三人の魔女 第12章

 

 向かうと決めた場所はエレナたちにとってはあまりに遠い場所だった。
 エレナたちのいるジプチのガラフィから中央アフリカ共和国まで、直線距離でも1,881km程度。それもあくまで南スーダンと中央アフリカの国境までの話で、実際の目的地はそれよりさらに奥だ。
 南スーダンとの国境、という言葉にも注目が必要だろう。
 そう、ジプチから中央アフリカ共和国までの間には、エチオピアと南スーダン、二つの国を横断する必要がある。
 魔法で馬や魔法の箒を生み出せるアリスならともかく。
 星を見てエフェクトさせるのが主なエレナや、壁を作るだけのジャンヌにはおおよそ現実的な距離ではない。


「間に合うんですかね?」
 不安そうにジャンヌが呟く。まぁ一週間ものろのろと移動していたらそういう不安も生まれるというものだろう。
「分からないわ、アリスがどれくらい待ってくれるか、ね」
 まして自分達はこの辺一帯では手配されている対象だ。
 主な幹線道路はまず使用できないと見ていい。
 それゆえにこのような道無き道を歩く羽目になり、よりペースは落ちる。
「パソコンに詳しいハッカー魔女とか欲しいわね」
「そうですね。それかこう、テレポートみたいな」
 二人がないものねだり談義をしながら道無き道を進んでいく。
「何者だ! 動くなっ!」
 進行方向上に光の矢が突き刺さる。
「っ、敵対的な魔女!」
「ジャンヌ、射点は2時の方向、障壁を張って、走るわよ」
「は、はい!」
 ジャンヌが速やかに二時の方向、すなわち進行方向から見てやや右に壁を展開する。
「魔女か!」
 しかし、光の矢が壁に防がれた、その次の瞬間、展開された壁が逆戻しのように消えていく。
「ま、待ってくれ」
 待てと言われて待つ理由がない。まして向こうは飛び道具を持っている。二人はひたすらに走って逃げる。
「あぁ、もう」
 二人の間を矢が通り過ぎる。
 外れたことに安心する二人。直後、矢がUターンして戻ってくる。
 ——しまっ!
 油断した。回避が間に合わない。
 と思ったら再び弓が二人の間を通過していく。
「へ?」
 と同時、気がつくと二人は先ほど最初に矢を射られた場所に戻っていた。そして目の前には申し訳なさそうに頭を描く男が一人。
「すまない、てっきり魔女狩りかと……。謝りたくて戻って来てもらった」
 戻って来てもらった。それはつまり、今の瞬間移動はこの男が行った、そういう事だ。
「あなたがさっきの魔女なのね。名前は?」
「アーサー。魔女アーサーだ」
「ええっ。男の人なのに!?」
 ジャンヌが驚く。
「魔女ってのは統一政府が魔女狩りに擬えてつけた名前らしいからね。ってかオラルドさんは次男につけられる名前なんだから、オラルドさんの息子さんのオラルドさんだって男じゃない」
「言われてみれば……」
 それにしてもアーサーで矢、そして先程の現象。なるほど、とエレナは理解する。
「私とは天体関係仲間ね。私はエレナ。こっちはジャンヌよ」
「二人とも、よろしくお願いします。それでお二人はどうしてこちらに?」
「中央アフリカ共和国まで行きたいの。けど、幹線道路は監視されてるから使えなくて、それでこうして道無き道を歩いてるわけ」
「なるほど。てっきり我らの集落に用があるのかと」
「なるほど、貴方と、そしてその仲間たちはこの辺りに隠れてるのね、それは知らないこととはいえ申し訳ないことをしたわ」
 多くの魔女は人里を離れて隠れて生きている。そこに見知らぬ人間が近づけば、そりゃ警戒されるのも必然というものだろう。
「そんなことより、あなたの魔法だけど、詳しく聞かせてくれない? その効果は矢が到達しないと発動しないの? そしてどれくらい戻せるの?」
「限界を試したことはないな。だが、残念ながらこの矢は相手に到達しないと発動しない。君を手伝うのは無理だね」
「そうなのね……。それじゃ、私達は行くわ、お邪魔してごめんなさい」
「あぁ、待ちたまえ。魔女同士なんだ、うちの集落で少し休んで行きなさい」
 ずっと歩き詰めだった二人はお言葉に甘えることにした。

 

