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三人の魔女 第15章

日本編のあらすじ(クリックタップで展開)

 ある日、天体観測を楽しんでいた魔女エレナは、重く硬い金属が鉄筋コンクリートに当たって跳ね返るような奇妙な音と悲鳴を聞く。
 困っている人を放っておけなかったエレナは座り込む少女、魔女ジャンヌを助ける。彼女は閉じた瞳の様な意匠のフードを被り、メイスのようなゴツゴツした先端の二又に槍を持つ怪しい男たち「魔女狩り」に追いかけられていた。
 エレナはジャンヌと共に逃走を始めるが、すぐに追い詰められてしまう。そんな二人の前に姿を晒したのは異端審問間のピエール。ピエールは言う。「この世界には魔女と呼ばれる生まれつき魔法と呼ばれる不思議な力を持つ存在がおり、その存在を許してはいけないのだ」、と。
 しかし、実は自らもまた魔女であったエレナはこれに反発。フィルムケースを用いた「星」の魔法とジャンヌの「壁」の魔法を組み合わせ、「魔女狩り」から一時逃れることに成功する。
 そして二人はお互いに名乗り合う。魔女エレナと魔女ジャンヌ。二人の魔女の出会いであった。  しかし魔女狩りは素早く大通りへの道を閉鎖、二人の逃走を阻む。ジャンヌの魔法を攻撃に使い、強引に大通りに突破したエレナは、魔女仲間のアリスからの連絡に気付く。それは魔女狩りの存在を警告するメールだったが、もはや手遅れ。エレナはその旨を謝罪しアリスにメールした。
 メールを受けたアリスはすぐさま自らの安全な生活を捨てることを決意し、万端の準備をして家を飛び出した。
 逃走に疲れたエレナとジャンヌは一時的に壁を作って三時間の休憩をとった。しかし、魔女狩り達に休憩場所を気取られ、再び追い詰められる。そこに助けに現れたのはアリス。アリスは自身の「夢」の魔法で魔女狩りを眠らせ、その場を後にするのだった。
 逃れようと歩く三人。魔女について何も知らないジャンヌはエレナから魔女とは頭に特殊な魔法を使うための受容器を持つ存在で、魔法とは神秘レイヤーと呼ばれる現実世界に重なるもう一つのレイヤーを改変しその影響をこの現実世界に及ぼすものである、と説明する。
 そして魔女には属性があり、その属性に基づいた魔法のみが使える。具体的な属性の魔女は決まった事しか出来ない代わりに使いやすく、抽象的な属性の魔女は様々な事が出来るが使用には工夫がいる、といった違いがある。
 そんな中、アリスもまた、衝撃的な事実を告げる。この世界で誰もが身につけているオーグギア。このオーグギアの観測情報は全て一元に統一政府のもとで管理され、秘密裏に監視社会が実現しているのだ、と。
 そして、エレナは統一政府と戦い、好きなことを好きなように出来る世界を目指すことを決意するのだった。  その決意表明を裏で聞いていた者がいた。「姿」の魔女、プラトだ。プラトはその場を逃れるため魔女狩りに扮して逃れようとするが、その場を「炎」の魔女ソーリアが襲撃してくる。
 魔女狩り狩りの常習犯としてすっかり知られていたソーリアはバッチリ対策されており、窮地に陥る。目の前で魔女が狩られるのを見過ごせないプラトは咄嗟にソーリアを助ける。そして言うのだった。「世界をなんとかしようとしている三人の魔女がいる。魔女狩りを狩りたいなら、彼女達のために戦うのはどうか」、と。
 プラトとソーリアがそんな話を進める中、三人は貨物列車に忍び込んでいた。アリスの父親の会社の貨物に紛れることを企んでいるのだ。
