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三人の魔女 第18章

日本編のあらすじ(クリックタップで展開)

 ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
 困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
 エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
 しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
 そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。  しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
 メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
 逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
 逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
 そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
 そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
 そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。  その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
 魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
 プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
 しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。  なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。  コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
 そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、鈴木すずき光輝こうきはこれを快諾。脱出に使えそうな船を調べ、教えてくれた。
 しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。  またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
 ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは軍用装甲パワードスーツコマンドギアと攻撃垂直離着陸機ティルトローター機を投入してきた。
 絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。  タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
 砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?

中東編のあらすじ(クリックタップで展開)

 海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
 その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
 天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。  その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
 そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
 視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
 原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
 しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
 しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。  不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
 そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
 一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。  アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
 そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
 一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
 中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
 一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。  アリスがいると目される町、ビラウに辿り着いた二人だったが、そこは既に魔女狩りに包囲されていた。
 アリスは魔女狩りに追い詰められ、死を覚悟していたが、そこに彼女と縁のある御使い・《神の命令》サリエルが姿を表す。二人は最後の抵抗を始めるが、やがてそれも終わろうとしていた。
 そこに車に乗って助けに現れたのはエレナとジャンヌの二人。エレナはヘッドホンをアリスに手渡し謝罪。ここに三人の魔女は再集結したのだった。
 一方、御使いの出現という緊急事態に、新たな異端審問官が動員されようとしていた。  元リチャード騎士団筆頭騎士・メドラウド二世が三人の魔女を追い詰める。サリエルは自身を囮とすることで、三人を逃がそうとするが、メドラウド二世はそれを許さない。
 しかし、エレナとアリスの「魔女狩りは正義なのか」という問いかけにメドラウド二世の剣は揺らぐ。結局その場は見逃してもらうことが出来たのだった。
 その頃、囮となっていたサリエルは凡百の魔女狩りを殲滅し、優秀な部下二人も殺そうとしていた。そこに現れたのは白い粒子を操る黒髪長髪の女性。彼女は人間離れした身体能力で化け物と化したサリエルを撃破した。

エジプト編・前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

 サハラ砂漠に入った三人は、そこでプレッパーと呼ばれる反統一政府の人々と知り合う。
 ところが、彼らの中にも意識の差があり、三人の居場所が魔女狩りに知られてしまう。急いで逃げようとする一行の前に現れるのはサリエルを下した黒髪長髪の女性だった。

 

 そこに助けに現れたのは不可視の剣を操る魔女ムサシ。
 戦闘力の高いムサシの攻撃に黒髪長髪の女性は少しの間苦戦するが、すぐに形勢は黒髪長髪の女性に有利な形に逆転する。
 しかし、黒髪長髪の女性必殺の三段突きを前に、魔女達が黒髪長髪の女性の視界から消える。
 もうひとりの助けに現れた魔女アビゲイルの力だった。
 魔女アビゲイルは三人のことを知っており、定住地を持っているから来るようにと促す。

 アビゲイルに案内された一行は「空間」の魔女エウクレイデスことユークリッドの作り出した「ユークリッド空間」を通り、彼らの定住地へと向かう。

 

 その頃、三人の魔女からの言葉に疑念を抱き、神秘根絶委員会の資料室に忍び込んだメドラウド二世はついに、魔女狩りが神秘を例外なく刈り取る組織であると知る。
 そこに現れたアンジェ・キサラギと交戦するメドラウド二世は事前に協力を取り付けておいた二人の協力者、妖精使い・フェアと超越者・英国の魔女の協力を得て、脱出に成功する。

 

 その戦いが終わった頃、ついに一行はユークリッド空間抜け、アビゲイル達の定住地「キュレネ」へとたどり着いた。
 そこはドーム上のユークリッド空間で隔絶された安全地帯、丘の上に築かれた見事な都市だった。

