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Vanishing Point Re: Birth 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに越したばかりの三人は医者を呼ぶが、呼ばれてきたのは上町府うえまちふのアライアンスに所属しているはずの八谷やたに なぎさ
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
何故か千歳が気になる辰弥たつや鏡介きょうすけは「一目惚れでもしたか?」と声をかける。
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。

 

 
 

 

  第2章 「Re: Quire -要求-」

 

 ALS治療薬開発のニュースに、辰弥たつや鏡介きょうすけを見る。
 「日翔あきとを治療できるかもしれない」その期待と「でもこの薬ですら効かなかったら」の不安がせめぎ合う。
 しかし、治療薬が開発されたということは筋萎縮性側索硬化症ALSは克服可能な病となった、ということ。この薬が効かない、そんなことがあるはずがない、手に入れればきっと日翔は元気になる、そう、辰弥は自分に言い聞かせた。
 元からALSは治療不可能な病気ではない。しかし、その「治療」とは全身を義体に置き換えるということであり、生身のままで病を克服することは不可能だった。
 ALSの発症原因ははっきりとしていない。それゆえそれを「発症前から予防する」ことはできなかったが運動ニューロンのダメージによるものだとは言われている。今回の新薬も、その運動ニューロンのダメージを抑えるものなのだろうか。
 いずれにせよ、希望は見えた。
 日翔の余命宣告がいつまでかは本人が口を割らないため辰弥も鏡介も知らない。しかし、この薬を入手してしまえば。
「近く、治験をするって?」
 そう、鏡介に問うた辰弥の声は震えていた。
 治験が行われるなら、それに割り込ませたい。治験で効果ありと認められて一般販売に至るにはいくら認可スピードが飛躍的に上がったとはいえ最低でも数ヶ月はかかる。そんなにも待っていられないし日翔がそれまで保つという保証もどこにもない。
 それは鏡介も同じだったようで、既にキーボードスクリーンに指を走らせている。
「……治験は各巨大複合企業メガコープにプロモーションも兼ねて実施するつもりか……どこかに割り込ませられないか? リストは……」
 そんなことを呟きながら鏡介がせわしなく視線を動かしている。
 それを見ていた辰弥がふと口を開く。
「……ねえ、鏡介……」
「どうした?」
 こういう時の辰弥が全く関係のない話を振ってくることはない。
 治験について、何か思うところがあるのかと鏡介は一度手を止めて辰弥を見た。
「……このこと、日翔に伝えた方がいいのかな」
 ぽつりと呟かれた言葉。
 鏡介がはっとする。
 今、日翔は昼寝をしている。当然、このニュースはまだ見ていない。
 当事者である日翔にこそ真っ先に伝えるべきニュースではある。
 しかし。
 伝えていいのか? そんな疑問が鏡介に浮かぶ。
 伝えるべき、それは確かにそうだ。
 だが、治療薬開発の報は確かに大きいが、それが確実に日翔の手に届くとはまだ言えたものではない。「治療薬が開発されたらしい」と希望を持たせるだけ持たせてそれが手に入らないという絶望を、味わせるわけにはいかない。
「……今は、まだ言わない方がいいかもしれない」
 苦しそうに鏡介が答える。
「治療薬の開発は確かに日翔にとって希望の光だ。しかし、それが日翔に間に合うかどうかは別の話だ」
「……それは」
 確かにそうだ、と辰弥も頷く。
 これが近々日翔に確実に手渡せる、というのであればすぐに伝えるべきだろう。逆に、それができないのであれば日翔に伝えるべきではない。
 日翔本人がそのニュースを耳にしてどうしても手に入れたい、と言うのであればその段階で伝えた方がいいかもしれない。
 「今、手配のために奔走している」と。
「……そうだね、日翔には黙っておこう。手に入ることが確実になった時に、日翔に伝えた方がいい」
 ああ、と鏡介が頷き、再びキーボードスクリーンに指を走らせる。
「……辰弥、」
「……何」
 辰弥の黄金きんの瞳が鏡介を見据える。
「俺も自分の伝手を使って打診できそうなところに打診するつもりだが、流石にメガコープに潜り込ませるほどのコネはない。だから、あまり期待しないでほしい」
 俺にできることはこれだけだ、と鏡介が悲痛な面持ちで呟く。
 右腕と左脚は義体化したし、右腕には反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリアも搭載はしたがやはり人に銃を向けることには抵抗がある。その点では現場に立っても足手まといにしかならない。
 そんな鏡介ができることと言えばハッキングと、ネットワークの伝手を利用したサポートくらいだろう。
 今回も、正攻法では薬を手に入れることは難しい、と彼は考えていた。非合法に入手するには誰かの死は避けられないだろう。それが嫌なら日翔に死ねというしかない。