 しかし、早速トラブルは発生した。暗闇に怯えたジャンヌが大きな光り輝く壁を作りその中に隠れてしまったのだ。壁は天井を通り抜けており、明らかに異常な見た目をしていた。  なんとか喧嘩も納め、ようやく睡眠に入ろうと言う時、列車が止まる。  コンテナの中という袋小路で絶体絶命かと思われたが、エレナの魔法とジャンヌの魔法を組み合わせ、密かに脱出することに成功した三人は、しかし、その後の道を失い悩むことになる。
 そこでジャンヌが提案したのは、かつて仲の良かった兄のような警察官を頼れないか、ということだった。頼った相手、鈴木すずき光輝こうきはこれを快諾。脱出に使えそうな船を調べ、教えてくれた。
 しかし光輝にピエールの魔の手が迫る。プラトが彼に変身し大暴れしてしまったため、裏切りの嫌疑がかけられてしまったのだ。光輝はジャンヌの身を案じ、自らも埠頭に急ぐのだった。  またしても自身の臆病さが原因で迷惑をかけたジャンヌはエレナから魔法の制御について学ぶ。それはほんの少しの成功体験へと繋がり、彼女の自信へと繋がっていく。
 ようやく埠頭にたどり着いた三人だったが、光輝の携帯から情報を仕入れていた魔女狩りは軍用装甲パワードスーツコマンドギアと攻撃垂直離着陸機ティルトローター機を投入してきた。
 絶体絶命の三人だったが、助けに現れた光輝とソーリアそしてプラトにより三人は無事タンカーに乗る事が出来たのだった。  タンカーに乗った三人。しばらく安全で平和な船の旅が続くが、突如トリアノン、エルドリッジ、バーソロミューと呼ばれる魔女達が操る海賊船の襲撃を受ける。彼らは「情報結晶」と呼ばれるものを求めてタンカーを攻撃してきたらしい。
 砲弾の直撃を受け、海に落下する三人の魔女。その行先は……?

中東編のあらすじ(クリックタップで展開)

 海岸に流れ着いたエレナは突如としてビームを撃つ目玉のような模様の球体の攻撃を受ける。合流してきたジャンヌとの協力によりなんとか倒すことに成功する。
 その後アリスとも合流することに成功。アリスは大事なヘッドホンを無くしたことに衝撃を受け、探し続けていたらしい。
 天体の配置から現在位置をソマリアのボサソだと特定したエレナはナイル川を北上しカイロに向かうことを提案する。  その頃プラトとソーリアは中国でシベリア鉄道に乗ろうとしていた。プラトはそこにある動いていないはずの油田が何かに電力を消費していることを訝しむが、電車の到着を受けて調査を諦め、移動を優先する。
 そしてそんな二人の様子をりんごを齧りながら眺める何者かが一人。
 視点は三人の魔女に戻り、一週間後。不可解な事にアリスの消耗が異常に早い。
 原因が睡眠不足にあるのは明らかだ。三人はリフレッシュのためビジネスホテルに宿泊することを決める。
 しかし翌日の朝、海岸でエレナを襲撃してきた黒い目玉が襲撃してきた。黒い目玉は魔女を狙うわけではなくただ暴れ回っているだけの様子だ。三人は魔女狩りに目をつけられることを恐れ、混乱する町を背に歩き出すのだった。
 しかしその後もアリスの様子は変わらなかった。アリスは頑なに眠ろうとしない。  不思議に思う一行に再び黒い目玉が襲撃してくる。寝落ちしたアリスを背負いながら逃げる一行だったが、目覚めたアリスが突然暴れ出す。そしてあろうことかエレナとジャンヌに魔法を使い、一人どこかに逃げ出したのだった。
 そこに運悪く現れる魔女狩り達。追われる二人を魔女を息子に持つ父・オラルドが庇ってくれた。
 一方その頃、ヨーロッパに到着したプラトとソーリアもまた、謎の理由で仲違い。それぞれ別の道を歩きだしたのだった。  アリスが一人飛び出した理由が分からないエレナにジャンヌは自らの推測を告げる。謎の黒い目玉、アリスが「砲台」と呼んだそれは、アリスが眠ってしまうことで魔法の制御を失ってしまい生じた産物ではないか、と。その理由は魔法の制御に使っていたヘッドホンを無くしたからではないか、と。
