三人の魔女 断章1

 

 メキメキメキ、ミシミシミシ、人の似姿を取っていたサリ、その原型を一切残さない異形がそこにはいた。
 辛うじて右腕に見える肉塊の先に握られた巨大な大鎌が唯一その異形がサリであることを示していた。
 その大鎌が振り上げられる。
「まずい、槍を構えろ! 受け止めるんだ!」
 後方で騎馬に乗り矢をつがえていたメドラウド二世の部下が慌てて魔女狩り達に叫ぶが、あまりの巨大さとその異貌に恐慌状態に陥っている魔女狩りにその警告は無意味だった。
 大鎌が斜めに振り下ろされる。
 それは物理的な攻撃ではない。「命を刈り取る」という概念、それをそのまま振り下ろしたようなものだ。
 サリだった異形の正面で辛うじて武器を構えていた魔女狩り達は一人残らず、槍とローブを残して青い炎と変わった。
 青い炎はそのまま上空へ飛び上がり、サリだった異形に取り込まれていく。
 青い炎を取り込んで、サリだった異形はますます巨大に、ますます人間離れした見た目に変じていく。
「くっ、やられた、メドラウド様には問題ないと言ったが、あそこまでの巨体となった御使いなど見たこと無いぞ……」
 その状況にメドラウド二世の部下は思わず尻込みする。
 ――持たされているシャルウルの矢はそんなに数が多くない。あの巨体に無造作に打ち込むだけではいたずらに矢を消費するだけだ。
 ジャンヌの壁や、まだ人間の姿を留めていたサリには有効打を与えていたシャルウルの矢だが、その実態は単に圧倒的に古いというだけのものに過ぎない。
 古いものは新しいものより優先されるというこの世界の法則を利用して、厄介な神秘をただその古さでもって圧倒する。神秘を使うことの許されない魔女狩り達の貴重な対抗策である。
 ただ、それは逆に言うと、神秘に突き立てれば即ち勝ち、というほど強力なものではない、ということだ。
 シャルウルの矢の威力が通用するのはあくまで当たった場所に限られる。故に、サリがあの巨体を手にした時点で、局面はシャルウルの矢を射れば勝てるというものではなくなっていた。
 サリだった異形が右腕らしき肉塊をメドラウド二世の部下に向けて伸ばし始める。
「ちっ」
 メドラウド二世の部下の一人は、躊躇を振り切り、シャルウルの矢を放つ。
 流石はメドラウド二世から直属の部下と認められるだけのことはある、というべきか、放たれたシャルウルの矢はサリだった異形の右腕を貫通し、右腕を完全に破壊せしめた。
 ――やはり単に矢を当てるだけではこの程度か……
 とはいえ、右腕を失わせたのは大きな意味がある。もはや人とは似ても似つかない見た目をしているとはいえ、地面と接地している肉塊は二本、胴体からは左右に一本ずつの肉塊、その上にぎょろりとした目のついた肉塊、とあくまで見た目は人間を踏襲している。
「この調子で、攻撃し、四肢を奪えば、あとはこちらのものだ」
 メドラウド二世の部下二人は頷き合い、シャルウルの矢を弓に番える。
 同時に矢が放たれる。
 それは素早くサリだった異形の二本の脚らしき肉塊を貫通し、サリだった異形を転倒させる……と思われた。
「――――――――!!」
 矢が命中する直前、この世のものとは思えぬ形容できない叫び声が一帯に響き渡る。
 その叫び声を受け、圧倒的な古さを誇り壊れることがないはずのシャルウルの矢が砕けて消えた。
「なっ」
 メドラウド二世の部下二人が驚愕する。たかだか咆哮一つで圧倒的に古いシャルウルの矢が砕けたから……ではない。
 厳密にはそれも含まれるが、彼らの驚愕はもっと根源的なところにあった。
「神性情報を音声の形で外部に出力したのか! しかも、シャルウルの矢の情報圧を上回るほどの出力で!」
 その驚愕がメドラウド二世の部下の口から語られる。
 ――そんな権能をサリエルが持っているはずがない、まして、既にこの世界に神性情報など……
 それはありえない事だった。科学統一政府が神秘根絶を目指し行動し、宗教を廃した結果、この世界で「神の力」である神性を発揮できるものなど、どこにもいるはずがないのだ。少なくともそれが彼らの認識だった。
 さらに、神性を得られたとして、それを音声の形で外部に行使するというのは、サリエルという御使いの持つ”機能”に含まれないはずだった。
 御使いはそれぞれが神から与えられた”機能”を持ち、ごく僅かな例外を除いてその”機能”以外の能力は持たないのが通常だ。
 故に、今目の前で起きた現象は二重の意味であり得ないことだったのだ。
 二人は知らない。サリの身に起きたのは「堕天」などではないことを。
 彼の身に降り注いだのは彼の主からの祝福ギフト。恐ろしく禍々しい見た目に変異こそしたものの、サリは堕天などしていない。
 むしろ、神のたくさんの祝福を一身に受け、複数の”機能”を追加されていた。
 さっきのバインドボイスもその一つ。
 そして、例えば、ほら。
 メキメキメキ、ミシミシミシ、再び肉塊が蠢き、彼の右側に三本もの腕が、あるいは腕のように見える肉塊が出現する。
 この通り、復元能力まで備えていた。しかも、その姿は人間を踏襲してなど、いなかったのだ。
 ――くそ、核を見つけて、狙い撃つしか無いのか。この残りの矢で……
 無限に再生する敵。その対抗策はいくつかあるが、代表的なのは、核に当たる部分を破壊することだ。
 だが、それがどこにあるかは分からない。地道にあちこちを削って見つけ出すしか無いが、それをするには矢の数がとても足りない。
「おい、前を見ろ!」
「へ、うわっ!」
 考え事に浸りすぎた。メドラウド二世の部下は三本の腕に絡め取られる直前、慌てて騎馬から降りて、難を逃れた。
 騎馬がギシギシと触腕に締め上げられ、苦しそうな嘶きをあげる。圧迫による絶命はまもなくだろう。
「落ち着け、基本的なところから、まずは頭部、次に心臓を狙ってみよう。人間の姿を踏襲していなかったとなると、本当にあるか怪しいが……」
 先に落ち着きを取り戻していたもう一人の部下が、口を開く。
「あぁ」
 二人が再び弓に矢を番える。
「俺は頭を狙う」
「なら、心臓は俺が」
 しかしその前に、左腕が伸びてくる。
「ちっ、狙いはこっちか。せやぁっ!」
