三人の魔女 第11章

 

「それでは、お世話になりました」
「あぁ。二人とも、気をつけるんだよ」
 目の前の初老の男、オラルド・ステイトの家に厄介になって数日。魔女狩りの捜索範囲は拡大していき、結果的にこのあたりは比較的手薄となった。
 もう数週間もすれば魔女狩りも通常警備に戻るはずだったが、アリスを放置し続けることを良しとしなかったエレナの提案もあり、ギリギリを狙った結果が今のタイミングだった。

 

「いい人でしたね」
「そうね。アリスという先例があったとはいえ、魔女に好意的な魔女の親族がいるっていうのは良い情報だわ」
 深夜、人の往来の無い町の中で二人が会話をしながら歩き始める。
 久しぶりの安心できる睡眠は二人の気力を大きく回復させ、まだ魔女狩りの捜索範囲内であり、警戒しながらの会話であるにも関わらず、二人の会話はどこか明るい。
「アリスさんの家はアリスさんが魔女だって知っていたんですか?」
「えぇ。……ジャンヌはラウッウィーニ商会という企業を知ってる?」
 エレナは少し悩んでから、ジャンヌに尋ねる。
「そりゃもちろん。主に輸入品店なんかをやってる大きな商社ですよね? 堺商会と並ぶ大企業って」
「そ。その社長、カッリスト・ラウッウィーニが、アリスのお父さんよ」
「え、そ、そうなんですか? いいところのお嬢さんみたいだなぁ、と思ってましたけど、本当にいいところのお嬢さんだったんですね……」
「そうね」
 ジャンヌの感心しきりの言葉に苦笑する。
「それでね、ラウッウィーニ商会は魔女狩りとも繋がりがあるんだって。だから、アリスが魔法に目覚めた時もすぐそれに気づいたし、魔女狩りの行動の情報なんかも的確に入手して、アリスが魔女だってバレないようにしてきたの」
「なるほど。私と出会った日に、エレナさんに外に出ないほうがいい、とメールを送ってきてたのはそういうことだったんですね」
「ってことになるわね。ま、私達が魔女狩りに追われる身になったことでその生活を投げ出させちゃったけど」
 ――私達じゃはなくて、エレナさんが、なんだろうな
 静かにジャンヌは思う。
 合流したその時、アリスはジャンヌを足手まといだといった。最初からアリスが救いたいのはエレナだけなのだ。エレナは個々人で解決するべきことと考えているのか、一切言及してこないが、ジャンヌは最初からそう知っていた。
 ――アリスさんにとってエレナさんは恵まれた安全な生活を放り投げても守りたいほど大切な人なんだ
 ジャンヌにはそうまでして思ってくれる人はいない。逆に同じように思う人もいない。そうまでして守りたい人がいるアリスと、そこまで慕われているエレナの関係、少し羨ましいと思った。
「けど、ならなんでアリスさんは……」
「ん? 人間、結局、手の届くところに困っている人がいたら、放ってはおけないのよ。オラルドさんがそうだったみたいにね」
 エレナはジャンヌの呟きを生活を投げ出して助けに来た事を疑問に思っていると解釈したらしい。
「いえ、そうじゃなくて、そんな思いまでして助けた私達をなんで投げ出したのかなって」
 ジャンヌは「本気で気付いてないのか、マジか」という本音を飲み込み訂正する。
 ――エレナさんは人間がみんな、良い心、みたいなものを持ってると信じてるんだな
 ジャンヌにとってそれは眩しくもあり、同時に、どこか危なかしくもあった。
「多分だけど、私達を危険にさらさないため、でしょうね」
「私達を?」
「えぇ。あの子、あの目玉を見て「砲台」って呼んだわ。アリスはあれがなにか知ってるのよ」
「「砲台」……」
