Vanishing Point Re: Birth 第2章
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日翔の
もう辞めた方がいいと説得する渚だが、日翔はそれでも辞めたくない、と言い張る。
そんな「グリム・リーパー」に武陽都のアライアンスは補充要員を送ると言う。
補充要員として寄こされたのは
何故か千歳が気になる
顔合わせののち、試験的に依頼を受ける「グリム・リーパー」
そこで千歳は実力を遺憾なく発揮し、チームメンバーとして受け入れることが決定する。
そんな折、辰弥たちの目にALS治療薬開発成功のニュースが飛び込んできた。
ALS治療薬開発のニュースを知った辰弥と鏡介は治療薬を手に入れるために日翔には秘密裏に動くことを決意する。
ALSの治療薬の治験はメガコープへのプロモーションも兼ねて行われる。
そのため、日翔をその治験に割り込ませるにはメガコープとのつながりが重要となる。
しかし、鏡介にはメガコープとのコネはない。あるのは師匠とのつながりから広げたハッカーのネットワークのみ。
そのネットワークの中に、メガコープとつながりを持っている人間、またはメガコープに所属している人間はいないだろうか。
もし、そんな人間がいれば話は早い。何かしらを餌に交渉すればいいし、いざという時はハッキングで話を付ければいい。当然、リスクは負うがそれくらいの覚悟がなければ日翔を治験に割り込ませることはできない。
そう思い、ネットワークの海を巡回するがメガコープとつながりがあるハッカーも一部のメガコープの表層のサーバから情報をちょろまかしている程度しか出てこない。
それはそうだろう。メガコープも自身の企業所属のハッカーを有しており、彼らは一様に企業に忠誠を誓っているが故にそこにいるのだ。ハッカーのコミュニティでおいそれと情報を流すわけもない。
とすれば、「お抱えハッカーを打ち破ったウィザード級ハッカー」としてメガコープに登用される道はある。その際に登用条件として「日翔を治験に参加させる」を提示してやればいいと言う考え方もあるかもしれない。
だが、それは無理だろう。先に思案した通り、メガコープのハッカーはその忠誠を信じてこそお抱えにするのである。これまでずっとフリーで活動してメガコープと戦いもした自分を信用するメガコープがいるとは思えない。
ネットワークの世界で
だから、鏡介は自分がメガコープお抱えのハッカーになるという道は最初から捨てていた。母親のようにメガコープに登用されても仲間を捨てろと言われることだってある。そう言われて仲間を捨てるくらいなら自分の脳が焼かれた方がマシだ。
そう考え、一旦ハッカー仲間の線を捨てて治験の対象者リストを洗ってみよう、と鏡介は生命遺伝子研究所のサーバに侵入した。
メガコープに属さない中小企業なのでサーバのセキュリティは大したことがない。
易々と内部に侵入し、鏡介はデータを確認した。
流石にALS治療薬の開発データはグローバルネットワークに接続していない開発サーバに保管されているのだろうがそれでも治験のスケジュール等は各メガコープに公開する都合上グローバルネットワークに接続されたサーバに保管されている。
治験のスケジュールに目を通す。
「……」
治験の日程は第一回が数か月後。日翔の余命宣告があとどれほどかは分からないが間に合ってほしい、という願いが先に立つ。この日程を逃せば日翔は助からない。
「リストは……」
キーボードに指を走らせ、リストを探し出す。
しかし、いくら探してもリストは見つからない。
どういうことだ、と治験に関する資料を漁る鏡介の視界にとある文言が映り込む。
『治験者リストに関しては漏洩及び改ざん防止のため、口頭で受諾した被験者名を開発室の紙リストに手書きすること』
「な――」
鏡介が呻く。
駄目だ、その方法でリスト管理をされてしまうと手も足も出ない。
「口頭で受諾した」がGNSの通話もOKならまだ発信者を偽装して割り込ませることもできるかもしれないがそんな一回のやり取りで通るはずがない。何度もやり取りすればどこかでボロが出る。それに生命遺伝子研究所側もそれくらいは対策しているだろう。PRも兼ねているのだ、メガコープの社員と直に顔を合わせてのやり取りくらいするはずだ。
詰んだな、と鏡介は唸った。
治験に割り込ませるならどうしてもメガコープとのつながりが必要になる。
しかし、そんなつながりが一介の暗殺者にあるはずがない。
他に手はないか、と考えつつ鏡介は一度生命遺伝子研究所のサーバから離脱した。
ふぅ、と息を一つ吐き、傍らに置いていたゼリー飲料のパックを手に取り封を切る。
パウチに入ったゼリー飲料を一息に流し込み、首を振った。
「……
『一番確実なのは特殊第四部隊の御神楽
鏡介の脳内で声が響く。
鏡介のGNSに搭載された随行支援AI「a.n.g.e.l.」。
かつてはカグラ・コントラクター特殊第四部隊、通称「トクヨン」の随行支援AIとして使用されていたそれを鏡介は辰弥救出の際に入手していた。
現在はトクヨンとのリンクを切断し、独自に情報収集、鏡介の作戦立案を補助するサポーターとして稼働している。
そのa.n.g.e.l.が単刀直入に一番確実そうな答えを出してきて、鏡介は眉間に皺を寄せる。
その線は考えていなかったと言えば嘘になる。
御神楽財閥であればこの新薬の販売権を獲得し、一般販路に乗せることも容易だろう。それに辰弥のことで一度は関わり、一般人になる道も提示されたのだ。
だが、それだけはできない話だった。
「……今更御神楽に頭を下げろというのか? 日翔を助けたいから俺たちを一般人にしてくれと?」
