三人の魔女 第19章
ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。
しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。
その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。
なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。
コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、
しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。
またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは
絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。
タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?
海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。
その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。
不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。
アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。
アリスがいると目される町、ビラウに辿り着いた二人だったが、そこは既に魔女狩りに包囲されていた。
アリスは魔女狩りに追い詰められ、死を覚悟していたが、そこに彼女と縁のある御使い・
そこに車に乗って助けに現れたのはエレナとジャンヌの二人。エレナはヘッドホンをアリスに手渡し謝罪。ここに三人の魔女は再集結したのだった。
一方、御使いの出現という緊急事態に、新たな異端審問官が動員されようとしていた。
元リチャード騎士団筆頭騎士・メドラウド二世が三人の魔女を追い詰める。サリエルは自身を囮とすることで、三人を逃がそうとするが、メドラウド二世はそれを許さない。
しかし、エレナとアリスの「魔女狩りは正義なのか」という問いかけにメドラウド二世の剣は揺らぐ。結局その場は見逃してもらうことが出来たのだった。
その頃、囮となっていたサリエルは凡百の魔女狩りを殲滅し、優秀な部下二人も殺そうとしていた。そこに現れたのは白い粒子を操る黒髪長髪の女性。彼女は人間離れした身体能力で化け物と化したサリエルを撃破した。
サハラ砂漠に入った三人は、そこでプレッパーと呼ばれる反統一政府の人々と知り合う。
ところが、彼らの中にも意識の差があり、三人の居場所が魔女狩りに知られてしまう。急いで逃げようとする一行の前に現れるのはサリエルを下した黒髪長髪の女性だった。
そこに助けに現れたのは不可視の剣を操る魔女ムサシ。
戦闘力の高いムサシの攻撃に黒髪長髪の女性は少しの間苦戦するが、すぐに形勢は黒髪長髪の女性に有利な形に逆転する。
しかし、黒髪長髪の女性必殺の三段突きを前に、魔女達が黒髪長髪の女性の視界から消える。
もうひとりの助けに現れた魔女アビゲイルの力だった。
魔女アビゲイルは三人のことを知っており、定住地を持っているから来るようにと促す。
アビゲイルに案内された一行は「空間」の魔女エウクレイデスことユークリッドの作り出した「ユークリッド空間」を通り、彼らの定住地へと向かう。
その頃、三人の魔女からの言葉に疑念を抱き、神秘根絶委員会の資料室に忍び込んだメドラウド二世はついに、魔女狩りが神秘を例外なく刈り取る組織であると知る。
そこに現れたアンジェ・キサラギと交戦するメドラウド二世は事前に協力を取り付けておいた二人の協力者、妖精使い・フェアと超越者・英国の魔女の協力を得て、脱出に成功する。
その戦いが終わった頃、ついに一行はユークリッド空間抜け、アビゲイル達の定住地「キュレネ」へとたどり着いた。
そこはドーム上のユークリッド空間で隔絶された安全地帯、丘の上に築かれた見事な都市だった。
「キュレネ」に到着し、一晩を暖かいシャワーとフカフカのベッドでゆっくり休んだ三人は、充実した朝ごはんを食べ、久しぶりに素晴らしい一日の始まりを味わった。
しかし、少しずつ「キュレネ」への疑問を覚えるエレナ、アビゲイルを信用出来ないアリス、「キュレネ」に居住を望むジャンヌ、と三人の思想にはずれが生じ始めていた。
「それじゃあ、紹介するわね、三人とも。彼女が日本の埠頭であなたを助けた魔女、ソーリアよ」
町中の食事処に集められた三人にアビゲイルが既に席に座っている小柄なツインテールの金髪少女を示す。
「あなたがソーリアね! あの時は助けてくれてありがとう」
エレナがソーリアに歩み寄る。
「え、あ、う、うん。えーっと、エレナ、だよね?」
「あら、私達の名前も知ってるの?」
「うん。プラトが言ってた」
エレナの微笑みにソーリアが頷く。
「プラトって言うのは?」
アリスがそこに質問をする形で会話に加わる。
「その子が一緒に旅していた仲間だそうよ。けど、喧嘩しちゃったみたい」
「喧嘩なんてもんじゃないよ! 向こうがいきなり攻撃してきて! それに文句言ったら、向こうはボクが先に攻撃したなんて言いがかりをつけてくるんだよ! その上、何度もボクを殺しに来て……!」
やっと、この「キュレネ」に来て安心だよ。とソーリアが呟く。
その発言にアリスは疑問を覚える。
「ねぇ、ソーリア、その時の話、もう少し詳しく……」
より詳しく話を聞こうとソーリアに歩む寄るアリス。
「まぁ、そんなこといいじゃない、せっかく食事処に来たんだし、食事にしましょう」
そのアリスの耳にそんなエレナの言葉が届く。
「え?」
今のソーリアの説明に何も引っかからないの? とアリスがエレナを見る。
「どうしたの? 私、なにか変なこと言った?」
そのアリスの怪訝な表情にエレナが首を傾げる。
「エレナさんの言う通りですよ。ずっと立ち話も変ですし」
そのやり取りの最中、今度はそんなジャンヌの声がアリスの耳に届く。
「ジャンヌ?」
アリスは困惑したようにジャンヌの方を見る。疑問を覚えているのは自分だけ?