 そしてジャンヌはアリスは中央アフリカ共和国のラウッウィーニ商会の施設に隠れているのではないか、と推測。二人はそちらへ向かう事にした。
 一方、プラトは自らの好奇心に突き動かされ、フランスの原子力発電所を調査していた。ところがそこに現れたのはソーリアと見知らぬ似非侍のような魔女。プラトは二人の攻撃に対処しきれず、退散するのだった。
 中央アフリカ共和国に向かう二人はそこで魔女の共同体と出会う。共同体の力を借りた二人は魔法を組みわせて車を作り、一気に中央アフリカ共和国に向かうのだった。
 一方、ソーリアはプラトが変身した矢を放つ謎の魔女に追われていた。そこに助けに現れたのは魔女アイザック。彼は魔女同士の会合があると言い、ソーリアを誘う。  アリスがいると目される町、ビラウに辿り着いた二人だったが、そこは既に魔女狩りに包囲されていた。
 アリスは魔女狩りに追い詰められ、死を覚悟していたが、そこに彼女と縁のある御使い・《神の命令》サリエルが姿を表す。二人は最後の抵抗を始めるが、やがてそれも終わろうとしていた。
 そこに車に乗って助けに現れたのはエレナとジャンヌの二人。エレナはヘッドホンをアリスに手渡し謝罪。ここに三人の魔女は再集結したのだった。
 一方、御使いの出現という緊急事態に、新たな異端審問官が動員されようとしていた。  元リチャード騎士団筆頭騎士・メドラウド二世が三人の魔女を追い詰める。サリエルは自身を囮とすることで、三人を逃がそうとするが、メドラウド二世はそれを許さない。
 しかし、エレナとアリスの「魔女狩りは正義なのか」という問いかけにメドラウド二世の剣は揺らぐ。結局その場は見逃してもらうことが出来たのだった。
 その頃、囮となっていたサリエルは凡百の魔女狩りを殲滅し、優秀な部下二人も殺そうとしていた。そこに現れたのは白い粒子を操る黒髪長髪の女性。彼女は人間離れした身体能力で化け物と化したサリエルを撃破した。

 エジプトの南西。ナイル川から遠く離れたその地の事をかつての人々はナイル川の恩恵を受けない赤い大地デシェレトと呼んだ。
 そして、そんな過酷な砂漠を進む三人の少女の姿があった。
「エレナさん……私……もう駄目です……、休憩……、しましょう……」
 と泣き言を言うのは、三人とも顔が砂塵を防ぐための白い布で覆われていて区別がつかないが、恐らくジャンヌだろう。
「駄目よジャンヌ。このままじゃ日がくれちゃう。もう少し歩けば、次のプレッパーがいるって場所に付くはずだから、休憩はそこでしましょう」
 それを先頭を歩く女性、恐らくエレナが却下する。
「そんな……もう……限界です……」
 ぜーぜーと息を吐くジャンヌ。
「エレナ、ジャンヌの歩きはどんどん遅くなってるわ、このまま更に遅くなると、どのみち次のプレッパーには会えないと思う。今日はここまでにしたほうが良いんじゃない?」
 見かねたアリスが助け舟を出す。砂漠の夜は冷える。防寒着を持っているとはいえ、夜歩くのは得策ではない。
「……そうね、焦っても得るものはないし、一度休憩にしましょうか」
 しばらく黙った末、エレナは立ち止まって振り返り、そう言った。
「それにしても、サハラ砂漠にこんなに反統一政府の人々がいるなんて知らなかったわ」
 テントの中でナツメヤシの果実デーツを食べながら口を開くのはアリスだ。
「そうね、魔女狩りに苦しみ、抗う私達のために色んなものを貸してくれて、本当に助かったわ」
 メドラウド二世と別れた後、なんの準備もなくなし崩し的に砂漠に入り、昼の暑さに苦しみ、夜の寒さに凍えながら彷徨っていた三人の魔女が、たまたま辿り着いたのは、小さな農場を持つ男性の住居だった。
 彼は自らを備える者プレッパーと名乗り、統一政府に与したくないが故に、未だに統一政府の手の及ばない領域であるサハラ砂漠に自らの住居を持つことにしたらしい。
