三人の魔女 第10章

  

 エレナとジャンヌが顔を見合わせていた。
 時間は夜。テントに横並びの寝袋のうち、一番左の寝袋だけが空っぽだった。
「外に出て行きましたね……」
「ちょっと覗いてみるわ」
 エレナが出来るだけ音を立てないように寝袋から出る。
 そっとテントの入り口に手をかけ、外を覗く。
「どうですか?」
「とっくに消えてる焚火跡をずっと眺めてるわ」
 エレナの視線の先にいるのは、1週間前のように目の下に隈を浮かべたアリスだった。
「時々目が覚めたときにアリスがいない事があるから、テントの外に出てることは知ってたけど。まさか寝る努力すらせず、私達が寝ると同時に外に出るなんて……」
 二人はアリスが寝ないのは寝床の問題だと考えていた。それにしてはソマリアに来るまでは眠れていたのが不思議だが、それについても暫くは我慢できてたけど我慢の限界を超えたのだ、と思っていた。
 しかし実際には一晩ホテルのベッドで寝てもらい、気分を一新してなお、アリスは眠らなかった。それがとうとう今日で一週間になる、ということで、実際アリスがどれくらい寝てるのかを寝たふりをすることで試そうとしたのだ。
 全く寝ていなかった。エレナとアリスの二人が眠りについたのを確認すると同時に寝袋から出て、テントから出て……。
「けど、ずっとうつらうつらしてるのよ……。眠いはずよ。なんでこんなことを?」
「何か眠りたくない理由があるとか、でしょうか? 嫌な夢を見るとか」
「確かに、あの子は「夢」の魔女、あの子の夢は常人とは違う可能性が高いけど……。けど、それならなんで今? これまではどうして問題なかったの?」
「流石にそこまでは分かりませんけど……」
「けど、そうね。何か違和感があるわ。ソマリア以前と以後で何かささやかな事だけど違いがあるような……」
 しかし、考えても分からない二人はそのまま首を傾げ続けるのだった。
「あら、流石に我慢の限界を超えて眠りについたみたいね。毛布だけかけてそっとしておいてあげましょう」
 エレナがテントを出て毛布をかける。
 そして、テントに入り、寝袋に入ろうとしたその時、それはテントの中に飛び込んできた。
「あの目玉!」
「危ない!」
 エレナがジャンヌを突き飛ばす。テントに突入してきた目玉の他に、外からビームを放とうとしていた目玉がいたのだ。
 ジャンヌのいた場所をビームが通過し、テントを焼く。
「まずい。テントを捨てて逃げるわよ」
 言うがはやいか、エレナは3人のバックパックを引っ掴んで走る。ジャンヌも頷いてそれに続く。
「ジャンヌ、アリスを!」
「えっ、わっ、わかりました!」
 ジャンヌがアリスを背負おうとするが、人間というのは当然背負うのには最適化されていないし、ジャンヌは背負い慣れていない。ましてアリスの意識はない。ジャンヌには困難なようだった。
「仕方ないわね。じゃ、ジャンヌ、パックパックをよろしく!」
 パックパックをその場に下ろしてアリスに駆け寄る。
 目玉がエレナの方に向いて魔法陣を展開する。
Rotacii回れ!」
 土星のフィルムケースを開ける。土星のリングがエレナの周囲に現れ、そして回転する。本来はやはり演出用のものだったが、エネルギーを回転で巻き取って逸らすという副次効果があるのを確認している。
 ビームが放たれる。土星のリングがそれを自転方向、右から左に逸らしていく。
「一つじゃ厳しいか」
 もう一つ土星のカメラフィルムを開ける。
 すると、先のリングが斜めに変化し、もう一つのリングがその斜めのリングとクロスする形で出現する。
 同じようにビームも左斜め上と左斜め下に分散する。
 ――二つあれば逸らせる!
