三人の魔女 第17章「動乱の魔法」
ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。
しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。
その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。
なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。
コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、
しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。
またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは
絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。
タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?
海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。
その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。
不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。
アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。
アリスがいると目される町、ビラウに辿り着いた二人だったが、そこは既に魔女狩りに包囲されていた。
アリスは魔女狩りに追い詰められ、死を覚悟していたが、そこに彼女と縁のある御使い・
そこに車に乗って助けに現れたのはエレナとジャンヌの二人。エレナはヘッドホンをアリスに手渡し謝罪。ここに三人の魔女は再集結したのだった。
一方、御使いの出現という緊急事態に、新たな異端審問官が動員されようとしていた。
元リチャード騎士団筆頭騎士・メドラウド二世が三人の魔女を追い詰める。サリエルは自身を囮とすることで、三人を逃がそうとするが、メドラウド二世はそれを許さない。
しかし、エレナとアリスの「魔女狩りは正義なのか」という問いかけにメドラウド二世の剣は揺らぐ。結局その場は見逃してもらうことが出来たのだった。
その頃、囮となっていたサリエルは凡百の魔女狩りを殲滅し、優秀な部下二人も殺そうとしていた。そこに現れたのは白い粒子を操る黒髪長髪の女性。彼女は人間離れした身体能力で化け物と化したサリエルを撃破した。
サハラ砂漠に入った三人は、そこでプレッパーと呼ばれる反統一政府の人々と知り合う。
ところが、彼らの中にも意識の差があり、三人の居場所が魔女狩りに知られてしまう。急いで逃げようとする一行の前に現れるのはサリエルを下した黒髪長髪の女性だった。
そこに助けに現れたのは不可視の剣を操る魔女ムサシ。
戦闘力の高いムサシの攻撃に黒髪長髪の女性は少しの間苦戦するが、すぐに形勢は黒髪長髪の女性に有利な形に逆転する。
しかし、黒髪長髪の女性必殺の三段突きを前に、魔女達が黒髪長髪の女性の視界から消える。
もうひとりの助けに現れた魔女アビゲイルの力だった。
魔女アビゲイルは三人のことを知っており、定住地を持っているから来るようにと促す。
それなりの日数歩いた後、大きなオアシスが見えてきた。その周りには当然のように人々が暮らしている。
「ついたわ。ひとまずこのシーワオアシスで休みましょう」
勝ち気な少女、アビゲイルが三人に振り返ってそう宣言する。
「ちょ、ちょっと待ってアビゲイル。本気? まさかオーグギアの監視を知らないわけじゃないわよね?」
「知ってるわ。けどここは平気。シーワオアシスのローカルネットワークにはウィザード級ハッカーが作ったウイルスが仕込まれていて、それに感染したオーグギアは魔女法に基づく指名手配チェックが行われなくなるの」
「ウィザード級ハッカー?」
「えぇ。私達より一歳年上だけど、凄腕のホワイトハッカーなの。私達キュレネにも協力してくれてるわ」