 そのような人間はこのサハラ砂漠の各地におり、彼らは時折隣接するプレッパー同士で交流し、間接的に全てのプレッパーは緩やかに繋がっているらしい。
 彼はエレナ達が魔女であること、しかし、逃げるだけではなく、やがて魔女が魔女らしく生きられる世界を目指していることを知り、夜を明かすため、一晩住居を貸してくれたばかりか、食料や水、夜を越すための道具などを貸し与えてくれた。
 今三人が防寒のために着ているラクダの毛皮で出来た服もその一部だ。
「そういえば、砂漠ってさらさらの砂ばっかりじゃないんですね、今日になってゴツゴツした場所に出てびっくりしました」
「この辺は礫砂漠と呼ばれる砂漠だからね。砂漠って言っても色んな種類があるのよ。もっとエジプトの真ん中の方に行けば、白砂漠っていう真っ白で綺麗な砂漠もあるわよ」
 食事を取ってようやく調子が戻ってきたジャンヌの発言に、エレナが解説する。
「へぇ、それは見てみたい……ような、疲れるから嫌なような……」
「残念だけど、白砂漠や黒砂漠はバフレイヤオアシスの側で、それなりの観光地になっているから、今の私達が寄るのは無理ね」
「そうですか……」
 見てみたいと疲れるの天秤で揺れるジャンヌはエレナの発言に、複雑そうに頷く。
「けど、エレナ。私達の目的を考えるなら、どこかで人里に入り込む必要はあるわよね?」
 今が聞くタイミングだ、とアリスが口を開く。
 三人の魔女は現在逃走生活を続けているが、彼女たちの目的は決してただ逃げて生き延びるだけではない。もしそうなら、いっそここでプレッパーの仲間入りするのも一つの手だからだ。
「実はまだ決めかねてるのが現状ね。そもそもどうやって統一政府と戦うかすら決めかねてるんだもの……」
「あの、じゃあ私達、どこに向かってるんですか?」
「とりあえず、しもエジプトに、って感じかしらね。アレクサンドリアを目指したいと思ってるわ」
「まだ下エジプトの方までは手配が回ってない事に期待、って感じ?」
「そういうことね」
「あの、下エジプトってなんですか? この辺は既にエジプトの下の方ですけど……」
 そこで疑問を口にするのがジャンヌだ。地図において上下と言えば一般的に北南のことだ。それゆえ、下と言われると今まさに自分たちがいるこの辺じゃないかと思ってしまったわけだ。
「あぁ、かみエジプト下エジプトっていうのは、ナイル側の上流域と下流域を分ける呼び方なのよ。ナイル川は南から北に向けて流れてるから、南の方が上エジプト、北の方が下エジプトってわけ」
「へぇ……ややこしいですね、なんでそんな呼び方にしたんでしょう……」
「下エジプト、上エジプトって呼び名が出来た頃には地図は上が北ってルールはまだなかったんじゃない?」
 それに対しエレナが解説し、ジャンヌが関心しつつ更に疑問を呈し、それにアリスが冷静に自分の見解を示す。
「まぁ、そんな事はいいわ。なんでアレクサンドリアなの?」
「私達、科学統一政府について無知すぎると思ってね。アレクサンドリア図書館なら、なにか情報があるかなって」
「なるほど、まずは敵を知るところから、か。たしかに一理あるわね」
 エレナの意見にアリスは頷く。倒すべき相手の情報が無ければ倒すことなど困難だからだ。
「アレクサンドリア図書館? は、普通の図書館とは違うんですか?」
「蔵書数が段違いよ。800万冊の蔵書に、インターネットアーカイブのコピーも保管されてるの。世界中の情報が集まっていると言っても過言ではないわね」
「へぇ、そんなところがあったんですね」
 エレナの説明にジャンヌは感心する。
「ま、統一政府が完全に成立してからは収蔵が止まってるんだけどね」
