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Vanishing Point Re: Birth 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに越したばかりの三人は医者を呼ぶが、呼ばれてきたのは上町府うえまちふのアライアンスに所属しているはずの八谷やたに なぎさ
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
何故か千歳が気になる辰弥たつや鏡介きょうすけは「一目惚れでもしたか?」と声をかける。
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。

 

ALS治療薬開発のニュースを知った辰弥と鏡介は治療薬を手に入れるために日翔には秘密裏に動くことを決意する。

 

鏡介が治験の枠を確保するために動き出す。しかし、鏡介の伝手ではそれは叶わず、独占販売権入手に一番近い「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田えのきだ製薬」に取り入ることを考える。

 

 
 

 

(……辰弥、)
 今の時間、辰弥は自室でレシピ本でも読んでいるだろう。日翔は昼寝をしているはずだ。
 最近の日翔は昼寝の時間が増えた。それがALSの進行によるものかどうか、と考えると実際そうなのだろう。強化内骨格インナースケルトンで健常者と変わらない動きができるといっても肉体自体はもうかなり弱っているはずである。
 日翔が昼寝をしているなら都合がいい。話を知られずに済む。
《どうしたの?》
 辰弥が応答する。
(治験について、今話せるか?)
《大丈夫、話せる》
 辰弥の言葉に、鏡介は最初に「すまない」と謝罪した。
(やはり、俺のコネだけでは日翔を治験に割り込ませることは難しい。そうなるとお前の力を借りることになる)
 鏡介のその言葉は辰弥の想定の範囲内だったのか、たった一言「そう」とだけ返ってくる。
《大丈夫だよ。鏡介一人に負担をかけたくなかったし》
(すまないな。そこで相談だ。日翔に治験を受けさせるためには正規の手段でどこかのメガコープの力を借りる必要がある)
《でも、そんなコネは俺たちにはないよ?》
 辰弥の言う通り、現時点で自分たちにメガコープとのコネはない。
 そこでだ、と鏡介が言う。
(現在買収交渉で企業間紛争中のメガコープに取り入り、治療薬の独占販売権の獲得を協力する代わりに治験への参加を要求する)
《なるほど》
 それなら確実性が高いかもしれない、と辰弥が頷く。
 時間はあまりない。なぎさがあの時自分たちを退席させたことを考えると日翔に残された時間は一年もないかもしれない。
 鏡介から送られた治験のスケジュールを見ながら、辰弥が「それで」と尋ねる。
《どの企業に取り入るつもり?》
(最有力候補は『サイバボーン・テクノロジー』か『榎田製薬』だ)
《御神楽じゃないんだ》
 辰弥としては最有力候補は「御神楽財閥」だと思っていたらしい。
 鏡介がそうだな、と頷く。
(今回、御神楽は狙い目ではないと判断した。いくら御神楽が最強の企業であったとしても『サイバボーン』か『榎田』がかなり深くまで食らいついている、狙うとしたらこのどちらかに取り入って治療薬の専売権を入手させた方がいい)
《なるほど》
 御神楽が最有力候補から外れていることに何か気付いたのか、それとも鏡介の判断を信じたのか、辰弥が納得したように頷く。
《鏡介が御神楽を候補から外したならそれに従う。もし御神楽が最有力候補だと言うならそれに従ったつもりだけど》
(……)
 鏡介が一瞬、口を閉ざす。
 辰弥はどこまで察しているのだろうか。
 それでも鏡介が御神楽を選ばなかったことに疑問を呈することもなく従う、という。
 それに感謝の念を抱きつつも、鏡介は内心「すまない」と謝罪していた。
 自分が誰かと繋がることなく一人でいたばかりに。
 こんな状況で、人との繋がりの大切さを思い知ってしまうとは。
 思考が逸れかけて、鏡介は首を振って意識を戻す。
(で、どちらがいいと思う?)
《『サイバボーン』か『榎田』か……》
 俺にはどちらがいいかよく分からない、と辰弥がこぼす。
《だから、鏡介の意見をまず聞かせてほしい》
(そうだな……)
 辰弥に言われて、鏡介も考える。
 「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業の大手。対する「榎田製薬」は桜花での医薬品シェア一位。
 ぱっと考えるだけなら「榎田製薬」が新薬の専売権を得る可能性はかなり高い。敵対的買収ではなくあくまで合意の上での買収が行われる場合、生命遺伝子研究所も販売実績の高い企業を選ぶ可能性が高いからだ。
 だがメガコープの買収合戦はそんな簡単ではない。他社に買収される前にその他社を攻撃するのは日常的な光景だ。
 とすると、そこに自分たち暗殺者が割り込む余地は、と考えて企業のパワーバランスを見る。
 「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業大手だけあって独自の装備を備えたPMCを有しており、実力行使にあたってはかなりの力を持っている。
 反面、「榎田製薬」は独自の軍事勢力は持っていないが桜花での活動に関してはその資金力に物を言わせて外部のPMCを雇うかアライアンスなどを利用し、「榎田製薬による犯行」と分からないように暗躍している。実際、メガコープが絡んでいるらしいがどのメガコープの仕業か分からない、という事件も多発している。「榎田製薬」のように外部の戦力を利用しているメガコープは一定数存在するため、暗躍するにはうってつけの手段である。