 騎馬に乗った方の部下が反応し、馬に拍車をかけて走らせる。左腕がそれを追いかける。
 ――今がチャンスだ。頭部を破壊できれば、やつも視界を失って狙えなくなるはず
 つまり、今は攻撃することこそが、結果的に仲間を救うことに繋がる。
 矢が放たれる。
 だが、矢が頭部に命中する直前。
「―――――――!!」
 再びバインドボイスが響き渡る。
 ――しまった、それがあったか!
 ついさっきのことなのに、完全に失念していた。
「まだだ!」
 背後から聞こえるその声。
 触腕に迫られていたもうひとりの部下が矢を射った。
 恐るべしはメドラウド二世に鍛えられたその腕か、放たれた矢は左腕を貫通して破壊しながら進み、見事に頭部を破壊せしめた。
「よっしゃ」
「さすが先輩……」
 だが、肉塊の動きは決して止まらない。左腕を今度は三本にしつつ、頭部もぐにょぐにょぐにょと何やら蠢き始めている。
「まだだ、まだ心臓がある。撃てるだけの矢で胸の辺りをひたすら狙え! 左右反対かもしれん、俺は左を狙うから」
「俺は右を狙う!」
 二本の矢が放たれる。頭部は再生中で視界もなければバインドボイスもない、即ち、回避不能。
 に、思われた。
 こちらを感知したのか、はたまた偶然か、サリだった異形は大きく跳躍して、その矢を飛び越えて回避した。
 その上、その落下先は……。
「まずい!」
 大きな音を立ててサリだった異形が着地する。
 大きく砂埃が舞う。
 そして、落下地点直ぐ側にいたメドラウド二世の部下二人は、大きく吹き飛ばされた。
「ぐっ」
 騎馬に乗っていた方の部下はそのまま木に頭をぶつけ、頭部を大きく損壊して絶命した。
 騎馬も転倒し、そのまま足を折って立ち上がれなくなった。
「く、くそ……」
 幸運にも生き残ったのは騎馬を失っていた方の部下。落下した先が腐葉土のたまっている箇所で、腐葉土がクッションとなって彼を受け止めたのだ。
「先輩、先輩!」
 生き残った方の部下が死んだ方の部下に駆け寄る。
 ――ひどい、頭部がこんなにパッカリと開いて、中身がこぼれだしてる……。
 これは死んでる、助かる余地がない、と生き残った方の部下は理解する。
 ――このままじゃ負ける。増援を呼ばないと……。
 部下はオーグギアで通信をしようとして、視界になんのオーバーレイもないことに気付く。
 ――しまった、さっき吹き飛ばされたときに壊れたのか。
 増援は呼べない。
 ならば、ここは離脱して直接助けを呼びに行こうと、騎馬を一瞥するが、その騎馬は今まさに、サリだった異形に”捕食”されるところだった。
 まさにそれは”捕食”だった。触腕で騎馬を捕え、口だったところに持っていくと、胴体が裂けてまるごと騎馬を飲み込んだのだ。
「ひっ……」
 生き残った部下はあんな死に方は嫌だ、と思った。
 僅かに心に残っていた「ここで奴を食い止めないと町に被害が出るかもしれない」なんて正義感は恐慌により一気に吹き飛んだ。
「いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 恐怖をかき消すために叫ぶ。そして、駆け出す。
 耳はないはずのサリだった異形はまるでそれに反応するかのように走り逃げる男の方を向く。
 再びの跳躍。
「うわっ!」
 突然の衝撃と舞い上がる土煙。男の体は再び舞い上がり、そのまま地面に落ちた。
 ――あ、足が痛い……う、動かない……
 男の脚は骨折していた。
 そんな男の眼前にサリだった異形は立ちふさがった。
「あ……あ……」
 絶体絶命、もはや助かる道はない。
 男はその運命を思い知らされた。体中の筋肉が弛緩し、自身の股間と地面が小水で濡れる。
 サリだった異形の触腕が伸びる。
 男は静かに、目を閉じた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 目を閉じた暗闇の中、男はそんな女性の裂帛が聞いた。
 目を開けると、黒い長髪の女性が空中でトゥクルの槍で振るい、サリだった異形を後方に押し戻し、転倒させた。
 女性はトゥクルの槍をサリだった異形にぶつけた反動で、再度空中に飛び上がり、一回転して、地面に着地する。
「あ……あんたは……」
 絞り出すような男の声に、女性は男を一瞥し、再びサリだった異形に視線を戻す。
 女性はバイザーをつけていて、顔はわからなかった。
 サリだった異形は転倒したまま、速やかに四方に新たな肉塊を出現させ、四つ足になって立ち上がる。
 女性は再び飛び上がる。
 恐るべしはその跳躍力だ。ノミが人間サイズだったらこれだけ飛べる、という例えがあるが、まさにそれだけの跳躍。もちろんそれは彼女がノミ人間であるという意味ではない。
「これで、終わりです、御使い」
 トゥクルの槍に見慣れない白い粒子がまとわりつく。
 女性が空中でトゥクルの槍を空振りさせると、槍の先から白い粒子がサリだった異形に降りかかる。
 白い粒子がサリだった異形に降りかかると、いかなる科学か、サリだった異形の体を構成する肉塊をみるみるうちに分解していく。
「退くことは許さない。……コアは……そこか」
 肉塊が分解されていくうち、輝く球体の核が露出する。
「もらった。汎神秘、滅ぶべし」
 ガツン、と、核にトゥクルの槍が突き立てられる。トゥクルの槍はその圧倒的な古さを生かして、サリだった核を一撃で粉砕せしめた。
 女性が地面に降り立ち、トゥクルの槍を背中のホルダーに引っ掛ける。
 その背後で、サリだった異形が消滅していく。
「あ……あんたは……」
 男がもう一度問いかける。
 女性は男をもう一度一瞥して、何も言わず踵を返した。
「ま、待ってくれ、あんた、何者……」
 踵を返す瞬間に見えた肩のエンブレムは……。
「科学統一政府直属の……」
 そのエンブレムは一度だけ見たことがあった。そのエンブレムの魔女狩りどころか異端審問官にすら指示する権利を持つ、科学統一政府直属の組織の人間がつけていたのと同じものだ。
 男はその任務に同行することはなかったが、その時も魔女ではない神秘との戦いだったと聞く。魔女ではない神秘と戦う秘密組織、といったところだろうか。

