三人の魔女 第13章

 

 エレナ達はアリスのいる中央アフリカ共和国のビラウに近づいてきたあたりで車を止めざるを得なかった。
「結構な数ね」
「アリスさんを探してるんでしょうか?」
「かもね」
 新月の暗さに助けられる夜の暗闇の中、草むらの陰で二人の少女が囁き声を交わす。
 魔女狩り達が街を徘徊していたのだ。
「私たちの手配、ここまで来てるでしょうか?」
「確かめる気にはなれないわね……」
 エレナとアリスが発見された地点からここまでは国を二つ挟んではいるが、発見から既に一週間程度が経過しており、その間に手配範囲がどの程度拡大しているかは謎だ。
 確かめるためには実際に魔女狩りの前に姿を晒すしかないが、もし手配範囲に含まれてたら、自分達も再び追われることになってしまう。
「けど、せっかく手配されてないのにこうやって隠れて移動してたらそれはそれで怪しいですよね?」
「それね。もし手配されてなくても、怪しまれれば、流石に時間をかけてでも全手配データと照会するでしょうし、奴らのリーダーが使ってるサーバーだし、どれだけ低く見積もってもqubit完全搭載の量子コンピュータなのは間違いない、ものの数分で判明するわね」
「量子はよく分かりませんけど、そうですよね」
「ま、見つからなければいいのよ」
 エレナがスマホを取り出し、マップを呼び出す。
「アリスのいると思われる施設はここ。敵の配置と警備ルートさえ分かれば、それを潜り抜けるルートはあるはずよ」
「その配置はどうやって突き止めるんです?」
「街の東側に移動しつつ、日が登るのを待ちましょう。そしたら、太陽の光に紛れて超新星パルサーの力を使えるわ」
 超新星の力は敵の動きをトラッキングすることができるが、なにせ強く輝くので目立つ。この新月は二人が隠れるのにも役立つ一方、超新星の輝きがより目立つ状況になってしまっていた。
「なるほど」
 二人は頷き、街を遠巻きにしながら、街の東へ歩き始める。

 

「周囲の倉庫もだいぶやられてきたわね……。ここが見つかるのも時間の問題か」
 建物の壁にもたれかかりながら、天井を仰ぐ。
「投了かい、アリス」
 壁を抜けて白い装束の少年が姿を表す。
「あら、サリ。私の魂を導きに来たの?」
 アリスはその幽霊と見まごう彼に、懐かしそうな顔で話しかける。
「本当に終わりのつもりなのか、アリス」
 サリと呼ばれたアリスの古き友がアリスに問いかける。
「そんなつもりはなかったんだけど、色々とまずったわ。それで、何しにきたの、サリ。あなたは唯一無二の神に使える御使いでしょう? こんなところで油を売ってていいわけないわ」
「もう我らの主はこちらを見てなんていないよ。最初の頃は面白がっていたけど、もう今は3つあるその目の一つたりとも地球に向けていない」
「あら、思ったより薄情なのね、私達の唯一無二の神様は。じゃあ、あなたも捨てられたの?」
「あぁ。後はこの魔力の器が朽ち果てるに任せるだけさ。けどその前に、僕の盟友から頼まれてね」
「あなたの盟友……シン姉様?」
「あぁ。僕の命尽きるまで、弟子の命を守ってほしい、とね」
 サリと呼ばれた御使いの言葉にアリスは思わず笑う。
「あはは、死を司るあなたが、命を守る? 面白い。皮肉な話ね」
「受肉した以上、どうしても人に似るのさ。《神に似たもの》なんて、ある任務のために返事した日本人少女の見た目がやけに気に入って、西洋の任務でさえずっとその見た目と名前をしていたよ」
「ふぅん。で、そのミカはどこに?」
「さぁね。最後に会ったときは、死ぬ前に会いたい人がいる、とか言ってたけど」
「なら貴方と似たようなものね」
「そうかい?」
「だってわたしを守るってことは、ここで死ぬってことだもの。死に場所を選びに来たって意味では同じじゃない?」
「なるほど、確かに。それは君の言う通りだ」
 サリがなるほど、と頷く。
「次はこの倉庫だな。いくぞ?」
「あぁ」
 外から話し声が聞こえる。
 【開閉システムがオーバーライドされました】
「お迎えが来たみたいね」
「僕らの主を信奉するものを迎えるのは僕の仕事だ。他には譲らない」
 サリの手元に大鎌が出現する。
 シャッターが開かれる。
 サリの背中に大きな純白の翼が出現する。
 二人の魔女狩りが踏み込んでくる。
 サリの頭上に美しく輝く光の輪が出現する。
「魔女か!」
 大鎌が持ち上がる。
「否」
 短く否定すると同時、横一文字に振われた大鎌が魔女狩り二名の首を両断する。
「僕は御使い。七大天使が一角、《神の命令》サリエル
 彼こそは全能たる唯一神に使える十二の御前天使の一体、七大天使の一角。
 神の命令を忠実にこなし、命を刈り取り、命を運び、時に悪の道に堕ちた同族天使さえ刈り取り、血の涙を流す死の天使。
 その特殊性ゆえに堕天使だと解釈されることや、魔女との繋がりを示唆される事もある。
 満ち欠けし変化する月を象徴する。
 多くの宗派において儀典とされるエノク書でその名が知られる大天使。
 即ち、御使い《神の命令》。