 確かにビームは撃つし、そこまで違和感のある名称ではない。とはいえ、あれをみてすぐにその言葉が出てくるというのは確かに不自然感が拭えない。
「じゃあ、あの「砲台」? はアリスさんを狙ってる、そういうことですか?」
「えぇ。おそらくそういうことでしょうね」
 エレナが頷く。
「さて、と。問題はどうやってアリスを探すか、よね」
「出来れば夜中のうちに見つけたいですよね」
「そうね。この辺は捜索範囲。日が昇って人の往来が増えるとまずいわ」
 目撃されたすぐそばなので当然だが、この周辺一帯のオーグギアにはエレナとジャンヌの情報が送信されている。人に目撃されれば、それを捉えたオーグギアにより自動通報されるだろう。深夜に家を出ることを決めたのもそこに起因する。
「普通ならさっさと捜索範囲から出たいですけど……」
「えぇ。アリスを見つけないと行けない。アリスが事情を察して捜索範囲から逃げていてくれるといいんだけど……」
 困ったことに、別れたきりアリスの動向は不明だ。どうやってアリスを見つけるか、それを考えなければいけない。
「えっと、アリスさんはあの目玉の発生と関係してるんですよね? なら、あの目玉の目撃情報とかが魔女狩りの間で出てたりしないですかね? その内容を盗み聞きしたりとか……」
「いえ、傍受は無理ね。オーグギアの通信方法である量子通信っていうのは、量子もつれエンタングルメントを利用した量子テレポーテーション技術で情報をやり取りしているの」
「え、えーっと……」
「まぁ、要はスマホの電波みたいに通信してる何かが飛んでるわけじゃなくて、端末で情報を送信すると、それが即送信先の端末に届くのよ。これを傍受しようと思ったら、相手が使ってる端末をそのままコピーしないと無理よ」
「はぁ……。ともかく無理なのはわかりました」
 会話が終わり、沈黙が流れる。
「とりあえず、当初の予定だったタナ湖に向かってみましょう。はぐれた時は各自で当初の目的地に向かい道中か目的地で合流、基本よ。アリスも今頃反省して、合流してきてるはずよ」
 エレナが自信満々に言い切る。
 ――そうかな……。自分の安全を捨てて人を助けた人が、そんな反省するような短絡的な行動を取るかな
 ジャンヌはアリスに良い感情を持ってはいなかったが、エレナが考えるほど単純な話とは思えなかったのだ。言うなれば、そう。
 ――エレナさんは、ちょっと人間の感情については疎いのかも
 良く言えば、理想論者とでもいうのか。
 ――そう、例えば魔法の制御方法の話が出た時、アリスさんは不安そうに自分の手提げかばんを見ていた。多分、アリスさんの魔法の制御方法があのかばんに入っていて、アリスさんはそれに不安を感じている。けど、エレナさんはそれに全く気付いている風ではなかった。エレナさんの性格からしたら、「なに、まだ制御法に不安でもあるの?」ってお節介を焼くはずだから
「……ってそうか。だからアリスさんは離れたのか」
 あの手提げかばんに何が入っていたか、それはいつも寝るために装着していたヘッドホンだ。
 連想するようにジャンヌの頭に複数の情報が浮かび上がる。
 確か、エレナは以前に言っていた。「夢の魔女だから、夢は常人とは違うのかもしれない」。
 そして、アリスは「あの目玉のことを「砲台」と呼んだ」。つまり、「アリスはあの目玉のことを知っている」。
 ――言わなきゃ
「ェレナさん、やっぱりシナ湖行きはやめましょう」
「ず、随分、声が上ずってるわね。レナさんって聞こえたわ……。どうしたの?」
