光舞う地の聖夜に駆けて 第1章
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アラスカのフェアバンクスで、匠海は妖精とオーロラを見ていた。
アラスカに来たきっかけは
「これから二時間、自由行動とさせていただきます。チナ・ホット・スプリングスの温泉やアイス・ミュージアムのアップル・マティーニを是非ともお楽しみください。ただし、近辺には軍事施設もありますのでそちらの方向には決してカメラ等を向けないよう、お気をつけください」
ツアーガイドの声に、匠海は我に返り夢中でオーロラを眺めていたことに気づく。
それから、そっと頬を拭う。
その様子を見ていた妖精はいつもなら何かしら茶化してくるのに珍しく何も言わず、匠海の頭、ニット帽の上に収まる。
『どうする? 温泉行く?』
妖精の問いかけに、「いや、いい」と首を振り匠海はぶらぶらと歩き出した。
周りのツアー参加客は「温泉行こう」とか「氷の城だろ? 行ってみようぜ」などと各々の連れに声をかけて大半がチナ・ホット・スプリングスの方に向かっていく。
ごく少数のおひとり様参加者が爆発的な動きは終わったものの未だ揺らめくオーロラを見上げたり雪だるまを作り始めたりしている。
そんな参加者を尻目に集団から離れ、匠海が車道に出る。
人通りどころか車も通らないその道をあてもなく歩いていると、不意に光が匠海の目に入る。
車のヘッドライトだ、と気づいた匠海があわてて車道から離れる。
荒々しい運転の軍用トラックが雪を撒き散らしながら匠海の前を通り過ぎていく。
「っは、」
全身に雪を被った匠海がダウンジャケットの雪を払い落とす。
「なんなんだよ」
普通、通行人に泥とかかけたら車止めて謝罪くらいするだろ、などと毒づきながら走り去るトラックを見送る。
『あちゃー、派手にかけられたねー』
氷点下二十℃を下回る夜のフェアバンクスの雪なので泥は付いていないが、それでも全身雪まみれである。
ニット帽を脱いで雪を振るい落としながら、匠海はしっかりと現在地とトラックの走り去った方向を確認する。
「……軍用だな、てことは近くにあるとかいう施設に行ったのか」
国家間の争いが
だが、かといって国家間の軍事衝突が完全に消滅したわけではなく、抑止力としての軍隊は規模を縮小したものの存在している。また、
それを考えると今通り過ぎたトラックも
それでもあの運転はいただけない、きょうび自動運転で資材運搬するのが当たり前だが流石に軍用だとハッキングでの乗っ取りが怖くて有人運転にしているのか、だからといって通行人に雪を引っ掛けるのはひどいなと思いつつ、匠海は時計を確認し、集合場所に向かって歩き始めた。
ホテルに戻り、防寒具をハンガーに掛けた匠海は大きく伸びをしてから指を鳴らした。
『やるの?』
妖精の問いかけにああ、と一言だけ答えてオーグギアの隠しストレージに格納したハッキングツールを展開する。
流石にあのトラックには腹が立ったので匿名で苦情を言ってやろうと思ったのだ。
トラックのナンバープレートは記憶しているがそれだけでは施設側に誤魔化されかねないので運転手の
しかし、今回の旅行ではハッキングはしないでおこうと思っていたので
ハッキングツールは世界樹で働く上で必須なのでオーグギア内に格納しているがブースター無しでのハッキングは実に何年ぶりだろうか。
もしかして、『キャメロット』参加直後以来じゃないか、と思いつつも手を動かしトラックが向かった施設を特定、ゲートのセキュリティにアクセスする。
ハッキングの手順としてよくあるのは
しかし上位の魔術師はそのようなまどろっこしい手順を踏むことはあまりない。
時間の無駄であるし、万一ローセキュリティエリアで何かトラブルがあった場合、ハイセキュリティエリアはすぐに閉鎖されるためである。
そのため、匠海も例に漏れず初手からゲートのセキュリティに直接アクセスした。
かつて、和美のオーグギアに侵入するために使用したものからさらに洗練され、より細かいデータの網を潜り抜けることが可能になった情報糸状虫が情報の隙間を駆け抜ける。
数分も掛けずセキュリティを突破、ストレージに到達する。
ゲートの通行ログを検索、匠海がトラックと遭遇した時間直後の通過者IDを洗い出す。
トラックの運転手と同乗者の名前と所属、階級を見て、違和感。
なんだろう、この胸のざわつきは。
魔術師としての勘が、今すぐ引き返せと警鐘を鳴らす。
ブースター無しとはいえこの程度で発見されるほど匠海の腕は悪くない。ユグドラシル最強の魔術師と言われたりもするが彼は
見つかることはあり得ない。だが、嫌な予感がする。
ゲートへのアクセスはそのままに、匠海は回線を分岐させた。
ブースターがないので通信が若干不安定になるがそれを優先度の配分で調整し、
流石にオーグギアの演算能力を分散させているため、いきなりの中央突破には時間がかかりすぎる。巡回システムのタイミングを考慮してデータベースに近い人間のオーグギアに侵入、踏み台にする。
(ん、ドーナツ食いながら中央にアクセスしてんじゃねーよ)
システムは強固でもそこにアクセスする人間がザルだとせっかくのセキュリティも台無しである。
最初の踏み台から次の踏み台へと飛び移り、目的のデータベースに取り付く。
発見されれば問答無用で終身刑でも言い渡されかねない行為だがバレなければどうということはない。
施設のセキュリティとは比べ物にならない防壁ではあったがかつて挑んだユグドラシルの中枢ほどではないなと判断、先ほど洗い出したIDを検索する。
「……」
匠海の直感は正しかった。
正規のデータベースに、該当のIDの軍人は、存在しない。
(おい、なんかヤバくないか?)
心臓が早鐘のように打ち始める。
データベースの不備も考慮してもう一人のIDも検索する。
該当無し。
念のために、数人のデータを呼び出し、確認する。
IDの法則性を洗い出し、違和感の正体に気づく。
――
つまり、この二人は偽物の軍人。
おい待てゲートはこいつら通したのかよなんてザル警備なんだと米軍データベースから離脱、メイン回線を施設に戻しゲートからさらに奥の
施設内の監視カメラを掌握、施設内を確認するもののトラックはもう出発してしまったのか見当たらない。
施設に通報するか、と匠海は一度手を止め考えた。
偽造IDの軍人はまんまとゲートを通過し、そして何かを持ち出したはず。
それが重要なものであった場合、テロ以外の何物でもない。
ただ、通報するにしても問題はある。
IDが偽造であるということを知っているのは犯人を除き現在は匠海のみ。
たとえ匿名であったとしても国防総省のサーバに不正アクセスしたことは明るみに出るのは確実で、万一荷物が重要なものでなかった場合テロリストよりも先に匠海の追跡が始まるかもしれない。
厄介なことになった、と匠海はちら、と妖精を見た。
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