光舞う地の聖夜に駆けて 第1章
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アラスカのフェアバンクスで、匠海は妖精とオーロラを見ていた。
「は? クリスマス休暇!?!?」
その音に何事かと周りの仲間がこちらを見るがそれに構わず彼はとうふを睨みつける。
「とうふ、お前二十四日はGWTの完成式典に出席するって言ってたよな? そのタイミングで俺に休暇、だと?」
「休暇を通達した俺がなんで怒られるんだよ」
解せぬ、とデスクに座っているとうふが口を開く。
とうふはかつて、匠海と同じく
しかし
ユグドラシル所属カウンターハッカーの中で唯一負傷したメンバーであったが、
本来なら勤務に支障の出るレベルでの負傷であったため解雇されるところであったがカウンターハッカーとしての技量、知識、経験、そして何より数少ない
カウンターハッカーとして匠海たちと共に勤務していたため、仲間からの信頼は厚いし自身の負傷の経験から仲間の
ちなみに、とうふというスクリーンネームはハッカーでありながら少々気弱なところがあり、周りから「豆腐メンタルだよな」と言われ続けた結果付いたものである。
「
以前、匠海が過労で倒れたことを思い出し、とうふが指摘する。
「そもそも
匠海の言葉に、とうふがうっ、と言葉に詰まる。
確かに、ユグドラシルは一度サーバダウンした。
その理由がどんなものであったとしても、あの日起きた
そのため前年に完成した
「確かに、もうこれ以上ユグドラシルを落とすわけにはいかないが」
「ユグ鯖を守るためなら俺は別に」
どうせ俺は犯罪者だ、代わりくらい掃いて捨てるほどいるだろ、と匠海が反論するがそれで折れるとうふではない。
「司法取引してるんだから犯罪者じゃないだろ。それにお前ほどの
「ふざけんな! 俺は! 絶対! 休まないからな!」
一週間も休んでられるかと息巻く匠海にとうふがはぁ、とため息を吐く。
空中に指を走らせ、それからとうふは匠海の肩あたりで暇そうにしていた妖精に声をかけた。
「妖精?」
『んー?』
妖精がとうふを見てからファイルを受信する。
『とうふ、りょうかーい』
「え、お前ら何やりとりしてるの」
とうふと妖精のやりとりに一抹の不安を覚えた匠海が声を上げる。
「どうせ言っても聞かないだろうから休暇期間のログイン停止とユグ鯖入館許可取り消し処理をした」
「……はぁ!?!?」
――こいつ、強行手段に出やがった。
まさか出禁処置までやるとは、と思うが流石にハッキングして出禁処置を解除しても監視官仲間には即バレして最悪懲戒解雇になるだけである。
おそらく妖精に送ったファイルも匠海が裏工作出来なくするための命令書か何かだろう。
こうなってしまうと大人しく指示に従うしかない。
「とうふ……覚えてろよ……」
まるで悪役のような捨て台詞を吐いて、匠海はとうふのデスクに背を向けた。
「……ってもなぁ……」
歩きながらカレンダーアプリを呼び出し、予定を見る。
「二十一から二十七とか暇すぎて逆に死ぬぞ」
世間一般ならクリスマスは家族など大切な人とゆっくり過ごすものである。
しかし、幼少期に両親も他界し和美もいない今、家族と言えるのは
「ジジイとクリスマスは流石に、嫌だな」
何が楽しくて男二人むさ苦しくクリスマスを過ごさなきゃいけないんだ、などと思いつつ匠海はため息を吐いた。
いっそのこと
匠海が所属する
しかし、式典に潜り込むにしても各世界樹のそれなりの立場にいる人間やスポーツハッキングでの上位入賞者といった「そこそこ上位の立場の」人間に招待状が送られるものなので当然、平社員の匠海が招待状を受け取っているはずもなく久々に個人でのハッキングをやるかと考えていると。
『タクミー、どうするの?』
匠海の眼前に回り、妖精が声を掛けてくる。
「こうなったら一週間みっちり筋トレメニュー入れてやる」
どうせ魔術師は体が資本だ、と開き直る匠海に、妖精は、
『じゃぁ旅行しない?』
そう、持ちかけてきた。
「旅行? なんでまた急に」
驚いた匠海がそう問いかけると、妖精が待ってましたとばかりに匠海の視界に一本の映像を送る。
空を流れる光の帯。
それが先日のニュースで特集されたオーロラだとすぐに気づく。
「オーロラが見たいのか?」
うん、と妖精が頷く。
『タクミと一緒に本物見てみたいなーって』
そうか、と匠海は呟き、少し考えた。
旅行に行くのは悪い話ではない。
そもそも、和美が死んでからそのような浮かれたことをする権利なんてないとただ仕事に打ち込んでいた。
だが、妖精と過ごすうち自分でも楽しんでいいのではないかと思えるようになってきた。
そこへ来ての妖精からの旅行の提案である。蹴る理由がない。
それに。
――和美ができなかった分も俺が経験しないと、か。
ただ悲嘆に暮れるのではなく、前を見て。
自分に言い聞かせるように、「いつもの言葉」を心の中で唱えてから、分かった、と匠海は頷いた。
「せっかくの休暇だ、オーロラを見に行こう」
やった、と妖精がくるりと回る。
その様子にふと和美の面影を見出し、匠海は「やっぱりあいつの魂を引き継いでるんだな」と思った。
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