 三人が「キュレネ」に到着して一日が過ぎた。
 「キュレネ」はかつて存在した小高い丘の街アクロポリスの遺構の上に作られた街で、基本的な風景は現在の街並みとそう変わらない。
 違う点としては普及しているのがオーグギアではなくスマートフォンに似た装置「マジックフォン」だと言う事だろう。
 アビゲイルが説明を渋るため、エレナもまだ仕組みを聞けていないが、マジックフォンは魔女達の魔法を組みわせて作った通信装置であるらしい。
 街の技術も統一政府成立以後の技術は使われておらず、このため、街の風景はエレナ達から見ると2016年程度の地方都市レベルの風景に留まっている。
 マジックフォンを持たない魔女がほとんどいないことを考えると、スマートフォン普及率がもう少し高い我々の世界で言う2020年代くらいの風景に近いかもしれない。

 

 エレナ達は「キュレネ」の最も高いところ、恐らく過去にアクロポリスが存在していた頃には神殿が配置されていた場所であろう場所に建設された「政庁」と呼ばれる施設に存在するゲストルームを借りた。
「あなた達がここに定住するのなら、アパートも割り当てるわよ」
 そうアビゲイルは言いつつも、とりあえず、今日のところは、とこのゲストルームが割り当てられた形だ。
 ゲストルームはビジネスホテルの一室のような見た目で、ベッドとちょっとした机、それにシャワールームが存在している。
 三人はそれぞれ久しぶりのシャワーと久しぶりのふかふかしたベッドに心を癒された。
 なにせ、ハルゲイサでホテルに泊まって以来、たまに川を見つけたら水浴びをするくらいで、寝床も寝袋だった。
 エジプトに入ってからは、水浴びも出来ず砂漠の砂埃と汗に体をベトベトにされながら、寒い夜を身を寄せ合って眠る日々。
 暖かいシャワーとふわふわしたベッドは彼女達にとって最高の贅沢となっていたのだ。
 だから、三人はつい、思わずにはいられなかった。
 この街でのんびり過ごすのも悪くはないのかも……と。

 