 走っている。何故こんなことになっているのかわからない。
 だが、止まれば死ぬと知っている。
 射音。しかしここは一直線、回避不能。
「ソーリア・ウォール!」
 後ろに手を向け発声する。炎の壁が出現し、飛来してくる矢を尽く焼く。
「ほう、思ったより機転が効くんだな。ただの馬鹿かと思ったが。……だが、それもここまでだな。お前は技を連発できない、だろ?」
 男のような口調で話す女性がシャリっとリンゴをかじり、再び矢を向ける。
「くっ」
 堪らず目を瞑る。
止まれ
 力ある言葉が放たれ、矢が命中直前に止まる。
「大丈夫かい、お嬢さん」
 矢を払いながら英国紳士のステレオタイプのような男が現れる。
「あ、あなたは?」
「私の名はアイザック。魔女だよ。男だがね」
「アイザック? ……なるほど、慣性取消イナーシャルキャンセルってわけ」
 リンゴを齧る射手がアイザックを睨む。イナーシャルキャンセル、SFなどに登場する、慣性そのものを打ち消すことでブレーキする仕組みだ。転じて防御に使われる時もある。
「いかにも。まぁ私の能力はそれだけではないがね」
「そうでだろうね……」
 射手は警戒する。魔女名アイザック、そして「慣性」。となれば、導き出される”元ネタ”は一つしかない。運動の第1法則慣性の法則を唱えたアイザック・ニュートン。そして運動の第一法則はニュートンの唱えた法則の一つだが、一つでしか無い。微分積分、万有引力、そして光学。確かに、慣性だけが彼の能力だけだとは思えない。
 魔女は一つのみの属性を持つ。だがそれは能力が一つであるということを意味しない。例えば夢の魔女を見るがいい。歌という触媒をベースに周囲一体の強制昏睡、馬の召喚、対象の金縛り、巨人の召喚、そして何より光学及び物理的攻撃手段を持つ「砲台」の召喚。全ては彼女の夢から呼び出された存在とはいえ、その能力の内容は多岐にわたる。
 即ち「曖昧な属性ほど条件は厳しいが多くのことができ、単純な属性ほど使うのは簡単だがそれ以外のことはなかなかできない」という基本原則である。
 射手は警戒する。もしアイザックの属性が「慣性」でしか無いなら、あれはハッタリだ。だが、もし、慣性を制御するのが属性の一端でしか無いようなより大きな意味を内包する属性であったら?
 あるいは、他の可能性もある。例えば、慣性を止めたかに見えるあの魔女が本当は「アイザック」などという魔女名でないとしたら、例えば運動の第1法則は。ガリレイやデカルトも提唱しており、ニュートンはそれをまとめただけだ。なら、この二名も「慣性」の属性を持つ可能性はあるだろう。あるいは、「イナーシャル・キャンセラー」を最初に発明したSF作家……流石にそれはないか。
 手の内の割れてない魔女同士の戦いとは、おおよそこのようなブラフゲームに終止することとなる。もちろん、例えばソーリア、例えばジャンヌのようなシンプルが故に強力な能力がすべてを破壊して勝つこともある。
「いいでだろう。ここは退こう」
 ここで敗北する愚は犯せない。そう判断した射手は、シャリっとリンゴをかじり、ワイヤーガンを天井に向けて発射し、巻き戻しの反動で飛び上がる。直後、自身の姿を羽の生えた女性の姿へと変え飛び去った。
「驚いたな。彼女は射撃が彼女の魔法かと思っていたが、違うのか?」
「ううん。プラトは変身こそが能力だよ。一度でも見た存在には何でも変身できるし、なんでも再現できる。もちろん、魔女でもね」
「なるほどね。ともかく無事で良かった。ちょうど近くで私達の仲間が会合をやるんだ、一緒に行かないかい?」
「会合……魔女の?」
「あぁ。一人では心細いだろう?」
「うん。逃げ回るだけの生活は嫌だし……」


