縦書き
行開け
マーカー

Vanishing Point Re: Birth 第2章

分冊版インデックス

2-1 2-2 2-3 2-4 2-5 2-6 2-7 2-8 2-9 2-10

 


 

前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに越したばかりの三人は医者を呼ぶが、呼ばれてきたのは上町府うえまちふのアライアンスに所属しているはずの八谷やたに なぎさ
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
何故か千歳が気になる辰弥たつや鏡介きょうすけは「一目惚れでもしたか?」と声をかける。
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。

 

ALS治療薬開発のニュースを知った辰弥と鏡介は治療薬を手に入れるために日翔には秘密裏に動くことを決意する。

 

鏡介が治験の枠を確保するために動き出す。しかし、鏡介の伝手ではそれは叶わず、独占販売権入手に一番近い「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田えのきだ製薬」に取り入ることを考える。

 

「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田製薬」か。
辰弥と鏡介が話し合った結果、より可能性が高そうな「サイバボーン・テクノロジー」に取り入ることを決意する。

 

「サイバボーン・テクノロジー」CEOの秘書、真奈美まなみの元に鏡介から連絡が入る。
治験の枠の確保のために依頼を受けたいという鏡介に、真奈美は話をしてみる、と答える。

 

「サイバボーン・テクノロジー」から「グリム・リーパー」指定で依頼が入る。
その内容は「生命遺伝子研究所」の研究主任の暗殺であった。

 

 
 

 