「ま、とりあえず、食事にしましょう。ここはニコの食堂と違って、ここは普通に調理をするから、時間もかかるわ。早いところ注文しないと食べられるようになるまで時間もかかるわよ」
そこにアビゲイルが全員に聞こえるように言う。
「アビゲイルの言う通りね」
エレナがその言葉に頷き、ソーリアの向かいに座り、そこにジャンヌが続く。
「そ、そうね……」
アリスは突然、他の二人との距離を感じつつ、ジャンヌに続いて席につく。
「ソーリア、隣に座らせてもらうわよ」
「うん、いいよ」
アビゲイルがソーリアの隣に座る。
そして、店員がメニューを持ってきたのをアビゲイルが受け取る。
「ありがとう」
アビゲイルが店員にお礼を言う。
「ねぇ、あなたはどんな魔女なの?」
興味深そうにエレナが問いかける。
「いえ、私は二等魔女なので……」
エレナの問いかけに店員は申し訳無さそうに伏し目になってそそくさと去っていく。
「二等魔女? ねぇ、アビゲイル、二等魔女って……」
「そんな事良いじゃない。エレナもはやく何を頼むか決めちゃいなさい」
聞き慣れない言葉にエレナはアビゲイルへ尋ねてようとするが、それをエレナの耳に聞こえてきたアリスの言葉が止める。
「え、アリス?」
思わぬ言葉にエレナがアリスを見る。
「ん? どうしたの? あ、エレナもパスタ系にする?」
「え……えぇ、そうしようかしら」
が、アリスの興味は完全にメニューにあるようで、エレナの意図とは全く違った返事が返ってくる。
エレナはそれに困惑しつつ頷いた。
「じゃあ、私はかき揚げうどんにします」
エレナとアリスに挟まれたジャンヌからそんな呑気な声がエレナの耳に入ってくると、どうやらこの問題を気にしているのは自分だけらしいとエレナも理解し、メニューへ関心を移行させる。
そのエレナの様子をジャンヌが不思議そうにちらっと見たことに、エレナは気付かなかった。
注文が終わり、調理が始まると、エレナの興味は今度は調理に使っているコンロに切り替わる。
「あのコンロはどういう仕組なの? ガスなんて来てないわよね? それとも、ガスを生み出す魔女でもいるの?」
「あはは、それがいたら確かに面白いわね。けど、それだとガス管を作らなきゃいけないから大変よ」
エレナの質問にアビゲイルが笑う。
「あら、街のインフラを作るっていうのはそういうことじゃないの?」
「まぁね。でもここは魔女の街よ、もっと効率の良い方法があるのよ」
「へぇ、方法って?」
「それはねー、ボクの……むぐ」
「まだ秘密。まだあなた達はこの街の住民じゃないものね?」
アビゲイルがソーリアの口をふさいで勝ち気に笑う。
「なによ、秘密にしてなんの意味があるわけ?」
その態度にアリスが突っかかる。
「まぁまぁ、魔女が魔女狩りから隠れて生きるには色々な苦労があるのよ、警戒しすぎているように見えてもそれも仕方ないわ」
それをエレナが宥める。
「でも、魔女同士助け合うべきでしょう? だったら情報をちょっと共有してくれてもいいんじゃないの」
それでもアリスはあまり納得がいっていない様子で、そんなことをぶつぶつ呟いた。
そして、沈黙が訪れる。
「今ならいいわよね? 二等魔女って言葉について聞きたいのだけど」
ジャンヌとアリスの表情に気を遣いながら、エレナが口を開く。
「まぁ、私としてもあまりいい言葉ではないと思っているから、警戒する気持ちも分かるけど、そんな大したものじゃないわよ」
アビゲイルはその質問に勝ち気な表情を崩さずに答える。
「まず、厳密には二等魔女ってのはいなくて、一等魔女と普通の魔女がいるだけなの。それを普通の魔女が二等魔女、と卑屈になっているってだけ、そこをまず勘違いしないで欲しいわ」