 

 その名を誇示するように、頭上の光の輪ハイロウが一際輝き、空には満月が輝く。
 今では魔女の存在を残して失われた神秘、その一欠片が、一つの契約と一人の魔女の力の後押しで、今ここに現界した。

 

「魔女……いや、まさか、基盤情報現出体か!? か、囲んで仕留めろ」
 リーダーが叫び、魔女狩り達が集まり、《神の命令》を囲う。
 一列目の魔女狩りはその二叉の槍を構え、それより後ろの魔女狩り達は一斉に槍の石突を地面にぶつけて音を立てる。

 

 その頃、東へ移動中のエレナとジャンヌ。
「エレナさん、町の様子が変です。あの槍の音が!」
 ジャンヌがエレナの方を向くと、エレナは空を見上げていた。
「天頂に満月が……さっきまで新月だったはずなのに。何が起きてるの……?」
「エレナさん!」
 空を見上げてぶつぶつつぶやくエレナをジャンヌが揺らす。
「あ、ごめんなさい、ジャンヌ、なんの話だったかしら」
「町の様子が変なんです。私達を追うときに魔女狩りがやる槍を突き立てる音が」
「なんですって? ……アリスが見つかったのかも」
「そうなんですか?」
「えぇ。魔女狩りが槍の石突を地面に突き立てて音を立てるのはイルカやシャチのクリック音みたいなもの。敵を追い立て、味方とコンタクトを取る方法なのよ。だから、敵を見つけたと言うサインなのは間違いないと思う。しかも鳴り続けてる。追われてるわ」
「そうだったんだ……。ど、どうしましょう」
「行くしかないわ。幸い場所は分かり易い。一気に行きましょう」
 二人が駆け出す。寝静まった街の中、魔女狩りたちはある一点に向けて移動中。
 街中を駆ける二人の少女にそのオーグギアを向けたものがいなかったのは幸いと言えた。

 