 それが嫌だったから、誰よりも日翔を助けたいと思ったから、鏡介は自分が持てる全ての伝手を使って薬の入手を遂行するつもりだった。もし、それができなければ。いや、それでも入手できる可能性は低い。
 そこまで考えてから、俺はどうしてここまで、と考える。
 確かに日翔との付き合いは長い。もう五年――六年近くになるだろうか。
 はじめ、すばるから日翔を「ラファエル・ウィンド」に受け入れると言われたときは反発したものだ。「素人を受け入れるのか」と。
 あの時の日翔は暗殺のあの字も分かっていない、ただ強化内骨格インナースケルトンの出力に任せて、しかも勢いあまって殺してしまうだけの素人だった。
 それを「義体チェックに引っかからないから暗殺者向けだ」と言って受け入れ、鍛え上げたのは昴本人だった。日翔と鏡介は反発しあいながらもそれでは共倒れすると理解し、手を組んでいた。
 その関係が大きく変わったのは日翔を「ラファエル・ウィンド」に受け入れてから一年ほど経過した時だっただろうか。
 梅雨真っ盛りの時期、特に雨が強かった日に日翔は一人の少年ともいえる青年を連れて帰ってきた。
 名前を聞いても分からない、どこから来たと聞いても憶えていないという紅い眼の青年を日翔は放っておけなかった、と言う。
 鏡介は「暗殺者が野良猫を拾うように人を拾ってくるな」と昴に口封じも進言したが当の昴は面白そうに「落ち着くまでは日翔が面倒を見てやれ」と言い、結局日翔の家に住まわせることにした。
 それが現在の辰弥であるが、今思えば日翔も何か気付いていたのかもしれない。
 辰弥名も無き青年がただの人間ではないということを、そして数年のうちに死ぬだろう自分の代わりに「ラファエル・ウィンド」の戦力となるのではないか、と。
 実際、辰弥は暗殺者として申し分ないポテンシャルを秘めていた。早い段階でそれが発覚し、辰弥も「ラファエル・ウィンド」の一員として受け入れられることになった。
 その時から鏡介の、日翔を見る目が変わった。
 実際は考えなしなのかもしれないが何かを嗅ぎ取る勘は人並み以上だと。
 そして、日翔のお人好しが最強のカードを引き当てたのだ、と。
 ただのバカではない、そう思った鏡介は時折忠告は行うものの日翔に一目置き、接するようになった。
 それから四年。
 辰弥は人間ではなくLEBレブと呼ばれる生物兵器であることが判明し、御神楽みかぐら財閥有するPMC「カグラ・コントラクター」に連行されたことで全ての歯車は噛み合い、現在に至る。
 四年の間に昴は狙撃されて生死不明、日翔が勝手にチーム名を「グリム・リーパー」に変更ということもあったが四年も共に過ごせば三人はそれなりに信頼関係を築いていくわけで。
 そんな関係だったからこそ鏡介はいつしか日翔も辰弥も大切な仲間だと認識するようになっていた。そうでなければ辰弥が拘束された際に腕と脚を捨ててまで助けに行くはずがない。
 そこで、鏡介はふと考えた。
 ――俺は辰弥と日翔、どちらのために?
 日翔が助かればいい、それは確かに思っている。本心なのは間違いない。
 しかし、それと同時に「日翔が助かることで辰弥が喜べば」という思いがあることにも気が付いた。
 自分は日翔が助かってほしいために新薬を欲するのか、それとも辰弥に喜んでもらいたいために新薬を欲するのか。
 どちらだろう、と鏡介は考える。
 この二つは同じようで全く違う。
 そこで思い出す。
 ノインに日翔が連れ去られた際。辰弥は「日翔の命か俺の命か選択しろと言われたら俺はどっちを選ぶと思う?」と鏡介に訊いた。
 それは同時に鏡介にその選択を委ねていた。
 あの時、結局答えを出すことはできなかった――いや、最終的に日翔を選んでしまったが、今改めて「辰弥か日翔か」を考えて、鏡介は小さく首を振った。
「……鏡介?」
 不思議そうに辰弥が呼ぶが、鏡介はもう一度首を振る。
 そんなもの、選べない。
 辰弥も日翔も今ではどちらも手放せない仲間だ。
 手放すくらいなら自分は別にどうなってもいい。
 あの時のような選択はもうしたくない。
 あの時、辰弥はもう助からないと諦め、日翔を選んだ。
 あれから、見殺しにしたと思った辰弥が戻ってくるまでの日々は思い出したくもない。
 それほどの思いをしていたのだ。
 だから、どちらかを見捨てるといったことはもう二度としたくない。
 その思いもあるのだろうか、「ALSの治療薬を手に入れたい」と思うのは。
 それが日翔のためなのか辰弥のためなのかは今は考えない方がいい。
 最終的に日翔が快復し、それで辰弥が喜べばいいのだ。
 す、と左手を伸ばし、鏡介が辰弥の頭に手を置く。
 ポンポンと頭を叩き、安心させるように笑う。
「だから子供扱い――」
「必ず、手に入れよう」
 ALSの治療薬を。日翔の未来を。
 うん、と辰弥が頷く。
 こんなところで日翔を死なせるわけにはいかない。本人はもう諦めて自分の運命を受け入れているのかもしれないが、そんな運命を受け入れさせたくない。
「……俺にできること、ある?」
 辰弥の問いに鏡介は少し考え、首を振る。
「今はまだお前の力を借りるときじゃない。第一段階で入手できないとなった時に、お前の力を借りることになる」
 そうならなければいいが、そう呟きつつ、鏡介は辰弥の頭から手を放した。

 

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