『それが一番確実な方法です。それに、貴方も裏社会から足を洗うことができる、「グリム・リーパー」にとってはメリットしかない話だと思いますが』
a.n.g.e.l.の提案に鏡介が首を振る。
それはできない。
確かに久遠は辰弥を一般人にする条件の一つとして日翔と鏡介も一般人にすると提示した。それを蹴ったのは日翔と鏡介である。今更「日翔のために一般人にしてください」と頼むわけにもいかない。第一――。
「……御神楽に辰弥の生存を知られるわけにはいかない」
日翔と鏡介が今こうやって自由に生きているのは御神楽が「
辰弥もそれを知っている。その上で、辰弥が「日翔のために」自分を御神楽に捧げるという選択肢を取るかどうか。
……いや、辰弥にそんな選択肢を選ばせたくない。確かに彼を一般人として生活させるのは鏡介も望むところではある。しかし、その条件が「御神楽の監視下で」となるなら、それは本当に自由だといえるのか。
そう考えつつも、鏡介は辰弥にこの話をすれば迷うことなく御神楽の庇護を乞うのではないかという確信があった。
元々辰弥はそういう奴だ。仲間のためであれば自分の幸福などいとも簡単に手放してしまう。
折角御神楽の監視からも離れて自由になった辰弥にその選択をさせるのか、と鏡介は自問した。同時に、この可能性だけは辰弥に示唆できない、と考える。
やはりa.n.g.e.l.が提案する「御神楽に庇護を求める」案だけは受け入れられない。それにいくら御神楽が最大規模のメガコープであっても必ず新薬の販売権を得られるとは限らない。実際、他のメガコープに利権を奪われたと思しき案件も過去に存在する。
だが、それでも御神楽が販売権を得られる可能性が高いのは、やはりその資本力を使った買収力だろう。
「ん、買収?」
同じことを考えるメガコープは御神楽だけではないはずだな、と鏡介は気付いた。
それなら、と鏡介は再度治療薬開発のニュース周りを調べ始めた。
ALSの治療薬という大きな餌に食いつかないメガコープはあまりないだろう。御神楽をはじめとして多くのメガコープがその治療薬の独占販売権を得るために動くはず。
実際、数多くのメガコープが治療薬の販売権を得るために水面下で動き始めていた。既に企業の買収交渉が始まっており、複数企業からかなりの金額が提示されている。
現時点では鏡介の予想通り御神楽財閥が最高額を提示しているが、履歴を見る限り他にも複数のメガコープがその金額を更新している。
場合によってはメガコープ同士手を組んでの入札も行われているだろう、単独で入札している御神楽には少々不利な状況のように見える。
「最有力候補は……」
提示額を一つずつ確認する。いくつものメガコープの名前が連なる中、その中でもかなりの額を提示しているのが「サイバボーン・テクノロジー」と「
現時点ではまだ初期段階、まだ臥龍が存在する可能性も否めない。しかし「サイバボーン・テクノロジー」は軍需産業上位とはいえ他の企業を買収して医薬品販売にも手を出している。対する「榎田製薬」は桜花最大手の医薬系企業。単純な医薬品の販売だけを見れば「サイバボーン・テクノロジー」はもちろんのこと、「御神楽財閥」ですら上回っている。
ハッカーとしてメガコープに所属するのが難しいのであれば暗殺者として取り入るのはどうだ、と鏡介は考えた。
逆に考えると、アライアンスをうまく利用すればどこかのメガコープとの繋がりを作ることもできる。あわよくばメガコープお抱えの暗殺者になることも可能だろう。
そうすれば依頼難易度は跳ね上がるがその分報酬はいい。ある程度稼いだところで暗殺家業から足を洗い、一般人として生きることもできると言われている。
それを利用し、メガコープにうまく恩を売ることができれば、もしかすると治験のリストに割り込ませてもらえるかもしれない。
そもそもALSは国指定難病ではあるが患者がべらぼうに多い病気ではない。確かに最近の統計を見れば約一億人余りいる桜花の人口に対して一万人程度らしいがその全てがメガコープと繋がりを持っている人間とは限らない。もちろん、治験への参加権利を持つメガコープの社員の家族がALSだった場合、優先的に治験への参加を認められるのだろうがそれでもメガコープによっては空席もあるかもしれないしその空席を買い取る企業もあるかもしれない。
そう考えればどこかのメガコープと繋がりを持ち恩を売ることでその空席に日翔を割り込ませることは不可能ではないだろう。尤も、自分たちもそれ相応の働きを見せる必要はあるだろうが。
分かっている、御神楽を利用した方が確実だということくらいは。
しかしそれでも辰弥の生存を報せ、その自由を奪わせるわけにはいかなかった。
それではまた日翔を選んでしまうことになる。
もちろん、メガコープに恩を売って治験の権利を譲ってもらうことがリスキーで、確実ではないということも理解している。治験に割り込ませることができなかった場合、自分の選択が辰弥一人を選んでしまうことになるということは鏡介も理解していた。
それでも、確実にどちらか一方を選ぶのではなく、全員が幸せになるかもしれない方法に鏡介は賭けたかった。
御神楽に助けを求めない、と選択した時点で鏡介はここからは独断で決めるわけにはいかない、と考えていた。
自分にできることは可能性の高い選択肢を見つけ出し、辰弥と話し合うこと。
現時点で見えた選択肢は「サイバボーン・テクノロジー」か「榎田製薬」に取り入って治験の権利を得ること。
鏡介は回線を開いた。
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