「エレナさんも気付いてるんでしょう? あの「砲台」はアリスさんが生み出したものです。だから、それをどうにか出来るようにならない限り、私達に合流なんてしません。きっと……」
「え、えっと。どういうこと、ジャンヌ。あの「砲台」はアリスが生み出したもの、って?」
「え、だって、アリスさんの能力の制御方法に気付いたんですよね? だから、そのヘッドホンをもらったんですよね?」
「制御方法? いえ、これは仲直りのプレゼントにしようと……」
 なんて勘違い。そしてなんて偶然。思わず、ジャンヌはがっくりとうなだれた。こうなったら、一から全部説明するしか無い。ジャンヌは覚悟を決めて口を開く。
「アリスさんはヘッドホンで魔法を制御してたんです。いや、厳密にはちょっと違う。多分ですが、夢の魔女であるアリスさんは、夢を見ている間、その夢を無意識で具現化してしまうんです。それを防ぐために夢の内容を暴走の危険が少ない夢にするためにヘッドホンで制御していたんだと思います。だから、タンカーでヘッドホンをなくして以来、アリスさんは眠らなくなった。眠ったら夢が、「砲台」が具現化してしまうから」
「そう、それよ。中東に入ってからこっち、アリスの寝ている姿には違和感があったのよ。ヘッドホンが無いなと思って。だから安眠できないのかと」
 だからプレゼントしようと思った、ということなのか。と、納得しつつ、偶然それがキーアイテムだったエレナの幸運に感謝する。
「で、アリスさんは、先日、ついに「砲台」を目の当たりにしてしまった。エレナさんにビームを撃ってるのを見てしまった。……つまり、自身の能力がエレナさんの脅威となってしまうことを目の当たりにしてしまった。だから、アリスさんはエレナさんを巻き込まないように、私達の元を去ったんです。そんなアリスさんが自分から合流してくるとは思えません」
「な、なるほど……。あれはアリス自身の能力だったのね……」
 言えた……。達成感というか乗り切った感というか、そういった不思議な感覚で崩れ落ちるジャンヌ。
「だ、大丈夫? けど、そうすると最初の疑問に戻ってくるわ」
「へ、まだ何か不足がありました?」
「いえ、そうじゃなくて。つまり、アリスはどこに行ったのか、よ」
「あ、それについても考えがあります。ちょっと携帯を貸してください」
「えぇ。いいわよ」
 エレナがジャンヌに携帯を渡す。
「私の考えが間違ってなければ……やっぱり」
 エレナが画面を覗き込む。それはアフリカのラウッウィーニ商会の施設一覧だった。
「あった」
 中央アフリカ共和国。危険物保管倉庫。それは2013年のポジゼ政権崩壊に伴う中央政府の衰退と武装組織の抗争を売り込むチャンスと見て展開したラウッウィーニ商会の武器庫であった。2016年の紛争解決以来、今となってはほぼ使われていない倉庫である。
「なるほど。アリスならラウッウィーニ商会の施設に入れる。この危険物保管庫は焼夷弾の爆発テルミット反応やレーザー兵器の高温にも耐えられる耐久度がある。アリスが隠れるにはうってつけね」
 二人は頷きあって、移動を始める。
 そんな二人はそれぞれ異なる疑問を感じていた。
 ――そういえば、中央アフリカ共和国の紛争の収束も2016年なのね。ソマリアの紛争と同じ。そして2016年といえば、私やアリス、そしてジャンヌに加えて、あのオラルドさんの息子さんも生きていれば今年で16歳、つまり2016年に生まれている。これは……偶然の一致、かしら?
 ――あれ? カッリストさんの娘の名前……アリス? たまたま魔女名と本名が同じだった? そんな事あるのかな……?

