三人の魔女 第10章「夢の魔法」
ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。
しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。
その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。
なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。
コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、
しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。
またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは
絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。
タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?
海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。
その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
エレナとジャンヌが顔を見合わせていた。
時間は夜。テントに横並びの寝袋のうち、一番左の寝袋だけが空っぽだった。
「外に出て行きましたね……」
「ちょっと覗いてみるわ」
エレナが出来るだけ音を立てないように寝袋から出る。
そっとテントの入り口に手をかけ、外を覗く。
「どうですか?」
「とっくに消えてる焚火跡をずっと眺めてるわ」
エレナの視線の先にいるのは、1週間前のように目の下に隈を浮かべたアリスだった。
「時々目が覚めたときにアリスがいない事があるから、テントの外に出てることは知ってたけど。まさか寝る努力すらせず、私達が寝ると同時に外に出るなんて……」
二人はアリスが寝ないのは寝床の問題だと考えていた。それにしてはソマリアに来るまでは眠れていたのが不思議だが、それについても暫くは我慢できてたけど我慢の限界を超えたのだ、と思っていた。
しかし実際には一晩ホテルのベッドで寝てもらい、気分を一新してなお、アリスは眠らなかった。それがとうとう今日で一週間になる、ということで、実際アリスがどれくらい寝てるのかを寝たふりをすることで試そうとしたのだ。
全く寝ていなかった。エレナとアリスの二人が眠りについたのを確認すると同時に寝袋から出て、テントから出て……。
「けど、ずっとうつらうつらしてるのよ……。眠いはずよ。なんでこんなことを?」
「何か眠りたくない理由があるとか、でしょうか? 嫌な夢を見るとか」
「確かに、あの子は「夢」の魔女、あの子の夢は常人とは違う可能性が高いけど……。けど、それならなんで今? これまではどうして問題なかったの?」
「流石にそこまでは分かりませんけど……」
「けど、そうね。何か違和感があるわ。ソマリア以前と以後で何かささやかな事だけど違いがあるような……」
しかし、考えても分からない二人はそのまま首を傾げ続けるのだった。
「あら、流石に我慢の限界を超えて眠りについたみたいね。毛布だけかけてそっとしておいてあげましょう」
エレナがテントを出て毛布をかける。
そして、テントに入り、寝袋に入ろうとしたその時、それはテントの中に飛び込んできた。
「あの目玉!」
「危ない!」
エレナがジャンヌを突き飛ばす。テントに突入してきた目玉の他に、外からビームを放とうとしていた目玉がいたのだ。
ジャンヌのいた場所をビームが通過し、テントを焼く。
「まずい。テントを捨てて逃げるわよ」
言うがはやいか、エレナは3人のバックパックを引っ掴んで走る。ジャンヌも頷いてそれに続く。
「ジャンヌ、アリスを!」
「えっ、わっ、わかりました!」
ジャンヌがアリスを背負おうとするが、人間というのは当然背負うのには最適化されていないし、ジャンヌは背負い慣れていない。ましてアリスの意識はない。ジャンヌには困難なようだった。
「仕方ないわね。じゃ、ジャンヌ、パックパックをよろしく!」
パックパックをその場に下ろしてアリスに駆け寄る。
目玉がエレナの方に向いて魔法陣を展開する。
「
土星のフィルムケースを開ける。土星のリングがエレナの周囲に現れ、そして回転する。本来はやはり演出用のものだったが、エネルギーを回転で巻き取って逸らすという副次効果があるのを確認している。
ビームが放たれる。土星のリングがそれを自転方向、右から左に逸らしていく。
「一つじゃ厳しいか」
もう一つ土星のカメラフィルムを開ける。
すると、先のリングが斜めに変化し、もう一つのリングがその斜めのリングとクロスする形で出現する。
同じようにビームも左斜め上と左斜め下に分散する。
――二つあれば逸らせる!