と説明しているところにソーリアの注文した炒飯と餃子が届く。ソーリアはそれにかかりきりになり、話に加わらなくなった。
「なるほど。その話だけ聞くとやっぱり、魔女と魔女の間に扱いの差があるっていう問題がある状態に変わりはない気はするけど、どうしてそんなことになっているの?」
エレナはふふッと笑ってから、話を戻す。
「有用な魔法だけを重点的に使用するためよ。そうでないと、あまり多くの魔法が同時に使われれば、神秘根絶委員会に発見される」
「魔法の使用って検知できるものなんですか?」
アビゲイルの説明にジャンヌが問いかける。
「えぇ。魔法の行使は神秘レイヤーを書き換えることで行うわけだけど、近い場所でそれが頻発すれば、神秘根絶委員会になら発見出来る」
「なるほど、連中、神秘レイヤーの歪みを検知出来るのね。本来、魔法は魔術より神秘レイヤーに起こす歪みが少ないはずだけど、重なれば流石に無視できないものになる、と」
その言葉にアリスが納得したように頷く。三人の中で神秘に最も詳しいのはアリスなので、アリスが納得しているという事実には一定の説得力があった。
「それって、神秘じゃないんですか?」
「えぇ、科学技術による神秘レイヤーの観測は科学統一政府発足のかなり初期の頃に実現してるわ」
「へぇ……」
ジャンヌの疑問にアリスが答える。
「連中は本気で神秘を根絶するつもりよ、神秘根絶委員会には神秘を用いるものも少数いるけど、その少数は最終的には自害する覚悟をしている。だから神秘を根絶するための技術の開発には余念がないわ」
その言葉にアビゲイルが補足する。
「自害してまで……神秘を滅ぼしたいんですね」
ジャンヌが信じられない、といった風に声を吐き出す。
「えぇ。それほどまでに神秘を憎んでいる。それが連中よ」
残念なことだわ、とアビゲイルが首を横に振る。
「話を戻していいかしら? まとめると、この「キュレネ」では自由に魔法を使えるのは一等魔女だけってこと?」
「それは違うよ、エレナ。一等魔女も決められた場所と状況以外では基本的に魔法を使うのは禁止なんだ」
エレナの発言に、ちょっとつまらなさそうにソーリアが言う。
「えぇ。そもそも魔法で何かをされると魔法を使ったことまでは分かっても、それがなんなのかまでは分からないからね。魔法による犯罪を防ぐためにも魔法は一律禁止とするのが早いのよ」
「そう……そうなのね……」
エレナはその言葉を複雑そうな顔で受け止め、やや呻くように言葉を絞り出した。
「ま、魔女狩りからこの規模の街をまるごと守ろうって言うんだもの。仕方ない部分はあるんじゃない?」
下を向くエレナの耳にそんなアリスの声が聞こえてくる。
「そ……」
エレナにとっては衝撃的なアリスのその言葉にエレナは思わず反論しようと口を開くが。
「はい、おまたせしました」
そこにエレナとアリスの注文した料理が届いたことで会話が中断される。
「へぇ、このフィットツィーネ、なかなか美味しそうじゃない。いただきます」
アリスはすぐさまそのパスタを食べ始める。
エレナは一瞬悩んだ末、自分もパスタを食べることにした。
その後はジャンヌの頼んだうどん、アビゲイルの頼んだイタリアンピザ、と届き、一同の間で会話が消える。
それから食事も終わり、アビゲイルは解散宣言を出す。
「今日はこの後は街を見て回ってくれて構わないわ。私が案内するから、思う存分、「キュレネ」の素晴らしさを知ってちょうだい」
自分の偉業を誇るように、アビゲイルが勝気な笑みを浮かべてそう言う。