 アリスに視点を戻そう。
The ants go marching one by oneアリの兵隊が一人ずつ進む, hurrahフレー, hurrahフレー
 アリスが歌を紡ぐ……が、その隙の大きい攻撃の予兆を見逃す魔女狩りはいない。
「危ない」
 必然的にサリはこれを庇う事になるが、これはかなり厳しい。
 サリの大鎌を防ぐには細長い柄で受け止めるしかなく、これは二叉の槍相手、しかも複数相手ではかなり困難を極める。一度防戦になれば、防ぐ形で柄が固定され、もはや次に攻撃に転じることは難しい。
 とはいえ、そこは神秘たる御使い。自身の大鎌を速やかに放棄し、すぐに次の大鎌を実体化させる。魔女の魔法と全く同じ、神秘レイヤーに干渉する事による物体の実体化である。
 使えぬ大鎌を押し付けられ後ろにのけぞった魔女狩りの首をまとめて刈り取る。
To get out of the rain雨は抜けた, BOOMオー! BOOMオー! BOOMオー!」
 サリの時間稼ぎが功を奏し、アリスの歌唱により、周囲に十体のアリの兵隊が出現し、魔女狩りの武器を抑える。
 ただ、相手は街全体に張っていた魔女狩り。どんどん集合してきている中で、たかだか十体の魔女狩りの武器を抑えたとて、なんになるだろう。
 二人の連携は決して悪くない。
 サリとアリスを狙う攻撃をアリスがアリで防ぎ、その隙を突いてサリが攻撃する。
 攻撃に特化したサリと、防御に特化させたアリス。
 ただ、単に、アリの兵の数が少なすぎる。
 純粋な戦力の差はそう簡単には埋まらない。極端な話としてどちらかが戦闘単位一つ分多いだけでも、一戦闘単位は二対一で戦うことを余儀なくされ、そうなると、そこから戦線は瓦解していく。
 今、サリが攻撃能力で圧倒しているように、戦闘単位の戦力が必ずしも同等とは限らないため、二対一の話は極めて単純化された机上の話に過ぎないが、いずれにせよ戦闘単位の数の差が激しければ激しいほど、この理屈が成立する。
 アリスは続けて歌を歌い、更なるアリを呼ぼうとするが、アリの兵隊の召喚という歌の脅威を正確に理解した彼らは、前より躍起になってアリスを止めようと殺到する。
 敵の数が増え、サリは大鎌を横に構えて複数の槍をまとめて受け止める。
「流石に、抑えられない。この槍、い……」
 その言葉にアリスもいよいよ終わりを覚悟する。
「アリスーーーーーーーーーー!」
 ――最後にせめてもう一度エレナの声を聞きたかった。
 そんな物語の悲劇のヒロインのように回顧するアリス。
「ダメですよエレナさん、止められちゃいますって」
「正面に壁でも展開して押し切りなさーい!」
 ――いや、もう声はいいから、ここからは過去の回想を。
「アリス! あぁもう、ジャンヌ、もっと手を伸ばして」
「やってます、よ」
 ――もう、本当にここまで来てるみたいじゃない。そしてエンジン音うるさいな。今時ガソリン車?
 ――って、エンジン音?
 アリスが目を開ける。
 眩しい光がアリスの目を襲う。
 思わぬ光に驚きながら、薄目を開けると、そこにいたのは、車に乗ってまさにこちらに突貫してくるエレナの姿だった。
「ひ、退けっ!」
 相手は魔女なんだから槍を突き立てればいいのに。自分の命を優先した群体となり損ねた魔女狩り達は慌ててその車の突進を回避した。
「アリス、ジャンヌの手を!」
 車が近づく。エレナの言葉がアリスの耳に届く。
 けれど、この時点でなおアリスの心は揺れていた。
 ――どうして、ここに?
 とか、
 ――二人を魔女狩りに追わせてしまった私に二人の手を取る権利があるの?
 とか、
 ――私と一緒にいたら、また二人を「砲台」で危険な目に合わせてしまう
 とか、あとはでもやっぱり、
 ――エレナが私をここまで探しに来てくれた
 と言う喜びもあったり。
「まどろっこしい」
 動いたのはサリだった。
 アリスの前に移動してアリスの手を掴んで、一歩前に引っ張る。
 ちょうどそのタイミングで車がサリと重なる。伸ばした手は、ジャンヌが確かに掴み、そのまま車は走り去る。
「ナンバー記録。急いで手配をかけろ! 追跡だ!」

 

「ぷはっ、エレナ、どうして追ってきたの!」
 クッションとして下敷きになったジャンヌから転がり降りて座り、アリスがエレナに抗議する。
「何言ってんの。私達三人は仲間でしょ、勝手にリタイヤなんて許さないわ」
 当たり前でしょ、というエレナの答えに、アリスは一瞬言葉に詰まる。
「っ、けど、けど、私は、」
「魔法を操れないくらい何よ。そっちのジャンヌだってまだまだ十分に操れてないわよ」
 あはは、とジャンヌが笑う。
「……確か、に、そう、ね」
 アリスがぎこちなく応じる。アリスは魔法を十分に操れずエレナに迷惑をかけるジャンヌを内心疎ましく思っていたので、それと同じ、と言われてしまい、自身の狭量さが跳ね返ってくる形となったのだった。
「それと、……あー、アリス、私の代わりにあれを渡してあげて」
「はい」
 運転中で手が離せないエレナは、何かを手に取ろうとして、諦めてジャンヌに託す。
 その言葉と動きだけで意図を理解したジャンヌは、助手席の紙袋を手に取り、アリスに渡す。
「これは……、あっ」
 アリスは首を傾げながら紙袋の中を見て、驚いたように中のヘッドホンを持ち上げる。
「今度はなくさないようにしなさいよ」
「嘘でしょ、エレナ、気付いてたの?」
「残念だけど、私は全然。なんならアリスがいなくなった理由すらわかってなかったわ。気付いたのはジャンヌよ。他にも色々よく気がついてくれて助かってるわ」
「で、でも、ヘッドホンをアリスさんに渡そうって言い出したのはエレナさんなんですよ。まさか、偶然とは思ってませんでしたけど」
 自分が内心見下していたジャンヌに救われたと知り、驚くアリス。

 