「私達より、か。ってことはあなた達の定住地に住む魔女もみんな、今年度で十六歳ってわけ?」
「あら、口が滑っちゃったけど、それに気付いてたのね。えぇ、私の知る限り魔女は全員今年で十六歳になる子ばかりよ」
その言葉に、ふむ、とエレナは考え込む。
三人の魔女も、以前に出会ったアーサー達も、皆、今年度で十六歳だった。
そして、アビゲイルの定住地「キュレネ」の魔女も皆今年度で十六歳だという。
まだ、断定は出来ない。もしかしたら次に会う魔女こそ、十六歳ではないかもしれない。
だが、ほぼ間違いなく、偶然ではない。
「随分顔が広いのね。大したものだわ」
「そうでしょ? 魔女達の隠れ家同士のネットワークの作成にも勤しんでるのよ。私の知る限り、キュレネは世界で最も大きい魔女達による組織だわ」
「よくもまぁ自分でそこまで言えるものだわ」
突っかかるアリスに対し、アビゲイルはさも当然、というように発言し、その発言にアリスは呆れる。
「あら、自分達の組織なのよ。他ならぬ自分達が誇らなくてどうするの?」
「まぁ、その意見には賛成ね」
「エレナ……」
アリスの呆れ顔に心外だわ、とアビゲイルが反論すると、エレナがそれに同意する。
まだアビゲイルを信用していないアリスにとって、エレナがアビゲイルに賛同することは少なからずショックらしい。
「そ、そんなことより、やっとまともな人里で休憩できますよ、よかったですね。シーワオアシス? には何があるんでしょう」
沈黙が場を支配しそうになったところ、空気を変えよう、とジャンヌが言葉を発する。
「基本的に
「あはは……また、デーツなんですね」
が、再び微妙な沈黙に包まれる。ここまで彼らは散々デーツを食べてきたので、それが特産品と言われてもあまり嬉しくない。
「とりあえず、私たちで貸し切ってる家が一つあるからそこに行きましょ」
そういうとアビゲイルは、町の中を慣れた足取りで歩いて、ある建物の中にまで案内してくれる。
「戻ったか、リーダー」
エレナ達もそれに続くと、そこに待っていたのは黒地に緑の格子模様のマントを身に纏った少年だった。
「あら、ユークリッド、もうついていたのね」
「レディを待たせないのもマナーの一つかと思ってね」
そう言いながら、ユークリッドと呼ばれた少年はエレナ達に向き直る。
「お初にお目にかかります。私は魔女エウクレイデス。普段はユークリッドと呼ばれています。どうぞ、お見知り置きを」
「えぇ、よろしく、ユークリッド」
「私が彼女たちとひとまずクレオパトラ鉱泉で水浴みをして疲れを癒やしてから貴方と合うというプランでいたことを知らないわけじゃないわよね。男の貴方がいたら安心して水浴み出来ないじゃない」
ユークリッドとエレナが言葉を交わしたのを確認した後、アビゲイルが文句を言う。
「その件ですが、
その言葉にユークリッドは頷きながら、努めて冷静に反論する。
「……それは厄介ね……。このシーワにも警戒の手が伸びてきてもおかしくないわ。良い判断ね、ユークリッド。みんな、悪いけど休憩はなしで、このまま進みましょう」
「水筒だけ全員分用意しておきました。一人一つ、お持ち下さい」
「気が利くのね、ユークリッド、ありがとう」
エレナが代表してお礼を言い、どんな魔法なのか空中に浮かんでいる水筒を三つ受け取り、二つをアリスとジャンヌに配る。
「でも、どうするのよ。その「キュレネ」とやらの周りに魔女狩りの連中がいるなら、迂闊に接近するのは自殺行為じゃない」
「その通り。けれど、残念ながらそもそも「キュレネ」には地続きの道ではたどり着けないの」
アリスの疑問に、アビゲイルは勝ち気な笑みを浮かべてそう告げる。
「それって、どういう……」
「ユークリッド」
「はい」
アリスが続きの疑問を告げるより早く、ユークリッドが指を鳴らす。
直後、一行は見慣れない黒字に緑の線で描かれた格子模様の壁で構成される世界にいた。
「な、ここは!?」
驚愕し周囲を見渡すアリス。ジャンヌもビクビクしながら周囲を見渡し、エレナは興味深く、壁に触れている。
「ユークリッド空間、と私達は呼んでいるわ。「空間」の魔女たるユークリッドが形成する普段の空間とほんの少し離れた空間ね」
「神秘レイヤーにより近い場所ってことかしら、興味深いわ」
アビゲイルの説明を興味深く聞くエレナ。
「あなた、結構魔法のメカニズムに詳しいのね、エレナ」
