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光舞う地の聖夜に駆けて 第1章

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前回のあらすじ(クリックタップで展開)

アラスカのフェアバンクスで、匠海は妖精とオーロラを見ていた。

 

アラスカに来たきっかけはとうふ課長に無理やりクリスマス休暇を取らされたから。

 

ツアーの自由時間、ぶらついていた匠海は軍用車両に雪を掛けられる。

 

 
 

 

『ヤバいことになったねー』
 わたしとしては面白そうなんだけどとまるで他人事である。
 仕方ない、と匠海は再び手を動かした。
 通報するにしてもまず自分の安全を確保してから。
 まずは積み荷の特定から始めよう。
 ちら、と時計を見る。
 この施設のメインフレームは三十分に一度、セキュリティの暗号化がリセットされる。
 前回のリセットは二十分前、次のリセットまではあと十分。
 じっくりデータの閲覧をするなら十分以内に一度離脱し、再度暗号化された防壁を突破する必要がある。だが。
 ――十分あれば充分だ。
 匠海の指が空中を走る。
 まずはゲートに提示された電子命令書を閲覧、この命令書も偽造であることを確認する。
 命令書の内容はミサイル格納庫に格納されている弾頭をアンカレッジのエルメンドルフ・リチャードソン統合基地に輸送するというもの。
 エルメンドルフの記載はあるが、行先も偽装されているはず。
 現時点での行先は特定できていない。
 ただし、不安はそれだけではない。
 弾頭の輸送、ということは当然、その弾頭は弾道ミサイルに搭載されるものだろう。
 そして基本的に弾頭にはより効率的に生命を奪うための大量破壊兵器を搭載するものである。
 『戦争』という概念が消えた今、そんなものは全て廃棄されたと報道されていたが未だに保管されていたのか。
 持ち出した人間は戦争を再びこの地上に呼び覚まそうというのか。
 弾頭を持ち出したということは恐らく弾道ミサイル本体も既に入手済み、どこにそんなものが、とかそんなものを調達する資金が、そしてどこから発射するつもりなのか、と考えてしまうが弾道ミサイルは基地からの固定式ICBMだけではない。
 トラックから射出できる移動式のものもあることを考えるとこのアラスカのどこかに簡易的な基地を設営しているに違いない。
 さらにハッキングを続け、持ち出された弾頭を特定しようとする。
 しかし、保管自体がそれなりの期間であったことと極秘情報は基本的にテキストデータとして残されないことが重なり、書類のスキャン画像データのライブラリに行き当たる。
 ここから探し出すのは骨が折れるな、と思いつつ片端から文字認識OCRをかけて目的の書類を探す。
 オーグギアがフル稼働し、ほんのりと発熱している。
 こうなるならブースターも持ってこればよかった、と思いつつ、匠海はOCRで解析された文字列と命令書に記載されていた弾頭をマッチさせる。
 その間にもう一度回線を分岐、優先度を低めにして気象衛星に侵入、その衛星写真用カメラからトラックを探し出す。
 フェアバンクス近郊を走るトラックを探しつつ、命令書のマッチングも行い、数分が経過する。
「ビンゴ!」
 匠海が声を上げ、書類と命令書をダウンロード、即座に施設のメインフレームから離脱する。
 回線を統合、アクセスする気象衛星を一機から五機に増やしてトラック追跡のための網を張る。
 視界に五つのカメラ映像が表示され、さらにダウンロードした書類の画像も表示させる。
 書類を読む匠海の眉が寄せられる。
 ごくり、と匠海の喉が鳴る。
「嘘だろ……」
 そう呟いた匠海の声はかすれていた。
 弾頭を持ち出した人間テロリストは、本気で、
「戦争を、復活させる気か……?」
 Nuclear Warhead核弾頭、書類には確かに、そう記載されていた。
 そして、匠海は悟る。
 「これは通報できない」と。
 確かに通報案件だろう。核弾頭が何者かによって持ち出された今、この世界は核汚染の危機に迫られていると言ってもいいだろう。
 すぐに通報して各国の軍に動いてもらうべきである。
 だが、通報しても匠海の安全は保障されない。
 むしろ廃棄されたはずの核弾頭の存在を公にしてしまったということで拘束は確実、下手をすれば消されてしまう。
 もちろん、自分の身を案ずるあまり世界を危機にさらすという愚は行ってはいけない。
 同時に、「通報したところで何が変わるか」という不安もある。
 たとえ軍が動いたとしても『戦争』が存在しない今、弾道ミサイルの迎撃システムも完璧にその手順が踏める確証はない。
 ――発射そのものを、阻止するしかない。
 目を閉じ、一瞬考える。
 無意識に、首にかけた指輪のチェーンを握り締める。
 ――できるのか、俺に。
 対処できる人間は限られている。今の軍では不安要素が大きすぎる。
 現時点で、この事態に対応できる人間は自分しかいない。
 通報せず、善意の魔術師ホワイトハッカーとして動いた方が阻止できる確率は上がるだろう。
 それでも、自分一人には荷が重すぎる、と匠海は思った。
 万が一の事態を想定し、協力してくれる人間が欲しい。
 そう考えて、匠海はたった一人、心当たりに思いついた。
 衛星での探索はそのままに通信回線を開く。
 数度のコール音の後、相手が通話に出る。
《何じゃ匠海、アラスカを楽しんでるんじゃないのか?》
 通話画面の向こうに映し出されたのは匠海の祖父にして凄腕魔術師、『白き狩人ヴァイサー・イェーガー』こと永瀬ながせ 白狼しろうであった。
「ジジイ、まずいことになった。力を貸してほしい」
 単刀直入に言う。
 匠海のその言葉に白狼がほう、という顔をするが、すぐに真顔になり首を振る。
《すまん、力を貸せん》
「どういうことだよ!」
 思わず匠海が声を荒げる。
 クリスマス前だから女のケツを追いかけるのに忙しいのか、と。
 だが、その言葉にも白狼は首を振る。
《ちょっと厄介なテロを発見してな。対処しているが規模が大きすぎてお前の手も借りたいほどだ》
「それ、どんな事件だ? もしかして――」
 もしかして白狼は既にこのテロをキャッチしていたのでは、匠海は期待を込めて聞こうとする。
《特定の条件を満たした人間を一人残らず殺すって代物でな。経済圏すら越えた世界規模で動かしてやがる。で、手を貸せるのか?》
「こっちも無理だ。世界がかかってる」
 特定の人間を個別に、しかも経済圏を越えて、となると、こちらの事件との関連性はなさそうだ。匠海はかぶりを振りながら、断りの言葉を返す。
 マジか、と白狼が眉を寄せる。
《なんじゃ、テロリストはクリスマスにテロをブチかますのが趣味なのか? 悪いが、儂は手を貸せそうにない》
「……分かった。しかし互いに何かしらのテロに出くわしたのは不運すぎるだろ……」
《自信を持て、匠海ブラックナイト……いや、『モルガン』》
 「その名」を呼ばれた瞬間、匠海ははっとして画面の向こうの白狼を見る。
「ジジイ……」
《お前には力がある。自分を信じろ》
 そこまで言ってから、白狼はちら、と別の画面に目を走らせる。
《すまん、これ以上話している余裕はない。クリスマス後に遊びに来い!》
「……ああ、世界が無事だったらな!」
 白狼に励まされ、匠海が力強く頷いて通信を切る。
 パン、と両手で頬を叩き、匠海は妖精を見た。

 

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