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光舞う地の聖夜に駆けて 第1章

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「妖精、余裕あるか?」
『ったく、オーグギアフルに使って余裕あると思うの?』
 ハッキングの邪魔にならないようにエコモードでスタンバイしてたんだけど、と妖精が姿を現して返答する。
「一旦お前との接続を切り離す。ユグドラシルクラウド経由で家のPCのスリープを解除、俺のオーグギアに接続しろ」
 そう言いながら妖精にスリープ解除のためのパスコードを格納した秘密鍵プライベートキーを転送する。
『え、あれ使っていいの?』
 妖精が驚いたように声を上げる。
 匠海の自宅に置かれている旧世代PCハイエンドPCは妖精が触りたいと言っても決して触らせてもらえなかった代物である。
 それを開放するということは余程のことね、と思いつつ妖精はもう一度匠海に確認する。
「いいからやってくれ。オーグギアの演算だけじゃ間に合わない」
『了解。三分待って』
 妖精のその言葉を聞き、匠海はオーグギアから妖精との接続を切り離す。
 妖精の姿がふっと掻き消えるが自宅に向かったと信じて衛星の画像を監視する。
 きっちり三分、匠海の視界に妖精が再び姿を現した。
『ただいまー。接続するね』
 巨大なコネクタを抱えた妖精が匠海にそれを突き刺す。
 その瞬間、匠海の視界に映る各種UIが拡張された。
 オーグギア単体での演算にブーストがかかり、処理に時間がかかっていた五枚の衛星映像がクリアになる。
 その時点で妖精と再接続、妖精にもクラウド経由で情報を収集してもらう。
 PCに演算の一部を託したことで妖精からの報告もスムーズに解析できるようになり、数分のうちに、
「見つけた!」
 目的のトラックを発見する。
 しかし、トラックにトラッカーを付けようにもトラック自体がネットワーク未接続スタンドアロンであるため行先を特定することができない。
 どうする、と考え、匠海はテロの決行を遅らせ時間を稼ぐためにトラックの移動を妨害することにした。
「妖精! レンタカーを手配してくれ! 自動運転でここまで配車できるか?」
『余裕よ、任せて!』
 情報収集から一部リソースを割き、妖精がレンタカー会社に車の手配を行う。
 作戦としては、信号等道路網のシステムを乗っ取りトラックを誘導してからの搭乗員無力化。
 衛星からの映像を追いながらキャリーバッグを漁り、拳銃スマートガンを取り出す。
 最近の銃は昔のようにID認識でトリガーが引けなくなったりするような古臭いロートルなものではない。
 オーグギアと連動して接続できていなければ撃てないし実弾による殺傷エリミネイトだけでなく狙いを相手が手にしている武器のみに絞る脅威排除エクスクルージョン、レーザー誘導の電撃による非殺傷スタン、とモードを切り替えることもできる。
 しかも、匠海が手にしているものはNile社が社員に支給してる最新モデル。
 自動照準オートエイムも強化されているだけでなく弾丸も特製でロックオンした対象をある程度追尾する機能まで実装されており、狙いを外すこともない。
 といっても、犯罪者枠の一般社員である匠海に許されているのは脅威排除モードと非殺傷制圧モードの二つのみだが。
 まさか、こいつを使うことになるなんてな、と思いつつも匠海は心の奥でとうふに感謝した。
 「治安がいいとは限らないから念のために持って行け」と旅行することを報告した際にとうふが忠告し、本来社内保管すべきところのそれに持ち出し許可を出してくれたためだ。
 銃をズボンのベルトに差し込み、匠海は立ち上がった。
 妖精が「車来たよー」と声をかけてくる。
 フロントに鍵を預けて外に出て車に乗り込む。
 一瞬、かつてのトラウマが蘇り吐き気を覚えるが首を振って振り払い、コンソールウェポンパレットを開く。
 トラック誘導の予定ポイントを妖精に転送、イレギュラー発生時の運転の制御を任せる。
『オッケー! 任せて!』
 妖精の返事に小さく頷き、匠海はアラスカの交通網を制御するサーバに侵入ダイブした。
 いくらハイエンドPCでブーストしていると言っても本来のブースターの処理能力に比べれば落ちるため衛星との接続を切断、すべてのリソースでトラックの向かう方向を妨害しようとする。
 サーバ内の交通網イメージマップに騎士王アーサーのアバターが降り立つ。
 妖精のアシストでトラックと自分の位置がアイコンで表示される。
 到着予定地点からルートを算出、まずは、と手近な信号にアクセスする。
 誘導のために赤信号を青に変更する。
 が。
「……なっ」
 匠海が信号を青にした直後に赤に切り替わる。
 次の信号でも同じ。
 切り替えられた信号をさらに切り替えるが、その時点で匠海はすぐに気づいた。
 ――俺以外にハッキングしている奴がいる。
 信号の動きを見る限り、「もう一人」のハッカーも同じトラックに対してアクションを起こしている。
 ことごとく匠海の意図と意見が合わないことを考えると相手はトラック側の味方なのか。
 埒が明かず、匠海はデータ収集プログラムPINGを周囲に飛ばした。
 二つの反応が返ってくる。
 ――一つはダミーか。
 過去の経験上、それなりに腕の立つ魔術師はダミーのアバターを投入して反応を増やす。
 今回も追跡を攪乱させるためにダミーを展開しているのだろう。
 ――どっちだ。
 ダミーを攻撃すればその間に本体が離脱してしまう。
 二点に同時攻撃を仕掛けてその反応をうかがうことも考えたが攻撃を受けて離脱、別のルートから再侵入された場合こちらが不利になる。
 アクティブソナーPINGを打った時点で相手が索敵能力に長けていればこちらの位置は筒抜けとなっている。
 再侵入されればこちらは相手の位置が分からないまま一方的に攻撃されるだろう。
 魔術師同士の戦いで、自分の位置を知られずに相手の位置を特定することは大きなアドバンテージとなる。
 そのため索敵はとても重要な要素であったが匠海は暗殺ステルスアタックは好まず、PINGを打ってからの搦め手で相手を仕留めることが多い。
 ――それなら。
 トラックの進行方向を確認、その先の信号機に匠海は目を付けた。
 ウェポンパレットから追跡型の攻性プログラムウィルスを選択、信号機に仕掛ける。
 感染すれば相手のサーバとその先のオーグギアの接続経路パスを活性化させ、特定できる。
 ダミーのアバターが能動的に動けるはずがなく、信号機を操作するなら本体が動く。
 本体が信号機に接触した瞬間、ウィルス感染し、特定したオーグギアを乗っ取ることで無力化を図ったのだ。
 ただし、相手に集中しすぎてトラックを見落とせば元も子もない。
 妖精も車の制御にリソースを割いているので援護は望めない。
 そう思っているうちにトラックが信号に差し掛かり――
 光点が動いた。
 片方の光点が信号に接触、その瞬間にウィルスが発動する――かと思われたが、ウィルスの反応が消失する。
 まさか、気付いたのかと床を蹴り、匠海のアバターアーサーが光点が経由しているサーバアクセスポイントに突撃した。

 

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