかもしれない。移動速度が高いとは言えないのをいいことにさっさと逃げるべきだったのだ。
 黒い目玉の天頂から無数の紫の線が伸びる。それは空高く飛び上がったのち、放物線を描いてエレナに迫る。
「ちょ……」
 エレナのステップによる移動可能範囲全域を覆う面攻撃。その攻撃力の程はわからないが食らって無事に済むとは思えない。思わず目を瞑る。
「エレナさん!」
 しかし、どれだけ待っても痛みはやってこない。目を開くとそこにあったのは壁であった。声の主人は右手の方から走ってきていた。
「ジャンヌ! そんな遠くから壁を作れるなんて!」
「はい、エレナさんを守らなきゃってやってみたら……」
 これまでジャンヌは手が届くほど側に壁を作るのが精一杯だった。唯一の例外は敵を吹き飛ばした時だが、あの時はこれほど立派で大きな壁ではなかった。今ここにある壁は普段展開するのと変わらないくらい立派な壁。その証拠に敵の間接射撃を完全に防いだ。

 

「…………このあとどうしましょう?」
 壁はあらゆる攻撃を防いでくれる。ビームもホーミングレーザーも防ぐ。が、そこまでだ。いつかは壁も壊れるし、そうなればおしまいだ。
「うーん、この壁を鏡にしたら反射とかしてくれないかしら?」
「かがみ、ですか。鏡、鏡……」
 壁に触れて集中する。壁が鏡のようなよく磨かれた壁に変化する。
「ダメね。ジャンヌが鏡というものをしっかりと認識できてないから、鏡の状態を再現できてないんだわ」
「そんなこと言われても、ちゃんとした鏡なんてフィクションでしか見たことないですし……」
 2032年の現在、所謂ガラスの片面にアルミニウムや銀などの金属を蒸着したような鏡はもうほとんど存在しない。金属は有限の物質であるため、より安価かつリサイクル可能、捨てる時は埋めれば土にかえる有機モニターが使われることが主流である。
 厳密に言えば、オーグギアが普及しきった今では、有機モニターによる鏡すら古いものになりつつある。今は「ミラーカメラ」と呼ばれるカメラのみの鏡が多い。カメラとオーグギアを接続し、装着者の視界にカメラからの映像を鏡のように表示してしまうのだ。これはコンパクトなどの女性化粧品としても優秀で、外でも大きな鏡があるかのように化粧が出来る点で優れている。
「分かってないわねぇ。実体がある詫び錆びこそいいんじゃない……」
 と、エレナが危うく趣味を押し付ける嫌な女に成り下がりかけたその時、壁に亀裂が走り、二人に緊張が戻った。
「ど、どうしましょう?」
「そうか、壁を意図的に壊せばいいのよ!」
「どういうことですか?」
「つまりね、壁の地面に接してる部分のうち、敵のいる側半分を削ってやるの、すると、そっちに倒れるでしょ? そしたらあいつ、その下敷きになるんじゃない?」
「なるほど、やってみます」
 はたして、壁は倒れ、そして、黒い目玉はその下敷きとなった。
「な、なんとかなった」
 それがどちらの声だったかというと、両方の声だった。

 