「えぇ、オーグギアで入れる統一図書館に移行したのよね」
「あぁ……」
 誰でも簡単に装着出来るウェアラブルAR端末であるオーグギアの存在は、それ以前まで充分に普及しているとは言い難かったメタバースを一気に普及させた。
 その結果の一つが統一図書館だ。これは科学統一政府が管理している図書館で、メタバース上に存在する。人々は自由にこの図書館に入館し、本を読み、あるいは借りる事ができる。図書館の蔵書量は文字通り「世界中のすべての本が揃っている」と言うレベルで、これはその本が読まれた分だけ版元にお金が入るというサブスクリプションサービスのようなシステムを取ることで実現している。
 大変便利な図書館だが、オーグギアがないので三人の魔女には利用できない。それに、オーグギアによる密かな管理の存在を考えると、統一図書館も分からないように密かに蔵書の内容が偏っている可能性も否定は出来ない。
 ゆえに、実体の本が確実に揃っているアレクサンドリア図書館に行きたい、とエレナは主張しているわけだった。
「いいんじゃない? アレクサンドリアまで行けば、対岸はトルコだし、そこからギリシャやヨーロッパに逃げるって手もあるしね」
 アレクサンドリアはアフリカの北、地中海沿いに存在する。その対岸にはトルコが存在しており、そこからはギリシャを含むヨーロッパに入ることが出来る。
「そうね、ヨーロッパには統一政府の本部もあるし、一度行ってみてもいいわね」
 アリスの言葉にエレナが頷く。
「ジャンヌはどう? 他に行きたい場所とかある?」
「いえ……私は特に……」
 エレナはジャンヌにも尋ねるが、ジャンヌには特にそんな意見はない。というより、正直アフリカやヨーロッパの地理に全く明るくないため、何も分からないのだ。
「じゃ、話も落ち着いたことだし、明日に備えてそろそろ寝ましょう」
「そうね、明日もずっと歩き通しでしょうし」
「うぅ、そうですね……」
 反対意見がないのを確認して、エレナがランプの火を消す。防寒着を身につけているとはいえ、砂漠の夜はかなり冷える。三人の魔女は身を寄せ合いながら眠りについた。
 翌日。三人は日の出と共に起きて、出発の準備を整える。
「昨日頑張ったから、次のプレッパーまではもうすぐよ。まずはそこまで頑張って、朝食はそれからにしましょう」
 エレナはそう提案し、二人の同意を得た上で、テントを畳んで、バックパックにしまっていく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 エレナ達が眠りにつく少し前。とある船の上で、ソーリアとアイザックが言葉を交わしていた。
「なるほど、君とそのプラト君という人は、統一政府からの脱却を目指すためにそのエレナ君という魔女を筆頭にした三人組を密かに支援し、そしていつか合流出来るだろうと見越してヨーロッパまで来たんだな」
 ソーリアの話を聞きながら、聞いた話をまとめるアイザック。
「うん……なのにヨーロッパに来た途端、プラトが……」
 しょんぼりしながら話すソーリア。
「そうか。大変だったな。だが、安心しろ。今から行くところは魔女の安全地帯。もう統一政府からの脱却なんて考えなくても良くなるからな」
 ぎこちなくだが、にこやかに笑うアイザック。
「本当?」
「あぁ、本当だとも。さぁ、見えてきたぞ」
 船はまもなく陸地につこうとしている。
 それにしても、近くで、とか言ってたのにずいぶん遠くまで来たなぁ、と思うソーリア。だが、何よりも安心を得たいソーリアにとっては、その程度の事は些末な問題だった。
 そして、単なる遺跡群にしか見えないその場所に船が上陸した次の瞬間、
「ようこそ、新しい魔女!」
 何人もの人間がソーリアを歓迎しようと飛び出してくる。