「昔、ネットの魔女仲間に詳しい人がいてね。サニーってハンドルネームだったかしら。その子に色々聞いたのよ」
その反応を興味深く思い尋ねるアビゲイルにエレナは平然と答えた。
「サニー……。それらしき人は「キュレネ」にはいなさそうね……」
「えぇ、イギリス在住って言ってたもの。ちなみに、神秘についてはアリスも詳しいわよ。私も最近知ったのだけど、統一政府と魔女狩りがなければ、一神教系の神秘組織に所属するはずだったらしいわ。この前なんて、御使い本人に会っちゃったんだから」
「一神教系の神秘組織? テンプル騎士団? ……いえ、御使いに会ったということは、まさか、インクィジターの咎人ってこと?」
エレナの発言にアビゲイルが少し驚く。
「そ。ま、私のことはいいでしょ。こっちの手札は晒したんだから、そっちも色々教えなさいよ。さっき喋ってた
アリスはアビゲイルの驚愕をなんてことないように受け止め、機先を制するように質問を投げかける。
「……、いいわ、どうせ歩くだけだし、隠すことでもないしね。とりあえず、通路を進みながら話しましょう」
アビゲイルは機先を制された事をやや不快に思い表情を歪めつつ、一行を先に進むように促す。
「まず、
「
アビゲイルの説明にアリスが憤る。
「そう。それで、
「本当に信用して大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったら、今頃「キュレネ」はやられてる。それに、
「……」
「アンジェ・キサラギの方は? 察するにあなたとムサシが助けに現れてくれたあの女の人のことよね?」
アリスが未だに相手を信用できず、黙り込んでしまったのを見かねて、エレナが質問を重ねる。
「アンジェ・キサラギ。魔女狩りの上位組織である神秘根絶委員会の幹部戦闘員」
「神秘根絶委員会?」
「えぇ。魔女狩りは魔女を狩る仕事だけど、神秘根絶委員会は魔女以外、魔術師や神秘を使う討魔師を刈り取るための組織。その中でもトップクラスの戦闘力を持つのがアンジェ・キサラギ。彼女に目をつけられれば、逃げることは難しい」
「うむ、かなりの手練でござった。正直、今でも生きているのが不思議でござる」
アビゲイルの言葉に殿を務めるムサシが頷く。
「彼女の持つ特殊能力「退魔の力」が魔女の魔法には効かない事を幸運に思うしか無いわね。あれは殆どのあらゆる神秘を消し去ってしまえるらしいわ。なんでこんなところにいたのかしら」
アビゲイルの疑問に、より強くアリスが押し黙る。
その理由にアリスは心当たりがあった。
自分達を足止めするために力を振り絞ったサリこと《
それがいとも簡単にやられてしまった。
あの女、アンジェ・キサラギはおそらくサリを殺しにやってきたのだ。
「その女は今どこに?」
「
「そう」
怒りを押し殺した低い声で尋ねるアリスに、アリスの心境など知らないアビゲイルはユークリッドに視線をやり、ユークリッドが頷いて答える。
アリスはその言葉にやはり低い声で頷いた。
◆ ◆ ◆
一方その頃、神秘根絶委員会の資料室に、忍び込んだ男が一人。
「こ、これは……。表向きに発表されている事実とは全く異なる……」
男の名はメドラウド二世。エレナ達三人から疑念を植え付けられ、資料を漁った彼は資料の節々に見られる僅かな矛盾に疑問を懐き、遂に構成員以外には入ってはいけない決まりとなっている神秘根絶委員会の資料室に侵入していた。
そこに書かれた資料は表向きに書かれた事実とは全く異なる、神秘根絶委員会と魔女狩りが間違いなく「神秘を根絶するためだけに」組織され活動させられているという事実だった。
テンプル騎士団の壊滅などはその辺りが明白で、表向きは科学信仰を推し進める統一政府に対しテロを起こしたからとされていたが、神秘根絶委員会の資料では、むしろ再び自分達の出番が訪れるまで地下に潜ろうとしたところを、神秘根絶委員会が襲撃したことになっている。それどころか、要注意組織であるため最優先で壊滅させるべし、とのお達しまで来ている。
更に興味深いのは。
(この指示書、科学統一政府のそれではない……?)
そこに記された灰色の指示書と灰色のインクのサインはどちらも科学統一政府官公庁のそれではない。
ここから導き出されるのは。
(神秘根絶委員会は科学統一政府からの指示で動いているわけではないのか?)