 そして、翌日。
 習慣的に早寝早起きが身についているエレナは、数ヶ月単位で不定期睡眠の期間があったにも関わらず、朝7時に目を覚まし、アビゲイルから説明を受けた政庁の食堂に向かった。
「あ、エレナさん!」
 食堂に入ったエレナは、入ってすぐの机に座って何か飲み物を飲んでいるジャンヌに声をかけられる。大きな声で手を振るのはやや迷惑そうな行為だが、朝7時と言うこともあり、食堂に他に人はおらず、特に迷惑となるようなことはなかった。
 基本的にこの食堂は政庁で働く人間が昼食やあるいは時として夕食を摂るために解放されているスペースで、朝食の時間はむしろ開いていないのが普通で、今日のようにゲストルームに人がいる時だけ朝にも解放されている。
 エレナはそんなアビゲイルの説明を思い出しながら、ジャンヌの向かいに座る。
「おはよう、ジャンヌ。それは?」
「あ、これですか? ホットチョコレートです。久しぶりに甘いものが飲みたくて」
 えへへ、と笑うジャンヌ。
「甘いものか、チョコレートは戦闘糧食レーションにも含まれる程度には日持ちもするし、高カロリーだから、今後旅をする時には携行を考えてもいいかもしれないわね」
 ジャンヌの言葉にエレナが頷く。
「あはは、もう安全な定住地に着いたんですから旅の話なんていいじゃないですか」
 そのエレナの言葉にジャンヌは笑う。
 エレナとしては統一政府が依然魔女狩りをしている現状はどうにかしなければならないと考えてはいるので、この言葉には素直に頷けず、しかし、同時に、ただ自分と一緒にいただけのジャンヌのその思想を押し付けるわけにもいかない事はわかっているので、何も言えず。
「じゃあ私も食事を取ってくるわね」
 結論としてエレナは何も言わぬまま、席を立ち、カウンターに向かう。
「いらっしゃい。メニューはないので、適当に注文してくれくださいな?」
「じゃあ、ハンバーガー!」
 エレナの答えに迷いはなかった。即座に自身の好物を頼む。
「何バーガーにする?」
「んー、テリヤキバーガーってあるかしら?」
「あぁ、食べたことありますよ。では、少し待ってくださいね」
 カウンターの女性が手元のタンブラーから何かを飲んで、キッチンに向かう。
 その数秒の後。
「はい、お待たせしました」
 カウンターの上に乗せられたトレイにはなるほど、見事なテリヤキバーガー。それから、ご丁寧にフライドポテトとコーラも付いている。
「はやすぎない? もしかして魔法?」
 テリヤキバーガーはともかく、フライドポテトはこんな短時間で揚げられるはずもない。
 にも関わらず、どうみても揚げたての姿をしたフライドポテトがそこにあった。
「はい、私、「食べ物」の魔女です。魔女名はニコラス。みんな、ニコって呼びます」
「へぇ、ニコさん、すごいわね。キュレネはみんなこうして魔法を活用して生活しているのね」
「えぇ……。まぁ、そうですね」
 素敵な場所ね、と笑いかけるエレナに、ニコは少し困ったようにはにかんだ。
「?」
 その様子にエレナは少し首を傾げたが、これ以上深掘りをするのはよろしくないと判断したエレナはありがとう、とお礼を言って、トレイを受け取ってカウンターを離れる。
「すごいわね、ここ」
 と言いながら、ジャンヌの向かいの席まで戻ってくると、ジャンヌはじっと、空になった自分のマグカップを眺めていた。
「どうしたの?」
 エレナが席に座り、トレイを机に置きながら尋ねる。
「あはは。いえ、おかわりが欲しいような、でも、あんまり甘いもの摂りすぎるのも良くないような、あと、あの人にあんまり魔法使わせ続けるのも悪いかなって」
 エレナの問いかけに、ジャンヌが困ったように答える。
「なるほど。確かに砂糖とかは摂りすぎると良くないって言うものね。それにあんまりあの子を働かせすぎるのも確かにちょっと気にしちゃうわね」
 そこまで言って、エレナはふと思った。エレナの知る限り、同じ種類の魔法を持つ魔女は殆どいない。とすると、この食堂はもしかして、ニコが一人で回しているのだろうか? 、と。
 先ほどのニコの態度に微妙な違和感はそれか、とエレナはフライドポテトを食べながら思う。
