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Vanishing Point Re: Birth 第2章

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前回までのあらすじ(クリックタップで展開)

日翔の筋萎縮性側索硬化症ALSが進行し、構音障害が発生。
武陽都ぶようとに越したばかりの三人は医者を呼ぶが、呼ばれてきたのは上町府うえまちふのアライアンスに所属しているはずの八谷やたに なぎさ
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは秋葉原あきはばら 千歳ちとせ
何故か千歳が気になる辰弥たつや鏡介きょうすけは「一目惚れでもしたか?」と声をかける。
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。

 

ALS治療薬開発のニュースを知った辰弥と鏡介は治療薬を手に入れるために日翔には秘密裏に動くことを決意する。

 

鏡介が治験の枠を確保するために動き出す。しかし、鏡介の伝手ではそれは叶わず、独占販売権入手に一番近い「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田えのきだ製薬」に取り入ることを考える。

 

「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田製薬」か。
辰弥と鏡介が話し合った結果、より可能性が高そうな「サイバボーン・テクノロジー」に取り入ることを決意する。

 

「サイバボーン・テクノロジー」CEOの秘書、真奈美まなみの元に鏡介から連絡が入る。
治験の枠の確保のために依頼を受けたいという鏡介に、真奈美は話をしてみる、と答える。

 

「サイバボーン・テクノロジー」から「グリム・リーパー」指定で依頼が入る。
その内容は「生命遺伝子研究所」の研究主任の暗殺であった。

 

暗殺当日、研究所に忍び込んだ三人は依頼を遂行する。
しかし、千歳は辰弥に「どうして天辻Geneさんを連れてきたのですか」と問いただす。

 

 
 

 