あるいは科学統一政府の秘密組織という可能性もあるが、少なくとも公の組織、部門から出された指示ではないものに従っていることは明らかだ。
ふと、背後から足音がする。
「あなたも、これを知った上で従っているというのですか、アンジェ・キサラギ!」
メドラウド二世はその足音に振り向かずに問いかける。
「足音だけで聞き分けるとは、さすが、旧リチャード騎士団の筆頭騎士です」
冷たい女性の声。
「ですが、立入禁止の書庫に立ち入るというのは、筆頭騎士としては素行に問題があるようですね」
メドラウド二世の背中に殺気が突き刺さる。
「私の父上は言いました。騎士としての誓いを守るためなら、騎士としての振る舞いは二の次でも構わない、と」
メドラウド二世は一気に振り返ると同時に手に持っていた資料を投擲。そのまま一気に窓に向けて駆け出す。
「っ!」
まっすぐアンジェの視界を覆うように飛んできた資料を、しかしアンジェは腰に下げている日本刀を居合の要領で抜刀し、両断する。
一瞬の時間稼ぎ、しかし、その間にメドラウド二世は既に窓まで接近している。
――まさか神秘兵装を携行してくるとは想定外でしたが、窓まで辿り着いた以上こちらの勝ちです。
「残念ですがそうは行きません」
だが、メドラウド二世の想定を上回る事態が発生する。窓に飛び込もうとしたメドラウド二世の前で、突如雨戸として使われているシャッターが降り、メドラウド二世は窓こそ突き破ったものの、シャッターにぶつかって止められてしまう。
「私が刀を抜いた時点で、セキュリティが全てONになるように仕込んでおきました。貴方に逃げ場はありません」
「いいえ、貴方の背後に、まだあります」
「ほう、私を抜ける、と?」
アンジェは刀を中段に構える。その構えはやや刀身を右に傾ける平青眼。
「リチャード騎士団の筆頭騎士を舐めないでいただこう!」
メドラウド二世は背中に固定していた伸縮する携行タイプのトゥクルの槍を取り出し、一気に駆け出す。
駆け出しながら槍を大きく振るい、その柄を最大まで伸ばす。
日本刀と槍がぶつかり合う。
「汎ゆる神秘は根絶するはずでは? なぜ破棄されていないのです?」
「私とて破棄してしまいたかったですが、敵を侮らず戦うため必要な時は持ち出せるようにと言うのが彼らからの指示でしたから」
メドラウド二世は槍を捻り、アンジェの刀を奪い取ろうと動くが、それより早くアンジェが後方に下がり、下段に構えてこちらを見据える。
「私は刀を抜くに相応しい相手と見做していただいたと言うことですね」
メドラウド二世は臆さず踏み込み、槍を突き出す。
武器の効果範囲では槍が有利。その有効範囲ギリギリでメドラウド二世は鋭い突きを連続して繰り出す。
しかし、アンジェもさるもの。その突きを全てその刀で以ていなす。
「そんな消極的な攻めで私を倒せるとでも?」
「私一人では、難しいかもしれませんね」
メドラウド二世がニヤリ、と笑う。
アンジェは自分の意識がメドラウド二世の槍に集中していた事に気付き、不意打ちを警戒して一気に後方に飛び下がる。
飛び下がった位置に降ろされたシャッターを貫通して炎を纏った弾丸が飛来する。
「妖精銃!? 人工妖精はもはや使えないはず……」
「そうですね、彼女以外にはもはやあの武器は使えません。念の為、古い伝手を頼ってコンタクトして正解でした」
「音に聞く妖精使いのフェアですか。……やはり、アケメネス・ホラを滅ぼし損ねたのは失敗だったようです。ですが……」
続いて貫通したシャッターの穴から飛んで曲線を描く軌道でアンジェに迫る第二射をアンジェは刀で切り払う。
しかし、その隙を逃さず、メドラウド二世は穴の空いたシャッターに向けて走る。
「そうはさせません」
アンジェが腰から
「っ」
メドラウド二世は咄嗟に足を踏ん張ってブレーキをかけてこれを回避する。
「鎧を着て来なかったのは失敗でしたね」
「ガシャガシャ煩い鎧を着たままでは潜入なんてままなりませんからね」
そして、足止めされた僅かな隙にアンジェはパルクールを駆使して机の上を軽々と乗り越えてメドラウド二世の前へと回り込む。
「おや、いいんですか? そんなところに陣取っていては背後からフェアが撃ち放題ですよ?」
「そうですね……、ですから……」
アンジェが一歩後方に下がり、霞の構えを取る。
――決めに来るか!