 当日。
 辰弥が「生命遺伝子研究所」の建屋の近くに身を潜め、いつもの癖でニュースチャンネルを開く。
《先日、逮捕された『ワタナベ・アームズ』の前社長の初公判が――》
 あの、辰弥が「カグラ・コントラクター」に拘束されるきっかけともなった「ワタナベ・アームズ」。
 「グリム・リーパー」の面々は詳しくは知らなかったが「ワタナベ」の中でも軍需産業に参入しようとした「ワタナベ・アームズ」の独断によりノインが捜索され、その結果辰弥をノインと誤認した特殊第四部隊が彼を拘束した。
 もし、この拘束がなければ御神楽は辰弥エルステの生存には気づかなかっただろうし拘束されることも、「グリム・リーパー」の面々が武陽都へ移住することもなかった。
 その点では「余計なことをした」企業ではあるが、今更どうでもいい。
 ざっくりニュースを聞き流してから辰弥は「生命遺伝子研究所」の建屋を見て、それから隣の日翔と千歳を見る。
 二人には今回の依頼について、自分たちから「サイバボーン・テクノロジー」に声をかけて融通してもらったものであるとは伝えていない。
 日翔に期待を持たせてはいけない、千歳を巻き込んだことに罪悪感は覚えるが黙って巻き込まない限り「個人の感情で危険な橋を渡るのですか」と反対されそうである。
 愛用のハンドガンTWE Two-tWo-threEを握り、辰弥が一度目を閉じる。
辰弥BB、大丈夫か?》
 日翔が心配そうに辰弥の顔を覗き込む。
「……大丈夫だよ、日翔Gene
 日翔に心配をかけまいと辰弥が目を開け、黄金きんの瞳で彼を見る。
《……やっぱ、慣れないな、金の目って》
 ふと、そんなことをぼやき、日翔もネリ39Rを握り締めた。
「無駄話している暇はありませんよ。時間です」
 時計を確認した千歳が二人に声をかける。
 分かってる、と辰弥は頷いた。
《時間だ。セキュリティを落とせる時間は三十分、それまでに離脱しろ》
 鏡介の言葉と共に三人に視界にタイマーが表示される。
 物陰から飛び出し、三人は建屋に向かった。
 鏡介がロックは解除しているので侵入自体は容易。
 確かに建屋内部には新薬の専売権を得るために提供したのだろう、複数のメガコープの武装兵が巡回している。
 その排除も鏡介が辰弥のGNS経由でデータリンク切断のウィルスとHASHハッシュを送り込み、弱体化したところで辰弥と千歳が行う。
《BB、俺だって》
 俺だって戦える、と前に出ようとする日翔を辰弥が片手で制する。
(Gene、君は体力を温存してて。今よりも多分離脱の方が難しいから)
 侵入が察知されない限り自分たちに危険はない。
 しかし、対象を排除しての離脱はこれだけの警備を考えると、いや、ターゲットの死亡やデータの削除を察知するシステムくらいは構築してある可能性を考慮すると離脱の方がはるかに危険。
 それを考えると日翔は温存しておいて離脱で戦闘になった際に投入するのが無難。
 そう、説明すると日翔は不承不承ながらも頷いた。
《分かった、だが後方は警戒しておくからな》
 その言葉に辰弥が頷き、さらに奥へと進む。
《……Bloody BlueBBさん?》
 警戒しながら奥へ進む途中で、不意に千歳が個別通話を繋いでくる。
秋葉原Snow、どうしたの?)
 「仕事」中に千歳が個別通話を繋いで来たことに疑問を覚え、辰弥が応答する。
《どうしてGeneさんを連れてきたのですか》
 これくらい、私とBBさんの二人でも大丈夫でしょう、と言う千歳に辰弥が一瞬沈黙した。
 どうして日翔を連れてきたのか。
 それは彼がまだ動けるからに決まっている。借金が残っている以上、完済までは働く必要がある。
 確かに日翔の借金を辰弥と鏡介が肩代わりする、ということも何度か話し合った。
 しかし、それでも日翔は言ったのだ。「自分で完済したい」と。
 その完済がどうしても間に合わず、動けなくなった時に限り、お前たちが望むなら肩代わりしてくれ、という日翔の希望で辰弥も鏡介も今回の「仕事」に日翔を連れてきた。
《はっきり言って、Geneさんは今はまだ動けるかもしれませんが近々足手まといになります》
(Snow、言葉を選んで)
 足手まとい、それは事実だ。
 今はまだ問題ないかもしれないが、いずれは「仕事」中に壊してはいけないものを壊したり倒れたりするかもしれない。そうなれば確実に足手まといだ。
 それでも、日翔が望む限りは現場に出したい、日翔がミスをしても俺がカバーする、と辰弥は考えていた。
 千歳の言うことも分かる。暗殺の仕事にミスは許されない、ミスは致命的だということも。
 それでも、辰弥は日翔を「仕事」から外すことはできなかった。
 ふと、ここ数巡を思い出す。
 上町府にいた頃よりも日翔は倒れることが多くなった。
 別に意識を失うわけではなく、ほんの一瞬、力が入らなくなってよろめく程度のものだったがそれが「仕事」中に起きれば問題である。