 エレナ達が招かれたアーサー達の集落は魔女が5,6人程度で固まって住んでいる小さな小さな村だった。
「これ……結構開けた土地だけど、どうやって隠れてるの?」
「あの布を見てください……」
 小さな少女が現れ、空を示す。
「えーっと、空、よね?」
「実は布があるんです。私の能力でこっちからは空が見えるようになっているだけで」
「へぇ……ちなみに魔女名は?」
「えっと、ヴィクトルです」
「なるほど……メタマテリアルね?」
「そうです」
 少女が恥ずかしそうにうつむきながら答える。
「マイナーな名前だから魔女名を聞いてもピンとこない人が多くてね、ズバリ当てたから、喜んでるんだよ」
 アーサーが説明する。
 メタマテリアル、光を含む電磁波に対して、自然界の物質には無い振る舞いをする人工物質、特に負の屈折率を持った物質のことを指し、SF作品で語られ……どころか既に実用化されている光学迷彩に用いられる素材とされている。2032年の現在ではもはや現実に存在する物体だ。
「けどあれって、結構な熱を放出するとかって話じゃなかった?」
「そこでこの私、ジェームズの出番です。「熱」の魔女たるこの私が、あのメタマテリアルから熱を抜いているのです」
「それはすごい。魔女たちだからこそ出来るコンビネーションね」
 エレナは魔法という力の有効活用に興奮する。
「あとは劣化ですが、定期的に取り換えています。まぁ統一政府が人工衛星という便利なものを放棄してくれたお陰ですよ。自動観測気球さえ気にしておけば、オッケーなんですから」
 ジェームズが続ける。
 確かに、衛星からの偵察ががっつりと行われていれば交換のタイミングで発見される可能性は高くなる。だが、実際には地球をがっつりと覆う対異星人防護ネットによって人工衛星は使用できない。だから、風に流されるまま空から周辺の情報を取得する自動観測気球による情報とオーグギアから与えられる膨大なビックデータが全てとなる。
「ちなみに煙はどうしてるの?」
 一般論として、人類が生きるには火が必須だ。あるいは電気でもいいが、やはり一般的な発電には煙が上がる事は避けられないように思える。
「それはこの私、ジェームズが活躍しているのですよ」
 もう一人のジェームズが表れた。
「まぁ、そっくり。双子なの? 同じ属性?」
「双子なのはそうですが、私の属性は「joule」ではありません。「マクスウェルの魔Maxwell's demon」です」
「まぁ。こっちのジェームズはジェームズ・プレスコット・ジュールジュールの方で、そっちはジェームズ・クラーク・マクスウェルマクスウェルの方なのね」
「その通り。この私が空気中の熱量を発電機の貯水槽の水に移動させ、水を沸騰させてタービンを回しているのです」
「幸い、熱源には困っていないからね」
 メタマテリアルの幕が指差される。
「なるほどね」
 無からエネルギーを生み出せるとさえ言われたマクスウェルの悪魔の問題は「実際にはその行動にもエネルギーを要する」という形で解決しているのだが、属性としてマクスウェルの悪魔を体現する彼は文字通り、無からエネルギーを生み出せるらしい。と感心する
 エレナ。
 一方で、話についていけず、ずっとチンプンカンプンとなっているのがジャンヌだ。
「えっと、エレナさん。マクスウェルの悪魔って何ですか? どうしてそれで発電が出来るんですか?」
 会話が止まったタイミングを見計らってジャンヌが問いかける。
「えっと、そうね。ジャンヌ、熱ってどういうものか知ってる?」
「えーっと……?」
 首をかしげるジャンヌ。高校生にもなって、などと咎めるべきではない。なにせずっと魔女狩りに追いかけられていた彼女だ。学校などまともに通えていないのだから。
「熱っていうのは分子の運動……は分かりにくいか、振動、そう、振動ということにしておきましょう。熱というのは分子の振動なの。高い熱を持ってるほど、すっごく振動してて、冷えてるほど停止状態に近くなる。で、その平均値が熱なのよ」
「平均値?」
「あー、暑いお湯と冷たい水をまぜるとぬるま湯が出来るわよね?」
「はい」
「あれはすっごく振動している分子とほとんど振動してない分子の集団が混ざった状態なのよ。それぞれ半分ずつ存在してるから熱としては暑くもないけど冷たくもない状態になるわけ」
「な、なるほど……」
「あー、まぁ熱ってのは分子の振動なんだけど、全ての分子がその温度分振動してるわけじゃなくて、中には高温並みに振動してるものもあれば、低温並みに振動してるものもあるって事よ」
「なるほど。ぬるま湯はぬるま湯レベルの振動をしている訳ではなく、高温と低温の振動が両方あるからその中間の振動くらいの暑さになってるってことですね」
「そう、その理解でいいわ。で、その分子がずっと絶え間なく動いてるとして、ってことは、水槽の左とかに暑い分子が偏ったりする状態とかも発生するはずよね?」
「え、水槽? あ、あぁ。……そうですね、ずっと動いてるわけですから」
 突然水槽という要素が出てきて、ぬるま湯が入ったお風呂を想像していたジャンヌは一瞬混乱する。
「じゃあ、その分子の動きを全部見ることの出来る悪魔がいるとして、その悪魔がその偏った状態で水槽の真ん中に仕切りを入れたら、左の水槽はどうなるかしら?」
「それだけ暑い水の水槽になる……?」
「その通り。けどそれって変よね。熱は放っておくと冷めることはあるけど、何の仕事……あー、エネルギーを使って熱したりしない限り、暖かくなることなんてないはずでしょ?」
「でも、この悪魔にはそれが出来る?」
「そう。これは熱力学的におかしいことなの。まぁ、実際にはそれをするのにエネルギーが必要って証明されたんだけどね。ただ、こっちの魔女マクスウェル……ややこしいからそう呼んでいいわよね?」
「もちろん。と言うか、実は集落の皆がジュールとマクスウェル、と呼び分けている」
「でしょうね。この魔女マクスウェルは本当にエネルギーを消費せずに熱を好きに移動させられるみたい。だから、空気中に紛れてる高温の分子を水の中に放り込んで沸騰させられるってわけ」
「なるほど。それで、水が沸騰すると何で発電できるんですか?」
「……なるほど、発電機の仕組みね……」
 ジャンヌの魔法教育はもちろん、一般的な学校で学べる内容の教育もきちんとしないとならないかもしれない、そんな事を考えたエレナだった。