 土星のエネルギーはこのようにリングを重ねていくパフォーマンスを想定していたのでストックは多い。とは言っても、実際に持って来たのは僅か4つ。つまり、残りは2つに過ぎないが。
「アリス、確保! 走るわよ! ジャンヌは耐熱性の高い壁を!」
「そ、そんなこと言われてもわかりませんよー」
「キッチンの壁を思い浮かべて! キッチンタイルはだいたい耐熱性が高いわ!」
「は、はい!」
 巨大な壁が出現する。が、見た目だけ真似たに過ぎないそれに耐熱性など付随したりはしない。
「破られた!」
 壁が赤く染まり、砕けて穴へと変化する。
「なら、ばらばらに壁をたくさん作って!」
「分かりました!」
 目玉の動きには一定の癖がある。一つ、敵に向けて一直線に飛行すること。二つ、射程内の目標が見えていない限り射撃してこない。二個目が重要で、壁があってもその向こうを透視できる訳ではないと言うことだ。なので、壁を展開しながら逃げれば逃げることは可能だ。
「エレナさん、この先、町ですよ」
 そこは、ジプチという国のガラフィという町だったが、当然、二人はそんなことを確認する暇はない。
「町に入る前になんとか撒かないと、まずいわ」
「あの、あの目玉のビームって、私の壁を壊せますけど、穴を開けるところでなくなるんです」
「なくなる……、穴を開けるところでエネルギーを使い切っちゃうって事ね。オーケー、つまり」
「はい。複数穴を開ければ!」
「大きな壁で視線を外せるって事ね。やれる?」
 つまり、こういう事だ。視線が通ってなければビームを使ってこない以上。ビームを一度防げれば良い。そしてビームは壁一つを焼き切るのでエネルギーが足りなくなる。ならば、壁を二重にすれば、一度のビームで壁を壊せなくなる。
 後はそれを大きく作れば、迂回に時間がかかる。しかし、それにはジャンヌの強い強い集中が必要になる。
「やります」
「よし。よく言った。Rotacii回れ!」
 エレナが目玉の側へあえて一歩踏み出し、土星のエネルギーを解放する。
 ――土星のエネルギーはこれで後一つか
 飛んでくるビームを逸らす。
「へっ、あ、「砲台」……?」
「これで、どう!!」
 エレナの背中でアリスがぼやーっと目を覚ます。直後、ジャンヌが叫び、二重の壁が出現する。
「急いで街に走るわよ!」
 急いで街に駆け込む。
「降ろして!」
「ちょ、アリス、暴れないで」
 まだ、敵が迂回してくる可能性がある。後一つ角を曲がって敵の視界から逃れないと。
「降ろして!」
「ダメ、アリス。寝起きだから機嫌が悪いのは分かるけど落ち着いて」
「私は赤ちゃんじゃない。歩けるから降ろして」
 そうは言ってもアリスが一番体力ないじゃない、とは言えない。余計に話が拗れるからだ。
「しょうがないわねぇ」
 アリスを下ろす。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。私、あなたたちと一緒にいられない」
 アリスが蝋燭を取り出し、ライターで火をつける。
How many miles is it to Babylon?バビロンまでは何マイル?
 Threescore miles and ten.60と10マイル
「ア、アリス? どうしたの、突然歌い出して?」
 困惑するエレナ。
Can I get there by candle-light?ろうそくの灯りで行けるかしら
 Yes, and back again!えぇ。行って帰ってこれる
 しかしアリスは何も言わず、ただ歌い続けた。
If your heels are nimble and light,もしあなたの足が軽くて早いのなら
 You may get there by candle-light.ろうそくの灯りでいけるでしょう
 歌い終わると同時に、ふっと、蝋燭の火を消す。
 エレナは、自分の足がとても重くなって足を踏み出せなくなっている事に気付いた。
「ごめんなさい」
「待って、アリス!」
 アリスの姿が見えなくなっていく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ふぃー、やっと電車から降りられるよー!」
 ソーリアがんーーーっと背伸びをする。
「えぇ、ヨーロッパまで、長かったわね」
 ソーリアの姿をしたプラトがソーリアより先に歩き出して、周囲を見渡す。
 直後、プラトは背後から敵意を感じ振り返る。プラトは見た。ソーリアが自分に向けて腕を向け、炎を収束させている。
「なっ!」