「アリス、やっと見つけた」
「ぁ、エレナ」
 その後、二人で海岸を歩いてようやくアリスを見つけた。
「ないの、ヘッドホンが……」
 青い顔で海岸を探し回っていた。
「あー、そういえばアリスさん、落ちる直前に手提げから落ちるヘッドホンに手を伸ばしてましたね」
 ――ジャンヌ、あの状況で周りに気を配れたのね、案外度胸はあるのかしら、怖がりだから発揮されにくいみたいだけど
 エレナの感心とは真逆に、アリスはどんどん顔が青くなっている。
「そ、そんな、あれがないなんて……」
「そんなことより、ここはどこなんでしょう?」
「あぁ、待ってね」
 エレナがスマートフォンを操作する。何かのアプリを起動して、今の年月日と時間と星の様子を入力していく。
「それはなんですか?」
「あぁ、年月日と時間から、その時間にその星が見えるならこの場所ってのを特定できるアプリよ。普段は逆にいつのどこならその星を観れるかを調べるのに使ってるんだけどね……っと。出たわ」
 スマホを差し出しエレナ。そこには「ボサソ」の文字。
「ボサソ?」
 どこ、と首を傾げるジャンヌ。
「ソマリアよ」
 アリスが答える。
「そうみたいね」
 エレナが地図アプリを見て答える。
「じゃあ次の方針は決まりね。北上してナイル川まで向かい、ナイル川を使って上エジプトまで移動。今度はそこから、アレクサンドリアまで陸路で移動しましょう。ここいら一帯なら一番大きい街でしょ、何を始めるにもそれがいいわ」
「そうですね。なら、早く移動しましょう。あの目玉の敵がまた現れないとも限りません」
「目玉の敵?」
 ジャンヌの妙な言葉に首を傾げるアリス。
「その話は後よ。とりあえずこの場を離れて、街に紛れましょう」
 説明しようとするジャンヌを遮り、エレナが進める。この辺りではまだ自分たちを通報する状態になっていないとはいえ、魔法を見られてしまえばまたここも人目を避けて逃走せねばならないエリアになってしまう。あの目玉の敵がなんなのかは分からないが、もしこの地域に存在している何かだとしたら、この場に留まり再び目玉と交戦する事になるのは避けなければならない。魔法を使えば使うほど、見られるリスクは増えるのだから。
 エレナが口にするまでもなく二人も――アリスは「何か敵がいたらしい」としか分かっていないが――その考えに行き着き、頷きあって街へと入っていく。


「ソマリアって昔、紛争地帯だったんですよね」
「えぇ。1988年から2016年までずっと内戦をしていたわ」
ジャンヌの問いにアリスが答える。
「2016年、科学統一政府成立の年ね」
「ってことは、例の「科学による平和」が統一政府が成立したその年に実現したってことなんですか?」
「そういうこと、なんでしょうね」
三人の視界に広がるのは綺麗で平和な街並み。幸せそうな人々の笑顔。
――ソマリアの内戦については教科書の表面をなぞるくらいしか知らないけれど、なんの後ろ盾もない弱小組織が何かしたところで解決できるものなの?
科学統一政府は国際連合のような既存の連合体とは全く別の起源を持つ。統一政府とはいっても、2016年当時、その加盟国は非常に少なく、文字通り「統一」と言えるほどの加盟国を持つ現在から見るとまるで嘘のようだ。だが、それから16年かけて世界中の諸問題を解決し、今や「統一」の域に至っている。ソマリアの内戦が2016年、成立したまさにその年に解決したとするなら、まさにソマリア内戦の解決こそが、統一政府の統一開始の狼煙だったのだろう。だが、そもそも何故彼らはそれを為し得たのか。国際連合やPKOの介入でも解決せず、イスラームやキリスト教と言った宗教の問題すら内在する複雑極まるソマリア内戦を、彼らはどうやって。エレナはまた一つ統一政府への疑念を抱く。
「あら、ハンバーガーショップだわ。ちょうどいいし、ここで食事にしましょう。そして最悪の場合、ここで夜を明かしましょう」
「ハンバーガー……? 正直気が進まないんだけど」
「そう、美味しいし、手軽に食べられるし、旅先でもどこでも同じ味だし、最高の食べ物だと思うけど」
「雑雑しい味で美味しさのかけらも感じないけど……」
エレナとアリスのハンバーガーに対する意見は平行線のようだった。ジャンヌは迂闊にどちらに着くわけにもいかず、苦笑いを浮かべている。ちなみにジャンヌの本心としては別に食べられないわけではないから、全く食べたくないというアリスに対して考えるとややエレナ寄りである。
「それにこんなことあんまり言いたくないんだけどね、アリス。目立つことは避けたいのよ。ジャンヌがバックパックを買ってくれたおかげで、周りからは低予算旅行者バックパッカーと思われてるみたいだから助かってるけど、それにしたってこんな美少女三人のバックパッカーなんて否応なしに注目を集めてしまうし、それ以上に目立てばどんな面倒に絡まれるか分からない。だから……」
「はぁ、分かったわよ。エレナにそこまで言われちゃ、断れないわ」
エレナの発言を遮ってアリスが観念する。

 

