三人の魔女 第13章「再会の魔法」
ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。
しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。
その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。
なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。
コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、
しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。
またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは
絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。
タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?
海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。
その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。
不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。
アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。
エレナ達はアリスのいる中央アフリカ共和国のビラウに近づいてきたあたりで車を止めざるを得なかった。
「結構な数ね」
「アリスさんを探してるんでしょうか?」
「かもね」
新月の暗さに助けられる夜の暗闇の中、草むらの陰で二人の少女が囁き声を交わす。
魔女狩り達が街を徘徊していたのだ。
「私たちの手配、ここまで来てるでしょうか?」
「確かめる気にはなれないわね……」
エレナとジャンヌが発見された地点からここまでは国を二つ挟んではいるが、発見から既に一週間程度が経過しており、その間に手配範囲がどの程度拡大しているかは謎だ。
確かめるためには実際に魔女狩りの前に姿を晒すしかないが、もし手配範囲に含まれてたら、自分達も再び追われることになってしまう。
「けど、せっかく手配されてないのにこうやって隠れて移動してたらそれはそれで怪しいですよね?」
「それね。もし手配されてなくても、怪しまれれば、流石に時間をかけてでも全手配データと照会するでしょうし、奴らのリーダーが使ってるサーバーだし、どれだけ低く見積もってもqubit完全搭載の量子コンピュータなのは間違いない、ものの数分で判明するわね」
「量子はよく分かりませんけど、そうですよね」
「ま、見つからなければいいのよ」
エレナがスマホを取り出し、マップを呼び出す。
「アリスのいると思われる施設はここ。敵の配置と警備ルートさえ分かれば、それを潜り抜けるルートはあるはずよ」
「その配置はどうやって突き止めるんです?」
「街の東側に移動しつつ、日が登るのを待ちましょう。そしたら、太陽の光に紛れて
超新星の力は敵の動きをトラッキングすることができるが、なにせ強く輝くので目立つ。この新月は二人が隠れるのにも役立つ一方、超新星の輝きがより目立つ状況になってしまっていた。
「なるほど」
二人は頷き、街を遠巻きにしながら、街の東へ歩き始める。
「周囲の倉庫もだいぶやられてきたわね……。ここが見つかるのも時間の問題か」
建物の壁にもたれかかりながら、天井を仰ぐ。
「投了かい、アリス」
壁を抜けて白い装束の少年が姿を表す。
「あら、サリ。私の魂を導きに来たの?」
アリスはその幽霊と見まごう彼に、懐かしそうな顔で話しかける。
「本当に終わりのつもりなのか、アリス」
サリと呼ばれたアリスの古き友がアリスに問いかける。
「そんなつもりはなかったんだけど、色々とまずったわ。それで、何しにきたの、サリ。あなたは唯一無二の神に使える御使いでしょう? こんなところで油を売ってていいわけないわ」
「もう我らの主はこちらを見てなんていないよ。最初の頃は面白がっていたけど、もう今は3つあるその目の一つたりとも地球に向けていない」
「あら、思ったより薄情なのね、私達の唯一無二の神様は。じゃあ、あなたも捨てられたの?」
「あぁ。後はこの魔力の器が朽ち果てるに任せるだけさ。けどその前に、僕の盟友から頼まれてね」
「あなたの盟友……シン姉様?」
「あぁ。僕の命尽きるまで、弟子の命を守ってほしい、とね」
サリと呼ばれた御使いの言葉にアリスは思わず笑う。
「あはは、死を司るあなたが、命を守る? 面白い。皮肉な話ね」
「受肉した以上、どうしても人に似るのさ。
「ふぅん。で、そのミカはどこに?」
「さぁね。最後に会ったときは、死ぬ前に会いたい人がいる、とか言ってたけど」
「なら貴方と似たようなものね」
「そうかい?」
「だってわたしを守るってことは、ここで死ぬってことだもの。死に場所を選びに来たって意味では同じじゃない?」