 マジックフォンもそうだが、この「キュレネ」はもしかして、有用な魔法が使える一部の魔女の力で成り立っているのではあるまいか。
 言われてみれば、そもそもこの「キュレネ」が見つかっていないこと自体、常にユークリッドが魔法を使っているからこそなわけだから、その時点でユークリッドがワンオペでこの街を守っているのは今更ではある。
 過去にエレナが中東で出会ったアーサー達の村も魔女達が魔法を出し合って支え合っていた。故に、それ自体が歪、と言うことはないのだが……。
 しかし、何かがエレナの中で引っ掛かっていた。
 まだ言語化が出来ないが……。
 と、考えているうちにつまんでいるポテトがなくなってしまった。
 エレナはコーラを飲んで、喉を潤しつつ、いよいよハンバーガーを両手で掴んだ。
(考えるのは一度中止。まずは食事を楽しみましょう)
 大好きなハンバーガーを食べるにあたり、考え事などと言う調味料は不要だ。エレナはそう判断し、考えをすっぱり切り上げて、ガブリとハンバーガーにかぶりつく。
「美味しい!」
 魔法で作られたものとのことだったが、その味は有名チェーン店のテリヤキバーガーとほぼ同じ。
 エレナは黙々とハンバーガーにかぶりつき、3分もしないうちにその全てを食べ切った。
「……おかわり、欲しいかも」
「ハンバーガーを二個も三個も食べるのはそれこそ健康に悪そうですけど……」
 ジャンヌがその言葉に笑う。久しぶりに楽しそうにしているエレナを見たので、少し安心したのだ。
 エレナは三人の中でもリーダーシップを握っているのもあり、特に大人びて見えるが、彼女とて16歳の少女。それが年相応に目を輝かせ楽しそうにしているのはジャンヌのは微笑ましく見えた。
 その対象がハンバーガーというのは、ちょっと少年っ気がありすぎるのではないか、とジャンヌは思わないでもなかったが。
 エレナが葛藤の末に三つ目のハンバーガーに手を出し、「今度はゆっくり味わって食べるわ」などと言ってゆっくり食べて、それも終わり。
 流石にジャンヌも呆れ顔でエレナを見ていた頃。
「おはよう、お二人さん」
 アビゲイルがやってきた。
「おはよう、アビゲイルさん」
「おはようございます、アビゲイルさん」
 二人が同時に返事を返す。
「ごめんなさい、アビゲイルさん。まだアリスが起きてきていないみたいで……」
 恐らく三人に用事があるのだろう、そう考えたエレナはアビゲイルに謝罪する。
「いいのよ。今日顔合わせする予定のソーリアも朝遅いタイプだから、気にしないで。むしろお昼を外で一緒に食べるのはどうかしら」
「「キュレネ」にも個人がやっている食事処があるの? 是非、行きたいわ」
「えぇ、なら行きましょう。決まりね」
 エレナが乗り気なのを見て、アビゲイルが口角を上げて頷く。
「でも、それならどうしてここに来たんですか?」
「せっかくだから、私もニコに食事を作ってもらおうと思って。あの子の料理、美味しいから」
 じゃ、ちょっと食事をもらってくるわ、とアビゲイルが二人の元を離れる。
 少しして戻ってきたアビゲイルのトレイの上には、それは見事なクロックマダムが載っていた。
「あら、美味しそうなクロックマダムね。アビゲイルさんってフランス人なの?」
「いいえ、私はアメリカ人よ。けど、好きなのよ、クロックマダム、自分で作るのは面倒だから普段は作らないけどね」
「クロック……マダムって言うんですか?」
 二人の会話にジャンヌが疑問を挟む。
「えぇ、バターを塗って焼いたパンにハムとチーズをサンドして、さらにその上に目玉焼きをのせたものよ」
 ジャンヌの疑問にエレナが答える。
「へぇ……カロリーすごそうですね……」
「まぁ、一番エネルギーが必要な朝食にはちょうどいいんじゃない?」
「朝は少食なので、そんなに食べられないです……」
「へぇ、じゃあジャンヌさんは何を食べたの?」
 エレナとジャンヌの会話にアビゲイルが疑問を挟む。
「シリアルをちょっとだけ……」
「あら、それは勿体無いわね、ニコのご飯は美味しいのに」
「夜はまた何か考えてみます」
「ふふ、それがいいわ。ニコの食事のおいしさは「キュレネ」の自慢の一つだもの」
 アビゲイルはまるで自分のことのようにそう言って微笑んだ。