「へぇ、いよいよ街を見せてもらえるってわけね。いいじゃない、行きましょ、エレナ」
「いや……私はなんだか疲れちゃった、アビゲイル、部屋に戻ってもいいかしら?」
街を見て回れると知って嬉しそうにするアリス、だが対照的にエレナは首を横に振る。
「あら、今になって旅の疲れが出てきちゃった? いいわ、ムサシを呼ぶから待って、政庁まで送らせる」
「一人で帰れるわ」
「そうはいかないわ、迷子になったら困るでしょう?」
アビゲイルの提案にエレナは難色を示すが、アビゲイルはそれを受け入れず、マジックフォンを取り出して連絡をとり始める。
「まぁ、仕方ないわ、アビゲイルとしても大人しく帰るふりをして変なところを見に行かれたら都合が悪いんでしょう」
そんなアビゲイルを庇うようなアリスの声がエレナの耳に聞こえてくる。
「……そうね」
エレナはアリスがアビゲイルの秘密主義を庇うことを意外に思い、ややショックを受けつつ頷く。
「変なところなんてないけれど、まぁ立ち入り禁止の重要区画に迷い込まれたりしたらちょっと困るのは確かね。それは普通の街でも同じでしょ?」
「それは確かにそうね」
連絡を終えたアビゲイルが反論し、エレナがそれに頷く。エレナとアビゲイルは思想が違うが、今アビゲイルが反論した部分はエレナの思想にも合致する部分だった。
やがて、ムサシが迎えにきて、エレナが政庁へと帰る。
「じゃあボクもそろそろ帰ろっかなー」
「あ、それなら、ソーリアの住んでる家を見てみたいわ」
ソーリアがそう言うと、アリスがそこに話を持ち込む。
「ジャンヌも気になるでしょ? ここに住むなら自分の後の住処になるかもしれないんだし」
「確かにそうですね、いいですか、アビゲイルさん」
「構わないわよ。じゃあ、行きましょうか」
それから時間が経って夜、エレナの居室。インターホンの音が鳴る。
「んん……、誰……?」
エレナはそう小さい声で呟きながら体を起こす。
疲れた、と言うのは建前で、単にアビゲイルの
目をこすりながら体を起こす。
ドアに近づき、扉を開けると、エレナにはジャンヌが立っているのが見えた。
「あら、ジャンヌ。街の案内は終わったの?」
「何を言ってるんですが、もう10時すぎですよ、晩御飯にも来ないで何してたんですか?」
聞こえてくるジャンヌの言葉にエレナは時計を見て、その言葉が正しいと知る。思ったよりガッツリと眠ってしまっていたようだ。
「ごめんなさい、ちょっと寝てて……。今、インターホンで起きたところなの」
「ずっとですか? よっぽど疲れてたんですね」
エレナの言い分にジャンヌが納得したように頷く様子がエレナの視界に映る。
「それで、どうしたの?」
「いえ、実は、私、この「キュレネ」に住むのを正式に決定しようと思って。さっき、アリスさんにも挨拶してきたところなんです」
エレナの問いかけに、そんな言葉が聞こえてくる。
「あぁ、そうなの」
「はい。アリスさんもここに住むのに乗り気な様子でしたし、エレナさんはどうされる予定なんですか?」
聞こえてくる言葉に、エレナは内心ショックを受ける。そうか、アリスも乗り気なのか、と。
「ごめんなさい、ずっと寝てたのもあって、まだ決めてないわ。ともかく、ジャンヌはここに留まるのね。これまでの旅、お疲れ様。幸せを掴めるといいわね」
「何を言ってるんですか、こここそが理想郷ですよ、魔女狩りに追われずに済むだけで幸せです」
エレナの言葉にジャンヌが笑うのがエレナの視界に映る。
「そうね、私ももう少し考えてみるわ」
「それがいいですよ、こんな理想郷、そうそうないですから」
その言葉がエレナに耳に入り、そして、ジャンヌが歩き去っていくのがエレナの視界に映っていた。