「なるほど、確かに。それは君の言う通りだ」
サリがなるほど、と頷く。
「次はこの倉庫だな。いくぞ?」
「あぁ」
外から話し声が聞こえる。
【開閉システムがオーバーライドされました】
「お迎えが来たみたいね」
「僕らの主を信奉するものを迎えるのは僕の仕事だ。他には譲らない」
サリの手元に大鎌が出現する。
シャッターが開かれる。
サリの背中に大きな純白の翼が出現する。
二人の魔女狩りが踏み込んでくる。
サリの頭上に美しく輝く光の輪が出現する。
「魔女か!」
大鎌が持ち上がる。
「否」
短く否定すると同時、横一文字に振われた大鎌が魔女狩り二名の首を両断する。
「僕は御使い。七大天使が一角、
彼こそは全能たる唯一神に使える十二の御前天使の一体、七大天使の一角。
神の命令を忠実にこなし、命を刈り取り、命を運び、時に悪の道に堕ちた
その特殊性ゆえに堕天使だと解釈されることや、魔女との繋がりを示唆される事もある。
満ち欠けし変化する月を象徴する。
多くの宗派において儀典とされるエノク書でその名が知られる大天使。
即ち、御使い《神の命令》。
その名を誇示するように、頭上の
今では魔女の存在を残して失われた神秘、その一欠片が、一つの契約と一人の魔女の力の後押しで、今ここに現界した。
「魔女……いや、まさか、基盤情報現出体か!? か、囲んで仕留めろ」
リーダーが叫び、魔女狩り達が集まり、《神の命令》を囲う。
一列目の魔女狩りはその二叉の槍を構え、それより後ろの魔女狩り達は一斉に槍の石突を地面にぶつけて音を立てる。
その頃、東へ移動中のエレナとジャンヌ。
「エレナさん、町の様子が変です。あの槍の音が!」
ジャンヌがエレナの方を向くと、エレナは空を見上げていた。
「天頂に満月が……さっきまで新月だったはずなのに。何が起きてるの……?」
「エレナさん!」
空を見上げてぶつぶつつぶやくエレナをジャンヌが揺らす。
「あ、ごめんなさい、ジャンヌ、なんの話だったかしら」
「町の様子が変なんです。私達を追うときに魔女狩りがやる槍を突き立てる音が」
「なんですって? ……アリスが見つかったのかも」
「そうなんですか?」
「えぇ。魔女狩りが槍の石突を地面に突き立てて音を立てるのはイルカやシャチのクリック音みたいなもの。敵を追い立て、味方とコンタクトを取る方法なのよ。だから、敵を見つけたと言うサインなのは間違いないと思う。しかも鳴り続けてる。追われてるわ」
「そうだったんだ……。ど、どうしましょう」
「行くしかないわ。幸い場所は分かり易い。一気に行きましょう」
二人が駆け出す。寝静まった街の中、魔女狩りたちはある一点に向けて移動中。
街中を駆ける二人の少女にそのオーグギアを向けたものがいなかったのは幸いと言えた。
アリスに視点を戻そう。
「
アリスが歌を紡ぐ……が、その隙の大きい攻撃の予兆を見逃す魔女狩りはいない。
「危ない」
必然的にサリはこれを庇う事になるが、これはかなり厳しい。
サリの大鎌を防ぐには細長い柄で受け止めるしかなく、これは二叉の槍相手、しかも複数相手ではかなり困難を極める。一度防戦になれば、防ぐ形で柄が固定され、もはや次に攻撃に転じることは難しい。
とはいえ、そこは神秘たる御使い。自身の大鎌を速やかに放棄し、すぐに次の大鎌を実体化させる。魔女の魔法と全く同じ、神秘レイヤーに干渉する事による物体の実体化である。
使えぬ大鎌を押し付けられ後ろにのけぞった魔女狩りの首をまとめて刈り取る。
「
サリの時間稼ぎが功を奏し、アリスの歌唱により、周囲に十体のアリの兵隊が出現し、魔女狩りの武器を抑える。
ただ、相手は街全体に張っていた魔女狩り。どんどん集合してきている中で、たかだか十体の魔女狩りの武器を抑えたとて、なんになるだろう。
二人の連携は決して悪くない。
サリとアリスを狙う攻撃をアリスがアリで防ぎ、その隙を突いてサリが攻撃する。
攻撃に特化したサリと、防御に特化させたアリス。
ただ、単に、アリの兵の数が少なすぎる。
純粋な戦力の差はそう簡単には埋まらない。極端な話としてどちらかが戦闘単位一つ分多いだけでも、一戦闘単位は二対一で戦うことを余儀なくされ、そうなると、そこから戦線は瓦解していく。
今、サリが攻撃能力で圧倒しているように、戦闘単位の戦力が必ずしも同等とは限らないため、二対一の話は極めて単純化された机上の話に過ぎないが、いずれにせよ戦闘単位の数の差が激しければ激しいほど、この理屈が成立する。
アリスは続けて歌を歌い、更なるアリを呼ぼうとするが、アリの兵隊の召喚という歌の脅威を正確に理解した彼らは、前より躍起になってアリスを止めようと殺到する。
敵の数が増え、サリは大鎌を横に構えて複数の槍をまとめて受け止める。
「流石に、抑えられない。この槍、
その言葉にアリスもいよいよ終わりを覚悟する。
「アリスーーーーーーーーーー!」
(最後にせめてもう一度エレナの声を聞きたかった)
そんな物語の悲劇のヒロインのように回顧するアリス。
「ダメですよエレナさん、止められちゃいますって」
「正面に壁でも展開して押し切りなさーい!」
(いや、もう声はいいから、ここからは過去の回想を)
「アリス! あぁもう、ジャンヌ、もっと手を伸ばして」
「やってます、よ」
(もう、本当にここまで来てるみたいじゃない。そしてエンジン音うるさいな。今時ガソリン車?)
