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Vanishing Point 第1章

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前ページのあらすじ(クリックタップで展開)

 ある夜、とある研究所が襲撃される。
 襲撃の報せを受けた当直の研究員は迎撃に当たろうとするが撃たれてしまう。
 研究所で実験していた被検体を迎撃に当たらせようとする研究員。
 だが、安全装置を作動させる前に侵入者の銃撃で致命傷を負い、侵入者を攻撃した被検体は一度はがれきに埋もれるものの脱出、そのままどこかへと消えていく。

 

 
 

 

  第1章 「Starting Point -起点-」

《――昨日未明に発生した滝畑岩湧市たきはたいわわきしの研究施設爆発・炎上事故についての続報です。昨日未明に発生した滝畑岩湧市の研究施設が爆発・炎上した事故は周辺住民の話によると直前に銃声のようなものが聞こえたともあり、当局は事件、事故両方の可能性を――》
 電脳、一般的には GehirnNetzwerkSchnittstelleと呼ばれる脳内拡張システムによる視覚干渉で視界に表示しているニュース番組が昨日の事故の続報を報じている。
 メディアには格好の餌だったのだろう、昨日からこのニュースが繰り返し報道されている。
 爆発直後、炎上する研究施設の報道ヘリからの映像が繰り返し流され、視聴者の不安を煽る。
 相変わらずメディアはクソだね、と思いつつもニュースを見ていた黒髪の青年は視界に割り込んだ着信にニュースを閉じ、回線を開いた。
《時間だが、準備はいいか?》
 発信者の顔と名前が視界に映し出され、聴覚に直接言葉が届く。
(問題ない。いつでもいけるよ)
 今では旧式の通信端末CCTと違い、GNSによる通信に発声は必要ない。
 昔は超能力の一つと言われていた念話テレパシー科学GNSによって実現していた。
 GNSはUJFユジフがその基礎を開発し、現在では各国が裏で協力しつつ技術開発を進めている「人間の脳にナノマシンを注入し、制御ボードを埋め込むことで脳自体を通信端末とする」技術である。サーバや他人のGNSと接続することで情報の共有や義体の精密制御、技能のダウンロードも可能としている。
 本来は義体制御をスムーズに行うために開発された技術だったが、現在は通信手段の一つとして一般に普及しつつある。
 元々、この世界アカシアの義体は初期のものは神経を義手等に直接接続し、生身の頃と変わらない動作をするように作られていたが、神経を伝わる電気信号の変換ラグにより素早い動きは苦手としていた。それでも後期にはあまり違和感のないものとなっていたがそれでも多少のラグは仕方のないもの、と言われていた。
 だがGNSの開発により義体に動作命令を出すスピードが格段に向上、さらには生身以上の動きをすることも可能となった。技能の動作プログラムをダウンロードすれば未経験者でもプロと遜色ない動きを見せることもできる。例えば射撃管制プログラムをダウンロードすれば銃を握ったことがない人間でも精密な射撃を行うことができる、というものだ。
 もっとも、その実現には少なくとも腕を義体化しているという条件は必要ではあるが義体も一般的な技術として普及している今、珍しい話ではない。
 それゆえ、身体の一部を義体化したならず者による犯罪も多発していた。
 初期のGNSは装着した義体を正確に制御するために開発されたものだった。しかし、GNSの可能性を追求したシステムの改良により念話による通信や脳の拡張による情報処理速度の向上、記憶をデータベース化して整理するといった機能が追加され、その利便性からあっという間にCompactCommunicationTerminalにとって代わり普及していった。今ではアカシアに住むほとんどの人間がGNSを導入しているとも言われている。
「んじゃ、さっさと終わらせますか」
 黒髪の青年の横で待機していた茶髪の青年が通話に割り込み、返事をする。
 黒髪の青年とは違い、GNSではなくのCCT拡張ヘッドセットを装着しており、黒髪の青年には通話と耳に入った音声が重なって聞こえる。
 茶髪の青年の言葉に、黒髪の青年は手にしていたハンドガンTWE Two‐tWo‐threEをチェック、問題がないことを確認して立ち上がった。