 

 一方その頃、ヨーロッパにて。
「ソーリア、どうして……」
 プラトは突然のソーリアの裏切りを信じられずにいた。
「まぁいいわ。そのうち後悔して泣きついてくるでしょう」
 一方で、ソーリアの子どもっぽいいたずらが過激化しすぎて引きどころを失ったんだろう、とも考えていた。
 それはどちらかというと、今の状況は所詮一時的なものに過ぎないと信じたいという気持ち、言うなれば正常化バイアスに近いものだった。
「やるべきことに集中しましょう」
 目の前の特殊な形をした四基の煙突を見据える。
 ここはドイツのベルルから10km程度の位置にある、フランス共和国のモゼル県カットノン。モーゼル川の西に位置するその施設は、カットノン原子力発電所。フランスに74基存在する原子炉のうち四基を要する原子力発電所である。
 プラトにとっては生まれて次の年の事ゆえによくは知らないが、平和活動家達が警備の不備をアピールするために敷地に侵入し屋上で花火を打ち上げたという事件のあった原子力発電所でもある。
フランス通信社AFPの記事によれば原子炉エリアに侵入する前に拘束したとのことだけど、さて、私の場合、どうかしらね」
 発電所の入り口から一台の車が出ていく。
「ちょうどいいわね」
 車ごと発電所を出た男の姿を模倣する。
 車を操り、原子力発電所の入り口に戻る。
「あれ? 今ついさっき出たところだろ、お前」
 当然のように警備に見咎められる。
「実はロッカーに忘れ物をしてしまって……」
「お前、またかよ。気をつけろよ」
 都合のいい設定に思わずほくそ笑みながら、プラトは堂々と発電所の中に入っていく。
 入りさえすればあとは同じこと。
 必要な権限を持った人間と入れ替われば、こちらの勝ちだ。
 原子炉の制御室に入る。
「……誰もいない?」
 いや、一人だけいる。ポニーテールに髪をまとめ、腰に空っぽの鞘を二つ下げた女性。
「なるほど、ひと目見た相手は周りの小道具すらまとめて模倣できる『姿』の魔法。興味深く拝見したでござる」
「ご、ござる?」
 どう考えても西洋人な赤毛の女性がそんな日本語をしゃべるとは流石に想定を超えていた。
「あなた、魔女ね? ……この状況はどういう事?」
「知れたことでござるよ。私達にタレコミがあったというだけの話でござる。ほら、いま後ろに立っているでござるよ」
 目の前の魔女に警戒しつつ振り返ったプラトの視界に写ったのは……。
「そ、ソーリア?」
「ご、ごめんね、プラト。プラトを差し出せば、仲間にして、食事にも逃げ場にも困らなくしてくれるって言うから、ボク……」
 ソーリアが腕をこちらに向ける。腕の先で炎が揺らめく。
「っ!」
 とっさにサイドステップで回避すると、先程までプラトが立っていた場所に炎が炸裂する。
「どういうこと、ソーリア?」
「ボクは逃げ回る生活は嫌なんだよ。ごめん、プラト」
 相変わらず炎の軌道は単純、回避そのものは難しくないが……。
「拙者の存在を忘れてもらっては困るでござるな」
 似非侍魔女がエア素振りを行う、と思った瞬間、エア素振りが命中したであろう服の裾に切れ目が入る。
「不可視の剣……!」
「そらそら、そんな甘い回避じゃ首が切断されてしまうでござるよ!」
 相手の間合いがわからない以上、大きく後ろに下がるしか無い。
「くっ……」 
 しかし、部屋という有限の空間にいる以上、バックステップには限界がある。
「そら、せめて一撃でカイシャクして差し上げるでござる。一の太刀いちのたち大太刀おおたち犯魔悪はんまー砕きくだき
 プラトはとっさにおおきく左へ飛ぶ。
 似非侍魔女の強烈な一撃が唸りを上げながら先程までプラトがいた場所を貫き、壁を破壊する。外から空気が流れ込んでくる。
「チャンス!」
 プラトは自身の姿をソーリアに変化させ、ソーリアと似非侍魔女に強烈な炎を投げつける。
「ふん、そんなもの目くらましにしかならないでござる!」
 似非侍魔女は炎を不可視の刀で切払う。ソーリアは大きく回避する。
 ――最初から目くらましが目的よ!
 プラトはまた別の魔女の姿に変化し、背中にロウの翼を出現させて、似非侍魔女が破壊した壁から外へ飛び出す。
「くっ、逃したでござるか……」
 悔しそうに似非侍魔女がつぶやく声が聞こえた。
「ソーリア……。まさか敵になるなんて……。けど、あの原子力発電所はおかしい。あそこ以外に制御が出来る空間がないのに、制御室が空っぽだなんて……普通じゃないわ……」
 次こそは真実を掴んで見せる、そう誓いながら、プラトはその場を離れた。



 

to be continue...

 

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