土星のエネルギーはこのようにリングを重ねていくパフォーマンスを想定していたのでストックは多い。とは言っても、実際に持って来たのは僅か4つ。つまり、残りは2つに過ぎないが。
「アリス、確保! 走るわよ! ジャンヌは耐熱性の高い壁を!」
「そ、そんなこと言われてもわかりませんよー」
「キッチンの壁を思い浮かべて! キッチンタイルはだいたい耐熱性が高いわ!」
「は、はい!」
巨大な壁が出現する。が、見た目だけ真似たに過ぎないそれに耐熱性など付随したりはしない。
「破られた!」
壁が赤く染まり、砕けて穴へと変化する。
「なら、ばらばらに壁をたくさん作って!」
「分かりました!」
目玉の動きには一定の癖がある。一つ、敵に向けて一直線に飛行すること。二つ、射程内の目標が見えていない限り射撃してこない。二個目が重要で、壁があってもその向こうを透視できる訳ではないと言うことだ。なので、壁を展開しながら逃げれば逃げることは可能だ。
「エレナさん、この先、町ですよ」
そこは、ジプチという国のガラフィという町だったが、当然、二人はそんなことを確認する暇はない。
「町に入る前になんとか撒かないと、まずいわ」
「あの、あの目玉のビームって、私の壁を壊せますけど、穴を開けるところでなくなるんです」
「なくなる……、穴を開けるところでエネルギーを使い切っちゃうって事ね。オーケー、つまり」
「はい。複数穴を開ければ!」
「大きな壁で視線を外せるって事ね。やれる?」
つまり、こういう事だ。視線が通ってなければビームを使ってこない以上。ビームを一度防げれば良い。そしてビームは壁一つを焼き切るのでエネルギーが足りなくなる。ならば、壁を二重にすれば、一度のビームで壁を壊せなくなる。
後はそれを大きく作れば、迂回に時間がかかる。しかし、それにはジャンヌの強い強い集中が必要になる。
「やります」
「よし。よく言った。
エレナが目玉の側へあえて一歩踏み出し、土星のエネルギーを解放する。
――土星のエネルギーはこれで後一つか
飛んでくるビームを逸らす。
「へっ、あ、「砲台」……?」
「これで、どう!!」
エレナの背中でアリスがぼやーっと目を覚ます。直後、ジャンヌが叫び、二重の壁が出現する。
「急いで街に走るわよ!」
急いで街に駆け込む。
「降ろして!」
「ちょ、アリス、暴れないで」
まだ、敵が迂回してくる可能性がある。後一つ角を曲がって敵の視界から逃れないと。
「降ろして!」
「ダメ、アリス。寝起きだから機嫌が悪いのは分かるけど落ち着いて」
「私は赤ちゃんじゃない。歩けるから降ろして」
そうは言ってもアリスが一番体力ないじゃない、とは言えない。余計に話が拗れるからだ。
「しょうがないわねぇ」
アリスを下ろす。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。私、あなたたちと一緒にいられない」
アリスが蝋燭を取り出し、ライターで火をつける。
「
「ア、アリス? どうしたの、突然歌い出して?」
困惑するエレナ。
「
しかしアリスは何も言わず、ただ歌い続けた。
「
歌い終わると同時に、ふっと、蝋燭の火を消す。
エレナは、自分の足がとても重くなって足を踏み出せなくなっている事に気付いた。
「ごめんなさい」
「待って、アリス!」
アリスの姿が見えなくなっていく。
◆ ◆ ◆
「ふぃー、やっと電車から降りられるよー!」
ソーリアがんーーーっと背伸びをする。
「えぇ、ヨーロッパまで、長かったわね」
ソーリアの姿をしたプラトがソーリアより先に歩き出して、周囲を見渡す。
直後、プラトは背後から敵意を感じ振り返る。プラトは見た。ソーリアが自分に向けて腕を向け、炎を収束させている。
「なっ!」
プラトは咄嗟に炎を放つ。同時にソーリアの炎も放たれ、二つは同時に相殺される。
「うわ、何すんのさ、プラト!」
「あなたこそ何するの、私が相殺しなきゃ、私が燃やされてたのよ!?」
「それはボクのセリフだよ!」
自分は相手の攻撃を相殺しただけ論争はひたすら水掛け論となった。
(なによ。悪戯のつもりだったなら素直に謝れば良いのに)