 夜風が前髪を揺らし、その奥の、深紅の瞳を街灯の光が照らす。
(予定通り俺が先行する、遅れないで)
「分かってるよBloody Blue、お前もやられんなよ」
《俺の腕を舐めてるのか? トラップもセキュリティも全て無効化している》
 名前欄に『Gene』と表記された茶髪の青年の発言に同じく名前欄に『Rain』と表記されたメンバーがほんの少し憤りの表情になって反論する。
 へいへい、とGeneが謝った。
《俺が悪うございました。Rain、お前の腕は分かってるよ》
(そこ、喧嘩しないで)
 冷静な黒髪の青年――はじめに名前を呼ばれたBloody Blueである――の一喝に黙る二人。
 それも束の間、三人は互いに「気をつけて」と言葉を交わし動き出した。
 小走りで建物に駆け寄りロックの解除を確認、侵入する。
 Bloody Blueが先行し、トラップの無効化と見張り等がいないことを確認、さらに奥へと進む。
(――っ!)
 廊下の向こう側で人の気配を感じ、Bloody Blueが銃を握っていない方の手でGeneを止めた。
(見張りがいる、排除するから待って)
 その言葉をCCTで受信したGeneが頷き、待機する。
 その動きを確認した後、Bloody Blueがほんの僅かに身を乗り出し、射撃。
 銃に装着した減音器サプレッサーが特に響きやすい高音域を掻き消し、銃声は周囲には響かない。
 正確に頭部を撃ち抜かれた見張りがその場に崩れ落ちる。
 他の気配がないことを確認し、Bloody Blueはハンドサインで合図を送り、再び移動を開始した。
(ターゲットは?)
 ある程度進んだところでBloody Blueが確認する。
《監視カメラをジャックしているが、寝ているようだ》
 ベッドの上で動きはない、とRainが続けた。
 了解、とさらに進み目的の部屋の前に到達する。
 ドアに鍵が掛かっている。
 電子ロックなら後方でサポートしているRainが解除できるがこのドアは鍵を使って開け閉めするタイプの旧式アナログ
 Geneがポーチからキーピックを取り出す。
「一分待ってくれ」
 Geneが小声でBloody Blueに指示を出し、キーピックを鍵穴に差し込んだ。
 頷いたBloody Blueがドアとそれに向き合うGeneの前に立ち警戒体制に入る。
《周辺の監視カメラに巡回なし……いや、一人近づいているな》
 今現在、音響センサーお前の耳が足音をとらえている、とRainが警告するとBloody Blueはそのようだね、と銃を構え直し返答する。
(君のセンサーは俺が担当してるんだ、俺が気付かなくてどうする)
 これがBloody Blueが電脳化している理由。
 ハッカーであり、後方から支援するRainのためにBloody BlueはGNSを経由して自身を各種センサーを積んだドローンにしているのだ。
 現在、Rainの視覚と外部ディスプレイには各種監視カメラの映像以外にBloody Blueの視界と耳に入る音が共有されている。
 Rainは微弱な音波を検知して二人に警告したわけだが、まさかBloody Blueも感知していたとは。
「それにしても支援のためとはいえよく自分のGNSをハッカーにさらせるよな」
 カチャリ、と解錠の音がしてGeneはキーピックをポーチにしまい、立ち上がる。
「信頼してる仲間とは言え、俺にゃ無理だ」
 そうぼやきながらもGeneはドアを開け、二人が中に侵入する。
 Bloody Blueは入口のすぐそばで警戒、Geneがベッドに近寄る。
 Rainの報告通り、ターゲットは眠っていた。
 完全に布団に包まれている事もなく、無防備な状態。
 それが罠でないことを確認し、Geneはその頭に向けて発砲した。
 その後布団の上から数発、さらに布団をめくって数発。
 寝具を染める赤黒い液体にダミーでないことを確認、Geneはちらり、とBloody Blueを見た。
 Bloody Blueも小さく頷き、二人は音を立てずに廊下に出る。
 先ほどRainが警告した何者かの接近の気配も今はなく、二人はそのまま誰にも見つからずに建物から離脱した。

 

◆◇◆       ◆◇◆

 

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