エレナは呆然とそれを見つめ続け、やがてエレナの視界からジャンヌが消えたタイミングで、扉を閉じた。
「そっか、ジャンヌはここに留まる。アリスもそれに乗り気、か」
エレナは椅子に座り込み、ふぅとため息を吐く。
「なら……私は……」
それからしばらくして、アリスの居室。インターホンが鳴る。
「もう、寝ようと思ってたのに、誰……?」
扉を開けると、アリスにはエレナが立っているのが見えた。
「エレナ? どうしたの、こんな時間に」
「あぁ、大したことじゃないんだけど……」
そんな悩んでいるようなエレナの声がアリスの耳に届く。
「私もこの街に住むことにしたわ」
「えっ」
続いてアリスの耳に聞こえてくるエレナの言葉はアリスにとって意外極まる言葉だった。
「えぇ、もちろんよ。ここ以上の理想郷なんて簡単には望めない。ここで妥協するのも一つだと思うの」
「……そう、分かったわ。私はもうちょっと考えてみる」
アリスは頷く。
「えぇ、それがいいと思うわ。じゃあ、またね」
エレナもそれに頷き返し、そして立ち去っていくのがアリスの視界に映る。
アリスはそれを最後まで見つめることなく、扉を閉めた。
「理想郷、ね」
アリスはそんな言葉を呟いた。
それからしばらくして、ジャンヌの居室。インターホンが鳴る。
真夜中。誰もいない市街をひた走る女性。
月光を反射する美しい金髪は周りに人さえいれば100人がいて100人が振り返ったことだろう。
辿り着いたのは昼ごはんを食べた食事処。もう真夜中ゆえ、誰もおらず、窓から盛れる灯りは一つも無く、当然、入り口も鍵がかかっている。
アリスはポケットから古びたおもちゃの鍵を取り出し、マザーグースを謳う。
「
歌に呼応して、鍵が煌めき始める。
「
アリスは明らかにサイズの合っていない煌めく古びたおもちゃの鍵を鍵穴に突き立てると、煌めく鍵が鍵穴に吸い込まれていく。
鍵を回すと、施錠が外れ、扉が開く。
アリスが内部に侵入し、向かったのはキッチン。
「さて、どんな仕組みなのかしら……」
コンロの五徳を取り外し、その奥を見る。
その奥に嵌め込まれていたのはオレンジ色に輝く結晶体。
「これ……まさか、魔法結晶……」
「そこまでにしてください、アリスさん」
直後、アリスを囲うように壁が出現するのがアリスの視界に映る。同時にアリスの耳に聞こえてきた声はジャンヌのもの。アリスは声の主人を探して周囲を見回すと、いた。
アリスの視界にジャンヌが良く作るレンガの壁を背にジャンヌが立っているのが映る。
「なんのつもり、ジャンヌ」
「「キュレネ」を詮索するのはやめてください」
精一杯の勇気を出した、と言う風にジャンヌが振る舞うのがアリスに見える。同時にやはりそんな調子の声が聞こえてくる。
「どう言うこと?」
アリスは務めて冷静に尋ねる。
「私、「キュレネ」に住むことにしたんです。それなのに私と一緒に街に入ったお二人が「キュレネ」のルールを破るようだと、私の居住も許可されないかもしれない。だから余計な詮索はやめて欲しいんです」
ジャンヌの必死な声がアリスの耳に届く。
「そう、言いたい事は分かったわ。でも、断らせてもらうわね!」
アリスは拳を握り、ジャンヌがいると見える場所に向かって駆け出す。
今ここに、三人は決裂してしまうのだろうか。
to be continued…
「三人の魔女 第19章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。
「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。