「手で掴むってのもマイナスよね……」
 ファーストフード特有の味付けに渋い顔をした後、今度は食べ方にも言及するアリス。
「カロリーフレンドは手で掴んで食べてたじゃない」
「あれは緊急時だから仕方ないと思って我慢してたの」
 カロリーフレンドは固形ブロックタイプや液体ゼリータイプ、飲用ドリンクタイプなどのバリエーションを持つ栄養食だ。ブロックタイプなら1本100kcalで、近年のものはかなり栄養面も充実している。日持ちもするし嵩張りにくいので、三人はブロックタイプを持ち歩き普段の食事としていた。
「ところで、このボサソには港も空港もあるようですけど、なぜ陸路で?」
「そう言えばそうね」
 ジャンヌの疑問に同調するアリス。
「あ、それは簡単。そんなお金ない」
「そんなはずないでしょ。飛行機で世界中のどこにでも行って帰ってくるほどのお金を持ち出してきたはずよ」
 ジャンヌが納得するのに対し、食い下がるアリス。今三人が使ってるお金はほぼ全てアリスが持ってきたものである。
「そうね、アリス。あなたには二つ現実を教えてあげたほうが良さそうね。まず1つ、今後お金の補給が出来ないのに、持ってるお金の何割かをごっそり使うような使い方ができるわけないでしょ。そして二つ目、こっちが致命的なんだけど、飛行機や船みたいなテロリストを警戒してる大きな公共交通機関はね、基本的に実体通貨を取り扱わないの」
「そうなのね……」
「アリスはお金を使う計画性とかをちゃんも学ぶべきね」
「仕方ないじゃない。いつもお買い物はお父様がしてきてくれたんだもの……」
「本当、これだから箱入り娘は」
 やれやれ、と肩を竦めるエレナ。
「じゃ、寝ましょう。タンカーのベッドじゃなくなったのは痛いけれどね」

 

「なるほど、奇妙ね」
 資料を見ながらソーリアが唸る。
たの?」
 いや、もう一人のソーリアが美味しそうに食べ物を頬張っているのを見れば、こちらの唸っているソーリアがプラトだと分かる。
「この大慶油田たいけいゆでんの状態についてよ。まだ原油も天然ガスも地中にあるのは明らか。事実、データ上では明らかに原油や天然ガスが生産されていて、この地域の収益になっている。なのに、明らかに生産設備が動いてない。けれど、電力は確かに大きく消費している。この油田では、一体何が動いているというの?」
 大慶油田は中国の原油生産を一手に担う油田で、近年は天然ガスの存在が確認されている。原油の方は一時期減衰したが、科学統一政府が世界に広めた採掘技術がそれを回復させた。したがってこの油田はいまだに中国の原油生産を一手に担い、中国中を潤わせている、のだが、プラトにはその設備が稼働していないように見えたのだった。
「調べるの? ボクらの乗る電車、もうすぐだけど」
「分かってる。この件は覚えておきましょう。今はヨーロッパにあの三人より早く到達して、あの三人が活動しやすい土壌を作る方を優先するわ」

 

「二人はシベリア鉄道に乗った。まだ狙える」
 建物の屋上から、シャリシャリとりんごをかじりながらその様子を眺めていた女性がオーグギアを介して連絡する。
「構わないわ。別に怪しまれる程度は普通。踏み込んだ時に消せればいい。……それにしてもあの三人、ね。一体誰のことかしら」
「情報はない。どうする?」
「あなたはこのままそこの警備を続けて。ヨーロッパに向かう、確かにそう言ったのよね?」
「間違いない」
「なら、ヨーロッパに到着したのをこちらで捉え次第、私が引き継ぐわ。それじゃ、全ては自由のために」
「全ては自由のために」

 

 翌日。三人はハンバーガーショップで朝食を摂った後、コンビニエンスストアで食料などを買い足し、出発する。
「アリス、寝てないでしょう。すごいクマよ」
「そ、そうかしら? ハンバーガーショップ寝るなんて初めての経験だったから、ちょっとね」
「実は私も遅くまで眠れませんでした。夜も賑やかでしたね」
「そういうもの? さて、次の目標だけど、エチオピアのゴンダールに向かいましょう。ゴンダール近くにあるタナ湖はナイル川の支流の一つ、青ナイルの源流なの。そこからナイル川を降っていきましょう」
「ゴンダール、ボサソから2千キロくらいの距離ですね」
 ジャンヌがスマホを操作し確認する。
「歩いて19日くらいね。ヒッチハイクでもできればいいけど」
「それは流石にざっくりした計算すぎるからその二倍くらいはかかると思うけど、まぁ、それは歩きながら考えましょう。私たちには止まってる暇なんてないんだから」
 そして再び三人は歩いていく。

 

to be continue...

 

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