自分が後なのは明らかな以上、ソーリアが意地を張ってるだけ。プラトはそう考える。そして、口論が続くうち、さらに考えは発展する。
(なんで自分が謝らないためだけに私を責めてくる人間と行動を共にしないとならないのかしら)
「もう良いわ。私はいくわね。さようなら、ソーリア」
プラトが写真からいつものメガネの修道女のような姿に変化する。
「あっそ。じゃ、ボクもいいよ。ここまでだね。さよなら」
二人は駅を出て反対方向に歩いていく。
◆ ◆ ◆
「エレナさん、目玉が!」
目玉がついに町へ入り込んでくる。
「ジャンヌ、壁をランダムに」
「はい!」
ジャンヌが壁を生成し、逃げる。エレナは足が動けるようになってる事に気付き、続く。
しかし、悪いことと言うのは重なる。
「今のは魔法だ! 魔女だ!!」
先程のアリスの行動が通行人のオーグギアから疑義として通報され、魔女狩りが向かってきていたらしい。ジャンヌの壁生成を目撃した魔女狩りはターゲットをジャンヌに定め、槍を構える。
「きゃあっ」
ジャンヌは過去に魔女狩りに追い詰められた恐怖で壁を乱雑に生成する。
「ジャンヌ、引きこもっても仕方ないわ、逃げるのよ」
ジャンヌの手を掴み、エレナが走る。
ジャンヌも手を握られたことで勇気を得たのか、しばらくすると二人は横並びになる。
「くそ、逃さんぞ、魔女!」
魔女狩りはたった一人、振り切れるかもしれない。
左に曲がろうとすると、そこにも魔女狩りがいた。住んでのところでブレーキする。
――まずい、さっきの魔女狩りも後ろの角のそばまで来てる
と、声をかけられる。
「お嬢さん、こっちへ」
見れば、初老の男性の民家だった。
「行きましょう」
初老の男性の呼びかけに従い民家に入る。
「突き当たり左の部屋に入りなさい。棚をどけたら、地下への入り口がある。その中に入って棚を閉じなさい」
言われた通りに突き当たり左の部屋に入る。
「これでしょうか?」
ジャンヌが棚を押すと、その裏に階段が現れる。階段に入ってから振り向くと、棚の裏に取っ手がついていて、閉じられるようになっている。
「よい、っしょ」
が、力点の都合上、押すより閉じるのはかなり時間と力がいる。レールでもあれば違うのだろうが、そんなものがあればすぐにバレてしまう故、仕方ない。
「おい、お前、魔女を匿ってないか?」
「まさか。めっそうもありません」
「ふん、どうだかな。部屋を調べさせてもらう」
玄関の方から声が聞こえてくる。
「急いでー」
小声で叫びながら、力む。
最後の部屋を除いて全ての部屋を確認し終えた魔女狩りがいよいよ最後の部屋、突き当たり左の部屋の扉に手をかける。
扉が開く。
「ふむ。確かに、いないようだな」
その声を聞いて、棚の後ろのようやく棚を閉じ終えた二人は静かに息を吐いた。
「奴はもういったよ。とはいえ、外はまだ魔女狩りで一杯だからね。しばらくはうちに居なさい」
棚が開かれる。
「ありがとうございま……」
ぎくり、とする。その耳元にあるのはオーグギアだった。
「あぁ。問題ないよ。君達の姿は映ってない。それに、今は僕の声も入ってない。まぁオーグギアはしぶとくて口の動きを見るだけで声を認識するから、ガラスや金属のあるところだとまずいけどね」
「あ、この部屋にあるもの。全部卑金属で……」
言われて、エレナが気付く。
「そう言うことだ」
「改めてありがとうございます。私は成瀬
「おっと、魔女名の方で構わないよ? いや、本名を名乗りまいのなら止めないが」
「あ、では、エレナです」
「ジャ、ジャンヌです」
「うん。よろしく。僕はオラルド。オラルド・ステイトだ」
オラルドと名乗った男が椅子に座るように促す。
「お茶を入れてある。どうぞ」
「どうして、助けてくれたんですか?」
「実は僕の息子……次男が魔女でね。魔女狩りに連れて行かれてしまった。もし次に同じ境遇の追われている人間がいたら、助けようと決めていたのさ」
あの地下室も僕が自分一人で掘ったんだよ。とオラルドは笑う。
「そうだったんですか。ちなみに次男さんはなんと言う名前なんですか?」
エレナは過去に魔女達のネットワークにいた。もしかしてら知っている人かも知れなかった。