 プラトは咄嗟に炎を放つ。同時にソーリアの炎も放たれ、二つは同時に相殺される。
「うわ、何すんのさ、プラト!」
「あなたこそ何するの、私が相殺しなきゃ、私が燃やされてたのよ!?」
「それはボクのセリフだよ!」
 自分は相手の攻撃を相殺しただけ論争はひたすら水掛け論となった。
(なによ。悪戯のつもりだったなら素直に謝れば良いのに(
 自分が後なのは明らかな以上、ソーリアが意地を張ってるだけ。プラトはそう考える。そして、口論が続くうち、さらに考えは発展する。
(なんで自分が謝らないためだけに私を責めてくる人間と行動を共にしないとならないのかしら)
「もう良いわ。私はいくわね。さようなら、ソーリア」
 プラトが写真からいつものメガネの修道女のような姿に変化する。
「あっそ。じゃ、ボクもいいよ。ここまでだね。さよなら」
 二人は駅を出て反対方向に歩いていく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「エレナさん、目玉が!」
 目玉がついに町へ入り込んでくる。
「ジャンヌ、壁をランダムに」
「はい!」
 ジャンヌが壁を生成し、逃げる。エレナは足が動けるようになってる事に気付き、続く。
 しかし、悪いことと言うのは重なる。
「今のは魔法だ! 魔女だ!!」
 先程のアリスの行動が通行人のオーグギアから疑義として通報され、魔女狩りが向かってきていたらしい。ジャンヌの壁生成を目撃した魔女狩りはターゲットをジャンヌに定め、槍を構える。
「きゃあっ」
 ジャンヌは過去に魔女狩りに追い詰められた恐怖で壁を乱雑に生成する。
「ジャンヌ、引きこもっても仕方ないわ、逃げるのよ」
 ジャンヌの手を掴み、エレナが走る。
 ジャンヌも手を握られたことで勇気を得たのか、しばらくすると二人は横並びになる。
「くそ、逃さんぞ、魔女!」
 魔女狩りはたった一人、振り切れるかもしれない。
 左に曲がろうとすると、そこにも魔女狩りがいた。住んでのところでブレーキする。
 ――まずい、さっきの魔女狩りも後ろの角のそばまで来てる
 と、声をかけられる。
「お嬢さん、こっちへ」
 見れば、初老の男性の民家だった。
「行きましょう」
 初老の男性の呼びかけに従い民家に入る。
「突き当たり左の部屋に入りなさい。棚をどけたら、地下への入り口がある。その中に入って棚を閉じなさい」
 言われた通りに突き当たり左の部屋に入る。
「これでしょうか?」
 ジャンヌが棚を押すと、その裏に階段が現れる。階段に入ってから振り向くと、棚の裏に取っ手がついていて、閉じられるようになっている。
「よい、っしょ」
 が、力点の都合上、押すより閉じるのはかなり時間と力がいる。レールでもあれば違うのだろうが、そんなものがあればすぐにバレてしまう故、仕方ない。
「おい、お前、魔女を匿ってないか?」
「まさか。めっそうもありません」
「ふん、どうだかな。部屋を調べさせてもらう」
 玄関の方から声が聞こえてくる。
「急いでー」
 小声で叫びながら、力む。
 最後の部屋を除いて全ての部屋を確認し終えた魔女狩りがいよいよ最後の部屋、突き当たり左の部屋の扉に手をかける。
 扉が開く。
「ふむ。確かに、いないようだな」
 その声を聞いて、棚の後ろのようやく棚を閉じ終えた二人は静かに息を吐いた。
「奴はもういったよ。とはいえ、外はまだ魔女狩りで一杯だからね。しばらくはうちに居なさい」
 棚が開かれる。
「ありがとうございま……」
 ぎくり、とする。その耳元にあるのはオーグギアだった。
「あぁ。問題ないよ。君達の姿は映ってない。それに、今は僕の声も入ってない。まぁオーグギアはしぶとくて口の動きを見るだけで声を認識するから、ガラスや金属のあるところだとまずいけどね」
「あ、この部屋にあるもの。全部卑金属で……」
 言われて、エレナが気付く。
「そう言うことだ」
「改めてありがとうございます。私は成瀬……」
「おっと、魔女名の方で構わないよ? いや、本名を名乗りまいのなら止めないが」
「あ、では、エレナです」
「ジャ、ジャンヌです」
「うん。よろしく。僕はオラルド。オラルド・ステイトだ」
 オラルドと名乗った男が椅子に座るように促す。
「お茶を入れてある。どうぞ」
「どうして、助けてくれたんですか?」
「実は僕の息子……次男が魔女でね。魔女狩りに連れて行かれてしまった。もし次に同じ境遇の追われている人間がいたら、助けようと決めていたのさ」
 あの地下室も僕が自分一人で掘ったんだよ。とオラルドは笑う。
「そうだったんですか。ちなみに次男さんはなんと言う名前なんですか?」