 視界に映るナビに合わせて通路を駆ける。
 警備兵は鏡介が前もって教えてくれるため、気付かれる前に排除する。
 しかし、建屋を出た直後、三人はサーチライトの光を浴びせられる。
「どこの武装勢力だ、直ちに武装解除して投降せよ」
 声が聞こえてきたのは上空から、見上げるとサーチライトを照らしたティルトジェット機が一機。そこから数人の武装兵が降下してくる。
 三人は咄嗟に花壇の陰で遮蔽を取り、銃を構える。
「Rain、どういうこと!?!?
 鏡介から建屋を出る直前に誰かがいるという情報は貰っていなかった。ましてや航空戦力がいるなど情報にない。
《分からない、突然音速匍匐飛行NOEで飛び出してきたんだ。クソッ、どこで気付かれた》
《おい、あのティルトジェット機のエンブレム、カグコンだ!》
 日翔の声を聞いて辰弥も見上げると、そこには桜とアサルトライフルの意匠を組み合わせたカグラ・コントラクターのエンブレム。
《そうか、あの時と同じ、俺達の知らない未知の手段で研究所内をモニターしていたのか》
 高い技術力を誇る御神楽。そのほとんどは社是に則り世界中に開示されているが、たった一つ例外とされる技術がある。それが軍事。
 恐らく、かつて鏡介と日翔がサーバールームで発見されたのと同じ技術だろう。
 隙を見ては応戦しつつ辰弥が声を上げる。
 しかし、空中のティルトジェット機からのガトリング砲による弾丸の雨に晒されている三人は遮蔽物に釘付けにされており、簡単には反撃できない。
 また、ティルトジェット機の主翼に添えつけられたハードポイントにはロケットポッドが装着されており、今は建屋を背後にしているために撃てないのだろうが、強硬に突破しようとすれば、ロケット弾の雨に晒されるだろう。
 これだけ派手に戦闘をしてしまえばすぐに警備に派遣されている他のメガコープの兵士が駆け付けるだろう。それまでに排除、もしくは離脱しなければ。
「Rain、HASH送って!」
 一瞬でも動きを止めれば俺が排除するから、と辰弥が鏡介に指示を出す。
《バカか、相手はカグコンだぞ? HASHが送れるならもう送ってる!》
 GNSをハッキングするには接続サーバを特定、サーバ経由でデータを送り込むことが主流だがその対策としてグローバルネットワークには接続せず、独自のローカルネットワークでデータリンクを構築することが多い。それでもそのデータリンクはGNS同士の短波通信で行われるため、そこに割り込んでハッキングを行う。
 しかし「カグラ・コントラクター」はそのローカルネットワークですら構築せず、各部隊をまとめる量子コンピュータターミナルからのネットワークで、そこに割り込むことは鏡介でも不可能だった。
 以前、辰弥を救出する際に第三研究所の戦力全てにHASHを送りつけはしたが、その時はまだ研究所のサーバルームにあった中央端末が量子コンピュータではなかったこと、そしてそれを経由することができたから鏡介はハッキングをすることができた。
 何はともあれ、敵をハッキングできない鏡介が今できることはほとんどない。
《すまない、なんとかしてあいつを撃墜してくれ!》
「無茶言うよ、どうすれば……」
 花壇の陰で辰弥がぼやく。
 そうしている間にもティルトジェット機から降下した武装兵はこちらに迫ってきている。
「行きます!」
「え!?!?
 突然、千歳が声を上げる。
 彼女の言葉に辰弥が思わず声を上げるが、その時既に彼女は花壇から飛び出していた。
「Snow!」《おい、死ぬぞ!》
 辰弥と日翔が同時に声を上げるが千歳は動体視力と素早い身のこなしで銃撃の射線を把握、回避し武装兵に肉薄する。
 流石にティルトジェット機も味方を巻き込む可能性のある形ではガトリング砲は撃てないため、敵に近接射撃戦闘を挑んだ千歳は却ってガトリング砲の雨から脱却出来ていた。
《どうすんだよ!》
 上空のティルトジェット機からレーザービームの如く放たれ続けるガトリング砲の曳光弾に釘付けにされつつ、日翔が歯ぎしりする。
「Rainの言う通り撃墜するしかない」
《でもどうやって》
 今の自分たちの装備じゃ無理だろ、と日翔がぼやく横で辰弥が左腕をティルトジェット機に向ける。
 その手が、対物狙撃ライフルT200 Arbitrationにトランスする。
《おいBB!》
 Snowの目の前だぞ、と日翔が慌てる。
「大丈夫、こっち見てない」
 千歳は降下した武装兵と交戦してる、と状況を確認しながら辰弥が右手を握って弾を生成、装填する。
「いくらティルトジェット機でもパイロットを撃てば操縦不能になるから墜ちるはず……」
 そう呟きながら辰弥はスコープを覗き込んだ。
 普段の狙撃なら軍事用の観測衛星を利用して各種データを取得するが今はそれどころではないしこれくらいの距離ならその必要はない。
 ティルトジェット機の機首がこちらを向いたところで、辰弥は即座にパイロットに狙いを定め、引鉄を引いた。
 .408弾が放たれ、狙い違わずティルトジェット機のパイロットに突き――
「っ!」
 刺さらなかった。
 ティルトジェット機を包むように複雑な幾何学模様を描く青い光の壁が出現、弾丸を受け止める。
反作用式擬似防御障壁ホログラフィックバリア!」
 反作用のエネルギーウェーブを放出して運動エネルギーを相殺する「カグラ・コントラクター」の標準装備。
 やばい、失念していた、と辰弥が唸る。
 パイロットさえ無力化してしまえばなんとかなると思っていたが実弾であのティルトジェット機を墜とすことは不可能。いや、エネルギーウェーブを放出するためのエネルギープールを枯渇させることができればホログラフィックバリアも無効化できるがそれができるほどの波状攻撃を仕掛けることなどいくら辰弥が「血液がある限り銃弾を生成できる」と言えども不可能。