メドラウド二世は両手で槍を構えて出方を見る。
「無明剣! 三段突きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
一気にアンジェが踏み込む。
一息のうちに三度、刀が突き出される。
――っ! 追い切れない!?
メドラウド二世は放たれた最初の突き、即ち、頭への一撃を防ぎ、その後、なんとか喉への一撃を防いだ。だが、それに続く鳩尾への突きに対欧出来ない。
咄嗟にメドラウドは右に飛んでこの突きを回避するが、平青眼に構えるアンジェの刀は突きが外れてもそこから斬撃が繰り出される。
咄嗟にメドラウド二世はトゥクルの槍でこれを防ぐが防ぎきれず、弾き飛ばされる。
「私の勝ちです」
電撃を纏う援護射撃が飛んでくるが、アンジェはこれを振り向きもせず刀で以て切り払う。
「っ今!」
今、アンジェは攻撃のために刀を背後に回した。今がチャンス。
メドラウド二世は拳を握り、アンジェに殴りかかる。
「『エス』、左手を預けます」
だが、メドラウド二世の拳はアンジェの左手で受け止められ、そして。
「なっ、なんだこれは……生命力が……吸収される……!?」
メドラウド二世の表情が驚愕に染まる。力が抜け、思わず膝から崩れ落ちる。
――馬鹿な、このアンジェという女性はどれだけの手札を持っているというのだ。
メドラウド二世とて、アンジェ・キサラギの事は噂には聞いていた。トップクラスの戦闘力を持つ戦闘員だ、という話は。
だが、あまりに持っている手札が多すぎる。
噂に聞く神秘を分解するという白い光もまだ見せていない。
「そちらの手札が終わりなら、あとはこちらの勝ちです」
アンジェが右手で刀をメドラウド二世の首に突きつける。
――万事休す、か。……ならダメ元で。
メドラウド二世は諦めが悪い。よって、それを唱えた。
「
その
不意打ち故か、魔術を分解する白い光は使われなかった。
「
驚愕しながらも、アンジェは空中で姿勢を立て直し、デリンジャーを構えてメドラウド二世を狙う。
「凡魔術はもはや使えないはず……。そうか、超越者・英国の魔女! あなた、どこまで彼らと繋がって……」
その言葉に答えはなく。
メドラウド二世は素早く先ほどから援護射撃が飛んできていたシャッターの方へと駆け出す。
メドラウド二世が窓に向けて身を投げ出す。
直後、シャッターが激しい爆発で吹き飛び、窓を突き破ったメドラウド二世がその向こう側へ落ちていく。
アンジェは生かしては返さない、とばかりにデリンジャーを発砲するが、その弾丸は曲線を描いて飛ぶ援護射撃により迎撃される。
アンジェは慌ててメドラウド二世が飛び降りた先を確認するが、いかなる神秘で身を隠したのか、そこには誰もいなかった。
「通達。神秘使い二名が敷地内に侵入。現在逃走中。直ちに全施設を封鎖。及び外部と連携し、検問を実施せよ」
アンジェは素早くオーグギアで敷地内の全戦闘員に通達を出し、自身もまた、追撃のために窓から飛び降りるのだった。
◆ ◆ ◆
「さぁ、ついたわ。ここが、「キュレネ」よ」
ユークリッド空間が解除され、日差しと青空が一行を出迎える。
「わぁ、なんて見事なアクロポリス……」
そこから見えたのは、丘の上に築かれた見事な都市だった。
「この街はドーム上のユークリッド空間で隔絶されているの。だから、魔女狩りは入ってこれない。私達魔女による。魔女だけの安全な隠れ家よ」
自慢げにアビゲイルが胸を張る。
「改めて、エレナ御一行様。ようこそ、「キュレネ」へ。私達はあなた方を歓迎します」
アビゲイルがお辞儀すると、ムサシとユークリッドがそれに続く。
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