「あぁ、すまない、魔女名は知らないんだ。本名はオラルド・ステイトって言うんだけどね」
「へ?」
「はい?」
今目の前の男の名前がオラルドのはずだ。次男の名前がオラルドでは話が合わない。
「あぁ、すまない。ステイト家では、次男がオラルドという名前になる慣しなのさ。変わっているだろう?」
「えぇ、随分変わってますね」
「まぁ、そうかも知れないね」
「それ、二人で暮らしてた時どうしてたんですか?」
「ん? 僕が、
「そ、そうですか」
外から奇異に見える風習も、内では当たり前だったりするものだ。この話はこの辺にしておこう。ジャンヌとエレナは目と目で語り合って話を終えた。
「ちなみに属性は?」
「うん、確か、「音」だったよ。音楽鑑賞が好きだったね。部屋を見るかい?」
「はい、是非」
階段を上がるとすぐ次男の部屋だった。
「すごい、防音だわ」
エレナが壁を見て驚く。
「うん。この家は私の仕事の都合で引っ越してきたからね。次男が音楽が趣味なのは知っていたから、がっつりお金を使ったのさ。長男の部屋がないのも引っ越しの時には独り立ちしてたからなんだ」
「なるほど」
「いいお父さんだったんですね」
「どうかな。甘やかすだけが良い父でもないかも知れない」
あんまり良い両親を持ったとも言えない二人は特にそれに応えられなかった。
「アリスはお父さんと仲が良かったわね。お父さんからも愛されてたし」
まぁそれが箱入りの世間知らずになった要因だけど。とは言わないでおく。
アリスの家は大きな商家で。父は魔女狩りと繋がりを持っていたらしい。すぐにアリスが魔女である事に気付いたが、それを魔女狩りには伝えず、むしろ魔女狩りから得られる情報をもとに娘を守っていた。
「アリス……」
「エレナさん……」
ジャンヌからするとアリスはどういうわけか自分に攻撃的だったのであまり良い印象でもないのだが、しかし、自分をずっと守り、魔法の指導もしてくれたエレナが悲しんでいるところを見るのは辛かった。
「そ、そうだ。パソコンを調べてみませんか? 魔女のネットワークへのアクセスが分かったら、魔女名とかも分かるかも」
「確かにそうね。やることもないし、やってみましょう」
特にパスワードのロックはされていなかった。
「ふーむ。
カチカチと、ブックマークから動画投稿サイトへ飛ぶ。
「やっぱり。作曲して投稿してたのね。結構人気みたい。……惜しい人を亡くしたわね」
ふと、視界に映ったものを見てエレナは思い出した。
「あの、これ、頂いてもいいですか?」
「あ、あぁ。構わないよ。君達の役に立つなら、息子も喜ぶだろう」
「ありがとうございます。行かなきゃ」
エレナが階段を駆け下りる。
「待ちなさい」
オラルドが止める。
「止めないでください。アリスが、もう一人の友人を迎えに行かないと」
「気持ちは分かる。僕も息子を助けるためにどれだけ動きたかったか。けれど今動けば確実に君は見つかる。僕は可能な限り犠牲になる魔女を減らしたい。故に君が飛び出すことは認められない」
「あなたの承認なんて! 私はアリスを」
「それに! さっきの魔女狩りは二人組の魔女だけを探していた。君の友人は少なくともまだ魔女だとバレてはいない」
ピタリ、と止まる。
「それ、本当ですか?」
「あぁ。確かな事実だ。だから、今急いで飛び出す危険を犯す必要はない。むしろ、魔女狩りが消えてもオーグギアの監視が残る以上、その対策を練るべきだ」
「そ、そうですよ。せめて、スマートフォンは充電しないと」
「そうね」
「ほとぼりが覚めるまで数日はかかる。せめてその間はゆっくりして行きなさい。鍵のかかる部屋はさっきの息子の部屋しかないが。そこで良ければ自由に使ってくれ」
「はい」
――待っててねアリス。必ず迎えに行くから
手に持つそれを強く握りしめ、エレナは誓う。
to be continue...
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「三人の魔女 第10章」の大したことのないあとがきを
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