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三人の魔女 第9章

 ボサソを出て、一週間が過ぎた。
「ごめん、待って……」
 その間の変化で最も大きかったのが、アリスの消耗の速さだ。食料も充分、休息も十分に摂っている。なにせ今の彼女たちは追われる身ではないのだ。何年もかかるならともかく、ゴンダールにつくのは一月かけてもいいくらいだった。にも関わらず、アリスの消耗は明らかだった。
「アリス、ねぇ、あなた本当に寝てる?」
 エレナからすればアリスの消耗の理由は明らかだった。睡眠不足、もはやそれ以外あり得ない。かつてラットで行われた実験によれば寝ずに生きていけるのは2週間が限度だとされている。厳密にいうと2週間寝なかったラットはそこで死んだので、限度というよりは絶対に達してはいけないラインだ。
「何言ってるのよ、ちゃんと寝てるわよ」
「うそおっしゃい。あなたがコーヒーばかり注文するのはあなたの趣味だから勝手だけど、夜に限って消費量が多いのは異常なのよ。それから、ちょくちょくテントを開けて外に出てるのは何? 気付かれてないと思うならそれは大きな勘違いよ」
「お願い。本当に気のせいなの、分かって、エレナ」
「アリス、いい加減……」
「あ、あの、二人とも、せっかく街なんですよ。安い宿でいいですから、宿を取りましょうよ、そうすればきっとアリスさんも眠れますよ」
 ジャンヌが二人の間に入る。
「そうね、そうしましょう。異論はないわね」
「エレナ、が、そういうなら」
 そう言って俯いたアリスが、その後ジャンヌをすごい目付きで睨んでいたように見えたのは、決して睡眠不足で目付きが鋭くなっていただけではないだろう。
「大きな空港ね、ハルゲイサ国際空港か」
 左手に見える空港を見てエレナが呟く。
「ジプチとエチオピアと定期便があるみたいですね」
「正直、あのアリスの様子を見てるとこれでエチオピアまで行きたくなるけど、それならヨーロッパとかにでも飛んだほうが有意義よね」
「私は平気だって言ってるでしょ」
 二人の根底にあるのはアリスへの心配なのだが、アリスはどういうわけか不機嫌そうだ。
「ってあれ、あれは何かしら」
 エレナは少し遠くに見えるものに首を傾げる。
「すみません、あの、あそこにある、取り壊された建物はなんですか? 随分古そうなのに取り壊されてそのまま何も建設されてないなんて……」
「あれはモスクだった建物だよ。当時は随分騒ぎになったけど今じゃもう不要なものさ。科学が全てを解決してくれるんだからね。それでも、なんとなく何も建てられずにいるんだがね」
 通行人の男はエレナの問いかけに嫌な顔一つせず答える。
「モスク?」
「昔、世界三大宗教の一つが使ってた礼拝堂の事をモスクって言うのよ」
「世界三大宗教……?」
「まぁ歴史の授業で習うようなことよ。別に気にすることじゃないわ」
 アリスは続くジャンヌの疑問を面倒そうに遇らう。
「ちょうどいいビジネスホテルがあったわ、ここにしましょう」
「ねぇ、エレナ、本当に泊まるの? こんな人目につく大きな街で?」
「別に問題ないでしょ。この辺りは警戒範囲の大幅に外だし、別に魔法を使うわけじゃあるまいし」
「そ、そうだけど……」
 相変わらずアリスの様子はおかしかったが、寝不足により些細なことに過敏に反応してしまっているのだろうと判断し、それ以上追及することはせず、宿泊の手続きをする。
「それじゃ、また明日」
 エレナは二人にそれぞれ鍵を渡し、自分の部屋に向かう。

 