「わわっ」
「それじゃ、私は報告してこなければならないのでね。ソーリア君はそこのフランシス君にでも案内してもらってくれ、彼が一番ここに詳しい」
「えっ、待っ……」
「じゃ、ソーリア君。こっちへ、もうまもなく夜だからね。まずは寝床に案内しようね」
 唯一の知人が去っていくのに困惑するソーリア。だが、アイザックは本当にフランシスに任せて立ち去って行ってしまう。
 そして、視点をアイザックの方に移そう。
「おかえりなさい。どう? なにか聞き出せた?」
 ソーリアの姿も見えなくなった頃、白い柱の影から、勝ち気な雰囲気のある金髪ボブカットの髪に青い瞳の少女が飛び出して、アイザックを出迎える。
「あぁ、どうやら、彼女には間接的に後三人、仲間がいるようだ」
「へぇ、その子達もこっちを探ってるわけ?」
 勝ち気な雰囲気のある金髪ボブカットの髪に青い瞳の少女は面白そうに笑う
「いや、それは例のプラトという魔女だけらしい。今ならまだ、三人を同志に引き入れられるかもしれない。見つけ出して保護すれば、説得の余地があると感じた」
「ふぅん、いいわ。あなたの判断を信じましょう。仲間が増えるのは良いことだわ」
 勝ち気な雰囲気のある金髪ボブカットの髪に青い瞳の少女は楽しそうに笑った。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 エレナ達が出発してから一時間の後、三人の魔女は久しぶりの室内でのまともな――デーツだけの食事ではない――朝食を楽しんだ。
「美味しいです。これ、なんていうお菓子ですか?」
 美味しいお菓子も食べることが出来、久しぶりに笑顔を晒すジャンヌ。ちなみにジャンヌは日本語しか話せないため、エレナがエスペラント語で通訳する。
「バスブーサだよ。セモリナ粉を固めてシロップをかけたものだよ」
「へぇ、これが。たしかトルコ発祥のケーキですよね」
 プレッパーである男性の回答をエレナが通訳してジャンヌに伝え、エレナ自身も話に聞いたことがある、と口を挟む。
「へぇ、そうなのかい? そこまでは知らなかったな。アレクサンドリアにいた頃によく食べたものでね、今でもよく作るんだ」
「トルコってヨーロッパじゃないの? トルコ発祥の料理がどうしてエジプトこの辺で一般的になるのよ」
 感心する男性をよそに、アリスがエレナに質問する。
「トルコがまだオスマン帝国って言われてた時代には下エジプトの辺りはオスマン帝国の領土だったからね、その時に伝わったらしいわよ」
「へぇ、オスマン帝国って東ローマを滅ぼしたヨーロッパの大国よね? ……あれ、どうやって滅びたんだったかしら」
「大まかには第一次世界大戦で負けたせい、ってことになるかしら。負けた結果大きく領土を失うことになって、それに反発するトルコ大国民議会政府って政府が内部で発生し二重政府状態になって、最終的にこれを解消するために元の政府が帝政を廃止。その翌年に国民議会が共和制を宣言して、共和制になったのよ」
「偉大なローマ帝国はオスマン帝国に滅ぼされ、大国オスマン帝国は他の列強諸国に滅ぼされ、今や当時の列強諸国も統一政府の下にいる。おごれるものも久しからず、ということだ」
 と、最後の最後でプレッパーの男性が締めくくった。話に割り込めたと言うことは実は日本語を理解出来たのだろうか、と疑問に思うエレナ。
「まぁ東ローマの滅亡をローマの滅亡と定義するかは解釈が分かれるけど、盛者必衰が世の理なのはそうかもね」
「あぁ、いつか統一政府もそうなる。そうなれば世界は無政府状態になり混乱状態に陥るだろう。その時平和に暮らせるのはボクらのように統一政府に頼らずに備えて生きているものだけだ」
「無政府状態……」