(――って、エンジン音?)
アリスが目を開ける。
眩しい光がアリスの目を襲う。
思わぬ光に驚きながら、薄目を開けると、そこにいたのは、車に乗ってまさにこちらに突貫してくるエレナの姿だった。
「ひ、
相手は魔女なんだから槍を突き立てればいいのに。自分の命を優先した群体となり損ねた魔女狩り達は慌ててその車の突進を回避した。
「アリス、ジャンヌの手を!」
車が近づく。エレナの言葉がアリスの耳に届く。
けれど、この時点でなおアリスの心は揺れていた。
(どうして、ここに?)
とか、
(二人を魔女狩りに追わせてしまった私に二人の手を取る権利があるの?)
とか、
(私と一緒にいたら、また二人を「砲台」で危険な目に合わせてしまう)
とか、あとはでもやっぱり、
(エレナが私をここまで探しに来てくれた)
と言う喜びもあったり。
「まどろっこしい」
動いたのはサリだった。
アリスの前に移動してアリスの手を掴んで、一歩前に引っ張る。
ちょうどそのタイミングで車がサリと重なる。伸ばした手は、ジャンヌが確かに掴み、そのまま車は走り去る。
「ナンバー記録。急いで手配をかけろ! 追跡だ!」
「ぷはっ、エレナ、どうして追ってきたの!」
クッションとして下敷きになったジャンヌから転がり降りて座り、アリスがエレナに抗議する。
「何言ってんの。私達三人は仲間でしょ、勝手にリタイヤなんて許さないわ」
当たり前でしょ、というエレナの答えに、アリスは一瞬言葉に詰まる。
「っ、けど、けど、私は、」
「魔法を操れないくらい何よ。そっちのジャンヌだってまだまだ十分に操れてないわよ」
あはは、とジャンヌが笑う。
「……確か、に、そう、ね」
アリスがぎこちなく応じる。アリスは魔法を十分に操れずエレナに迷惑をかけるジャンヌを内心疎ましく思っていたので、それと同じ、と言われてしまい、自身の狭量さが跳ね返ってくる形となったのだった。
「それと、……あー、ジャンヌ、私の代わりにあれを渡してあげて」
「はい」
運転中で手が離せないエレナは、何かを手に取ろうとして、諦めてジャンヌに託す。
その言葉と動きだけで意図を理解したジャンヌは、助手席の紙袋を手に取り、アリスに渡す。
「これは……、あっ」
アリスは首を傾げながら紙袋の中を見て、驚いたように中のヘッドホンを持ち上げる。
「今度はなくさないようにしなさいよ」
「嘘でしょ、エレナ、気付いてたの?」
「残念だけど、私は全然。なんならアリスがいなくなった理由すらわかってなかったわ。気付いたのはジャンヌよ。他にも色々よく気がついてくれて助かってるわ」
「で、でも、ヘッドホンをアリスさんに渡そうって言い出したのはエレナさんなんですよ。まさか、偶然とは思ってませんでしたけど」
自分が内心見下していたジャンヌに救われたと知り、驚くアリス。
「……ごめんなさい」
話が終わって少しして、静かになったタイミングでアリスは隣のジャンヌにだけ聞こえる声で小さくそう言った。
エレナの気付いていないアリスのジャンヌへの感情を、ジャンヌは気付いているのだろうと思ったからだ。
「私がエレナさんの迷惑になってるのは事実ですから」
心優しい、あるいは単に気弱なジャンヌは、アリスの謝罪をあっさりと受け入れた。
「この辺の影に隠して、ここからは歩きましょう。ナイル川下りルートは諦めるにしても、向かう先はやっぱりアレクサンドリアしか無いと思うから」
二人が頷き、車を降りる。
「こんな車、どこで見つけたの?」
「あんたの家の別荘からよ。今どきガソリン車なんて珍しいけど、おかげでオーグギアとのリンク系統が一切なくて助かったわ」