 部屋に入ったエレナは戸締りを確認し、スマートフォンを操作して最近の天体観測状況などを調べ始める。実は久しぶりに個人の時間を持つことが出来て一番喜んでいるのはエレナだった。
 月面に異星人が存在することが判明したと発表した統一政府は、月面の異星人が地球進行を目論んでいると続け、異星人が地球に侵入するのを防ぐ防護ネットを展開した。これはもちろん地球外生命体が地球に入り込むのを防ぐ効果があったが、一方で、地球人が地球から出ることが叶わなくなったことも意味する。必然的に宇宙を研究する学問は次々と衰退の一途をたどり、今では天体観測所でさえほとんどが稼働を停止している有様であった。
「けど、今でもこっそりと稼働しているところはあるのよね」
 エレナは唯一無二の「星」の魔女である。しかし、宇宙と天体にロマンを感じるのは決してエレナだけではない。星好きだけが分かる符丁でこっそりと繋がった「星と宇宙の友」はエレナにとって魔女同士のネットワークと同じくらい大切なネットワークであった。
「月面の異星人を確認できた人はいない、か」
 エレナが最初に確認するトピックは月を監視している人達のレポートだった。宇宙は恐ろしく広く、今の地球人にはせっかく宇宙に広がるたくさんの資源を無駄にするしかない。だが、この地球までやってきた異星人がいるとするなら話は違う。彼らとコンタクトを取り、友好的な関係を気付くことさえできれば、彼らの助けを借りて宇宙に上がることも、あるいは彼らの持つ資源を貿易によって得ることも、出来るかもしれない。そういう意味で、統一政府の判断は宝の山をみすみす見逃したようなものだ、とエレナは感じている。だから、対異星人防護ネットが展開されてなお、異星人とコンタクトを取る方法がないかとエレナは模索している。魔女という不思議な力を持つ自分達なら、あるいはそれも可能かもしれないと思っているからだ。
「あきらめて地球から去って行っちゃったのかしら……」
 ところが、実際には、月面に異星人の姿を見た、という報告は一度さえ上がってこない。
「いえ、きっと月にまでわざわざやってきたんだもの、そう簡単にあきらめるとは思えない」
 エレナは自分なりに月に来た異星人についての考察を投稿し、新たな監視の手法を提案する。それは、ここまでただただ歩く退屈な長い時間が与えたアイデアで、異星人がワープ技術を持っているとしたら、それはどのようなもので、どこにワープしてくるか、をまとめたものだ。もちろん、それはSF本を読んでそこに存在するワープ技術の説明を読み、それぞれを引用しつつ、それに対する考察と、それが正しいとした場合どうなるのか、という物をまとめたものに過ぎないが。とはいえ、広い宇宙を超えて侵攻するとしたら、ワープ技術を保持しているのでない限り兵站を維持できないはずなので、補給のためにワープしてきて、月に向かうところが見えるはずだ。もう数年間、月を観測していてその全ての時間が空振りに終わっている。新しい可能性の検討くらいはされるだろう、と由紀は考えた。
「さて、次は惑星観測衛星の情報ね」
 次に確認したトピックは、防護ネットが展開されるより前に宇宙に打ち出された惑星観測衛星の観測情報をまとめたものだ。が。
「うそ」
 シグナルをロスト、衛星と一切交信が取れなくなった。そのレポートを最後に交信が止まっていた。今日までに稼働できる地上の天文台を操作できる人達が必死で確認したが、確認できず、なんらかの理由で破損したものと見られる。
「破損したって、そんなはずないでしょうに。まだあと10年は耐久年数があるはずでしょう」
 とはいえそれを書き込むことはなかった。掲示板は既にその文句でいっぱいになっていたからだ。
 その後、最後の交信データの一つであるレーダーの記録に何らかの飛翔物が接近してきている事を示すデータがあったことから、小惑星と衝突したのだろうと言う事になって落ち着いていた。公開されたレーダーの影がミサイルに似ていなくもないことから、異星人の攻撃かも、などと言う話題が残っていた。
「あら、惑星の観測結果をスマホホログラム用のデータにしてくれてる人がいるわね」
 スマホホログラムとはスマホの上に専用のアタッチメントを置く事でスマホの上にホログラフィ、即ち立体画像を表示する技術の事だ。仕組みは単純で、その基礎は2015年にとあるYouTuberがCDケースを加工して作ったものを紹介した動画を公開した事で知られることとなった。その動画は日本などでも簡単DIYで作れ、スマホで見ることの出来る簡単3Dホログラムとして紹介され、テレビで紹介されたこともある。
 これはその技術をより強化し、スマホの基本機能としたもので、オーグギアが普及した今となっては、もはや古い技術として扱われている。
 まぁ要はいろんな惑星をスマホでも立体画像で見れるようにしてくれた人がいる、と言う事だ。
「どれどれ……」
 早速、ダウンロードし起動する。表示されたのは海王星だった。
「青くて綺麗な星ね」
 海王星は天王星型惑星と呼ばれ、氷や水で構成された惑星である。特にエレナがこの惑星から想起するイメージは「氷」であり、エレナがこの惑星のエネルギーを蓄えたフィルムを開放すると、冷却の魔法となる。
「そう言えば、所詮この星のエネルギーって呼んでるものって、本当に星のエネルギーを吸ってるわけではないのよね……」
 エレナは考える。この星のエネルギーというのは要はエレナがイメージしやすいから活用しているものに過ぎない。理論上はエレナが一晩中その星に想いを馳せてさえいればいくらでも生成できるものだ。もちろん実際にはそれが不可能だから、望遠鏡による天体観測が必須になるのだが。
「だとしたら、この限りなくリアルな立体画像からなら、エネルギーを貯められるんじゃ?」
 それはふとした閃きだが、理論上は正しいように思えた。
 スマホの自動ロック機能をオフにし、ホログラフィを表示させっぱなしにする。その横にカメラのフィルムケースを置く。そして、ホログラフィとフィルムケースの間にエネルギーが移動する道をイメージしてストローを配置する。
「これで良し。じゃ、寝ましょ」
 エレナは服を脱いでハンガーにかけ、布団に入る。