 

 男がしばらく何も出来ずに座っていると、ようやくメドラウド二世が戻ってくる。
「すまない、オーグギアが破損したせいで森に迷わされていた。あの堕天使は倒したようだな」
「はい……」
 しかし、倒したのは私ではなく……と、メドラウド二世に事情を説明する部下。
「あの連中か……」
 その存在をメドラウド二世は知っていた。
 神秘根絶委員会。神秘の根絶を掲げる科学統一政府の一派、その戦力たちだ。
 あくまでその活動は人類に仇為す神秘にのみ許可されると思っていたが……。
 メドラウド二世の脳裏に三人の魔女から聞かされた言葉がよぎる。
 ――連中のことを調べるのが、まずは早道かもしれないな。
 メドラウド二世は密かに今後の方針を決定し。
「よし、帰ろう。お前だけでも無事で良かった」
 メドラウド二世は生き残った部下に自身の騎馬に乗せ、タンデム状態で騎馬を駆け出した。
 その先に待つのが希望か絶望か、まだ誰も、知らなかった。
 ただ、三つの目でその場を見つめる存在が「久しぶりに面白い見せ物を見た」とニタニタ笑うのみであった。

 

to be continued...

 

15章へ続く

 


 

 

「三人の魔女 断章1」の大したことのないあとがきを
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 フィクションの登場人物とシンクロしその力を使えるようになる謎の不思議なアイテム「アフロディーネデバイス」と「ピグマリオンオーブ」を巡る物語です。
 主人公の成瀬 太一は本作の主人公、エレナと本当の苗字が一致しており、かつ使うオーブは本作の魔女ムサシ。
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