今どきの車は鍵もオーグギアとのリンクで成り立っている。そのもう少し昔は生体認証などもあったが、オーグギアとのリンクであれば生体認証はオーグギアが行ってくれるし、オーグギアを装備した状態でハンドルを握るだけでエンジンがかかるので、手間がない。今となっては完全に主流の方式だった。
が、ラウッウィーニ別邸のガソリン車はそれよりさらに昔のもので、一昔前の車泥棒が回路をゴニョゴニョしてエンジンをかけるまさにアレだった。エレナはその返納構造を知っていたため、あっさりとそのエンジンを掛けることに成功したのである。
さらに良いことに、最近の車にお決まりの位置記録システムはなく、当時はまだ現役だったGPSのみ。当然、異星人防護ネットで覆われた今では使用不可能。要は、追跡される可能性も低いと来ていた。
とはいえ、ナンバーを控えられた以上、これよりさらにずっと走っていれば対抗車両のドライバーのオーグギアにより通報されることは疑いなく、結論として、一行は車を降りて北上することとなった。
「ありがとう、サリ」
アリスは街の方に視線を贈り、助けてくれた盟友にお礼を告げる。
「どういたしまして、アリス」
と、車の中から降りながらサリが返事した。
「へっ、サリ?」
驚いて振り返るアリス。
「どうしたんだい?」
「なんでここに?」
「なんでって、この車の衝突するところだったから、僕の権能の一つである透過で避けたんだけど……あれ、一瞬しか効果がないからね。ずっとアリスの隣りに座ってたよ」
――気付いてなかった……
完全に意識がエレナとジャンヌに向かっていて気付いていなかったアリスだった。
◆ ◆ ◆
その頃、某所。すべてが灰色の円形の広間にて。
「基盤情報現出体の存在が確認されたそうです。《神の命令》を自称したとか」
「興味深い。魔女と目覚めたインクィジターがいたのか。なにか情報は?」
「こちらです」
一人が結晶のような記録媒体を目の前のソケットに差し込む。
「アリス・ラウッウィーニ。なるほど、ラウッウィーニ商会の娘か。カッリストめ、娘可愛さに情報提供を怠ったな」
「制裁しますか?」
「当然だ! これは明白な我ら科学統一政府への裏切り。見せしめの必要性は語るまでもない!」
「いや、待て。冷静に考えるべきだ。今、世界中の流通の四分の一以上を担うかの商会を取り潰せば、それを補填するのは容易ならざる」
「なら、裏切り者を、カッリストを野放しにするつもりか!」
「そうは言わん。商会に干渉を強め、カッリスト無しで成立するようにしてやれ、そして孤立したところを、見せしめてやれば良い」
「それは名案。カッリストは賢き男、自身の首が真綿で少しずつ絞められていくのを感じ、苦しむでしょう。あるいは、自ら死を選ぶかもしれない」
「それは許すな。カッリスト無しで運用可能になる前に商会を潰してはならない。周囲の警察や警備を徹底させろ」
まるですべてが自らの所有物であるかのように、彼らは一人の男と、一つの企業の行く末を決めていく。逃れるすべは、無い。
「それで、当のアリス……魔女名ユングについてはどうなさいます?」
「基盤情報現出体相手となると並の異端審問官では厳しかろう。元専門家を呼べ。手近にいるか?」
「こちらはどうでしょう? 元リチャード騎士団の筆頭騎士だった男です。対神秘との戦闘経験もあり、魔女狩りのスコアも上々です」
「素晴らしい。では彼に魔女ユング追跡を命じろ」
「元々この地区の異端審問官だった男はどうしましょう?」
「より僻地へ飛ばせ。無能は不要だ」
そして同じように、エレナ達にも危機が迫ろうとしているのだった。
to be continued...
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