 

 それから、数時間、三人はコーヒー、紅茶、ホットチョコレートを飲みながら他愛もない会話に花を咲かせた。
 そして、10時。
「おはよう、エレナ……、ゲッ」
 アリスが起き出してきた。まだ眠そうにしていたが、服装などはちゃんときちっとしたのもを着て、髪もちゃんと綺麗なストレートの形状を取っており、アリスの身だしなみへのこだわりを感じる。
「ゲッ、とはご挨拶じゃない、アリスさん」
「なんでいるのよ」
「アリス、そんなこと言ってあげることないでしょ、世間話に付き合ってもらっていたのよ」
 アリスのあんまりな言葉に、エレナが軽く非難の声色を含めて間に入る。
「エレナ……。でも、そうね、ここは立派な街みたいだし、その代表には敬意を払うべきよね、ごめんなさい、アビゲイル。私が子供だったわ」
「ふふ、エレナさんには弱いのね」
 すると、アリスは塩らしくなり、アビゲイルに謝罪し、アビゲイルはその様子を品よく笑う。
「うるさいわね……、食事もらってくるわ」
 アリスは少し居た堪れなくなり、カウンターに向かった。
「じゃ、私はそろそろ行くわ」
「アリスのことは気にしないでいいのに」
「ううん、それもあるけど、そろそろソーリアを起こしに行かなきゃ。12時ギリギリに起こしたら、きっとぐずっちゃうから」
「そっか、じゃあまた12時ごろに」
「えぇ、また12時ごろに」
 アビゲイルはエレナと頷き合った後、その場を離れる。
「あら、行ったのね。……私のせい?」
 カウンターから戻って来たアリスはアビゲイルがいないのに気付き、少し不安そうに口にする。アビゲイルを未だに疑っているアリスではあるが、エレナやジャンヌと談笑していたことは受け入れたので、自分のせいでそれを中断させてしまったのか不安なのだ。
「大丈夫よ。今日、この後用事があるでしょう? それの準備に行っただけ」
「そう、ならいいのだけど」
 そう言って、アリスが持ってきた、トレイの上に載っているのはクロワッサンとビスケット、それにジャム。それに、飲み物としてカプチーノ。
「甘そうな朝食ですね……」
 ジャンヌが自分のホットチョコレート(現在三杯目)を棚に上げて呟いた。
「そう? 我が家じゃこう言うのが当たり前だったから」
「典型的なイタリアの朝食ね。イタリアの朝食は甘いものが多いって聞いたことあるわ」
「イタリア式とか日本式とかはわからないけど、うちではこれが普通だったわよ」
「そういえば、アリスさんってイタリアの方なんですよね? なんで、日本にいらっしゃるんですか?」
 ふとジャンヌが気付いたようにアリスに尋ねる。
「あぁ、それはね、母親が日本人だからよ。だから、私も国籍は日本」
「へぇ、じゃあハーフって奴ですか」
 ジャンヌが納得したように頷く。
「そ、お父さんが日本に商談に来たところを偶然母親に出会って、『私は愛を知った』とか言って、口説いたらしいわ」
 アリスはしばらく父親から聞いた思い出話をした。
 それまで仕事一筋でお金が恋人で、お金を稼ぐことこそが生き甲斐だと思っていた父、カッリストは、仕事で日本に来て、そこでアリスの母親、愛彩妃あさひと出会った。その美しさと器量の良さにカッリストは心打たれ、こんな素晴らしい人間が世の中にいるのか、と感じたらしい。
「でね、お父さん、本当はその時、テンプル騎士団と大事な仕事をしていたらしいんだけど、それをほったらかして、お母さんと一緒に過ごしたみたい」
「お金さえあればよかったカッリストさんが、愛に目覚めたってことですね、素敵です」
 その言葉にほんわかするジャンヌ。
「そうね、私にはまだ経験がないから分からないけど、愛っていうのは素晴らしいものだというのは知っているわ」
 とはいえ、愛に憧れる程度の16歳の少女。具体的な話は上がらない。まぁ、そもそも引きこもりかずっと逃げ回っていたかの三人なので、そんなエピソードを上げるような出会いなどそうそうあるはずもないのだが。
「さて、この後どうする?」
 しばらくすると、アリスも食事を終え、のんびりと砂糖の入ったエスプレッソを楽しみ始めて、三人全員がのんびり飲み物を囲むのんびりとした場が生まれる。