 エレナは過去に魔女達のネットワークにいた。もしかしてら知っている人かも知れなかった。
「あぁ、すまない、魔女名は知らないんだ。本名はオラルド・ステイトって言うんだけどね」
「へ?」
「はい?」
 今目の前の男の名前がオラルドのはずだ。次男の名前がオラルドでは話が合わない。
「あぁ、すまない。ステイト家では、次男がオラルドという名前になる慣しなのさ。変わっているだろう?」
「えぇ、随分変わってますね」
「まぁ、そうかも知れないね」
「それ、二人で暮らしてた時どうしてたんですか?」
「ん? 僕が、息子ジュニア、と呼び、息子がファーザーと呼んでいたよ」
「そ、そうですか」
 外から奇異に見える風習も、内では当たり前だったりするものだ。この話はこの辺にしておこう。ジャンヌとエレナは目と目で語り合って話を終えた。
「ちなみに属性は?」
「うん、確か、「音」だったよ。音楽鑑賞が好きだったね。部屋を見るかい?」
「はい、是非」
 階段を上がるとすぐ次男の部屋だった。
「すごい、防音だわ」
 エレナが壁を見て驚く。
「うん。この家は私の仕事の都合で引っ越してきたからね。次男が音楽が趣味なのは知っていたから、がっつりお金を使ったのさ。長男の部屋がないのも引っ越しの時には独り立ちしてたからなんだ」
「なるほど」
「いいお父さんだったんですね」
「どうかな。甘やかすだけが良い父でもないかも知れない」
 あんまり良い両親を持ったとも言えない二人は特にそれに応えられなかった。
「アリスはお父さんと仲が良かったわね。お父さんからも愛されてたし」
 まぁそれが箱入りの世間知らずになった要因だけど。とは言わないでおく。
 アリスの家は大きな商家で。父は魔女狩りと繋がりを持っていたらしい。すぐにアリスが魔女である事に気付いたが、それを魔女狩りには伝えず、むしろ魔女狩りから得られる情報をもとに娘を守っていた。
「アリス……」
「エレナさん……」
 ジャンヌからするとアリスはどういうわけか自分に攻撃的だったのであまり良い印象でもないのだが、しかし、自分をずっと守り、魔法の指導もしてくれたエレナが悲しんでいるところを見るのは辛かった。
「そ、そうだ。パソコンを調べてみませんか? 魔女のネットワークへのアクセスが分かったら、魔女名とかも分かるかも」
「確かにそうね。やることもないし、やってみましょう」
 特にパスワードのロックはされていなかった。
「ふーむ。デスクトップミュージックDTMのアプリケーションとか歌唱ソフトとかがガッツリ入ってるだけで、魔女ネットワークへの接続に使えそうなソフトはないわね。ふむ、もしかして」
 カチカチと、ブックマークから動画投稿サイトへ飛ぶ。
「やっぱり。作曲して投稿してたのね。結構人気みたい。……惜しい人を亡くしたわね」
 ふと、視界に映ったものを見てエレナは思い出した。
「あの、これ、頂いてもいいですか?」
「あ、あぁ。構わないよ。君達の役に立つなら、息子も喜ぶだろう」
「ありがとうございます。行かなきゃ」
 エレナが階段を駆け下りる。
「待ちなさい」
 オラルドが止める。
「止めないでください。アリスが、もう一人の友人を迎えに行かないと」
「気持ちは分かる。僕も息子を助けるためにどれだけ動きたかったか。けれど今動けば確実に君は見つかる。僕は可能な限り犠牲になる魔女を減らしたい。故に君が飛び出すことは認められない」
「あなたの承認なんて! 私はアリスを」
「それに! さっきの魔女狩りは二人組みの魔女だけを探していた。君の友人は少なくともまだ魔女だとバレてはいない」
 ピタリ、と止まる。
「それ、本当ですか?」
「あぁ。確かな事実だ。だから、今急いで飛び出す危険を犯す必要はない。むしろ、魔女狩りが消えてもオーグギアの監視が残る以上、その対策を練るべきだ」
「そ、そうですよ。せめて、スマートフォンは充電しないと」
「そうね」
「ほとぼりが覚めるまで数日はかかる。せめてその間はゆっくりして行きなさい。鍵のかかる部屋はさっきの息子の部屋しかないが。そこで良ければ自由に使ってくれ」
「はい」
 ――待っててねアリス。必ず迎えに行くから
 手に持つそれを強く握りしめ、エレナは誓う。


 

to be continue...

 

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「三人の魔女 第10章」の大したことのないあとがきを
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