「……ごめんなさい」
 話が終わって少しして、静かになったタイミングでアリスは隣のジャンヌにだけ聞こえる声で小さくそう言った。
 エレナの気付いていないアリスのジャンヌへの感情を、ジャンヌは気付いているのだろうと思ったからだ。
「私がエレナさんの迷惑になってるのは事実ですから」
 心優しい、あるいは単に気弱なジャンヌは、アリスの謝罪をあっさりと受け入れた。
「この辺の影に隠して、ここからは歩きましょう。ナイル川下りルートは諦めるにしても、向かう先はやっぱりアレクサンドリアしか無いと思うから」
 二人が頷き、車を降りる。
「こんな車、どこで見つけたの?」
「あんたの家の別荘からよ。今どきガソリン車なんて珍しいけど、おかげでオーグギアとのリンク系統が一切なくて助かったわ」
 今どきの車は鍵もオーグギアとのリンクで成り立っている。そのもう少し昔は生体認証などもあったが、オーグギアとのリンクであれば生体認証はオーグギアが行ってくれるし、オーグギアを装備した状態でハンドルを握るだけでエンジンがかかるので、手間がない。今となっては完全に主流の方式だった。
 が、ラウッウィーニ別邸のガソリン車はそれよりさらに昔のもので、一昔前の車泥棒が回路をゴニョゴニョしてエンジンをかけるまさにアレだった。エレナはその返納構造を知っていたため、あっさりとそのエンジンを掛けることに成功したのである。
 さらに良いことに、最近の車にお決まりの位置記録システムはなく、当時はまだ現役だったGPSのみ。当然、異星人防護ネットで覆われた今では使用不可能。要は、追跡される可能性も低いと来ていた。
 とはいえ、ナンバーを控えられた以上、これよりさらにずっと走っていれば対抗車両のドライバーのオーグギアにより通報されることは疑いなく、結論として、一行は車を降りて北上することとなった。
「ありがとう、サリ」
 アリスは街の方に視線を贈り、助けてくれた盟友にお礼を告げる。
「どういたしまして、アリス」
 と、車の中から降りながらサリが返事した。
「へっ、サリ?」
 驚いて振り返るアリス。
「どうしたんだい?」
「なんでここに?」
「なんでって、この車の衝突するところだったから、僕の権能の一つである透過で避けたんだけど……あれ、一瞬しか効果がないからね。ずっとアリスの隣りに座ってたよ」
 ――気付いてなかった……
 完全に意識がエレナとジャンヌに向かっていて気付いていなかったアリスだった。

 

 その頃、某所。すべてが灰色の円形の広間にて。
「基盤情報現出体の存在が確認されたそうです。《神の命令》を自称したとか」
「興味深い。魔女と目覚めたインクィジターがいたのか。なにか情報は?」
「こちらです」
 一人が結晶のような記録媒体を目の前のソケットに差し込む。
「アリス・ラウッウィーニ。なるほど、ラウッウィーニ商会の娘か。カッリストめ、娘可愛さに情報提供を怠ったな」
「制裁しますか?」
「当然だ! これは明白な我ら科学統一政府への裏切り。見せしめの必要性は語るまでもない!」
「いや、待て。冷静に考えるべきだ。今、世界中の流通の四分の一以上を担うかの商会を取り潰せば、それを補填するのは容易ならざる」
「なら、裏切り者を、カッリストを野放しにするつもりか!」
「そうは言わん。商会に干渉を強め、カッリスト無しで成立するようにしてやれ、そして孤立したところを、見せしめてやれば良い」
「それは名案。カッリストは賢き男、自身の首が真綿で少しずつ絞められていくのを感じ、苦しむでしょう。あるいは、自ら死を選ぶかもしれない」
「それは許すな。カッリスト無しで運用可能になる前に商会を潰してはならない。周囲の警察や警備を徹底させろ」
 まるですべてが自らの所有物であるかのように、彼らは一人の男と、一つの企業の行く末を決めていく。逃れるすべは、無い。
「それで、当のアリス……魔女名ユングについてはどうなさいます?」
「基盤情報現出体相手となると並の異端審問官では厳しかろう。元専門家を呼べ。手近にいるか?」
「こちらはどうでしょう? 元リチャード騎士団の筆頭騎士だった男です。対神秘との戦闘経験もあり、魔女狩りのスコアも上々です」
「素晴らしい。では彼に魔女ユング追跡を命じろ」
「元々この地区の異端審問官だった男はどうしましょう?」
「より僻地へ飛ばせ。無能は不要だ」
 そして同じように、エレナ達にも危機が迫ろうとしているのだった。

 

to be continued...

 

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