 まだ何事もない移動中ならいいが戦闘中に起こった場合、辰弥は本当に日翔をカバーできるのか。
《Geneさんを外すべきです。BBさんだって仲間のミスで死にたくないでしょう?》
 千歳の言葉の一つ一つが辰弥に突き刺さる。
 いや、最後の言葉だけは同意できなかった。
 日翔のミスで死ぬならそれは自分の責任だ。日翔の希望を聞いて現場に立たせたという。
 それにいくら「二人でできる」と言われても辰弥は千歳と二人きりで現場に立ちたくなかった。
 何故かは言語化できない。ただ、漠然とした不安が千歳との二人での仕事を拒絶する。
 取り返しのつかないことが起きた時、自分は千歳に対してどういう感情を抱くのか、それが純粋に怖い。
(……Geneは外さない。動けるなら、動けなくなるまで働かせる)
《どうして》
(それが本人の希望だから)
 きっぱりと言い切り、辰弥が通路の先の巡回を射殺する。
(今は雑談してる時じゃない、集中して)
《……分かりました》
 不服そうな声で千歳が答えるものの、辰弥の言う通りなので素直に引き下がる。
 そのまま無言で三人は研究室の一室にたどり着いた。
 鏡介のハッキングでロックを解除、内部に侵入する。
 「サイバボーン・テクノロジー」からの資料通り、そこでターゲットがコンソールを前に座っていた。
 資料では今日のこの時間、ターゲットは当直で、研究室にいる、と記されていた。本当にその通り、ターゲットがいる。
 素早く周りを見るが夜日の深夜、ターゲットは一人だけで護衛がいる気配もない。ちら、と天井に視線を投げると侵入者を検知して発砲する据え置き銃座タレットが目についたが館内のセキュリティは既に鏡介が沈黙させていたためうんともすんとも言わない。
 室内に侵入し、千歳がデザートホークをターゲットの頭に向ける。
 ターゲットは報告書の作成か何かに集中しているようで、辰弥たちの侵入に気づいていない。
 そのまま、千歳は引鉄を引いた。
 銃声と共にターゲットの頭が弾け、頭部を失った死体がコンソールに倒れ込む。
 無言でその死体をどけ、辰弥がうなじのGNSボードからケーブルを伸ばした。
 ケーブルの先端をポートに差し、鏡介に連絡する。
《了解した、少しだけ待ってくれ》
 鏡介が辰弥経由でサーバに侵入、該当データを削除する。
 以前グローバルネットワークに接続されているサーバに接続した時と変わらないセキュリティをあっさりと突破し、鏡介はちら、と削除されるデータを見た。
 別に鏡介は医学に通じているわけではないので消しているデータが何なのかは分からない。それでも時折見える病名にALSとは無関係のものらしい、と判断する。
 「サイバボーン・テクノロジー」がALS治療薬の専売権を得られないからその妨害工作でデータを削除するわけではない、と判断し、鏡介が息を吐く。
 これで治療薬のデータを削除していた場合、「サイバボーン・テクノロジー」は約束を反故にするどころか自分たちの希望を打ち砕くことになる。
 流石にそのような不義理は働かないか、と思いつつ、念のため今回のターゲットの担当範囲を見る。
 この研究主任はALSの治療薬開発には携わっていなかったようだが、研究データのログを見る限り「榎田製薬」と何らかのつながりがあるように見える。
 ――なるほど、「榎田製薬」に対しての妨害工作か。
 「サイバボーン・テクノロジー」と「榎田製薬」はALS治療薬を巡っての企業間紛争コンフリクトで「御神楽財閥」としのぎを削っている最有力候補だと考えると納得できる話である。こうやって新薬開発の妨害をして、「榎田製薬」の評判を落とそう、ということなのか。
 大体分かった、というタイミングでデータの削除が終わり、鏡介がサーバから離脱する。
 辰弥に「終わった、離脱しろ」と指示を出すと辰弥もポートからケーブルを引き抜きボードに戻す。
「Gene、Snow、離脱しよう」
 辰弥が二人に声をかけ、研究室を出る。
《BB、顔色悪いな》
 ふと、日翔が声をかけてくる。
(大丈夫)
 個別回線を開き、日翔に返す。
(ただ――研究所はやっぱり嫌だな、って)
 研究所内に漂う清潔感、そして医薬品開発機関ならではの薬品の匂い。
 かすかに聞こえる鳴き声は実験用の動物のものだろうか。
 ああ、なるほどと日翔が納得する。
 「原初のLEB」として研究所にいたころの数々の「実験」を思い出したのか、と考え、そっと辰弥の肩を叩く。
《忘れろとは言わねえ。だが、お前はもう実験体モルモットじゃねえ》
(日翔……)
 思わず本名で呼んでしまい、辰弥が顔をしかめる。
(ごめん)
《どうせ鏡介Rainを通さない個別回線だ、気にすんな》
 じゃあ、行くぞと日翔が小走りで走り出す。
 それに合わせて辰弥と千歳も走り出した。

 

第2章-7へ

 


 

「いいね」と思ったらtweet! そのままのツイートでもするとしないでは作者のやる気に大きな差が出ます。

 マシュマロで感想を送る この作品に投げ銭する