「うーん、アビゲイルが迎えにくるまでは下手に動くのもよくなさそうだし、ここでのんびりするしかないんじゃないかしら?」
 そんなのんびりとした雰囲気の中、問いを投げかけるアリスに、エレナはのんびりと答えた。
「何かせっかくだし、こういうのんびりした場でしか話せないことでも話す?」
「うーん、今更何か話したいことなんてあるかしら……?」
 エレナの言葉にアリスが首をひねる。
「あ、それなら私ひとつ、聞きたかったことが」
「あら、ジャンヌ、いいじゃない。どうしたの?」
 そこでジャンヌが口を開くと、話題を欲していたエレナが続きを促す。
「アリスって、アリス・ラウッウィーニって言うんですよね?」
「あぁ、私のこと調べたんだったわよね。そうよ、正確にはアリス・フローリアヌス・ラウッウィーニだけど、まぁ洗礼名とか霊名なんて科学統一政府の元じゃ流行らないしね」
「洗礼名?」
 アリスの返事にジャンヌが首を傾げる。
「私の父が信奉していた教会ではね、名前と名字の間にミドルネームをつけるのが普通だったの、大体聖人の名前とかね」
「へぇ、そんな文化があったんですね」
 アリスの説明にジャンヌがなるほど、と頷く。
「で、それがどうしたのよ?」
「あ、そうでした。それじゃあ、魔女名はアリスじゃないんですか? それとも、名前も魔女名も同じなんですか?」
「一緒でも不思議じゃないんじゃない? 夢、だなんて、いかにも『不思議の国のアリス』っぽいわ」
 ジャンヌの疑問に、エレナが自分の見解を示す。
「そう、私は訳あって魔女名を伏せていたんだけど……」
 アリスは周囲をキョロキョロと見渡して、念のため声を伏せて、机の真ん中の方に自分の顔を寄せる。
 二人はそれを不思議に思いつつも、アリスの近く、机の真ん中の方に顔を寄せる。
「私、魔女名はユングって言うの」
「へぇ、ユング。確かに夢といえば、フロイトかユングってところあるわよね」
「えーっと? ユング、フロイト?」
 エレナが感心したように頷くのに対し、ジャンヌは首を傾げる。
「あぁ、どっちも心理学者の名前よ。夢診断とか聞いた事ない?」
「いや……、ちょっと分からないです……」
 エレナの説明にもジャンヌはごめんなさい、と首を振る。
「まぁ、魔女名の由来なんてどうでもいいわよ。法則性を見出している人もいるけど、全然分かんない人もいるもの。エレナだって、そんな天文学者いたっけ? って感じだし、ジャンヌも壁ってのはよく分からないものね」
 エレナは一瞬悩んだ末、ジャンヌのフォローを入れる。魔女名は多くの場合、何かの提唱者や偉人の名前であり、そして多くの場合、その名前と関係した属性を持つ。
 だが、その関連性は絶対ではない。エレナは過去にディープウェブで魔女同士やりとりをしていたため、魔女名と属性に関連性が薄い存在がいることにも気付いていた。
「それはどうかしらね……」
 一方のアリスはそれに対して、思わせぶりな口調でぼやかした。
「で、そんなことより、アリス。どうして魔女名を隠していたの? 魔女名を隠す魔女なんて聞いたことないわ」
「……それはね」
 アリスは周囲を見渡してから、さらに声を絞って言葉を続ける。顔を寄せ合う状態のままの二人はその言葉を聞き逃すまいと、さらにアリスに顔を近づける。
「お、なにやら仲良くしておるでござるな」
 と、そこに、声をかける女性が一人。
「うわっ、あ、あなた、ムサシ?」
「うむ、「キュレネ」が二大戦士、ムサシでござる」
 驚いて振り返るアリスに、ムサシが頷く。
 そこで、隣にもう一人女性がいることに気付いた。
「そちらの方は?」
 固まるアリスに代わって、エレナが尋ねる。
「うむ、紹介しておこうと思って連れて来たのでござる。彼女はウィリアム。「キュレネ」が二大戦士のもう一人でござる」
「ウィリアムだ。まぁ、よろしく頼む」
 シャリっ、と手に持っていたリンゴを齧理ながら軽く会釈するウィリアム。
「ウィリアム。……属性は?」
「ズバリ、「射撃」でござるよ!」
 自分のこととように自慢げに、ムサシが言う。
「おい、ムサシ。軽々しく他人の属性を口にするな。まだ敵か味方か分からん奴らだ」
 だが、その様子にウィリアムが苦言を呈する。
「アリスタイプね」