 エレナはその言葉の一つに引っかかった。それにより先ほど抱いた男への疑問は吹き飛んでいく。
 確かに統一政府はなんとかしたい。だが、統一政府が滅べば、統一政府の下で生活してきた人々は困ることになるだろう。エレナはどこかで統一政府が悪で統一政府さえいなくなれば全てが終わると思っていたが、そう簡単ではないのだ、と再認識した。
「……ところで、この砂糖はどこで? セモリナ粉にしても、外の農場で作った量ではとても賄いきれないですよね?」
 エレナの様子がおかしいのに気付いたアリスは、何かこの話題に問題があったのだと判断し、話題を切り替える。
「シーワオアシスの方に協力者がいてね、彼らから時々物資を融通してもらってるんだ」
 男性の答えにアリスは「それは統一政府から独立していると言えるのか?」と疑問を抱いたが、男性の気分を悪くしないためにも、黙っておくことにした。
「へぇ、シーワオアシスは統一政府の手が緩いんですか?」
「あぁ、なにせ砂漠のど真ん中だからね、統一政府の人も流石に駐在していないよ」
 エレナが興味を取り戻したらしく、質問すると、男性は快く答えてくれた。
「でも、そんな辺鄙なところなら、オーグギアは必需品なんじゃ……?」
「ん? そりゃもちろん、オーグギアはみんなつけてると思うよ。無いと不便だからね」
 恐る恐るのジャンヌの問いに男性は不思議そうに答えた。
「あの、まさかとは思うんですけど、えーっと……その耳飾りは、もしかして……?」
 苦笑いしながら、念の為、念の為、と思いながらエレナが尋ねる。
「ん? もちろんオーグギアだけど、どうしたんだい?」
(この人、オーグギアの監視を知らない!?)
 言葉は違えど、三人は一斉にその事に驚いた。最初に会ったプレッパーはちゃんと知っていたので、プレッパーの間でも認識に相違があるのだろう。
 先程三人の日本語を理解できたのも、オーグギアの自動翻訳なのだろう。
 しかし、そうなると……。
「それは、グローバルネットに?」
「そりゃ、もちろん、じゃないとこんな不便な場所にはいられないだろう?」
 男性の言葉は、三人の魔女の思いつく限り、三番目くらいには最悪の答えだった。
「すみません、そろそろ出ますね、支援物資、ありがとうございました」
 エレナは慌てて荷物をまとめ始める。アリスとジャンヌもそれに続く。
「ん? もう良いのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」
 呑気なプレッパーの男性に三人は同時に首を横に振り、半ば逃げるように――というか本当に逃げているのだが――プレッパーの家を飛び出した。
 外に出るなり、そのまま駆け出す三人。
「どこに逃げるんですか?」
「分かんないわよ、そんなの。でも早くここを離れないと、30分も長居しちゃったから、魔女狩りの居場所次第ではもう近くまで来てるわよ」
 流石に砂漠のど真ん中に魔女狩りがいる可能性は低いが、とはいえ世の中に絶対はない。
「ともかく、元来た道を戻らない方向にひたすら走るしか無いわ。魔女狩りもだだっ広い砂漠の中からこっちを見つけるのは無理なはずよ」
 エレナがそう言うと、ジャンヌもアリスも反論しなかった。ただ。
「そうですか、まぁもう無意味ですが」
 三人の直上から一人の黒髪長髪の女性が飛び降りてきただけで。
 その背後で、突如としてジェットエンジンを下に向けて滞空する輸送機が出現する。
「光学迷彩にティルトジェット機? そんな技術が実用化されてるなんて……」
 驚愕するエレナ。
「そこまでです、魔女。日本からエジプトまでよく逃げ延びました。ですが、私から逃げることは出来ませんよ」
 黒髪長髪の女性が魔女狩り達が使う二又の槍を構える。深くバイザーをつけていて、表情はまるで読み取れない。