 

 ガッシャーン、という音でエレナは目を覚ますことになる。慌てて飛び起きたエレナの前に鎮座するのは、あの黒い目玉であった。
「なっ!」
 目玉の先端にエネルギーが収束するのを見て、慌ててベッドから転げ落ちるように降りる。ベッドを覆うようにビームが飛び、部屋の壁を貫通する。壁の向こう側から悲鳴が聞こえる。
 すぐさま立ち上がり、壁にかけてあった服を回収、着ながら、スマートフォンの方に駆け寄る。目玉もこちらへ向き直ろうとする。
 充電ケーブルとスマホ、そしてフィルムケースを回収する。フィルムケースに重さを感じ、理解する。
 ――いける
glaciiĝi凍れ
 ケースから冷却のエネルギーが溢れ、目玉が氷まみれになって地面に落ちる。
 急いで扉から出る。同じ階の客がエレベーターに向けて逃げていくのが見える。
「エレナさん!」
 ジャンヌが慌てて走って来る。ジャンヌも襲われたのだ、と理解する。
「ジャンヌ、アリスは?」
「まだ見かけてません、部屋に行きましょう!」
 二人でアリスの部屋に向かう。
「アリス! 起きてる?!!!!」
 ドアを叩くが返事がない。少なくとも寝てはくれたか、と安心は出来ない。
「ドアを破りましょう」
「いえ、エレナさん。壁を消します」
 ジャンヌが扉の隣の壁に手をかけ、そこに穴を開ける。
「ジャンヌ……」
 教え子が力を使いこなしつつある事に感動しかけるが、そんな場合ではない事を思い出し、ジャンヌに続いて部屋に入る。
 アリスはいつもの服のまま布団も被らずに眠っていた。そして、目玉が一体。奥の窓が割れてることから、そこから、侵入してきたか、とエレナは理解する。
 その次の瞬間にはジャンヌが目玉を壁の中に隔離していた。
「ありがとうジャンヌ。私はアリスを背負うから、アリスのバックパックをお願い!」
「はい!」
 壁を破壊しようと目玉が暴れている。壁が破られる前に逃げなくては。
「アリスさんを起こさないんですか?」
「寝かせててあげたいのよ。それに、アリスは寝起きが最悪なの」
 ジャンヌは理解を示し、二人で部屋を出る。念のため、壁を修復する。
「エレベーターは止まる危険があるわ、非常階段でいきましょう」
 ビルの外壁に備え付けられた非常階段に出る。そこから見えた。たくさんの目玉が街を蹂躙していた。
「な……」
 エレナは驚く。この目玉は統一政府によるドローンではなかったのか。何らかのテロリストによる平気なのか?
「エレナさん!」
「えぇ、逃げましょう」
「助けないんですか?」
 ジャンヌの問いに、エレナは下唇を噛む。
「助けたいわよ!」
 しかし、それは出来ないのだ。
「魔法を使って人を助ければ、それはその人のオーグギアを通して統一政府に、魔女狩りに知られてしまう。今は、知らないフリをするしかないのよ……」
「……はい」
 ジャンヌもその意味を理解し、悔しげに頷く。二人の間に、また一つ、魔法を悪と断じる統一国家と戦う意志が固まっていく。

 

 3人がホテルを脱出し、街の外に向かい始めた頃、その上空をティルトローターの機体が飛んでいく。
「統一政府の軍が来たみたいね」
 それから1時間もしないうちに状況は解決。その頃にはアリスも目を覚ましていた。エレナのピンチに寝てしまっていたことか、ジャンヌの助けが一歩遅ければ死んでしまっていたことへの恐怖か、青い顔をしていたが。ゆっくり寝たのが良かったのか。街を発つ頃にはいつもの状態に戻っていた。

 

to be continue...

 

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「三人の魔女 第9章」の大したことのないあとがきを
こちらで楽しむ(有料)ことができます。

 

 

本編中で紹介されているスマホでのホログラム技術、こちら(https://twitter.com/anotherworlds06/status/1198526684426723329?s=21)で三人の魔女の扉絵の魔法陣が浮かび上がるものを用意しました

 

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