 それを辰弥に説明すると、彼は「うーん」と低く唸った。
《単純に考えて『榎田製薬』の方が取り入りやすいとは思うけど、取り入りやすいってことはその分使い捨てられやすい、とも言えない?》
(それはそうだな)
 辰弥の指摘通り、独自の戦力を持つ「サイバボーン・テクノロジー」よりも「榎田製薬」に取り入る方が難易度が低い。
 しかし、同時に外部戦力に頼る「榎田製薬」は使えないと思ったチームは即座に切ることも、用済みだと判断したチームを切ることも考えられる。
 それこそ、「自分たちに擦り寄ってくるチーム」と認識して空約束だけして最終的に切り捨てられる可能性が非常に高い。
 そう考えると独自の戦力を持っているが「サイバボーン・テクノロジー」に取り入った方が約束を守ってもらえる可能性が高い。また、企業規模だけで言えば「サイバボーン・テクノロジー」の方が大きいため今回の競争に勝てる可能性が高い。
(……お前の言うことを考慮すれば、『サイバボーン』に賭けたほうが分は良さそうだな。しかし、『サイバボーン』は独自で戦力を持っている、俺たちが割り込むには難しいぞ)
《でも、『サイバボーン』だって独自の戦力では不都合な場合もあるんじゃないの? 前だって『ワタナベ』は独自の戦力を持ってるのにアライアンスを利用したじゃん。それと同じことを『サイバボーン』がしてないとは思わない》
(……なるほど)
 鏡介が上町府にいた時のことを思い出す。
 あの時は「サイバボーン・テクノロジー」を妨害すべく「ワタナベ」がアライアンスと契約してその戦力を利用した。しかも、上町府のアライアンスはメガコープとのつながりを忌避していたにもかかわらず依頼人を偽装する、という形で。
 独自の戦力を持つメガコープであっても、その戦力を使うことに不都合を感じることもある。それは「サイバボーン・テクノロジー」も同じだろう。
 つまり、それを利用して「サイバボーン・テクノロジー」お抱えのフリーランスになれば、そして治療薬の独占販売権を得る手伝いをすれば。
 分かった、と鏡介は頷いた。
(それなら『サイバボーン・テクノロジー』に取り入る方向で行こう。――なに、心当たりは一つある)
《……真奈美まなみさん?》
 「その名前」が出た瞬間、鏡介は一瞬苦そうな面持ちになった。
 覚えてやがったのか、という悪態が口をついて出かかるが事実なので黙っておく。
(……ああ、母ならまだ口添えしてくれる可能性はある)
《『母さん』か……》
 何やら思案気に辰弥が呟く。
 三人の中で、唯一生存が確認されている肉親。
 日翔の両親は彼にインナースケルトンを埋め込んだことが原因で殺されているし辰弥にはそもそも親が存在しない。鏡介だけ、母親の生存が確認されていたし、何ならその命を救っている。
 そんな鏡介の母親、木更津きさらづ 真奈美は都合のいいことに「サイバボーン・テクノロジー」のCEOの付きの重役という立場にいた。
 真奈美は鏡介がまだ幼いころに彼を捨てて「サイバボーン・テクノロジー」に入社したという過去があったが彼女はずっと鏡介を探し続けていた。見つかった暁には一緒に暮らしたいという希望も口にしていたがそれを聞いた鏡介はその手を取らず、辰弥と日翔を選択した。
 だから鏡介としてはあまり関わりたくない人間ではあったがそれでも使える手は使った方がいい。
(とりあえず、母に連絡は取ってみる。)
 了解、と辰弥が返し、鏡介が「話はこれだけだ」と通話を切ろうとし――
(しかし、『サイバボーン』に取り入るとなるとお前にもかなりの危険を強いることになるぞ。秋葉原あきはばらにも黙っておかないと後々面倒なことになりそうだな)
《そうだね。俺の負担は考えないで。日翔のためなら、俺は……》
(『日翔のためなら死ねる』とは言うなよ。日翔を助けるためにお前が死んだら本末転倒だ)
 辰弥の言葉を遮る。辰弥がバツの悪そうな顔をする。
(俺も、お前を喪いたくない。日翔もそうだ。俺たち三人で生きると決めただろう。だから、死んでもいいとは絶対に言うな)
《……うん》
 ごめん、と辰弥が謝った。
(三人で生き残って、薬を入手しよう)
 その言葉で、鏡介が通信を閉じる。
 通話画面を閉じ、目の前のディスプレイに虚ろな視線を投げ、鏡介はぽつり、と呟いた。
「……三人で、は嘘だな」
 鏡介としては日翔と辰弥が助かるのなら自分は死んでもいいと思っていた。
 二人と違って現場に出ることはほぼない鏡介だが、GNSを利用したハッキングの場合は一つのミスが致命傷になる。そんなへまをするほど中途半端な腕ではないという自負があったが今回の治療薬の調達に関しては恐らく裏で色々工作することもあるだろう。
 その途中で不測の事態が起こったら。
 それでも、鏡介は二人に生きてもらいたいと思った。
 せめて、日翔に薬は届けたい。
 それができるのなら、自分の命くらい安いものだ。
 元々幼いころに死んでいた命、師匠に拾われたから助かったようなものだ。今更惜しくもなんともない。
 ――日翔は必ず助ける。
 そう、口にせず呟いた鏡介の視線はいつもの鋭さを取り戻していた。

 

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第2章-4へ

 


 

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