 

「ところで、アーサー、あなたの矢を対象にぶつけた直後に自身に魔法をかけたら、対象に魔法がかかるのが遅くなったりするのかしら」
「やった事ないが……」
「なら、実験してみない? うまくすれば、私達、とっても助かるかもしれないんだけど……。それから、マクスウェル、あなたの能力だけど……」

 

 翌日、それは幹線道路を爆走していた。
 ジャンヌの壁を横倒しにしたものを車台とし、そこに車輪と、マクスウェルの能力を借りることを前提としたモーター、そして、その「車」の姿を完全に覆い尽くすメタマテリアル光学迷彩。
 後ついでに、
「な、何で目隠しするんですか、エレナさん」
「内緒」
 それは横倒しになった車台をジャンヌが「これは壁ではない」と認識してしまえば消えてしまうからである。逆に言えばそう認識しない限り——ジャンヌが自身を守る壁が自身の目の前に展開されていると信じている限り——この車台は絶対に消えない。
 そしてモーター。このモーターには一本の矢とその矢の周囲をくるくると回るもう一本の矢がすぐ後ろを浮んでいる。
 これはアーサーの魔法。魔女アーサー、その由来は天体学者アーサー・エディントンである。即ちその属性は「時間の矢」。
 マクスウェルの魔法により水が蒸発。モーターが回転。マクスウェルの魔法第二弾が蒸気が持つ熱を空気中に逃すことで、蒸気が水に戻る。直後、時間の矢が発動、マクスウェルの魔法がもう一度発動し、水が蒸発。そして時間の矢自身に対し、もう一本の時間の矢が水槽に向かって放たれる時間の矢を巻き戻し続ける。
 車を止めるときは水槽の天井を開けてやると蒸気が全て飛んでいき、マクスウェルの魔法の対象が消失したことで時間の矢も目標を失い散逸、もう一本の時間の矢も目標を失い散逸する。全て、実験済みだ。一度止めたら二度と動かせないことだけが欠点といえよう。
 ちなみに性質上、メタマテリアルと蒸気の熱量の排出により結構な熱量が発生することになるが、幹線道路上は高熱源である車が大量に走っており、熱源探知では違和感を覚えられることはない。もし万一、サーモグラフィと有視界確認を同時に行う人間がいれば何もない位置に熱源が出来る訳だから違和感が生じるだろうが、わざわざそんなコストのかかる監視をする人間はいない。
 オーグギアは有視界のみ、熱源感知型の自動観測気球は熱源のみ、だ。
 目標はアリスのいる中央アフリカ共和国。「車」はどんどん進んでいく。

 

to be continue...

 

第13章へ

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 


 

「三人の魔女 第12章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。