 そして、その様子にエレナが笑う。簡単には仲間以外を信用しないタイプだ。
「ちょっと、どういう意味よ、エレナ」
 その言葉にムッとして、アリスが視線を投げるが、エレナは動じない。
「ところで……、二大戦士ってなんですか?」
「おぉ、そういえばしてなかったでござるか。拙者とウィリアムの二人のことでござる。「キュレネ」で最もアビゲイル殿に信頼されている、「キュレネ」最強の戦士でござる」
 自慢げに胸を張って、ムサシが宣言する。
「なるほどね。「切断」の武蔵に「射撃」のウィリアム。シンプルな前衛後衛揃って、まさに最強って感じがするわ」
「お前、自分の属性までペラペラ喋ったのか」
 エレナが納得したように微笑みながら頷くと、ウィリアムがさらにムサシに苦言を呈する。
「せ、拙者の属性を喋ったのは、戦う前に名乗りを上げるのに必要だったからでござるよ」
「それが余計だと言うんだ。戦い前にペラペラ自分の属性を話してなんの得がある。敵に利するだけだ。少なくとも俺の前ではするなよ」
 弁明するムサシになおウィリアムは厳しい。
「正々堂々戦ってこその武士でござる」
「俺たちは武士じゃない、魔女だ。そして相手はこちらより数で勝る魔女狩りだ。時として質でも勝る神秘根絶委員会も現れるかもしれない。そんな相手にいちいち自分の不利を晒して、それで「キュレネ」が犠牲になったらどうするつもりだ。俺たちの後ろには「キュレネ」にいる全ての魔女がいるんだと忘れるな」
「う……」
 食い下がるムサシだったが、滔々と説くウィリアムに反論出来ずにいる。何せ、自身の属性を明かしたことでアンジェ相手に負けかけたのは一つの事実なのである。
「顔見せは終わりで構わんな? 来訪者達よ、「キュレネ」にようこそ。我らが盟主アビゲイルに恭順するならば良し、さもなくば……、せいぜい問題を起こすなよ」
 そう言って、もう一度リンゴをひと齧りして、ウィリアムは去っていった。
「ちょっとヤな奴ね」
「ちょっと、アリス、まだムサシさんがいるんですよ」
 思わず漏らすアリスにジャンヌが咎める。
「はっはっは、まぁあんな態度ではそう思われるのも仕方ないでござる。しかし、ウィリアムは拙者以上にアビゲイル殿に忠誠を誓っている、文字通りこの「キュレネ」最強の戦士なのでござる」
 その言葉はやはり自慢げで、相棒としての信頼が見て取れた。
「ところで、肝心のアビゲイル殿はどちらに? てっきり、三人と一緒にいると思っていたでござるが……」
「アイツなら、ソーリアとやらを起こしに行ったわよ」
「おぉ、なるほど、ソーリア殿は遅起きでござるからな。では、拙者も手伝いに行くでござる。ソーリア殿を起こす力仕事をアビゲイル殿だけには任せておけぬでござるからな」
 そう言って、ムサシもまた、飛び出そうと、外に出て……。
「と、そうだ。余計なお世話かもしれんでござるが……」
 足を止めて振り返った。
「内緒話をしたいなら、ここでするのはお勧めしないでござるよ。こう言うと良い印象を抱かれないかもしれぬが、この「キュレネ」において、アビゲイル殿の目と耳の届かぬところはないでござるからな」
 そんな言葉を言って、今度こそ食堂を出て行った。
 三人はその後、思わず沈黙して。
「どう言うことでしょう?」
 最初にジャンヌが口を開いた。
「「キュレネ」は思っていた以上に、アビゲイルの権力が強い場所みたいね。さっきの言葉的に、監視もしている、ってことなのかしら」
「まぁ、あの女の性格的にやっててもおかしくないでしょ」
 エレナが冷静にそう呟くと、アリスが頷いた。
「だとしたら、その言葉も聞かれてるんじゃ……」
「だからなによ、その程度で、怒って追い出しにくる程度の器なら、もう話はそこまでよ」
「私は安全なら監視されててもここに残りたいんですけど……」
 「キュレネ」のあり方に疑問を覚えるエレナ、そもそもアビゲイルを信用出来ないアリスの二人に対し、ジャンヌはすっかり「キュレネ」に居着いてもいいと考えていた。
 ほんのわずかだが、三人の思想にはズレが生じ始めていた。

 

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