「魔女狩り!」
「厳密には違いますが、まぁ否定する意味もないでしょう、あなた方にはここで、狩られていただきます」
「魔女狩りじゃない? ならなぜ、私達を追うの? 私達はなんの罪も犯していないわ」
 お決まりの質問をエレナは返す。
「そうですか。ですが、あなたが何をしたかなんて、興味はありません。私達、神秘根絶委員会は神秘の最後の生き残りであるあなた方を徹底的に排除するのみです」
 その言葉に迷いはない。先日の騎士とは違う。あるいは法に由来するからと答えたかつての異端審問官とも違う、明確な拒絶の答え。
「どうしてそこまで魔女を、いえ、神秘を憎むの?」
 思わずその言葉をこぼしたのはアリスだった。
「それは、神秘などというものが存在するから、人が不必要に苦しむ事になる、と知っているからです。神秘さえ無ければ死なずに済んだ人が死んだ事を知っているからです。だから、私は汎ゆる神秘を許さない」
「なっ……それは、暴論だわ。車が交通事故を起こすから、車を無くすというの?」
 エレナはそれに反論する。しかし。
「事実、統一政府はレベル4の自動運転技術を実現したことで、手動運転に拘る人間による事例を除けば、一切の交通事故が起きなくなる状態にまで達成しました。神秘も同じです。今なお神秘に拘る愚かな人間さえいなくなれば、もう神秘による犠牲は起きない」
「ぬ……」
 思わずエレナは呻いた。車の現状については黒髪長髪の女性の主張の通りが今の現状だった。それゆえ、手動運転の完全廃止はかなり強く望まれ、支持されているのが現状で、まもなく私有地以外での手動運転は完全に廃止もしくは禁止されると言われている。
 人による被害が起きるならその原因を完全になくす。統一政府は確かにこれまでずっとそうしてきた。以前に触れた鏡がなくなった事例にしても、金属が有限であると言う以外に、割れた鏡が危険だからと言う理由もあったのかもしれない。
 そう考えた時、感情という制御不能な理由で暴発する「魔法」などと言う存在は完全に制御可能な「科学」に置換されるべきだと考えても不思議ではない。それは一つの正しさだろう。
 もちろん、罪を犯さない範囲でなら人は人の好きに生きていい、と考えているエレナからすれば正しくはないが、それはそもそもの主張の違いであり、議論出来る範囲を通り越している。ゆえにエレナにはそれ以上、何も言えなかった
「じょ、冗談じゃないわ。ただそう生まれてきたってだけで、それが罪になる、それが正しいと思うってわけ?」
 呻くエレナを一瞥してから、アリスが叫ぶように反論する。
「えぇ、思いませんよ。ですから、魔女に生まれてしまったあなた方を哀れには思います。私もまた、神秘が根付く家に生まれてしまった身ですから」
「ぐ……」
 感情論も通じなかったので、アリスもまた黙った。
「もういいですか? 全く無駄な時間でした。それでは、さようなら」
 槍を持った黒髪長髪の女性が一気に地面を踏み込んで、エレナに向けて飛びかかる。
「エレナ!」
 アリスが咄嗟にエレナを庇おうと動き出すが、黒髪長髪の女性の方が圧倒的に早い。
「そうでござるか? 無駄ではなかったでござるよ。一の太刀いちのたち大太刀おおたち死威琉怒しーるどり」
 キン、と言う音がなり、黒髪長髪の女性の槍が弾き返される。
 エレナと黒髪長髪の女性の間に、金髪をポニーテールにまとめ、和服風の洋服を着て、腰に空っぽの鞘を二つ下げた少女が割り込んでいた。
「三人が喋って時間を稼いでくれたおかげで、拙者、間に合ったでござる」
 少女が三人に向けて振り返り、ふっと笑う。
「助太刀、参上でござる」

 

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