 次の手を、と考える間にもティルトジェット機は遮蔽物から顔を出した辰弥を見逃さず、ガトリング砲の照準を僅かに上にずらす。
 慌てて体を引っ込ませることで回避するもののいつまでもそれを繰り返すわけにもいかない。花壇も無限にはガトリング砲を受け止められないはずだ。
 ――どうする。
 ホログラフィックバリア搭載のティルトジェット機であっても無敵というわけではない。ホログラフィックバリアは「運動エネルギー」を相殺するだけであって運動エネルギーによらない攻撃までも無効化するわけではない。つまり――
 ――やるしかないか。
 あまり使いたい手ではなかったが手がないわけではない。
 ただ、あまりトランスを多用すると千歳に勘付かれてしまう。
 元々、辰弥に備わっていなかったトランス能力。
 あのノインとの戦いで辰弥は生き延びるためにノインからその能力をコピーした。
 「原初」のLEBである辰弥エルステにのみ備わっていた「生物の特性をコピーする」能力が役立った結果だが、辰弥本人としてはあまり使いたいものではない。
 自分が「人間ではない」とはっきり認識できてしまう行為であるし第一疲れる。
 だから極力使いたくなかったが今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
「Gene、Snowは?」
 念のため、確認する。
《あと三人ってところだな。あいつ、一人でかなり暴れてるぞ》
 言われて辰弥も千歳の方を見る。
 彼女は両手のデザートホークを器用に使って立ち回り、降下してきた武装兵を確実に排除している。舞うような動きで銃弾を回避し戦っているが余裕があるわけでもなさそうで、こちらに注意を払っていない。
 よし、と辰弥は軽く自分の頬を叩いた。
「Gene、戦術高エネルギーレーザー砲MTHEL作るから撃って」
《え、あれやるの》
 ノインとの戦いで生成したMTHEL。
 ノインには有効だから、と設計図を借り受け、実際に有効打となったものではあるがあれは高出力のエネルギーを必要とする。あの時も現場に転がっていた死体の血を辰弥が自分の支配下に置いてジェネレータを生成して初めて使用可能になっていた。
 しかし、今ここに素材となる血液はない。MTHELも含めて全て自分の血で賄うことになるが、大丈夫なのか。
「あの時よりは小規模だしトランス使うから消費血液量コストは低いよ。ただ、流石に消耗してるから体力が残ってる君が撃つ方が確実だ」
《……そう言うなら……》
 分かった、と日翔が頷く。
「よし、なら射点に移動しよう。ここからじゃ必要な仰角が高すぎる。……あの給水塔だ」
 その返事を聞いて、花壇から飛び出した。日翔もそれに続く。それにさらに遅れてガトリング砲の曳光弾による軌跡が続く。
 さらに続いて放たれるのはロケットポッドからのロケット弾。こちらが建屋を離れたことで、向こうにロケット弾を使わない理由が消失したのだ。
「うわっ!」
 走る二人を旋回で追いながらの射撃のため、直撃することはなかったが、至近弾で爆発したロケット弾は派手に二人を吹き飛ばす。
《いてて……派手に撃ってきやがって!》
「そんなこと言ってる暇はない、行くよ!」
 だが、止まってはいられない。吹っ飛んだ二人を攻撃せんと、ガトリング砲の曳光弾による軌跡が近づいている。
「給水塔はもうすぐだ、急ごう」
 二人は給水塔に取り付き、梯子を上る。
 ティルトジェット機もそちらに接近し、ガトリング砲を向けるが、給水塔に射撃すると破壊の危険性があるためか、一瞬射撃を躊躇する様子を見せる。パイロットは何か通信をとっているが、二人は分からないことだ。
 その間隙をついて、二人は給水塔を登り終える。
 直後、「給水塔程度なら賠償可能」との通信を受けたパイロットがガトリング砲の射撃を再開する。
 それを一瞥し、辰弥は目を閉じた。
 意識を集中させ、全身の造鋼器官に命令を行き渡らせる。
 今回は自分の血をコストにはしない。
 自分の身体そのものに語り掛ける。
 「作り変えろ」と。
 ガトリング砲の射撃が迫り、給水塔のタンクに無数の穴を作り、無数の穴から水が飛び出す。
 辰弥の腕がどろり、と変形し、MTHELを形作る。勿論、見た目だけではなくて機構もシステムも全て模倣したもの。
 同時にレーザー砲が発射できる程度の小型のジェネレータにもトランス、MTHELに直結させる。
 ジェネレータを稼働させるための燃料は自分の血で生成、投入することでジェネレータは低く唸りを上げて稼働し始めた。
「Gene、お願い」
 くらり、と覚えた目眩に耐えながら辰弥は日翔に声をかける。
《ああ、任せろ》
 日翔がMTHELを構え、砲身をティルトジェット機に向ける。
 GNSと連携し、日翔の視界にレティクルが表示される。
 MTHELを向けられたことで、危機感を感じたパイロットが給水塔の根本に狙いを変え、操縦桿のロケットリリースボタンを押す。
 直後、ロケットポッドからロケット弾が放たれる。
 同時、レティクルがティルトジェット機に重なり、ロックオンマーカーが表示され、日翔は迷いなく引鉄を引いた。
 高出力のレーザーがティルトジェット機に向かって放たれる。
 レーザーは狙い違わず主翼のジェットエンジンに突き刺さり、エンジンが爆発した。
 片方のエンジンを失ったティルトジェット機は姿勢も出力も維持することができず、きりもみ回転して急激に高度を落とす。
 そして、地面に激突、機体そのものが爆発した。

 

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